隠し事はすぐバレる ②
◆ ◆ ◆
シエナが部屋に戻るとアッシュが窓の外を眺めていた。
小さな窓から見える月は雲が薄っすらとかかっており、ぼんやりと光を帯びている。
「なんだ、起きてたのか」
軽く笑いながらシエナはベッドに戻ろうとする。
だが、アッシュがあまりにも神妙な顔をしてこちらを見てきたので、思わずシエナも固まった。
「……アッシュ?」
名を呼んでもアッシュは何も答えなかった。ただ、鋭い眼差しでシエナをずっと見つめる。
暫時の沈黙の後、ようやくアッシュが口を開いた。
「……お前、もう休むのか?」
「え?」
「休むならいい。でも、まだ起きていられるなら少し付き合ってほしい」
そう言いながらアッシュは表情を変えないままゆっくりとシエナに歩み寄る。
そんな神妙な顔つきのアッシュにシエナは戸惑っていた。
彼とは出会って間もないとはいえ、いつもの気怠そうな空気感はまったく感じられない。
「い、いいけど……何があったんだ?」
只事でない様子にシエナもごくりと唾を呑む。
だが、そんな緊張しているシエナとは違い、アッシュは「そうか」と薄ら笑った。
彼の突然の不気味な笑みにシエナにぞくっと悪寒が走る。
だが、シエナが退く間もなく、アッシュはいきなりシエナの腕を掴み、そして唱えた。
「シルフ」
それはシエナが腕を振り払うことも、瞬きをすることもできないくらい刹那の出来事だった。
窓を閉め切っている部屋なのに前を見ていられないほどの突風が吹いてきた。
シエナは咄嗟に顔を腕でガードするが、視界は白くて何も見えない。
だが、それだけ息置きが強かった風も突然止み、視界も良好になった。
しかし、見えた景色はアイビーの家の屋根裏部屋なんかではない。
このアクバールの街を一望できるほどの高い屋根の上だった。
見開いた目でシエナはアッシュを見るが、彼は淡々としていた。
「……これくらいの距離なら一瞬で飛べるんだよ」
アッシュは掴んでいたシエナの腕を解き、街を見下ろすように屋根の上に腰かけた。
「なあ、シエナ……あれが見えるか?」
アッシュが指差すほうへシエナは顔を向ける。
そこにあったのは街の入り口の門だった。
現代のアクバールにもあったのでシエナは覚えていた。
彼が記憶している限り、あの門に「アクバール」と街の名前が書いてあった。
だが、この門はあの時見たものと決定的に違うところがあった。
「……なんだよ、あれ」
それはこんな屋根の上からでもはっきりと見えた。
門が出入りできないように封鎖されているのだ。
しかも、夜間なのにもかかわらず門に近づけないように兵士がずらりと整列して見張っている。
これでは、誰も近づけない。
この光景にシエナは顔が青ざめるくらい絶句した。
体の体温がどんどん下がり、冷や汗をかいているのが自分でもわかった。
入れないのだ、どう足掻いてもこの国に。
「俺が言いたいこと、わかるだろ?」
シエナの胸内を察するかのようにアッシュが声のトーンを落とす。
「死刑囚の俺の見張りがたった三人。それなのに門の見張りはあの人数だ。国王がどちらを重要視しているかよくわかる」
夜空を仰ぎながら淡々と語るアッシュの声には抑揚がない。
だが、その落ち着きがシエナは却って恐怖を感じた。
夜の冷たい風が彼らの間を吹き抜ける。
――厳重警戒中。
以前、ゼファはこの街のことをそう言っていた。
それが、この国の鎖国のことを言っていたとすれば、シエナも納得できた。
迂闊だった。
この街並みが現代のアクバールと変わりなかったし、外側からだと門が封鎖されていることにも気づかない。
そもそもあの青いオーブに飛ばされた場所も噴水近くだったので侵入経路の言い訳だなんて今の今までシエナの頭にはなかった。
アイビーも日記でシエナのことを気にかけていた。
その意味をシエナはようやく理解できたのだ。
「……俺だってお前を疑っている訳ではないんだ。お前は俺とゼファを助けてくれた。それは紛れもない事実だ。ただ……わからないんだよ、お前のことが」
夜空を仰いでいたアッシュが、ゆっくりと顔をこちらに向けてくる。
口調は柔らかいが、眼差しは鋭く、シエナを疑っていることが彼も嫌でもわかった。
「なあ、教えてくれないか?」
アッシュの低い声が、その黒い瞳が、顔が強張り、緊張して震えるシエナを見据える。
「お前……一体どこから来たんだ?」




