突撃、自宅訪問 ①
目を開けると、アッシュは暗闇の中にいた。
一筋の光も射し込んでこないほどの闇だった。
ただ、こんなにも真っ暗なはずなのに、自分のつま先はしっかりと見えた。
正面ですら何も見えないくらいの闇なのだから、そんなことありえないはずだ。
奥へと歩もうとしたが、体をピクリとも動かすことができなかった。
そこでようやく自分が何かに縛られていることに気づいた。
ハッと顔を上げるとゼファが自分に背中を向けていた。
「ゼファ?」
名前を呼んでみるが、ゼファの返事はない。
「おい、ゼファ!」
今度は力強く呼ぶ。
だが、ゼファは振り向くどころかその場で跪いた。
蹲ったまま動かないゼファをよく見ると背中から赤い血が流れていた。
彼の背中にはいくつもの斬撃がついていた。
そこから溢れ出る血は留まることなく、彼の足元を血の海にする。
このままだとゼファは死ぬ。
けれども括りつけられたアッシュは駆け出すことも、手を伸ばすこともできない。
ただ、彼が死んでいくのをこの場で見ているだけだ。
「ゼファ! おいゼファ!!」
ゼファの体が暗闇の吸い込まれるように沈んでいく。
そしてアッシュも、抵抗する術もなくこの闇に吞まれ――
そこで、アッシュは目が覚めた。
勢いよく飛び起きると、そこには闇もゼファもいなくなっていた。
目の前にあるのは木造の壁。
視線を下にすると柔らかい羽毛布団があり、振り向くとベッドがある。
ここはもう城の牢獄ではない。
アイビーの自宅の屋根裏部屋だ。
その証拠に、横を見ると隣のベッドで布団に包まったシエナが寝息を立てて眠っていた。
なんだ、夢かよ。
深い息をつきながら、アッシュは羽毛布団に顔を埋める。
ふと額に手を当てると、汗がびっしょりかいていた。
汗は背中までかいており、アイビーから借りた服も湿っていた。
アッシュは仕方なく上衣を脱いでまた布団の中に入った。
とてもいい夢ではなかったが、既視感があった。
むしろあそこまではっきりと夢だとわかるのに、妙なリアリティーを感じた。
手首を縛られた感覚だって、未だに残っている気がする。
せっかく久しぶりに温かい布団の中で眠れるのにこんな夢を見てしまったものだから、アッシュは興ざめな気分であった。
ふと体を横にするとシエナの寝顔が目に入った。
今日の色々あった出来事なんて気にしてなさそうなほど安らかで幸せそうな寝顔だった。
ここまで熟睡されるものだからアッシュはシエナを羨ましく感じた。
窓からは月明かりが射す。
月が昇っている彼らが眠りについてまだ数時間程度しか経っていないということだ。
ぐったりとしたアッシュは目をつぶり深呼吸する。
ここは安全地帯なはずなのに、彼は緊張していた。
ウィスタリアに囚われている時は生きている心地がしていなかった。
いつ殺されるかわからなかったものだから、目を閉じたところで次に目を覚ます自信がなかったのだ。
もう大丈夫。
けれども眠りにつくのをためらうのは、まだ彼に恐怖心があるからだった。
精神的にはそう思っていたものの、体は休息を欲していた。
そのため、目を閉じて数分もしたら彼は再び眠りについた。
眠りにつくというよりかは、意識がなくなったのに近かった。
「アッシュ……おい、アッシュ」
名を呼ばれてアッシュはうっすら目を開ける。
ぼんやりと青い髪のシルエットが見えたので、すぐに声の主がゼファだと気づく。
「なんだ……生きていたのか」
アッシュはむくっと起き上がりながら目を擦る。
「『生きていたのか』とは失敬だな。起きて早々人を殺すのかお前は」
アッシュの言葉にゼファはムッとしたが、「まあ、いい」と一息ついた。
「飯だ。早くしないとシエナに全部食われるぞ」
ゼファはそう言いながらアッシュに背を向け、階段へと歩み出す。
ゼファに言われるまで気づかなかったが、隣のベッドを見ると寝ていたはずのシエナがいなかった。おそらく、先に下の階にあるリビングに行っているのだろう。
「……あいつなら、本当に食いかねないな」
「やれやれ」と思いながら、ゼファは面倒臭そうにベッドから出る。そして大きな欠伸をしながらゼファに続いて階段を下りた。
生きている。
ゼファも、そして自分も。
密かに安堵した彼の顔は、誰も見ていない。




