こんな日は誰も彼も落ち着かない ①
翌日。
ゼファがアイビーの家に行くと、二人が寝床にしている部屋にはアッシュしかいなかった。
「シエナは?」
「リビングで一服してるって言ってたが……お前、会わなかったのか?」
「ああ……まあ、またふらりとどこかに行ってるかもしれんな。それに、今はこっちのほうが都合がいい」
そう言いながら、ゼファはシエナが寝ているベッドに腰かける。
「そういえば、街の外では面白いことになってるぞ」
「面白いこと?」
「ああ。アッシュ……お前、死んだことになってるぞ」
「なんだって?」
ククッと肩を揺らすゼファにアッシュは眉をひそめる。
なんでも、ここまで来る途中に街の者がそんな噂を耳にしたらしい。
「国王側からしてみれば当然だ。こっちも迂闊に外に出られないのがわかっているから、奴もそうするのが手っ取り早いのだろう」
「そりゃそうだが……これは傑作だな」
アッシュは乾いた笑みを浮かべながらベッドの上であぐらをかく。
どうせ死ぬ身だった彼にとって、街の連中がどう思っているかなんてどうでもいいのだ。
「で……『都合がいい』ってどういうことだよ」
アッシュは先ほどゼファが言った言葉を聞き逃さなかった。
しかし、ゼファも誤魔化そうとはしなかった。
むしろ、「話が早い」となんの脈絡もなしに彼に切り出した。
「お前……ウィスタリアがグライス家の人間だってことに気づいていたんじゃないか?」
その問いに反応するようにアッシュの眉が微かに動く。
「誤魔化しても無駄だぞ。なんせお前……魔法陣の中に磔にされていたんだからな」
むしろ、アッシュは封印術をかけられた際にかけてきた人物を見ているはずだった。
それでなくても、国王軍の中に自分と同じ召喚士の人間がいることはこの時点で気づくはずだ。
推測含めてゼファは話すと、アッシュは諦めたように息をついた。
「……知ってたよ」
その答えに、ゼファの胸がちくりと痛んだ。
昨晩あれだけアイビーと話したのに、まだ彼の中ではウィスタリアのことを信じていたのだろう。
一瞬にして表情が曇ったゼファは痛ましそうに言葉を紡ぐ。
「あそこで死ぬはずだったから、『これは墓場まで持っていけってことなんだな』って思って過ごしていたよ」
磔になりながら、アッシュはこの国の闇を直に感じていた。
きっと自分の知らないところでこの国はとんでもないことを目論んでおり、その目論見に自分たちグライス家が邪魔な存在だということもわかりつつあった。
「一体、どれくらいの国民がこのことを知っているんだろうな」
アッシュの声が途端に沈む。
彼自身もあの頃を思い出すと胸が苦しくなった。
それを振り払うようにアッシュは天井を仰ぎ、深く深呼吸をした。
「……これからどうするんだ?」
上を向きながら、アッシュはゼファに尋ねる。
「……国王を止めるのか?」
その言葉にゼファは思わず言葉を詰まらせた。
彼が良からぬことを考えているなら、自分は止めるべきだ。
そう覚悟していた。
覚悟をしていたのに、臆している自分もいた。
地位、軍事力、どれも自分に勝っているものはない。
そんな状態でウィスタリアに抗うのはあまりにも無謀だ。
それは、ゼファが一番よくわかっていた。
それでも、彼は足を止める訳にはいかなかった。
「……止めるよ。俺は、あいつの従弟だから」
その言葉には、迷いも偽りもない。
そんな凛とした表情になるゼファにアッシュはフッと小さく笑った。
「……それを言っちまうのなら、俺も黙っている訳にはいかないだろうよ」
ゼファの理論でいくと、グライス家の血筋であるウィスタリアをアッシュも止めなければならない。
といっても、彼の場合はそうでなくてもゼファと共に行くつもりだった。
それが、グライス家の生き残りである彼の使命であるはずだから。
「ま、そんな半端者がすぐに扱えるほど召喚術は甘くないんだけどな」
ニヤリとアッシュは歯を見せ笑う。
その笑みに彼の不敵さと鬱憤がたまっていたので、ゼファは逞しさと共に恐怖を感じた。
この召喚士、敵に回すと厄介である。
つくづくそう感じたゼファはつい頬を引き攣らせた。




