青い雨、茶色の大地と、灰の空 ⑤
「お前ら、後は俺に指示させてくれないか」
力強く前に出るアッシュにシエナもゼファも言葉を詰まらせた。
口元は笑っていたが、眼差しは真剣そのもので、ちゃらんぽらんな彼の面影はない。
そんな顔をされて言われては、二人とも拒めない――いや、拒む気はない。
だからこそ――……
「……わかった」
二人とも、すぐに頷くことができたのだ。
彼の志を感じ取ったゼファとシエナが、剣を構え直す。
その途端、ヴァルヴェルンが彼等に襲いかかった。
「散れ!!」
アッシュの合図と共に三人はすぐさま左右に広がり攻撃を避けた。
ヴァルヴェルンと距離を置きながら、アッシュは声を荒げる。
「シエナとゼファは固まれ! 攻撃の打ち数を減らすんだ!」
攻撃を分散させるなんてまどろっこしいことなんてアッシュは考えていなかった。
彼が狙っているのは、ヴァルヴェルンの会心の一撃だからだ。
アッシュの言う通り、ゼファとシエナは互いの背中を預ける形で場所を固めた。
ヴァルヴェルンが飛びついたら二手に分かれ、すぐにまた陣地に戻る。こうしてヴァルヴェルンの動きをよく見ていた。
だからだろうか、ヴァルヴェルンもその焦ったさに音をあげたようで、ついに大きく吠えた。
怒りが爆発したのか、ヴァルヴェルンの毛は逆立ち、口もさらに大きく開けて牙を見せつける。
そしてついに高々とジャンプし、両腕の爪を立たせシエナとゼファに突っ込んだ。
その狂気と迫り来るスピードは「魔物」と呼ぶのに相応しく、彼らは恐怖に足が竦んでしまった。
ーー避けれない。
シエナは咄嗟に剣を前に構えて顔面を守るが、剥いた牙と爪に敵うはずがなかった。
だが、アッシュが待っていたのはこの一瞬であった。
「シルフ!」
アッシュの声と共に風が舞い上がる。
ヴァルヴェルンがその風に怯んだその瞬間、奴の前から二人の姿は消えていた。
掲げていたヴァルヴェルンの腕は大きく空振りし、地面に突き刺さる。
この時を、アッシュは待っていた。
「行け、土の精!」
アッシュの言葉と同時に地面がえぐれるように割れた。
地割れした地面にヴァルヴェルンは体ごと挟まる。
腕に至っては突っ込んだまま抜くことすらできなかった。
焦るヴァルヴェルン。
だが、怒涛の攻撃はまだ留まらない。
「ゼファ! シエナ!」
その声を合図に、彼らは静かに頷いた。
瞬間的に消えた二人はどこへ行ったか。
それに気づいたとき、ヴァルヴェルンの命運は尽きていた。
彼らはーーヴァルヴェルンの頭上にいたのだ。
二人はそのまま剣を下に構え、己の体重全てをかけてヴァルヴェルンに突き刺す。
貫通した斬撃はヴァルヴェルンの両肩に命中した。
肉片を突き刺した鈍い音と共にヴァルヴェルンの鮮血が噴き出る。
ヴァルヴェルンの喚き声はゼファとシエナの鼓膜に響き、ゼファとシエナは思わず剣から手を離した。
ヴァルヴェルンの絶叫は慄いてしまうほど波動を感じた。
シエナもゼファもその衝撃で転がるようにヴァルヴェルンから距離を置く。
その動きはアッシュにとっても好都合なことだった。
「ーー離れてろ」
そう一言呟き、アッシュは両手を広げる。
その身構えるアッシュに反応するように、彼の周りに四色のオーブが光を強めて舞う。
「覚悟しろよ、ヴァルヴェルン」
にやりと笑っているアッシュだが、額には汗が光っていた。
「俺がぶっ飛ばしてやるよ」
四つの光が彼を囲み、さらに光を放つ。
緑、黄色、水色、そして青の光がそれぞれヴァルヴェルンを包囲するように四つ角へ飛ぶ。
そしてアッシュの手から白い光が現れた時、ゼファとシエナは言葉を失った。
「ーーじゃあな」
その閃光は腕を振ったと同時にさらに強く瞬きだし、雷のようにヴァルヴェルンの上に落ちた。
落ちた光はヴァルヴェルンに当たると砕け散るように分散する。
眩暈がするほどの強い光力にシエナもゼファも咄嗟に腕で目元を隠した。
だが、目を隠しても光は感じ、一瞬にして視界を奪われた。
白い世界の中で、彼らはヴァルヴェルンの断末魔を聞いた。
それがヴァルヴェルンの最期だと悟ったが、この急展開が信じがたくてゼファもシエナも目を開けるのをためらっていた。
やがて、ヴァルヴェルンの断末魔が静まる。
そこでようやく、二人は目を開けることができた。
あれだけ降っていた雨も止み、雲の分け目からは陽光が差し込んでいた。




