「会いたい」とは言ったけれども ⑤
ゼファにロープで引っ張ってもらい、ようやくシエナも塀の上に上がることができた。
シエナの体勢が整ったことを確認すると、ゼファは腰を下ろして横ばいになった。
この塀の厚みは一メートルほど。シエナと向かい合う形になればなんとか横ばいになれた。
ここまで厚いとちょっとやそっとの攻撃では壊れないだろう。
「よくここまでやるもんだ」と思いながら、シエナも腰を下ろす。
「おい、あれが見えるか」
顔を広場のほうに向けながらゼファは尋ねる。
「ああ……嫌というほどね」
ゼファの視線を追うようにシエナも広場を見た。
広場には草花一つ生えていない。
砂埃が舞い、風に流れていく。
そんな殺風景な広場にぽつんと木材でできた十字架が建っていた。
そしてその十字架には、一人の男が括りつけられている。
男はだらんと力なく項垂れている。
ここからでは顔は見えないが、黒髪にところどころ白くメッシュになっていた。
伸びきった髪はぼさぼさでところどころ跳ねている。
服は灰色のシャツに黒いズボンを着ているが砂埃と泥で汚れていた。
動かない男を見つめながら、シエナは問う。
「なあゼファ……この国の名前ってなんて言うの?」
「なんだいきなり。アクバールに決まっているだろ」
「ああ、やっぱり? そんな気はしてたんだけど」
乾いた笑みを浮かべるシエナにゼファは不思議そうな顔をする。
ゼファの言葉で今まで抱いていた疑惑が確信に変わった。
ここは過去のアクバールだ。
しかし、疑問はまだ残る。
シエナが広場で見た時、木材は一本だけだった。あのように十字架のような形ではない。
それに囚人の遺体もなかった。
つまり、街が襲われたのはあの囚人が処刑されてからということか?
シエナは真顔でじっとその囚人を眺めていると、ゼファがゆっくり口を開いた。
「……アッシュ・グライス」
ふとシエナはゼファを見ると、彼は苦虫を食い潰したような表情でアッシュを見ていた。
「知り合いか?」
たまらず訊くと、ゼファは「まあな」と頭を掻く。
アッシュ・グライス。
ゼファに聞いた名をシエナは胸の中で繰り返す。
磔にされたアッシュの運命は「死」。
けれども、まったく動かない彼の様子を見ているともうすでに虫の息にみえる。これでは処刑の前に死にそうだ。
「一体何をやったんだよ」
皮肉に近い疑問をシエナはゼファにぶつける。
だが、ゼファは考え込むように黙りこくった。
そして暫時の沈黙の後、彼はぼそりと呟いた。
「……何もしてないさ」
その答えにシエナは目を丸くして顔を上げた。
「何もしてない?」
咄嗟に尋ねるシエナの問いに、ゼファはアッシュを見つめながらこう答えた。
「『国家反逆』 国民にはそう伝えている。だが、本当は違う。あいつは無罪なんだ」
アッシュを見つめるゼファの眼差しは怒りが含んでいるように見えた。
下唇を嚙みながら、悔しそうにしている。その表情が痛々しく、シエナは何も言えなかった。
それでもゼファは言葉を紡いでいく。
「二ヶ月ほど前か……あいつの親父が『処刑』と言って国王軍に殺された。それだけじゃない。その処刑が見せしめだったかのように今度はあいつの家族や親族が留置された。母親、祖父母、伯父伯母……そして、小さな従兄弟たち。グライス家全員がここに留置され、そして殺された。今のあいつみたいにな」
ゼファの拳は彼の爪が食い込むくらい力強く握られ、微かに震えていた。
シエナには必死に怒りを押さえ込んでいるように見えた。
「おかしいとは思わないか? 大人だけでなくまだ幼い子供や赤ん坊まで殺したんだ。それを理由一つ説明せず、『反逆』だけで終わらせたのだ……あんな幼子たちに反逆なんてできるはずないのに」
哀れなアッシュを見ていられないのか、ゼファは視線を落とした。
「あいつの考えていることが、わからない」
「あいつ?」
意味深な言葉を呟いたゼファにシエナが食らいつく。
しかし、ゼファは首を振り、「なんでもない」と返すだけだった。




