日記、勝手に見てごめんなさい ⑥
笑うシエナとは裏腹にゼファはまた顔を強張らせ、腕を組み座り直す。
「そもそも、それができない様に召喚士は召喚術の他に封印術も使えるんだ」
「ふういんじゅつ?」
また新しい言葉が出てきたとシエナは渋面した。
だが、ゼファ曰くその術の類いはすでにシエナも見ているらしい。
「さっきアッシュの足元に描かれていただろ?」
「ああ、あの魔法陣のことか?」
「そうだ」
ゼファはコクリと頷く。
「元々は力が暴走した召喚師や召喚した精霊を抑え込むための術だったらしい。先ほどの魔法陣は見た通り、中にいると召喚の力が使えなくなるって奴だな」
だから魔法陣の中にいたアッシュは召喚術を使えず囚われたままだった。
そう説明するとゼファにシエナは「なるほどねえ」と合点したように頷いた。
「悪ガキだったアッシュがよくあの中に入れられて反省させられていたよ……今はただの拷問のための術でしかないがな」
そう続けるゼファは魔法陣の扱いの差に嘆くように哀愁漂う眼差しで遠くを見つめた。
――待てよ。
嫌な気づきに、ゼファの表情が突然固まる。
「ゼファ?」
途端に黙りこくゼファにシエナは声をかけるが、ゼファに反応はなかった。
代わりに能天気な別の声が彼らの会話に割り込む。
「あー……さっぱりした」
背後から頭をごしごしと拭く音も聞こえたので、ゼファとシエナは徐に振り返った。
そこにはバスタオルを腰に巻いただけの半裸のアッシュがいた。
砂や埃で塗れていた体の汚れは綺麗さっぱりと取れ、彼の表情も清々しい。
「なんだお前ら、まだ話し込んでいたのか」
アッシュは頭を拭いていたタオルを首にかけ、白のメッシュが入ったくせの強い黒髪を搔き上げながら腕を組んだ。
そんな無防備な恰好のアッシュにゼファは顔をしかめる。
「お前、服を着ろよ」
「なんであんな汚い服をまた着なきゃいけねえんだよ、せっかく綺麗になったのによお」
すぐに反論するアッシュだが、その言葉がごもっともでゼファも言い返せないでいた。
ため息をついたゼファは諦めたようにアイビーに請う。
「……悪いがこいつに服を貸してやってくれ」
「かしこまりましたよ、ゼファ様」
微笑ましそうにしながらアイビーは一礼する。
アッシュの服を取りに行こうと部屋の奥へ行こうとしたアイビーだが、何か思い出したのか、ピタッと足を止めた。
「そういえば、アッシュとシエナ君はどこに寝泊まりするのですか?」
「あ」
アイビーの素朴な疑問に、三人は声を揃える。
一文なしのシエナと、脱獄囚のアッシュ。
無論、宿には泊められないし、そもそも泊まれない。
「やっべー、考えてなかった」
「俺も俺も」
「お前ら……意外と吞気なんだな」
意外とあっけらかんとしている二人にゼファの目は半目になる。
「ひとまず、決まるまでは我が家に泊まりますか? 屋根裏部屋でよければ、という前提ですが」
「マジか、アイビー」
「俺もいいのか?」
アッシュはともかく、シエナまでもとは本人も思っておらず、シエナは驚いたように自分を指差す。
そんな二人にアイビーは優しく微笑んだ。
「勿論ですよ。なんせ、ゼファ様のご友人と恩人の方ですから」
彼の厚意にシエナとアッシュは「おっしゃ!」と手を叩いて喜んだ。
「やったなアッシュ。今日はお互い屋根のあるところで寝れるぜ」
「ああ。これでもかというくらい寝てやるよ」
二人とも顔を見合わせながら嬉しそうに会話を弾ませる。
だが、その隣のゼファは表情が曇っており、口を噤んでいた。
「で、ゼファはどうするんだ?」
急にシエナに声をかけられ、ゼファはハッと顔を上げる。
「悪い。聞いてなかった」
「だから、お前も一緒に泊まるかってこと」
「あ、ああ……なんだ。いや、俺はいい。俺は家があるし、何よりこれ以上厄介になるのはアイビーに悪い」
「おや、私のことは気になさらずに」
気を遣わせたと思ったアイビーはすぐに否定したが、ゼファはそれでも首を振った。
「……帰ってやることもあるしな」
「そうですか。それなら」
断るゼファにアイビーはそれ以上何も言わなかった。
ただ、その表情はどこか不安気で、心が疼いているように見えた。
その訳を、シエナはまだ知らない。
ただ、アッシュだけはゼファの顔の強張りとアイビーの表情の変化を見逃していなかった。
彼らの長い一日はこうして終わる。
だが、これも束の間の休息でしかないということは、ゼファが一番わかっていたのかもしれない。




