「会いたい」とは言ったけれども ②
どうしようかと迷ったシエナは、ひとまず財布から銀色のコインを一枚出した。
「わりい、これしか持ってないんだ」
彼が取り出したのは五十ガルのコインだ。
初めて見るコインに少女の目が丸くなる。
これで等価となるかは些か不安ではあったが、少女はゆっくりそれを手にした。
「一応銀でできてるから、親父に換金してもらえよ」
そう言うシエナの隣で少女は陽光に銀のコインをかざす。
「きれーい……」
陽光に反射してキラリと光るコインに少女はうっとりとしている。
シエナの言葉の意味もわかっていなさそうでシエナは「大丈夫なのか」と懸念してたが、少女が喜んでいるので一旦良しとした。
「ありがとう、お兄ちゃん。またね!」
少女は満面の笑みでシエナに手を振る。
そんな彼女の笑顔を見ていると自然にシエナの頬も綻んだ。
「おう、じゃーな」
去って行く少女にシエナは手を振る。
そして彼女の背中を見送ると、購入した琥珀をバッグの中へとしまい込んだ。
「ふぅ」と一息ついたのも束の間、感じる多数の視線にシエナは息を呑む。
警戒しながら辺りを見回すと、家の影から幾人の子供たちがシエナを見つめていた。
どの子供も先ほどの少女のようにボロボロな服を着て、大きな籠を持っている。
子供たちと目が合った時、シエナは途端に寒気がした。
嫌な予感がする。
そしてこの予感は、よく当たる。
そう感じた途端、こちらの胸内がわかっていたかのように子供たちが一斉にシエナのもとへ駆け出した。
「僕のも買って!」
「私も!」
「ずるい! 今度は俺だって!」
子供たちはシエナを囲み、両腕で持った籠を掲げながらシエナに必死にアピールする。
「買って!」
「買って買って!」
次々と来る子供たちの怒涛のセールにシエナも目が回った。
しかも自分はこの国の通貨を持っていない。
「やめろ! やめろって! うわ、いてっ!」
シエナは子供たちを拒むが、それでも子供たちは一向にやめようとしない。
みんなシエナを逃すまいと必死だった。
これでは埒が明かない。
となれば、もう逃げるしかない。
「悪い!」
シエナは一言だけ詫び、子供たちを押し切った。
中には驚いて「あ!」と声をあげる者もいたが、シエナは構わず一目散に目の前の石坂へ走っていく。
てっきり子供たちも追ってくるかと思ったシエナだが、子供たちは悲しそうな目をしてシエナの背中を見つめるだけだった。
一切追ってこない子供たちに少し疑問を感じたが、「今のうちに」とシエナはそのまま一直線に石坂を駆け上がる。
子供たちを振り切ると、疲れたシエナは塀に手をついて立ち止まった。
「あぶねえ……危うく狩られるところだった」
独り言ちながら、シエナは塀に寄りかかり、その場でしゃがみ込む。
陽は出ていたが、高い塀のおかげでちょうど日陰になっていた。
涼むのにはちょうどいい場所なのでシエナはそのまま体を休ませることにした。
水筒に入っていた水を飲み干す。
この短時間で色々なことがありすぎてシエナも疲労が出てきていた。
「……疲れた」
小さく呟きながら、だらんと項垂れる。
だが、気を緩めたその一瞬が命取りだった。
自分が腰を下ろして項垂れるのを待っていたかのように、近くで何者かが地面に着地する音が聞こえた。
「動くな」
顔を上げる暇もなく、シエナの頭上に威嚇するような低い声がする。
やらかした。
シエナがそう思った時、全てがもう手遅れであった。