呑み会
中川の行きつけの飲み屋に到着し、座席に案内される。
「松永は生でいいよな。川崎はどうする?」
「私はレモンサワーで。」
「おっけー。すいませーん。生ふたつとレモンサワーでお願いします。」
「かしこまりましたー。他に注文はありますか?」
「んー。いつものやつかな。これで通じる?」
「鶏軟骨のから揚げとメンマですよね。大丈夫ですよ。」
店員さんはめっちゃ笑顔で対応してくれてる。
そうとう来ているらしく、中川は完全に覚えられている様子だった。
「どのくらい来てればここまで一発目で覚えられるのか。私には全くわからないわ。」
「川崎の言う通り。中川さんが家にいる時の想像が全くできない。」
「そこは企業秘密だよ。別に家庭生活について語ったところで何もメリットがないだろ?」
「それはどうかわかりませんよ?」
「俺にはそういう風には思わない。だから今後も基本的には子供がいるということ以外は語るつもりはない。」
川崎はここぞとばかりに食らいつこうとする。
「お子さんはかわいいんですか?」
「そりゃかわいいに決まってるさ。最近な……ってこれ以上話さないぞ。あっぶねぇ。川崎にやられるところだった。」
川崎は小さく舌打ちしている。
「おまたせしましたー。生ふたつとレモンサワーですね。あと、お通しとこれはサービスです。」
「いつもサービスされちゃまた来るしかないじゃないの。どうしてくれるんだい?お財布はスカスカだぞ?」
「いつでもお待ちしてますよ。今日のお通しは沖縄産もずくになっています。サービスはアジのなめろうです。メニューにもあるのですが、もし生魚が苦手でしたらさんが焼きにもできますのでなんなりとお申し付けくださいね。」
ふと私は気になり店員さんに問う
「さんが焼きってなんですか?初めて聞いたんですけど。」
「さんが焼きというのは千葉県の房総半島の漁師飯です。簡単に言っちゃえばなめろうを焼いたやつですね。」
「なるほど。なめろうって焼いても美味しいんですね。」
「割と人気ですよ?裏メニューみたいなものですが、常連さんはなめろうとさんが焼きどちらも注文される方もいらっしゃいますから。もし気になったら中川さんが奢ってくださりそうですからどんどん注文しちゃってください!」
「さっき財布はスカスカだって言っただろ?やめてくれよ。」
「まぁまぁ後輩さんのためだと思って。それではごゆっくりどうぞ~。」
そういうと笑顔で立ち去って行った。
「さードリンクもそろったし、肴もあるから飲み始めるぞ!お姉さんに言われちゃったからには奢ってやる!」
「中川さんお小遣い大丈夫なんですか?」
「心配するな!どうにか言って多めに貰ってやる!」
誇らしげに言っているが、全く誇れることではないと思うんだが。
「頼もしいですね。それでは、松永。乾杯の音頭を。」
「いやいや、ここは川崎でしょ。今日一番頑張ったんだし。」
「そう?たまにはいっか。それでは、乾杯。」
「「乾杯!!」」
三人は勢いよくグラスを合わせた。
「ひゃっけー。こぼれちったじゃねーか。もったいないなぁ。」
そう言いながらテーブルを拭く中川の表情は心なしかいつもより楽しそうだった。
飲み始めて1時間ほど経ったころ、川崎は完全に酔っていた。
いつもより疲れていたのか、ハイペースでレモンサワーをグイグイと飲んで、目が逝っていた。いや、やさしい言い方にしておこう。瞳孔が開ききって目がお逝きになられていました。あんま変わらないか。
「中川さんだって私の苦労わかってくれるでしょ!ここまでやったって誰も褒めちゃくれないの!ねぇおかしくない?1年目だから?それともみんな私が嫌いなの?」
耳元で中川が話しかけてくる。
「忘れてたけど、こいつ酒に弱かったな。なんとかしてくれよ。同期だろ?」
「ちょ、そんな急に言われても無理ですって。」
「松永!なんか言いたいことでもあるのか!」
酔っ払い特有のダルがらみ。
しゃーない。多少恥ずかしいこと言っても大丈夫だろう。どうせ忘れる。
「確かに、認められないことも多いかもしれない。そうだとしても、諦めちゃダメでしょ。正直、私より仕事を多く任されて努力している姿を見ていると尊敬する。すごいと思う。」
「お前に言われても嬉しくねぇ。おい中川!店員口説いてないで後輩になにかアドバイスでもしてみたらどうだ!」
あ、終わった。
グッバイ努力。
「バレてたか。話している間くらいなら大丈夫だと思ったんだがな。」
「中川さん。そういうことじゃないです。」
「生ちょうだい。あ、別にいかがわしい意味はないぞ!松永は飲むか?」
「それじゃあ店員さんオススメの日本酒をお願いします。」
「わかった。そういう事だからそれでよろしく。」
「あと、お冷もふたつ。」
「どうしてだ?」
「日本酒飲む時は必要じゃないですか。あと、川崎の分です。」
「なんでお前がモテないのかわからなくなるな。とりあえずそういう事だからよろしくね。」
はーいと言いながら若い割とかわいい店員さんはテーブルを去っていった。
「そういやどうして松永は恋愛に興味がないんだ?」
答えにくい質問だなぁ。
「特に理由はないですよ。別にいいじゃないですか。」
「ダメだぞ。嫁にだって恵まれない。もし興味が無いなら興味を持つ努力をすればいい。それだけで世界は多少なりとも変わるはずだぞ。」
「そんな事言われても。」
全く興味が無いという訳では無い。
ただ、それに対するメリットを感じていないだけ。
そんな発言したら殺されそうだな。
「とりあえずでもいいからここにいるショートカットのかわい子ちゃんと付き合ってみれば?」
おいおい中川言ってくれるな!
