「会いたい」とは言ったけれども ④
「……で? これからどこへ行くんだ?」
頭の上で腕を組みながらシエナはゼファに尋ねる。
だが、ゼファは何も答えない。
「おい、ゼファってば」
もう一度訪ねるが、ゼファは口を噤んだままだった。
代わりにスッと塀を指す。
「塀の向こう側だ」
「向こう側って……何しに?」
「貴様には関係ない」
「チッ。つれないねえ」
しかし、今はゼファについていくことしか手立てがないシエナはこれ以上訊かなかった。
「やれやれ」と息をつきながら、ひとまずゼファの後についていく。
ゼファは塀にペタペタと手をつきながらゆっくりと歩いていた。まるで塀の材質をじっくりと見比べているようだった。彼が一体何を選定しているのかシエナにはわからなかったが、やがてゼファは「よし」と呟いて立ち止まった。
「おいお前……メイズって言ったか?」
「シエナでいいよ」
「わかった。じゃあ、シエナ……ちょっと息を止めてろ」
「は!?」
何を言っているのだと思ったが、ゼファは本気のようだ。
「見張りがいないか音で探るのだ。貴様の呼吸音ですら邪魔だ。今だけ死んでもらってもいい」
「おいおい、マジかよ……というか、さらっと物騒なこと言うなよ」
他にも色々とツッコミを入れたかったシエナだが、ゼファが「早くしろ」というので渋々息を止めた。
その横でゼファは静かに目を閉じる。集中しているのか、その後のゼファがピクリとも動かなかった。
けれどもこれで音など聞けるのか。
ゼファを疑るシエナだが、今はただ息を止めて見守るしかない。
吹き抜ける風がゼファの結んだ長髪を靡かせる。
風はしばらく吹いていたが、やがて何事もなかったかのようにピタリとやんだ。そしてゼファは風の声を聞き終わったかのようにそっと目を開ける。
「……もういいぞ」
「ぷはっ!」
ゼファの声と同時にシエナは声をあげて息を吐いた。
「あー……本気で死ぬかと思った。お前、確認する時間が長いんだよ」
「それは悪かった。だが、喜べ。見張りはいない」
そう言いながらゼファはニヤリと笑う。その企んだ笑みに悪寒が走り、シエナは苦笑する。
「何……泥棒でもするの?」
「そうだな……似たようなものだ」
「なんだよそれ。散々人を不審者扱いしておいて……」
不貞腐れるシエナを見て、ゼファは「ククッ」と短く笑う。
しかし、その笑顔もすぐになくなり、真面目な表情でじっと塀を見つめた。
「時間はない。来い、シエナ」
ゼファは反対側の塀の端まで移動すると、構えるように腰を落とした。
そしてそこから一気に助走をつけ、塀に向かって駆け出す。
あまりに突然のことでシエナも言葉を失った。
塀に向かって走ったと思ったゼファはそのまま壁を蹴って塀の上まで駆け上がって登った。
この短い助走で、しかも少なく見積もっても二、三メートルはあるこの塀の上までだ。
彼の身軽さと並外れた運動能力の高さを目の当たりにしたシエナは開いた口が塞がらなかった。
「何してるんだ。早く登ってこい」
「いや! 無理だから!」
涼しい顔で塀の天辺から見下ろすゼファにシエナは思わずツッコミを入れる。
そんなシエナにゼファは「仕方がない」と隠すように腰ベルトに装備していたロープを取り出した。
そのロープの先端には爪があり、ゼファは爪を塀の縁につけるとロープをシエナのほうへ垂らした。
「そんな便利なものがあるなら最初からそれ使えよ」
「飛んだほうが早いだろ。常識的に」
「お前の常識で言うなし」
呆れるシエナだが、手は自然とそのロープに伸びていた。
「手間をかけさせやがる」
素直じゃないシエナにゼファはぼやくが、口元は微かに笑っていた。




