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旅路が俺を嫌っている  作者: 葛来 奈都
初っ端から時間旅行

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青い雨、茶色の大地と、灰の空 ①

一方で、ヴァルヴェルンはこれ以上悠長に待とうとはしなかった。

ヴァルヴェルンは振り上げながらアッシュに飛び込む。

咄嗟に下がるアッシュだが、「どけ!」とゼファが剣でその爪を抑えた。



だが、華奢なゼファではいくら剣で抑えてもヴァルヴェルンのパワーに勝てるはずがなく、上から来るヴァルヴェルンの重力にゼファはどんどん体を押しつぶされていた。



けれども、ヴァルヴェルンの片腕を抑えるだけでもシエナにとっては機転になり得た。

横からそのまま剣を振りかぶり、奴の顔面へと刃を向ける。

しかし、ヴァルヴェルンの野生の勘は冴えていた。

振るったシエナの切っ先をヴァルヴェルンはその大きな口で瞬時に噛んで止める。



「何!」

咄嗟に嚙みつかれた剣を抜こうとしたシエナだが、ヴァルヴェルンに噛まれた剣は押しても引いてもピクリとも動かない。

ヴァルヴェルンはというと、噛んだ手前、邪魔に思ったのか派手に口元を振り、柄を持っていたシエナごと吹き飛ばした。



吹き飛ばされたシエナは剣と一緒に壁に叩きつけられる。

「シエナ!」

吹き飛ばされた衝撃で蹲うずくまるシエナにゼファは声を荒げるが、彼こそ余所見する暇なんてない。

緩めてしまった力により、鋭利な爪が彼に近づいてきた。このままでは彼の体にこの爪が突き刺さってしまう。



それをさせまいとアッシュが立ち上がった。

「頼んだウンディーネ!」

アッシュは再び手から勢いよく水を出し、抑え込んでいたヴァルヴェルンの爪を払い除けた。

その水圧による攻撃に解放されたゼファはすぐさま後ろに下がり体制を立て直す。



アッシュの攻撃に怯んだヴァルヴェルンはまた後ろに飛んで距離を置いた。

だが、どうみても濡れているだけでダメージはなく、アッシュも思わず舌打ちをした。

彼の使える精霊たちではヴァルヴェルンにダメージを与えるには決定打に欠けているのだ。



「俺、今初めてもっと真面目に召喚術学べばよかったと思ったわ」

「俺も……もっとお前をサボらせなければいいって思ったよ」

苦笑するアッシュにゼファもため息につく。



そんなやり取りをしているうちにやっと復活したシエナが、ぶつけた腕を押さえながらゆっくりと立ちあがった。

痛みに顔をしかめるが、休む暇がないのは彼もわかっている。

「行けるか?」

「ああ……大丈夫だ」

心配するゼファの問いにふらつきながらもシエナは落とした剣を拾い上げた。

 


しかし、改めてシエナが臨戦態勢を取った時、もうヴァルヴェルンの標的は彼らではなかった。

ヴァルヴェルンは部屋の大きな窓に体をぶつけ、そのまま窓ガラスを突き破って城の外へ出たのだ。



「しまった!」

ゼファが慌ててヴァルヴェルンのほうへと駆け出すが、時はすでに遅い。

割れた窓から下を見ると、奴は城下町へと続く長い階段を走り去っているところだった。

「ゼファ、そのまま窓を開けておけ」

聞こえたアッシュの声にゼファは迷いなく窓を開ける。



大きく開かれた窓はキィキィと音をたてて風に揺れる。

こんなことをして何になるのかシエナはさっぱりわからなかったが、アッシュは答える前にシエナの首根っこを掴んだ。



「行くぞシルフ! ゼファも忘れるなよ!」

その言葉を合図に後ろから爆風が吹き出し、その勢いのまま開いた窓に向かって彼らは宙を舞った。

まるで風に乗っている彼らは悲鳴をあげる暇もないくらい猛スピードで空を飛んで行く。



目指す場所は、ヴァルヴェルンの上だ。



シルフの力を借りて飛んだ三人は勢力を落とさずヴァルヴェルンに乗り、体毛を掴んで奴を捕らえた。

だが、ヴァルヴェルンは彼らの重さも諸共せずに走って行く。

処刑場を抜け、このまま行けばもう噴水広場だ。これでは、街が壊されてしまう。



「止まれよ!」

シエナはヴァルヴェルンの足に向けて力いっぱい剣をその場で突き刺す。

それが彼らの最初の一撃となった。



痛みを感じたのか、ヴァルヴェルンは喚き始めて体を大きく振るった。

そのパワーには勝てる訳がなく、三人はその場に落とされた。



彼らが落ちた場所はもう噴水広場と目と鼻の先であった。

雨音に混じりながら、街では住民たちの悲鳴が聞こえていた。

運悪く街に出ていた者がヴァルヴェルンの姿を見てしまったのだ。

住民は傘を捨て、ずぶ濡れになりながら尻尾を巻いて走り出す。

だが、みんながみんな一斉に走り出すから街はパニックに陥っていた。



そんな街中が気になるのか、ゼファの視線は無意識に民衆に向けていた。

明らかに雑念が入っているゼファは戦いに集中し切れていない。

そのことにアッシュは気づいていた。



「……お前は一旦街に行けよ」

ヴァルヴェルンを見据えながら、アッシュは低い声でゼファに言う。



「そんなことできる訳がないだろ!」

目の前にヴァルヴェルンがいるのに、アッシュとシエナを置いて自分だけ戦いに参加しないなんて、ゼファにはできなかった。

しかし、アッシュはわかっていたのだ。

ゼファにはゼファにしかできないことがある――王位継承者である彼にしか。



「ウィスタリアが死んだ今、残っているのは誰だ? 自分の役目を弁えろよ」

「しかし、それではお前たちが!」

ゼファは苦しかった。

アッシュの言うことはぐうの音がでないくらい正論だ。

しかし、ここで友を置いて、自分だけ前線から去るのも心苦しい。



そんなゼファの心境だって、アッシュは痛い程わかっていた。

「……シルフ」

アッシュに呼ばれたシルフは緑色のオーブとしてふわふわとアッシュの周りに飛ぶ。

風の精は彼が最初に召喚できるようになった相棒だ。だからこそ、アッシュは彼女に命じた。

「……ゼファのサポートを頼む」

シルフは納得したように一度上下に揺れると、すぐさまゼファの元へと飛んで行った。



「アッシュ……」

彼の計らいに胸が熱くなったゼファはつい構えていた剣を降ろした。

そんな彼をアッシュはにっと笑いながら送り出した。

「終わったらすぐ戻ってこいよ」

「……ああ!」

そしてアッシュとゼファはパチンとハイタッチした。



そのやり取りをシエナは「やれやれ」と傍らで眺めていた。

だが、彼らの熱い友情に余韻を浸るほど余裕はない。

「……ということで、一緒に頼むわ」

「おう、任せとけ」

ほくそ笑むアッシュに、シエナも得意気に笑う。



とにかく今は時間を稼ぐことだけを二人は考えていた。

せめて、住民が避難を終えるまで……そして、ゼファがこの場に戻るまで。

二人のコンビネーションが試される時が来てしまった。

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