潜入、魔王城 ③
「アッシュ! ゼファが!」
シエナは自分を止めるアッシュの腕を振り払おうとした。
だが、彼の表情にシエナは思わず息を止めた。
アッシュの表情はこれまで見た中で一番剣幕で、緊張していたからだ。
「ここから動くんじゃねえぞ……」
低い声でアッシュはヴァルヴェルンを睨んでいた。
これがゼファとウィスタリアの戦いだからシエナを止めたのもある。
しかし、一番の理由は違う。
これからの戦いに体力を温存しておくため。
そして、不要にヴァルヴェルンに近づけさせないためだ。
その意図を汲み取ったシエナは、いつでも戦えるように腰を下ろして剣を構えた。
一方、部屋の奥ではゼファとウィスタリアが剣を交えていた。
激しい金属音のぶつかり合う音が室内に響き渡る。
ゼファの突くような斬撃でもウィスタリアは華麗に受け止めていた。
そしてゼファが剣を引くと同時に今度はウィスタリアが剣を突き出す。
それをゼファはバックステップでよけ、剣も弾き返す。
攻撃スタイルも似ており、実力も互角。
だが、ウィスタリアは顔がにやつくほど余裕を見せていた。
「……堕ちたか。ウィスタリア」
臨戦態勢のままゼファはウィスタリアを睨みつけるが、ウィスタリアは「ククッ」と短く笑っただけだった。
「堕ちただと? 堕ちたのはどちらだ」
剣を下ろしたウィスタリアは両腕を広げて高らかに笑う。
「お前らは何も思わないのか。あの時先代国王が戦っていれば、グライス家が戦っていれば、この国は勝っていたかもしれない。こんなにも国民の犠牲が出なかったかもしれない。だから私は戦うのだ。そして、我が父である先代国王を殺した敵国に復讐する。それが何が悪いというのだ」
戦うこと。それがウィスタリアに与えられた使命だった。
それが、自分を「切り札」として育て上げた先代国王の意思である。少なくとも彼はそう思っていた。
ウィスタリアの高笑いを聞きながらも、ゼファは剣を構えた。
「それでも――俺はお前を止めるぞ」
そしてゼファが剣を振り上げた時、ウィスタリアは勝ち誇ったように頬を綻ばせた。
「さあ、行くぞ……ヴァルヴェルン」
その笑みにアッシュの背筋が凍った。
「ゼファ! 下がれ!」
堪らずアッシュが声を荒げる。
その声と同時にヴァルヴェルンを封印していたクリスタルにひびが入った。
「逃げろ、ウィスタリア!!」
アッシュは腕を伸ばして風を吹き上げた。
シルフの風の力で彼らを引き戻そうとしたのである。
だが、アッシュが吹き起こした風で捉えられたのはゼファだけだった。
一瞬で引き戻されたゼファは風の力が解かれた途端バランスを崩してその場で跪いた。
ただ――ウィスタリアは手遅れだった。
ゼファが顔を上げた時、あまりにも驚愕的な光景に言葉を失った。
ゼファだけではない。
シエナもアッシュですら声をあげることができなかった。
確かにクリスタルは割れた。
しかし出てきたのは、鋭い爪がついたヴァルヴェルンの前足だけだった。
その前足は……ウィスタリアの胸部を貫いていた。
「なん……だと……?」
貫かれた自分の胸に触れながら、ウィスタリアは徐に振り向いた。
そこには、クリスタルからゆっくりと出てくるヴァルヴェルンの姿があった。
それが、彼の見た最期の光景だった。
ウィスタリアの胸からどくどくと深紅の血液が流れる。
その血液を弾くようにヴァルヴェルンは大きな前足を振るった。
振り払った衝撃でウィスタリアは部屋の壁に吹き飛ばされた。
ウィスタリアがぶつかった壁はその衝撃で障壁が砕ける。
それと同時に何か鈍い音がしたが、三人は考えないことにした。
ウィスタリアが絶命したことは、十分すぎるほど理解できていたからだ。




