昼休み終了。
昼休みが終わりデスクに戻ると、中川が「今日の夜は何か予定あるか?無いよな。松永だもん。飲み行くぞ。」と断る間もなく勝手に飲み会をセッティングしてきた。
「まぁ何もないですけど、確認というよりもはや押し付けの域じゃないですか。」
「どうせ暇だろ?おごってやるから来なよ。」
「私は大丈夫ですが、中川さんは大丈夫なんですか?」
「何がだ。」
「いや、帰らなくて奥さんに心配されないのかなぁと。」
「別に俺の心配はいいんだよ。それよりもお前は自分の心配しておけ。」
「はぁ。わかりました。ちなみにどこで飲むんです?」
「そりゃあいつもんとこだよ。」
「週末じゃないんですから早めに帰してくださいね。」
「さぁ〜。それはどうかな。んじゃ仕事頑張ってちょ〜。」
「終電帰りは許しませんからね!」
中川は聞き流しているような素振りを見せ、テクテクと自分のデスクへと戻った。
ある程度目標にしていたノルマは達成し、時計を見ると終業時刻まであと少しだった。
また飲み会かぁ。お酒が嫌いじゃない以上行かない理由は無いんだよなぁ。
とりあえず一服しようと席を立ち、喫煙所へ向かう。
結局メールも拙い文章で書き上げてしまったし内容も薄っぺらくなっちゃったなぁ。
これが語彙力の無さってやつだな。
こんなんじゃこれから先の社会人生活では避けて通ることの出来ないプレゼンもろくに出来ねぇ。現実は悲しいものだ。
悲しみに暮れながら少なくなってきたタバコに火をつける。
ふとスマホを開くと、新着メールの文字が浮かんでいる。
几帳面そうだったもんなぁ。流石ひらりちゃん。
いや、待てよ。
あんな酷い文章に返事が来てるのか?
謎の恐怖が唐突に襲いかかる。
開かなければ何も変われない。別に変わる気があるかと言われれば違うけど。
開かなければならないというこれまた謎な使命感と恐怖が脳内で勝手に戦争を繰り広げている。
やるっきゃない。
そう思い意を決して通知欄をタップする。
タイトルにはこう書かれていた。
『新アイテムが手に入るのは今日まで!イベント限定ガチャ開催中!』
ソシャゲの通知か。
ってふざけんじゃねぇよ!
この数分間を返してくれよ!
この脳内戦争で犠牲になった少ない細胞たちが可哀想すぎる。
クッソ。仕方がねぇなぁ。
ソシャゲを開き、ガチャを回す。
釣られてんなぁ。
もちろん、結果は無事爆死。
なんなんだよ!
思わず壁にスマホを叩きつけようとしてしまった。
振りかぶり、トップを作ったその瞬間、携帯のバイブがなった。
間一髪セーフ。
バイブの主に感謝するんだな。
再び通知欄に目を向ける。
またメールだよ。
どうせソシャゲ通知だろ?
そんな軽い気持ちで通知をタップすると、宛名に『川松ひらり』と書かれていた。
やってしまった。
件名も『こちらこそありがとうございました!(^-^)』と今どきの女子って感じのものになっていた。
開いてしまった以上、内容も確認するしかねぇよなぁ。
怒られてねぇかなぁ。もう連絡しないで的なやつかなぁ。
『どうにかオーディションには間に合いました!本当にありがとうございました。結果はまだ分かりませんが、出たらどちらでも早くお伝え出来ればと思ってます!合格できていればまた東京に行くと思いますので、その時にご連絡させていただきます。それでは、また(^-^)』
文章から溢れ出る真面目さと可愛さでおじさん死んじゃいそうだよ。
とはいえ私もまだ22なんだが。
返事をするべきか悩んでいると、終業時刻の5分前になっていた。
少し小走りで自分のデスクに戻り、今日中に確認しておく事項を済ませ、パソコンの電源を落とした。
我々の会社は残業をする方がおかしいという現代社会としては珍しい風潮があり、残業をするにも理由が必要になっていた。
そのせいか定時で帰る人がほとんどで、残った方が冷たい目で見られるという流れが出来上がっていた。
また、仕事を持ち帰るにも許可が必要で、無許可で持ち帰ったり、残業をしたりすると上長からそれなりのお叱りを受けることになる。
そういった珍しい風潮のお陰で業務中は厳しいが、自分の時間がしっかり確保されており、これが普通でないのがおかしいとは思うが周囲からは羨ましがられている。
自分のデスクを完全に片付けると、それを見計らって中川が声をかけてきた。
「ごめん、もうちょい待てるか?」
「私は大丈夫ですけど、何かありましたか?」
「実は川崎が持ってるところが若干間に合っていないらしくな。残業させてくれって言われたんだ。」
「あの川崎がですか。珍しいような気がしますね。」
「ほら、経理系で色々あっただろ?あの辺がちょっと足を引っ張ってるみたいでな。こればっかしはしゃーなしだな。」
「なるほど。ってことは飲み会はキャンセルですよね。」
「そんな訳あるか。お前抜きでやったら意味がねぇんだよ。自分の仕事進めるなりなんなりしてくれ。」
そんな終わって完全に帰るスイッチ入れてからじゃ何も出来ませんよ先輩。
川崎も少し申し訳なさそうにこちらを見ながら手を合わせている。
「しょーがないですね。少しでも手伝えることがあれば言ってください。」
「ありがとな。手伝いはそこまでみたいだし、ゲームでもしながら待っててくれ。俺はちょっと確認書類作るから。状況見る限りあと30分ってとこかな。」
「わかりました。」
「んじゃよろしくな。」
そう言うと中川は自身のデスクへと戻り、カタカタと画面に向き合い始めた。
丁度イベントあるし、進めておくか。
私はデスクにカバンを置き、また喫煙所に籠ることにした。
15分くらい経った頃、中川が喫煙所に入ってきた。
「やっぱここか。もうすぐ終わりそうだからボチボチ準備してくれ。」
「割と早かったですね。」
「流石の川崎ちゃんだよ。これで明日も安心して仕事が出来る。」
「それはよかった。そういえば私以外誘ってるんですか?」
「もちろん。あとは川崎だけだが。」
完全に察した。
「なるほど。それで待たされてたんですね。」
「それくらいはいいだろ?ボチボチ川崎も準備終わるぞ?」
吸い殻を捨て、中川と共に喫煙所を後にした。
オフィスに戻ると、また少し申し訳なさそうに背中を丸めた川崎がいた。
「待たせてすいませんでした。」
「大丈夫。ほら、早く行こう。中川さんに奢ってもらおうよ。」
「おいおいちょっと待てよ。そんな簡単に言うんじゃない。こっちだってお小遣い制で頑張ってるんだぞ?」
「どーせ奥さんにお小遣い渡してるんでしょう?」
川崎の冷たい目線を浴び、中川は笑顔になる。
「調子戻ったか?これで楽しく飲めそうだな。」
「週始めから飲むのは気が引けますが。」
「中川さん。それで答えは?」
「ほら、二人とも行くぞ。酒が俺を呼んでいる!」
私を無視したハイテンションな中川に連れられ、私と川崎はオフィスを後にした。