日記、勝手に見てごめんなさい ①
目を開ける前から、シエナはここが今までいた広場ではないことに気づいていた。
恐る恐る目を開けてみると、路地に出ていた。
空気が冷たく感じたのはここが日陰だったからということらしいが、肝心な「ここがどこだ」ということはわかっていない。
ハッと横を見ると涼しい顔をしたゼファがいた。
その横にはゼファに肩を回したアッシュが力なく項垂れている。
「お前にしては上出来だろ」
「そうかい、そりゃどうも」
すっかり脱力しているアッシュだが、口元は笑っている。
しかし、彼の強がりもそれまでで、途端にガクッと膝から崩れ落ちた。
「アッシュ!?」
いきなり座り込むアッシュにゼファも慌ててしゃがむ。
だが、今度は彼の後ろでドサッ!と何かが落ちる音が聞こえた。
振り向くと、今度はシエナが跪いていた。
こんな姿を見せられると、流石のゼファも焦った。
「どうしたお前ら。大丈夫か?」
心配したゼファは慌てて二人に声をかける。
すぐに答えられないくらい脱力していた彼らだが、やがて二人は今にも消えそうな声を揃えてゼファに訴えかける。
「疲れた……」
「腹減った……」
その拍子抜けた言葉に、ゼファはガクッと肩を落とした。
しかし、彼らはふざけている訳ではない。
本気で体力がゼロになって動けなくなっているのだ。
それは彼らの疲労困憊した表情を見ればゼファもわかっていた。
ゼファは「やれやれ」と呆れながら頭を掻く。
「……アイビーのところへ行くぞ。ほら、もうひと踏ん張りだ」
そう言ってゼファはもう一度アッシュの腕を自分の肩に回し、彼を立たせた。
「シエナはまだ歩けるだろ? ついて来い」
ゼファはちらりとシエナを見下ろした後、アッシュを引きずって歩き出した。
「待てよゼファ~……」
情けない声でシエナはゼファを呼び止める。
しかし、ゼファは一切振り向かなかった。
それに加えアッシュを抱えているとは思えないくらいの速さでスタスタと歩く。
別の言葉で言うと、アッシュにもシエナに対しても容赦ない。
とはいえ走って追いかける元気もないので、シエナはため息をつきながらとぼとぼと彼らの後に続いた。
土地勘があるゼファと違い、シエナ未だにここがどこなのかピンと来ていなかった。
日当たりのない路地とはいえ、人通りがまったくない。
噴水のほうはまだ賑わっていたが、ここは人の声すら聞こえず、どちらかと言わずとも寂れている。
そんな中、ゼファは迷うことなく路地の奥へと進んでいく。
最奥までいくとやがてぽつんと佇む木造の一軒家が見えた。
一軒家の隣にはこれも木でできた看板が立てかけられている。
どうやら酒場のようだ。
この光景、どこかで見たことがある。
デジャヴを感じたシエナは改めて辺りを眺め回す。
初めて見たのがあの荒れ果てた地だったからすぐに気づかなかったが、目の前にあるこの家は彼が一時的に雨宿りしたあの酒場だ。
日記を書いた人物の家ということでもある。
「どうした? 入るぞ」
立ち止まるシエナが不思議に思ったのか、ゼファが振り返って声をかけた。
「ごめん。待たせた」
軽く謝りながらシエナはゼファに続く。
ゼファが扉を開けると、扉についていたベルがカラーンと音を鳴らした。
カウンターではオールバックにした緑色の髪をした男が作業をしていた。
ベルの音に反応した男は驚いた様子で振り向く。
垂れ目の目元には少ししわがあり、頬にほうれい線ができている。
初老くらいの年齢か、よく見ると緑髪にも白髪が混ざっていた。
おそらく、ここのマスターだろう。
突然現れた三人に男は目を大きく見開いた。
「ゼファ様……それにアッシュか?」
男は狼狽しながらもゼファに近づき、ぐったりとしているアッシュを見下ろした。
「まさか……本当にやるとは……」
男は「信じられない」とばかり何度も瞬きをしてゼファに顔を向ける。
「とにかくこいつに水と飯を与えてくれ。話はそれからだ」
ゼファはそう言って近くの席にアッシュを座らせた。
男も「かしこまりました」とカウンターへと慌てて戻っていく。
そんな彼らの様子を、シエナはポカンとしながら傍観していた。