青い雨、茶色の大地と、灰の空 ③
* * *
一方、噴水広場の前ではヴァルヴェルンが高々と遠吠えをあげていた。
その鳴き声の迫力は波動すら感じ、シエナもアッシュも目を逸らせないほど圧倒されていた。
ヴァルヴェルンが唸りながら鋭い眼差しを向ける。
そして、牙を向けて後ろ足を下げた。
――突っ込んでくる。
ヴァルヴェルンの動きを読んでいた二人はヴァルヴェルンの進行方向から割れるように転がって避けた。
だが、攻撃を空かしてもヴァルヴェルンは飛び上がり、すぐに体制を整えた。
腰を下ろして、すぐさま後ろ足で地面を蹴る。
行く先は――まだ跪いたアッシュの元だ。
勢いよく突っ込んでくるヴァルヴェルンを見ても、アッシュは冷静だった。
ヴァルヴェルンが腕を上げて彼を引っ掻こうとした時、どこからか滝のような水がカーテンのように流れて彼を守ったのだ。
ウンディーネの『水の盾』である。
いきなり出てきた水にヴァルヴェルンは驚いたのか動きが止まった。
シエナにとっては、それだけでも十分な隙だった。
背後から大きく振りかぶったシエナの斬撃がヴァルヴェルンを襲う!
しかし、ヴァルヴェルンもその影に気づいたのか、すぐに横に飛んで避けた。
斬撃は胴元に掠めただけで、微量な鮮血が地面に垂れる。
血《、》が流れるということは、奴にも有効打はあるということだ。
ヴァルヴェルンは精霊ではない。
魔物――つまり、生物だ。
「そう――こいつは他の召喚獣とは違う。どうにかできるんだ」
むくっと起き上がったアッシュが不敵な笑みを浮かべると、彼の笑みに応えるように水色と黄色のオーブが飛び交った。
そのオーブはシエナでもはっきりと視えている。
「安心しろ。こいつらもいる」
力強いアッシュの言葉に、シエナも深く頷く。
――大丈夫、大丈夫。
それは彼らが自分自身を奮い立たせる言葉でもあった。
シエナは剣を握りしめながら、こちらを警戒しているヴァルヴェルンを睨みつけた。
ただ、この長い石段は奴と戦うにはフィールドが狭すぎた。
そして自分たちの背後にある城下町には住民たちとゼファがいる。
ここを通す訳にはいかない。
「せめて、もう少し広ければな……」
ヴァルヴェルンを見据えながら、アッシュは奥歯を噛みしめる。
ーー広い、場所。
その単語が不意にアッシュの脳裏に過る。
アッシュはもう一度、今自分たちがいる立ち位置を確認する。
長い石段、先には城、後ろには街。
ならば、その横には、アレがあるはずだ。
そびえ立つ両脇の厚い塀を見て、アッシュは閃いた。
「シエナ……こいつを処刑場までおびき寄せるぞ」
ここが狭いなら、場所を移せばいい。以前彼自身が晒されていたあの場所に。
「でも、おびき寄せるって、どうやってやるんだよ」
ヴァルヴェルンや身軽で跳躍力のあるゼファならこの背の高い塀を飛び越えられるだろうが、彼らには難しい。
「そもそもどうやって俺たちがそっちに行くんだ」
そう会話をしているうちに、ヴァルヴェルンがシエナに爪を向けてきた。
咄嗟に反応して鋭い爪を何とか剣で抑え込む。
だが、火花が飛びそうなほどのそのパワーについにシエナも吹き飛ばされた。
倒れ込むシエナに追撃するヴァルヴェルン。
しかし、シエナの間に再び水の盾が現れ、ヴァルヴェルンの攻撃を防いだ。
水で弾かれたヴァルヴェルンの爪は塀を掠った。
その衝撃で塀は爪の跡が付き、そこだけ塀のかけらがパラパラと落ちる。
その光景を見て、シエナはハッと息を呑んだ。
――遠い未来で見た塀も、バラバラになって崩れ落ちていたのだ。
シエナは思わずアッシュに顔を向けると、アッシュはヴァルヴェルンに顔を向けてほくそ笑んでいた。
「ぶっ壊してもらうんだよ、こいつにな!」
あの爪にあのパワーならば、このぶ厚い塀でもヴァルヴェルンなら破壊できる。
少なくともアッシュは睨んでいた。
「上手く壁際に誘い込むぞ」
そう言いながら、アッシュはジリっと壁にへばりつく。
しかし、それはすなわちヴァルヴェルンの攻撃をギリギリで避けるということだ。
ウンディーネの水の盾も使えないし、失敗したら、間違いなく体を切り裂かれて絶命だ。
近いヴァルヴェルンとの距離感に、二人は息を詰まらせた。
どちらへ向かってもいいように、シエナはアッシュと離れた場所で塀にへばりついた。
ヴァルヴェルンは選んでいるのか、彼らをじっと見つめたまま動かない。
空気が張りつめ、雨音だけが響わたる。トクン、トクンと心音だけが高鳴って行く。
やがて、ヴァルヴェルンが大きく口を開き、体を少し後ろに引いた。
ヴァルヴェルンの後ろ足に力が篭る。
視線の先はーーアッシュだ。




