雨と廃墟と時々骸 ①
旅人、シエナ・メイズは絶望していた。
持っていた地図が全然道を示していないからではない。
道半ばなのに食料が尽きそうになったからでもない。
歩いている途中に大雨が降っているからでもない。
やっとの思いでたどり着いた街が、どう見ても滅んでいるからだ。
街の奥には立派な城の屋根が見えるから城下町だということがわかる。
ただ、時に取り残されたとしか思えないほど外壁のレンガは崩れ、正門である木造の扉も大きな穴が開いていた。
正門に掲げられた看板には掠れた文字が書かれている。
所々文字が文字が薄れていたり、看板が欠けていたりと非常に読みにくかったが、かろうじて「アクバール」と読めた。
シエナは何度も手持ちの地図とアクバールの看板を見直した。
だが、隅々まで眺めても地図にはアクバールの「ア」の字も見つからない。
ただ、この絶望が浮き彫りになるだけだった。
呆然を立ち尽くすシエナだが、雨は無情にも彼に降り注ぐ。
びっしょりと濡れたブロンズ色の髪を搔き上げてみるが、全くもって効果はない。
持っているショルダーバッグを傘にしようかとも一瞬思ったが、ここまで濡れているともう意味もなさなかった。
そんな彼をよそに稲光は真っ黒な空をピカリと照らし、轟きは地面を揺らす。
尽きた体力と激しい雨音から考えると、自分に残された選択肢は一つしかないはずだ。
シエナはごくりと唾を呑み、意を決してそっと扉に手を伸ばした。
シエナが扉を押すと扉はポロポロと音を立てて崩れ落ちた。
腐った木がシエナの力に耐え切れなかったようだ。
それにより塞いでいた街の風景を露わになる。
その街並みを見てシエナは目を見開き、身震いをした。
砕けるように壊された家。
至るところに飛び散った黒々とした血痕跡。
そして、崩された外壁にはとても人為的にできたとは思えないような巨大な引っ掻き傷。
人の気配が何一つ感じないような、絶望的な光景が広がっていた。
全身の毛穴という毛穴が開くほど鳥肌がたっていたが、シエナは徐に歩み出した。
いや、街に吸い寄せられたというのが正しいかもしれない。
しかし中に入れば入るほど、この街の悲惨さを目の当たりにしてしまう。
というのは、街のあちらこちらに人骨が散らばっていたからだ。
骸だけが残り、手足や肋骨が跡形もなく砕けたものや逆に噛みつかれたのか頭蓋骨がぱっくりと歯型が残るかのように持っていかれているのがあった。
彼らの飛び散った血液はまるでペンキのように黒黒と壁や地面ですらべっとりと染められていた。
これはもうこの強雨ですら洗い流すことはできない。
何かに襲われ、それでいて逃げ遅れたのだろうか。
この光景を見ているとそんなことがシエナの頭に過る。
こんなにも悲惨な状況なのに、死臭がないのがシエナにとってせめてもの救いだろう。
骨になるくらいだから、この街が滅んだのは気が遠くなるほど昔だということがわかる。
シエナは緊張していた。
こんな場所だ。
幽霊の一人や二人出てきてもおかしくない。
いや、もっと最悪なことを考えると、この街を「こんなことにした」何かがまだ残っているかもしれない。
だから、ずっと腰に差している護身用の剣に手を置き、全神経を集中させて探索していた。
だが、こんな不気味な街に迷いこんでも天候は彼に容赦なかった。
空が光り、雷鳴が鳴るたびにシエナは肩を竦み上げる。
雨も雷も止む気配はない。
それに、体も冷え切ってしまった。
街の探索はひとまず雨が止んでからだ――そう考えたシエナは雨風が除けられそうな比較的被害が少ない建物を探し始めた。