未来ぶち壊し大作戦 ⑤
自棄になったように兵士は絶叫しながらゼファの両肩を掴む。
ゼファの細い体では兵士の押さえる力には敵わず、身動きが取れなかった。
完全にゼファを押さえ込んだ兵士はそのまま拳を高く掲げた。
この間合いではゼファも避けることができない。
兵士が目いっぱい掲げてゼファに殴りかかる。
「しまっ――」
ゼファが声をあげた時、兵士の拳はもうゼファの目の前に来ていた。
だが、今度は兵士が横から来た何かにふっ飛ばされた。
ゼファの手を解いてしまうほどの衝撃で兵士はそのまま地面に頭を打ちつけてしまい、ついには起き上がってこなかった。
その代り、先ほど兵士がいた場所にはシエナが跪いている。
あまりに一瞬の出来事でゼファもアッシュもついていけてなかったが、兵士の妙な動きに気づいたシエナが咄嗟に駆け出し、横から兵士を蹴り飛ばしたらしい。
「ゼファ! 早く!!」
吼えるシエナの声にゼファはハッとする。
鉄線を解くのを再開するゼファにいよいよ兵士も窮地に追い込まれた。
闘える者はもう自分一人だけ。
だが、どんなに剣を振っても、シエナが押さえ込む。
ここまでくると兵士のほうも必死だった。
剣の軌道が乱れるほど一心不乱に剣を振るう。
だが、それをシエナも紙一重ながら剣で押さえ込む。
刃がこぼれるほど何度も剣がぶつかり合い、そのたびに金属音が響く。
兵士もがむしゃらだったが、実はシエナも無我夢中だった。
少しずつだが剣を押さえる力が弱まっており、自分が剣を振るうスピードも落ちていた。
そのため、兵士の件を防ぐのが精いっぱいで、決定打を決められない。
シエナの腕が震え、呼吸も乱れる。
「早くしろよゼファ!」
荒げた声を共にシエナは兵士を押し出すように剣を横に振る。
押し負けた兵士とは距離は取れたが、その勢いにシエナ自身も耐えられずその場で膝をついた。
もう、彼の体力が底を尽くのも時間の問題だ。
しかし、勝利の女神が微笑んだのはゼファのほうだった。
ニヤリと笑いながらゼファは解いた鉄線をハラリと地面に落とす。
その光景を見た兵士は絶句し、呆然と立ち尽くした。
解放され、支えられるものが何もなくなったアッシュはゼファのほうに倒れ込む。
それをゼファがすぐに受け止め、その腕を自分の肩に回す。
だが、思うように体が動かないのか、アッシュの体はふらついており、自分で歩くのもままならなかった。
そんな状態でここから逃げられるのか。
懸念をするシエナだったが、アッシュもゼファも何一つ焦っていなかった。
彼らには勝機があったのだ。
「おい、早くここから出せ」
そう言いながらアッシュは自分の足元を見る。
そこにあるのは地面に突き刺さった木材を囲う魔法陣だ。
ゼファはアッシュを引きずりながら数歩歩いて魔法陣から出る。
ここから先はアッシュの出番だ。
「言っとくが、一回しか使えねえぞ」
ニタアと企むように笑うアッシュに向け、ゼファは「十分だ」と笑い返す。
「後はこっちでなんとかする」
「そうかい。そりゃ頼もしいな」
余裕綽々のゼファにアッシュも皮肉るようにそう答えると、真顔になって空を仰いだ。
「やめろ!!」
嫌な予感がしたのか、兵士は悲鳴な声をあげる。
しかし、兵士が駆けつけようとしてももう遅いことはアッシュもゼファもわかっていた。
「シエナ! 掴まれ!」
「え? え??」
突然手を伸ばしてきたゼファの意図がわからず、シエナはまごつく。
そんなシエナにゼファは「さっさとしろ!!」と怒鳴る。
訳のわからないままシエナはひとまずゼファの手を取ると、ゼファは「よしっ!」と深く頷いた。
その隣ではアッシュが集中するように目を閉じている。
途端、冷たい風が彼らの間を吹き抜けた。
こんな日照りのある天候からは考えられないほどの凍てつく空気にシエナは息を呑んだ。
――何かが、起こる。
そんな予感がして仕方がない。
「……行くぞ、風の精」
アッシュが小さく呟くと、冷たい風はさらに強くなった。
ふわりとアッシュの癖のついたぼさついた前髪が浮く。
やがて風は彼らの周りを渦巻き始め、三人を護るように囲った。
しかも、その風は緑色に色づいている。
「し、しまった……」
兵士は愕然と言葉を漏らすが、そんな無力な兵士の声ですら風は搔き消した。
ここまで来てしまったら、もう自分には彼らに抗う術はない。
ただ、こうして指を咥えてこの光景を見ているだけ。
どうしようもできないこの絶望感に打ちひしがれたのか、兵士は柄を握っていた手をはらりと解いた。
この事態について来ていないのはシエナだけだった。
「なんだよこれ! どうなってるんだ!?」
まるで台風の真ん中にいるかのように緑色の風に囲まれたシエナは混乱するように周りを見回した。
先ほどまでの勇ましい姿はいったいどこへいったのか。
うろたえるシエナを見てゼファは呆れたように息をつく。
「そろそろ飛ぶんだから、黙って捕まってろ」
「飛ぶって何が!?」
ゼファの言葉に目を見開くシエナを見てアッシュが「うるせえなあ」と顔をしかめる。
「いいからもう行くぞ」
アッシュの声と共に取り囲んでいた烈風は辺りを切り裂くように強まる。
それからすぐにふわりと体が浮くような浮遊感に襲われたが、そこからが一瞬の出来事だった。
あれだけはっきりと見えた緑色の風も、次に兵士が目を開けた時には何事もなかったかのようになくなっていた。
――やってしまった。
目の前の光景に兵士は膝から崩れ落ちる。
この広場には気を失って倒れている仲間の兵士たちしかいない。
もう一度言う。
この広場に、兵士たちしかいないのだ。
目の前にいたはずの三人は、言うならば神隠しの如く消滅していた。
原因はわかっていた。
これこそがアッシュ・グライスの力――だからこそ、彼だけは逃がしてはいけなかったのだ。
取り返しのつかないこの失態に、取り残された兵士はがっくりと項垂れた。