潜入、魔王城 ④
瓦礫の上に乗ったウィスタリアの遺体は吹き飛ばされた衝撃で体がくの字に屈折しており、隙間からも彼の血液が留まることなく流れていた。
変わり果てたウィスタリアの姿を見て、シエナはあの光景を思い出していた。
自分が視たアクバールの成れの果てのことだ。
飛び散った血、転がる骸、破壊された建物。
その未来の引き金になる元凶が今、目の前にいる。
ここで自分が食い止めなければ未来は変わらないのに、シエナの体は震えが止まらなかった。
ウィスタリアを瞬殺したほどの速さ《スピード》と力を目の当たりにしてしまったのだ。そんな相手とこれから闘おうとしているのだから無理もない。
絶望しているのはシエナだけではなかった。
目の前で唯一の親族を亡くしたゼファもこの事実を受け止めることができず、呆然と立ち尽くしていた。
そんな絶望の淵に立っている二人にヴァルヴェルンは決してためらわなかった。
唸り声をあげ、ウィスタリアの血液がついた前足でゆっくり、ゆっくり、と彼らに近づく。
睨みを効かせながら近づいてくるヴァルヴェルンにシエナもゼファも恐怖のあまり指一本も動かすことができなかった。
敵う、はずがない。
そんな不安が彼らの脳裏に過る。
だが、この男は諦めていなかった。
「お前ら下がれ!」
いきなり聞こえたアッシュの張り上げた声にシエナとゼファはビクッと肩を竦めた。
ハッと我に返ると、アッシュが庇うように二人の前に立ち塞がった。
しかし、ヴァルヴェルンはすでに大きな腕を振り上げている。
やられる。
そう思った二人だが、アッシュは咄嗟に手を前へと伸ばしだした。
「水の精!」
力強い声と同時にアッシュの手から魔法のように水柱が出てヴァルヴェルンの腕を抑え込んだ。
水に怯んだヴァルヴェルンは即座に後退し、三人と距離を取る。
ヴァルヴェルンは唸り声をあげるものの、警戒しているのか飛びかかろうとしてこない。
ひとまずは事態を切り抜けることができ、アッシュは安堵の息をついた。
「……ったく、純血じゃねえ上に召喚したことのない素人がこんな化け物と契約できる訳ないだろ」
アッシュはもう動かないウィスタリアに向かってそう言い捨てると、呆れたようにため息をついた。
だが、相手が召喚獣ならば、まだ打つ手がある。
しかも、それは召喚士であるアッシュにしかできないことだ。
「ゼファ! シエナ!」
アッシュに呼ばれた二人は彼のほうに顔を向ける。
「こいつを封印する! 力を貸せ!」
アッシュの力強く言ったその言葉にシエナとゼファは目を瞠った。
――そうだ、まだ終わっていない。
シエナはギュッと持っている剣を強く握る。
もう、ここは彼が見た未来の世界ではない。
ゼファがいて、アッシュがいる。
まだ、この世界は未来に抗える。
「わかったぜ、アッシュ!」
シエナはニッと笑い、改めて剣を構えた。
――変えるんだ、あの未来を。
迷いがないくらい凛とした眼差しになるシエナを見て、ゼファも小さく笑った。
「やれやれ」と言いながら。ゼファもまた剣を構え始める。
「王位継承者として、落とし前つけるしかなさそうだな」
だが、口角を上げた口元は「不敵な笑み」そのものだったので、アッシュも釣られて笑った。
そんな気合いに満ち溢れた彼等をヴァルヴェルンは唸り声を上げ、牙を向ける。
先ほどのウンディーネの攻撃により濡れた体をブルブルと震わせ、雫を飛ばす。
この動作ですら勢いが良く、離れた彼らの足元ですら水が飛んだ。
「いいか、お前ら……」
ヴァルヴェルンの姿を捉えながらアッシュは低い声で二人に告げる。
「正直、魔法陣で封印できる相手じゃねえ。だから、俺が何とかできるくらいまで少しでもこいつを弱らせろ――できるか?」
視線だけを向けるアッシュに、シエナはニヤリと笑う。
「『できる』『できない』じゃなくて……やるっきゃねえんだろ?」
そんな強気なシエナに思わずアッシュも頬を緩めた。




