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旅路が俺を嫌っている  作者: 葛来 奈都
初っ端から時間旅行
17/54

日記、勝手に見てごめんなさい ②

置いてけぼりになっているシエナを見て、ゼファは「ああ」と呟き、男を紹介する。

「彼がアイビー。昔、俺の家の使用人だった男だ。今はこうして酒場を営んでいる」

「へー。使用人って、やっぱりゼファの家は金持ちなんだな」

「……そうかもな」

 


なんとなしに言ったシエナだったが、ゼファは苦虫を噛みつぶしたような微妙な表情を浮かべる。

なぜそんな顔になるのか不思議だったが、今の彼には深追いする気力はない。

気にかけながらもシエナはアッシュの向かいに座る。

 


そんなやりとりをしているうちにアイビーが水の他に温かいスープとパンを持ってきた。

最早意識があるのかわからないほど項垂れていたアッシュだが、置かれたスープの匂いに反応してゆっくりと顔を上げる。



「胃がびっくりしてしまうから、スープから飲むんですよ」

アイビーはそう言ったものの、アッシュはもうパンを食らいついていた。

そして冷えた水を一気に飲み干し、「ふー……」と深く息をつく。



一息ついた彼は徐にスープを口に運んだ。

「やべえ……美味いわアイビー……マジで泣きそう」

アッシュの震えた声にゼファもアイビーも痛ましそうにしていた。

おそらくアッシュは捕まってからろくに食事を与えられていなかったのだろう。

特にこんな温かい飲み物を飲んだのは久しぶりだったようで、ただの野菜スープなのにアッシュは涙目になりながらスープを啜った。



「すまない、アッシュ……」

侘しい表情をしながらゼファはアッシュに謝る。

あのあっけらかんとしているこんなにも泣きそうになっているアッシュの姿を見るのはゼファも初めてだったのだろう。

きっと彼は想像していたよりもずっとつらい仕打ちを受けてきたに違いない。

そもそも彼が捕まることを防げなかった自分の不甲斐なさにゼファは悔やんでいた。




そんな悔しそうな顔をするゼファにアッシュは笑いかけた。

「……なんでお前が謝るんだよ。むしろお礼を言いたいくらいなのにさ」

そう笑みを浮かべるアッシュにゼファは驚くように目を見開いたが、やがて安心したように頬を綻ばせた。



「どうなるかと思ったが……よく生きて戻ってくれたね……」

アイビーは目を赤くしながら、ポンッと優しくアッシュの肩を叩く。

アイビー自身もこうしてアッシュとまた会えることが夢のまた夢だと思っていた。


そんな穏やかな空気にゼファもフッと短く笑った。

任務完了ミッションコンプリート

これでようやく彼も一息つける。



そう思ったのも束の間。

この空気をぶち壊すようにアッシュの向かいで「ぐぅぅぅ……」と腹の音が鳴った。



三人が音のしたほうに顔を向けると、シエナが机に額がつくほど項垂れていた。

もう何をする気力もないのか、両腕もだらんと無気力に垂れている。



「ゼファ~……俺にも恵んでくれ~……金ないけど」

情けないシエナの様子にゼファは呆れたように息をつく。



「アイビー、悪いがこいつにも頼む」

「かしこまりました。ところで、この方はどちら様で?」

「シエナ・メイズ。こいつがいなきゃアッシュは助けられなかった。いわば俺とアッシュの恩人だ」

「そうだったのですか。それはどう感謝するべきか……すぐにご用意させていただきます」



シエナに一礼したアイビーはすぐにまたカウンターへ戻っていく。

一方、アッシュはもぐもぐとパンを口に含みながらシエナをじっと見つめていた。

「シエナ・メイズ? やっぱり知らねえな」

アッシュに名を呼ばれシエナは視線を上げてみるが、もう完全に体力が切れてしまい、目も半開きだった。



「おい、ゼファ。そろそろこいつの説明しろよ」

「その言葉、そっくりそのままお前に返す」

お互い訝しげな顔をしながらシエナとアッシュはゼファに尋ねる。


アッシュも相当シエナのことを怪しんでいるが、それはシエナも同じだった。

「なんだったんだよ、あの緑の……しるふ? それに、なんか瞬間移動してるし」



ぶつぶつと文句を言うようにこぼすシエナだが、その言葉にアッシュはさらに眉をひそめた。

「……俺のことを知らねえだと?」

アッシュの視線が鋭くなったことに気づいたゼファは宥めるように彼に説明をする。



「ここに迷い込んだ旅の者らしい」

「迷い込むって、どうやってこの街に入ってきたんだよ」

「さあな……偶然監視がいない時に入ってしまったんだろ。そうとしか考えられない」

ゼファは腕を組みながら、シエナに目を向けた。だが、当のシエナはまた机に突っ伏して動かなくなった。



間もなくしてアイビーがシエナの分の食事を持ってきた、

「お待たせしました」

アイビーは先ほどアッシュに用意したものと同じものをシエナの前に皿を置く。

俯いていたシエナもその美味しそうな臭いに誘われガバッと起き上がる。



「メシっ……!」

ほんの先ほどまでの死にそうな表情はどこへいったのやら、顔を上げたシエナの目はキラキラと輝いていた。

おまけに口にはよだれが垂れている。

「いただきます!」

屈託のない笑みを浮かべならが、シエナはアイビーがくれたパンをかぶりつく。



こんな無邪気な顔でパンとスープをむさぼるシエナが、つい先ほどまで兵士三人相手に剣を振り回して暴れていたとは誰が想像できるか。

ギャップの激しい姿にアッシュは怪訝そうに見つめる。



「よくわからない奴……」

だが、考えるのも面倒になったのか、アッシュは大きなあくびをした後、グッと背中を伸ばした。


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