「会いたい」とは言ったけれども ⑥
「俺のやりたいこと、もうわかっただろ」
むくっと起き上がったゼファは腕をまくったあと、跪いて身をかがめる。
「シエナ、あれが見えるか?」
「あれ」と言われてシエナは目を凝らす。
砂埃が舞うせいで気づくのに時間がかかったが、アッシュを囲むように円が描かれているのが見えた。
その縁の中には細かな模様のようなものもある。
「なんだあれ?」
眉間にしわを寄せ訝しい顔になるシエナの横で、ゼファがため息をつく。
「あの魔法陣がなければ奪還も楽なんだけどな」
「魔法陣? あれが?」
魔法陣のことはシエナも知っていた。けれども、実際に見るのはこれが初めてだった。
そもそも魔法自体が百年以上前に廃れてしまった。
そのため、魔法陣を扱える人間がいない……はずであった。
アッシュの足元にあるのが本物の魔法陣だというのなら、未知な存在にシエナはごくりと唾を呑んだ。
そんなことを考えている隙に、ゼファが塀から飛び降りた。
「ゼファ!?」
突然飛び降りたゼファにシエナは驚きの声をあげる。
だが、彼が手を伸ばした時にはもうすでにゼファは華麗に着地していた。
「お前はそこにいろ。部外者のお前を巻き込む訳にはいかない」
「でも、お前――」
「邪魔をするな。最初にそう言ったはずだ」
ピシャリとゼファに遮られ、シエナは口籠る。何も言えなくなったシエナを見て、ゼファは彼に背中を向ける。
その眼差しも、歩みも、何ひとつ迷いはない。
「アッシュを助ける」
彼の目的は、ただそれだけだ。
たとえアッシュが冤罪だろうとも、囚人である彼を脱獄させて国王側が黙っていないはずがない。
そもそも、一人でアッシュを奪還するだなんて無謀にもほどがある。
それでも彼は、決して歩みを止めない。
「ゼファ……」
少しずつ遠くなるゼファの背中を見つめながら、シエナは小さく呟いた。
* * *
――何か、聞こえる。
近づく足音に気づいたのか、アッシュはゆっくりと頭を上げる。
「お前、ゼファか?」
消え入りそうなほど掠れた声であったが、その声はしかとゼファに届いていた。
「……生きてたか」
「チッ。これのどこが『生きてる』って言えるんだよ」
伸びきったアッシュの前髪からは瞳の大きい垂れ目の眼差しが覗いていた。
ぼんやりとした眼は虚ろで、生気は感じない。
皮肉を言う余裕はあるようだが、息は絶え絶えで血色も悪い。
肌は色白のほうではあったが、ここまで青くはなかった。
今にも死んでしまいそうなアッシュの姿にゼファの胸がチクリと痛む。
「もうひと踏ん張りだ。待ってろ」
悔しそうに歯を食いしばりながら、ゼファはアッシュを括りつけている紐を見つめる。
紐といっても、彼を括っているのは鉄線であった。
これでは剣だと切れない。
あの野郎、随分と用心深いじゃないか。
怒りと苛立ちを感じながらも、ゼファはその鉄線に手を伸ばす。
「お前、本気かよ」
「黙れ」
自分でも馬鹿なことをやっているとはゼファもわかっていた。
それでも彼を逃す方法がこれしかないのなら、やるしかないのだ。
硬く結んだ鉄線を解こうとするーーまさにその時。
「ゼファ! 逃げろ!」
アッシュの枯れた荒声が、ゼファの耳に届いた。