「会いたい」とは言ったけれども ③
ゆっくり顔を上げると、初めに剣の切っ先が目に入った。
切っ先はぶれることなくシエナの頭部に向けられている。
さらに顔を上げると青年が眉間にしわを寄せて睨んでいた。
年はシエナと同年代の二十代前半だろう。
後ろで縛っている青い髪と緑色の瞳、凛とした眼差しから彼の品の良さがにじみ出ている。
服装も先ほど出会った子供たちと違い、リボンがついた青いベストにズボンと高価そうなものを身につけていた。
ただし、今はシエナに殺意がむき出しで、そんな上品な容姿のかけらもない。
「見ない顔だな。お前、名前は?」
シエナに切っ先を向けたまま青年は問いかける。
「……シエナ・メイズ。ただの旅人だよ」
しかし、名乗っても青年の表情は訝しいままだ。
「お前、この国も者ではないな? 一体どこから来た」
「どこからっつっても……気づけばここにいたんだよ」
「気づけばって……そんな訳ないだろ」
「俺に訊くんじゃねえよ。俺だって好きで迷子やってる訳じゃねえんだ」
深いため息をつくシエナに青年は眉をひそめる。
「……門番は確かに街の入り口を守っているはずだ……それなのになぜこいつがいるのだ……交代の隙を狙ったとでも言うのか? しかし、こんな頭が弱そうな男がそんな潜入できるとは思えない」
「おい、考え事全部聞こえてるぞ。しかもどさくさに紛れて人の悪口言ってるんじゃねえよ」
ぶつぶつと呟く青年にシエナは即座に言い返す。
しかし、青年はシエナのツッコミにも無反応だ。
顎に手を当て、考え込みながらじっとシエナを見つめる。
やがて、青年は考えがまとまったのかシエナに向けていた剣を腰の鞘に戻した。
「悪かったな旅の者。この街は今、厳重警戒中で、貴公を不審者だと疑ってしまった」
そう言って青年はシエナに深く頭を下げる。
そんな手の平を返すような彼の生真面目具合にシエナも「お、おう……」と曖昧な返事をしてしまった。
「ま、まあ……わかれば良いってことーー」
そう言おうとしたシエナだが、青年はかぶせるように「だが」と言葉を紡ぐ。
「この街は危険だ。早急に立ち去ったほうがいい」
その顔つきは最初の険しいものに戻っていた。
けれども、それ以上の言及はない。
しかし、たとえ青年に言われたとしても行く当てのないシエナにはどうしようもできなかった。
むしろ立ち去れるのならば、とっくの前に立ち去っている。
「なあお前、この街ってー―」
と、シエナは青年に訊こうとしたが青年はもうすでに彼に背を向け、スタスタと石坂を上がっていた。
「あ! 待てよ!」
青年に腕を伸ばしながらシエナは弾くように立ち上がり、青年を追った。
せっかくこの街の事情を知っていそうな人物に出会ったのだ。
シエナも易々と逃したくなかった。
「待てって、おい!」
駆け出したシエナは咄嗟に青年の腕を掴む。
追ってきたシエナに青年はぎょっとしながら、掴まれた腕を払った。
「なんでついてくるのだ」
「だってこの街は厳重警戒中なんだろ? 下手に動けねえし、他に行くところもねえ。だからお前についていく」
「はあ? 何を言ってるのだ貴様は」
ついてくるシエナに嫌悪感を抱く青年だが、当のシエナは大真面目だった。
それにシエナにここまであっけらかんに言われてしまっては彼も返す言葉が見つからなかったようで深くため息をついた。
「ついてくるのは勝手だが、邪魔だけはするなよ」
「任せとけって」
シエナは親指を立てながらニッと笑う。
そんな彼の対応を見ていると気が抜けるのか、青年はガシガシと頭を掻いた。
「それと、今から俺がやることは他言無用だ。いいな?」
「安心しな。告げ口できる相手がいねえ」
「……そうか」
少し不安そうな青年だが、もう考えることをやめたのか、もう一度息をつくとまた歩き出す。
そんな青年をシエナは呼び止めた。
「お前、名前は?」
そこで青年はようやく自分が名乗っていないことに気づいたようだった。
「……ゼファ・フィルン・セレスト。ゼファでいい」
そう答えたゼファに、シエナは「了解」と歯を見せて笑った。