突撃、自宅訪問 ⑥
「空っぽなんて、そんなはずは……」
ゼファ曰く、ここには歴代の研究員の研究レポートが保管されている。
全員なんらかの研究をしているし、むしろ研究レポートがあるから召喚ができるようなもの。
だからあの面倒臭がりなアッシュの研究レポートですら保管されているのだ。
研究レポートがない……ゼファが結びついたのは最もシンプルな理由だった。
「……誰かが意図的に持ち去った」
「なんだって?」
ゼファの予想にシエナは目を剥く。
だが、それならば魔導書が一冊抜けているのもわかる。
二人は慌てて空っぽの棚に書かれている名前に目を向けた。
そこに書かれていた名前は「アザリア・グライス」という女性のものだった。
「知ってるか?」
シエナに訊かれるが、ゼファは首を振った。
つまり、現役の研究員ではないというころだ。
――だが、少しずつ霧は晴れてきた。
アザリアの名を見つめながら、ゼファは息をつく。
「……帰るぞ」
一言言うとゼファはシエナに背中を向け、無言で研究所を出ようとする。
「あ、待てよ」
シエナとシルフも駆け出してゼファの後に続く。
しかし、シエナが隣について顔を覗き込んだ時、彼は何か考え込んでいたようだった。
「どうした?」
シエナが心配しても、ゼファは「いや……」と首を振る。
だが、その表情はどこか緊張しており、いつもより強張っているように見えた。
◆ ◆ ◆
アイビーの家に戻った頃にはもうすでに日が暮れていた。
家のリビングに向かうと、アイビーとアッシュが茶を飲んで一休みしていた。
アイビーはこれから店が開店するから、早めの夕食を取っていたらしい。
「おかえりなさい。収穫はありましたか?」
「まあ、ぼちぼち」
そう言ってゼファはアッシュに彼の鞄を渡す。
「サンキュー。ようやくまともな服を着れるぜ」
ニッと笑いながらアッシュは自分の鞄の中を漁る。
未だに半裸だった彼はまずはグレーのシャツを取り、さっそく頭からかぶってそれを着た。
「お、わかってるじゃねえか」
嬉しそうに口角を上げたアッシュが取り出したのは麻でできた白いローブだった。
「まあ、お前の言う『アレ』って言ったらそれだろ」
ゼファは家を出る前に言われたことを想起しながらアッシュに言う。
「流石ゼファ様だ」
「こういう時だけ調子のいいことを……」
呆れながら息を吐くゼファだが、アッシュは構うことなくオーブを羽織る。
「おし、これで完璧」
フードを整えながらアッシュはニンマリと笑う。
だが、袖口はだぼっとしており、長すぎて腕が出ていない。
「それ、でかくねえの?」
すかさずシエナが疑問をぶつけるが、アッシュは「これが落ち着くんだよ」とあっけらかんと答える。
どうやら、これが彼の正装らしい。
そんな彼らのやり取りをアイビーは微笑ましそうに眺めていた。
「アッシュも無事に着替えを手にしたところですし……みなさんも夕食に致しますか?」
「いいのか!?」
「夕食」の言葉にシエナの目がキランと輝く。
しかも食べてもないのに口にはもうよだれが溜まっていた。
「お前は少しくらい遠慮しろよ……まあ、俺も同じだけど」
シエナを半目で見ていたアッシュだが、すぐに呆れたように息をついた。
一方、ゼファは口を閉ざしながらずっと何かを考えていた。
「どした?」
アッシュが尋ねてみてもゼファは「何がだ?」と惚ける。それは同時に「俺に構うな」という意味も含まれていることをアッシュは知っている。
「ゼファ様も一緒に夕食食べられますか?」
一瞬強張った空気を崩すように労うアイビーだったが、ゼファは「いい」と首を横に振った。
「俺は帰る。しばらくばたついていたからな。たまには家でゆっくりするよ」
そう言ってゼファは席を立ち、踵を返す。
今日のところはここでお暇するようだ。
「アイビー」
帰り際、ゼファに呼ばれたアイビーはすかさず返事をした。
「店が終わったら……お前だけでうちに来てくれないか?」
いきなり請うてくるゼファにシエナとアッシュは不思議そうに首を傾げる。
それでもアイビーはいつもの穏やかな口調で「かしこまりました」とお辞儀をした。
「それでは、あとは頼んだ」
それだけ言い残したゼファはアイビーの家を後にする。
アイビーはゼファが部屋の扉を閉めるまでずっと彼に頭を下げていた。
そして扉が閉まる音が聞こえた時、ようやく彼は顔を上げる。
だが、その表情が先ほどまでとは打って変わって憂鬱そうなほど曇ったものになっているとは、誰も気づいていなかった。




