「会いたい」とは言ったけれども ①
シエナが最初に感じた違和感は日照りだった。
先ほどまでの雨による冷気は一切ない。
雨音もない。
代わりに聞こえるのは雑踏と騒がしい話声だ。
シエナは恐る恐る目を開ける。
そして飛び込んできた光景に息を呑んだ。
世界が、一変している。
壊滅していた街のはずだったのに、目の前には人が行き交っている。
それだけではない。
建物も何一つ壊されていないし、目の前にある噴水も勢いよく水が出るほど機能している。
ふと後ろを見ると長い石坂が続いていた。
その端には人を拒むように高い塀がある。
この坂にも、塀にも、噴水にも、シエナには見覚えがあった。
それと同時に「そんなはずはない」と必死に否定していた。
なんせ今まで彼がいたところは石坂も噴水も真新しくないし、そもそも人がいない。
あの青い光に幻でも見せられているのか。
そんなありもしない疑惑がシエナの脳内に過る。
しかし、この感じる陽の光はとても幻なんかには思えない。
噴水の水を汲んでみても感触も冷たさも本物にしか感じない。
つまり、これは夢でも幻でもないのだ。
「これは……どういうことだ?」
自分の身に起こった事態が理解できず、シエナは頭を掻く。
濡れた髪からはポタポタと水が滴る。
あの雨で髪も服もびしょびしょに濡れていた。
しかし、こんなにも濡れているのはシエナだけで、通りかかる人々は不思議そうな目で彼を見つめていた。
その視線にばつの悪さを感じていると、シエナの隣から「ねえねえ」と可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
シエナが声のしたほうを見ると、まだ十歳にも満たない少女が彼を見上げていた。
腕には抱えなければ持てないほどの木の籠を持っている。
着ている服も所々やぶけるほどぼろぼろで薄汚れていた。
少女は尋ねる。
「お兄ちゃん、どうしてそんなに濡れてるの?」
その濁りのない澄んだ瞳で見つめられ、シエナは返答に窮した。
「あー……水に落ちたから?」
誤魔化すようにシエナは返すが、少女は余計おかしそうに首を傾げた。
怪しまれるかと思って構えていたシエナだが、少女はすぐににこっと笑う。
「変なお兄ちゃん」
誤魔化せたことに安堵するべきなのだろうが、シエナはどこか複雑だった。
ため息をつきながら視線を落とす。そこで見えた彼女の抱える籠の中身に自然と目が行く。
そこには茶色の石が数個だけ転がっていた。
「なんだこれ?」
「お父さんが作ったのを売ってるの」
少女の答えにシエナは「ふーん」と言いながら品物に手を伸ばす。
その石は一見透明な茶色の石だが、太陽に照らすとうっすらとオレンジ色に輝いた。
「『こはく』って言うんだって。木の「じゅし」が長ーい時間をかけて石になった物ってお父さんが言ってたよ」
「へー、『琥珀』って『樹脂』の化石なんだな。初めて知った」
少女の話を聞きながら、シエナは琥珀に何度も陽光を照らす。
そうしていると少女から熱い視線を感じた。
「買ってくれないか」とわくわくしているような視線でもあった。
そんなに期待して見つめられると、こちらも退きにくい。
「仕方がない」とシエナはショルダーバッグに手を伸ばす。
これは、迂闊に商品に手を伸ばした彼のせいでもある。
「これ、いくら?」
そう訊くと少女の表情がぱあっと明るくなった。
だが、少女が言った金額にシエナは耳を疑った。
「五十ゴルド!」
「ゴルド?」
確認するように尋ねると少女は「うん」と大きく首を縦に振る。
だが、彼が持っている通貨の名は「ガル」だ。
「ゴルド」なんて聞いたことがない。