日記、勝手に見てごめんなさい ③
そう言ってアッシュはヒラリと手を振り、彼らに背中を向ける。
「アイビー、浴室貸してくれ。流石に体が汗と汚れでべたついてたまんねえ」
「あ、おい――」
呼び止めようとしたゼファだが、アッシュはアイビーの了承も得ずに奥の部屋へと入って行った。
「あいつ……逃げたな」
シエナへの説明を全て押しつけられたゼファはばつの悪そうに頭を掻く。
ふとシエナのほうを見ると、満面の笑みを浮かべながら両手で持ったパンを食べていた。そんな気の抜けるような表情に深くため息をついた。
「……改めて聞くが、お前はこの街についてどこまで知っている」
「名前がアクバールってことだけかな」
「つまり、ほとんど何も知らないっていうことだな」
そう言う割にお気楽モードなシエナにゼファはさらに呆れた。
こんな様子で、よくこの街に来れたものである。
「……まず、どこから話せばいいか。いや、むしろお前がまず何から知りたいか聞けばいいのか」
崩れた姿勢を立て直し、指を絡めて両肘を机に突いて前のめりになる。
まるで、「なんでも聞いてこい」と言っているようだ。
真剣な表情になるゼファに応えるように、シエナもパンをほおばりながら考える。
「……アッシュって何者?」
「なるほど、そもそもそこからか」
ゼファは腕を組み、しばらく考えた。
「アッシュ……いや、グライス家は召喚師だ」
「しょうかんし?」
「それも知らないのか? 契約した精霊や聖獣の力を借りて操ることができる召喚術の使い手だ。」
丁寧に説明をするゼファだったが、シエナは終始訝しい顔をしていた。
召喚師のことを知らない訳ではない。
ただ、実際に目の当たりにするのは初めてだった。
なんせ、召喚術も魔法と共に滅んでしまった過去の産物。
そのため、未だにアッシュが「召喚士」という実感はなかった。
「ちなみに、さっきの緑色の姉ちゃんは?」
「あれは風の精のシルフ。その名の通り風の力を借りることができる。勿論、風を操ることもできるが、召喚士の能力が高いとあのように瞬間移動もできる」
「能力が高いって……アッシュの奴、優秀なのか?」
「優秀……ではない。いかんせんあの性格だからな。面倒臭がって諸々手を抜く。だが、シルフはあいつが初めて召喚に成功した精霊だ。相性はいいんだろ」
「へー……詳しいな、ゼファ。そういえば、幼なじみなんだっけ?」
感心しながらシエナは皿に入っていたスープを飲み干す。
「元々召喚士と結託が強い国だからな。俺も幼い頃からよくあいつのいる集落に通っていた。シルフはその頃からアッシュに契約されていたからよく遊んでもらっていたよ」
「え、精霊って遊んでくれるのか?」
「シルフは特別。それくらいあいつらは信頼関係が築かれてるってことさ」
意外そうに目を丸くするシエナにゼファは笑う。
「とは言っても、俺も全ての精霊や召喚獣を網羅している訳ではない。勿論、グライス家にしかない知識もあるし、国家機密として丸秘にしていることもある。国家機密を握るほどだ。この国にとってグライス家は重要な人物で、知らない奴もいないんだけどな……」
ゼファの言わんとしていることが伝わり、シエナは「ははは……」と乾いた笑みをこぼした。
その一方で「知らないのながら仕方がない」と開き直ってもいた。