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孤独な男の死と異世界

朝5時半。やっと空が明るくなってきた頃に、作業着を着た男たちが集まって仕事の準備をしていた。


班ごとに出欠や今日の仕事について話し合ったり、必要な道具をぼろぼろのハイエースに積み込んだりと、せわしなく動き回っている


そんななか1人の男だけが群れから離れて、キョロキョロと何かを探していた。視線はプレハブ小屋の隅で止まり、男は視線の先へと近づいていく。


見ていた場所は工務店の事務所であるプレハブ小屋と、普段使わない工具を保管している倉庫の隙間だ。影になって見えない場所に向かって男はしゃがみ、作業着のポケットからサランラップに包まれた何かを取り出して地面に置いた。


「ここにいたのか。今日はシャケだぞ。」


そういって包みを解くと、影の先から小柄な白い猫が現れた。鈴が付いた首輪をしているため、おそらく近所の飼い猫だろう。一声にゃあと鳴き、ほぐされたシャケをはぐはぐと食べはじめる。


その様子を男――阪東夕陽(ばんどう ゆうひ)は少し微笑みつつ見つめている。白髪交じりでシワも目立つ哀愁漂うその姿を見て、誰も夕陽が20代であるとは思わないだろう。


しばらくすると背後から声がかかる。


「阪東!今日は俺らのところだ!行くぞ!」


はい。と返事をして猫をひと撫でし、サランラップだけ回収してその場を離れる。

(あの班ってことは・・・今日はあの現場か。あそこは落下防止措置が甘いから嫌なんだよなぁ)


そう思いながら、自分が乗るハイエースに向かって歩いて行く。


~~~~~~


(あぁ・・・いつかこうなると思ってたんだよなぁ・・・)


事務所で危惧したことが現実になり、夕陽は7階ほどの高さから落下した。走馬灯はとっくに見終わり、体の感覚からしてじきに死ぬだろう。


(・・・はぁ・・・最悪な走馬灯だった・・・)


幼いころに亡くした両親、施設での複雑な生活環境、小中学校での壮絶な虐め、卒業後に飛び込んだ現場仕事でのしごき・・・多くの封印した思い出をもう一度見させられた。

とくに現場の仕事を始めたばかり、色々な仕事をやらせてもらった後に先輩から言われた「お前に走りまわる以外の才能は無い」という言葉と光景は、死にゆく夕陽へさらに痛みを与えた。


(・・・来世では・・・沢山の人に・・・)


他人から認められることもなく、家族・恋人・友達といった全てと縁が無かった夕陽。直接的な死因は事故死だが、結果的には孤独死でもある。

もし次生まれ変わったら、家族や友達と幸せに暮らしたい。

そう思って最後、意識は完全に途絶えた。


~~~~~~


リン―――と涼しげな音が聞こえた。

少しずつ意識が戻ってくる。さわさわとした風を感じる。日向に居るのか、身体も暖かく心地よい。


「うぅ・・ん?・・・ここどこだ?」


天国にきたのかと思い目を開けると、目に飛び込んできたのは沢山の緑色。夕陽は明るい日の差す森の中にいた。


「天国?へぇ、お花畑とかじゃないんだな・・・」


その場所を言い表すならお花畑ではなく森。それ以上でもそれ以下でもなく、天使もいなければ花もチラホラとしかない場所だった。


近くに湖っぽいものが見えて、起きたばかりの身体でヨタヨタと近づく。寝ていたためか喉が渇いていた。死んでも喉って乾くんだなと、夕陽は気楽に考える。


そうして湖の縁まで来る。透き通っていて美味しそうだ。死んだ身で衛生面を気にする必要も無い。湖に向かって身体を乗り出す。


透き通った水面に反射するのは、黒髪黒目の見た事のない男の顔だった。自分は白髪交じりで目の色もこんなに黒くはなかったはず。そもそも顔の造形から全く違う。


「・・・どういうことだ?」


ぺたぺたと顔を触ると、水面に反射する男も同じように動いている。やはり水面に映るこれが自分であることは間違いないようだ。それにしても・・・


「こいつも・・・地味だなぁ・・・」


以前の夕陽の顔は、地味という漢字が具現化したような顔だった。全てのパーツが普遍的でかつ、奇跡的な配置で神がかった地味さを実現していた。


今ある顔はそこまででもないが、かなりおとなしい部類の顔だと感じる。少しハーフっぽさがあり、それがまたどっちつかずの顔立ちを引き立たせている。


・・・とりあえず水を飲もう。手で掬い上げて飲むと、乾いていた体が喜んでいるのを感じる。何口か飲み立ち上がると、先ほどよりも冷静に状況が見えてきた。


まず立ち上がって思った事だが、少し身長が伸びている。といっても生前160㎝後半だったのが170ちょっとくらいありそうだなと思う程度の多少の変化だ。手や足も見渡すと、顔だけでなく体の造形も変わっていると感じる。肌など見てみると、年齢も10歳ほど若返っているかもしれない。


作業着で死んだはずの自分が、服というよりも布に近い雑なものをまとっており、この森林の中にいた。さらに顔も体も違う・・・導かれる答えは・・・


「転生・・・したのか?」


『前世の記憶を持ちつつ転生した。』

少ないようで多い情報量にぼさっとしていると、背後から何かの気配を感じた。

それが前世でお馴染みの、毎朝の職人の誰かならどれだけよかっただろう。音の発信源は、鋭利な角が2本生えた大きいイノシシだった。


~~~~~~~


「くそっ!なんで転生して早速走り回らなきゃいけないんだ!」


イノシシと目が合った瞬間、反射的に夕陽は駆け出していた。振り返るとヨダレを垂らしながら自分をしつこく追いかけてくるイノシシがいて、判断は間違ってなかったと分かる。


木などを利用しつつかれこれ5分ほど逃げているが、これじゃらちが明かない。思い切って真横に方向転換し、今までとは違う方向に逃げてみる。すると向こう岸まで5ⅿほどの崖が見えた。


イノシシを撒くにはこれしかない。逃げながら覚悟を決めて、その勢いのまま向こう岸目掛け飛び上がった。


ドスッ!

「ぐふっ!うぅぅ・・・」


きれいに飛び越えることは出来なかったが、向こう岸の崖にしがみつくことは出来た。全力疾走による疲れととぶつかった衝撃で内臓にダメージが入るが、それでも崖をよじ登る。


のぼった後にイノシシの方を見ると、崖を超えてくるようなことはせずこちらをジッと見つめていた。そして数秒もしないうちに諦めて、先ほどまで追いかけっこをしていた森の方へ帰って行く。


それを見送った夕陽は仰向けに倒れこんだ。はぁはぁと呼吸が苦しく、体を打ち付けたため強い吐き気もする。しばらくしてもおさまらない不調によって、転生後に初めて意識を飛ばした。


―――数秒後にガサガサと草をかき分けて、新たな影が夕陽に近づく。

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