川崎だって驚いてんだろ?
そう思い、川崎の方に目を向けると顔が真っ赤だった。
「なんで松永なんかと付き合わなきゃならないんですか?こいつとはありえないです。絶対に。」
「どうしてだ?割と優良物件だぞ?」
心無しかより赤くなってきてる気がする。
お酒のせいなのかなんなのかわからないけど。
「第一、これじゃお見合いみたいだし、社内恋愛になるし、どちらも私の望むものではありません。ちゃんとした恋愛結婚がしたいんです。」
ちゃんとした理由で断ってる。
いや、何も無く振られた側としては中々に複雑なのだが。
「そんなこと言わずにさ。どうせ好きなんじゃないのか?松永のこと。」
「んな……。そ、そんなわけないじゃないですか。」
ウッと鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている。
「川崎、言いたいことがあるなら言ってみればいいじゃないか。こういう場所なんだし。」
中川さん。ここでアシストしないでもらっていいですかね。
頼んでいたドリンクとお冷が到着し、川崎は少しお冷を含んで話し始める。
「別に松永に言ったって意味がないじゃない。」
「どうだかな。どう考えているかは川崎次第だからな。」
「やっぱり飲みすぎたみたい。ちょっとお手洗い行ってくる。」
そういうと川崎は逃げるように席を立った。若干の千鳥足で。
川崎が見えなくなったくらいで中川さんが切り出す。
「松永ってなんもわかっちゃいないよな。」
「え、なにがです?」
苦笑いで返し、日本酒を一口含む。
「それがわかっちゃいないならまだまだおこちゃまだ。そういうこともわかるようになってくれば大人に近づけるさ。」
「中川さんからすればそりゃまだまだおこちゃまですよ。」
「そういうことを言っているんじゃない。なにがわかっちゃいないか自分自身で見つけられるようになってみな。仕事面でもなんでも環境が変わってくるはずだぞ。」
「言っていることがどういうことかさっぱりわからないです。」
「そのうちわかるさ。努力さえしていればな。あ、生ひとつお願いします。」
気づかないうちにまた飲み干していた。
これで酔いが見えない中川さんって何者なんだろう。
「私もレモンサワー貰っていいですか?」
「今日は松永も飲むな。」
「今日はそういう気分なんです。たまにはいいじゃないですか。中川さんと違って毎日飲んでいるいるわけではないですし。」
「軽くディスられてるな。んーそれにしても川崎遅いな。結構赤くなってたみたいだし大丈夫かね。」
「保険でもう一杯お冷頼んでおきましょうか。」
「そうだな。次の一杯飲んだらお開きにするか。」
「珍しいですね。こんなに早く解散しようなんて。しかも中川さんから言い出すなんて。」
「もうちょっと口を慎みなさい。これでも俺は上司だぞ?」
「すいません。」
「まぁ俺みたいに心が広い上司でよかったな。松永も早く帰りたいって言ってたし、川崎があんなんじゃどうにも安心して飲めん。確か家近所だったよな?」
「それなりには近かったはずですけど。」
「それなら川崎を送っていけ。」
「えー。」
「これは上司からの命令だからな。ちゃんと職責を果たしてくれ。」
「はぁ。わかりました。」
なぜか知らないが川崎を送る流れになってしまった。
数分後、川崎が席に戻った。
「私、まだ飲めますから!もう少し飲みましょうよ!」
「ダメだ。俺だって家に帰らなきゃ。」
「うー。仕方ないですね。」
酔って珍しく引き留める川崎だったが、中川が珍しく帰ろうといい始めたことに気づいたらしく、珍しさ対決で素直に敗北を認めた。
「「ごちそうさまでした。」」
「松永、頼んだぞ。川崎も気をつけてな。帰れるか?」
「私はそこまで子供じゃありません!一人でだって帰れるのに、なんで松永と帰らなきゃならないんですか。」
そこまで嫌がるか。
「これも命令だから。堪忍してちゃんと帰りなさい。それじゃお先な。」
「今日はごちそうさまでした。ちゃんと川崎を送り届けますので。」
「うるせぇよニコチン野郎。」
「仲良く帰るんだぞ。」
そういうと中川は笑いながら去っていった。
「川崎、本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。松永に心配されるほどではない。それじゃ、一人で帰るから。」
歩みを進めるがフラフラと歩いている。
「そんなんじゃダメだろ。肩貸してやるから。」
どうにか腕を引き寄せ、駅へ向かい歩き始めた。
アルコールの匂いに混じって、甘い香りがほのかに漂ってくる。
「タバコ臭い。近すぎる。」
「諦めろ。お前だって酒臭い。」
二人でバットスメルをまき散らしながら夜の繁華街を歩き進めるのは、なぜか新鮮だった。