昼休み。
「実はですね、ようやっと車を購入したんです。」
「本当か!それはそれはおめでとう。で、結局どのクルマ買ったんだ?スポーツタイプのいいやつでも買ったちゃったか?」
「いや、先日ちょっとお話してたあれにしました。」
「あー。あのセダンのやつか。おもしろくねぇの。」
「つまらなくて申し訳ありませんね。これが憧れだったんですから仕方がないじゃないですか。」
「別に貶したつもりはないぞ。マイカーなんて税金やら車検代やら費用がかかるわけだからそれだけの決意が必要だからな。」
「まぁそうですけど。」
「買ってみてどうだ?彼女でも欲しくなったか?」
「思った以上の乗り心地の良さと操作性でもう満足です。もちろん彼女を作る気なんてさらさらありません。」
「それこそおもしろくねぇな。なーんで君はそんなに恋愛に興味がないんだ?」
「興味がないとかそういうのじゃないですよ。単に時間のムダだと思っているだけです。ついでに恋なんて心のバグだと思っているので。」
「そのバグこそが本物なんだよ。バグやエラーがなければ見つからないものだって沢山あるだろ?」
「まぁ。それはそうかもしれないですけど。」
「人生の中でそういう要素のひとつなのさ。生きていくうえでは必要なバグなの。」
「というかまた恋愛ですか。」
「なんだ?恋バナ面白くないのか?」
リアルで彼女いない歴イコール年齢な私にとっては全く面白くないなんぞ言えっこない。
「松永もいい年だろ?バグだとかなんだとか言ってないでちゃんと恋愛に向き合ってみたらどうだ?ご両親だってきっと心配しているだろ?」
余計なお世話だ。
「両親からはとっくの昔に諦められていますよ。お前みたいなのが結婚できる未来が想像できねぇって。そのくらいのほうが楽でいいですよ。無駄に孫の顔がどうのこうのとか言わなさそうですし。」
「そんなんじゃ生きてて勿体ない。どうせ松永のことだから休日は家で引きこもってるんじゃないか?」
余計なお世話パート2。確かに引きこもっているのは事実だが。
「まぁそうですね。車買った以上は多少は改善されるとは思いますが。別に出掛けるのが嫌いという訳ではないので。」
「ちゃんと出先に出会いを求めるんだぞ?なんか可愛い子見つけたら声掛けてみたりしてさ。」
「そんなキャラじゃないですよ。まず無いと思いますのでご安心を。」
「なんだか冷てぇなぁ。あ、そうかそうか車にラッピングとかするんだな。俗に言う痛車とか言うやつ。」
「絶対にないです。第一、そんなことしたらあの車が可哀想ですから。」
「そうか…じゃあなんで…」
「私は吸い終わりましたので出ますよ?昼休みの時間も限られてますから。」
「もうそんな時間か。またいい話でもあったら聞かせてくれよ。」
「ないとは思いますがあったら検討しておきますね。」
中川さんの話を半ば無理矢理遮って逃げるように喫煙所を出る。
立ち去るタイミングでふと顔を見るとなにか物足りなさそうな顔をしていた。
そんな風に思われたとしても何も無いんですが。
結局相談というよりイジって終わりじゃないか。
おかげでひらりちゃんの話に進まなかったけど。
あ、思い出した。
まだ連絡してなかったな。
どこかで昼食でも食べながら連絡してみるか。
なんでもない話をしていただけなのに、なんとなくだが決心がついた。
ここまで全て中川さんの思惑通りなら怖い。
まぁそんなことは無いだろう。
そうして、何を食べようかという食欲にまみれながらビル街を歩き始めた。
オフィスからちょっと離れた辺にある行きつけの定食屋に入り、いつもの生姜焼き定食を注文する。
結局いつも通りか。美味しいし安いからなんの問題もないんだけど。
とりあえず、どんな内容で送ろうか。
注文を済ませて席で一息つく間も無くメールを送らなきゃという使命感に襲われる。
ダメだ。何も思いつかない。
『昨日はありがとうございました。』もなんか違うような気がするし、『オーディションどうだった?』とか聞くのも失礼なような気がしてどうも送れない。
「お待たせしました。生姜焼き定食ね。」
いつものオバチャンが出来たてホカホカの生姜焼き定食を届けてくれる。
「いただきます。」
そう小声でつぶやき、私は割り箸を割った。
チラッと腕時計を見てみるといつもよりちょっと遅い。
このままのペースだと食後の一服もできない。
少し急ぎ目に食べ進める。
「アッチ。」
味噌汁をいつもより多めに口に含んだら舌先をヤケドした。
私が猫舌であることをすっかり忘れていた。
「何焦って食べてんの。」
聞き覚えのある声が隣から聴こえた。
「え、川崎!?いつから居た!」
「松永が来るより前からいましたが。」
空腹とメールのことで頭がごっちゃごちゃだったから全然気づかなかった。
「なんか浮かない顔してんね。」
「そんな顔に出てるか?」
「そりゃ。君ほど顔に出る人は多くないと思うレベルだよ。」
すっげークールに言ってるんだけど。かなりグサッときてる。
「そんなに悔しいの?」
またバレてる!?
「そんなに驚かないでよ。いつもの事じゃない。」
「いやいや。いつもここまで心読まれてたとしたらもう私職場で生きていけない…」
「冗談よ。単純にそういうのが得意なだけ。私以外はあまり気づかないわよ。」
「川崎さんホント怖いです。」
「次、怖いとか言ったらどうなるか分かってるわよね?」
「すいませんでした。」
「まぁ何か相談でもあれば相談して。私が力になれるかはわからないけど。先にオフィス戻ってるから、遅れないようにね。」
心の中で本日2度目の音速土下座を決めた。
同期だとはいえ中々相談しにくいよなぁ。
別の悩みが生まれた頃にはアツアツだった味噌汁も丁度いい温度になり、また少し急ぎ目に生姜焼き定食を食べ進めた。
食べ終わる頃には昼休みも終わりに近づき、ギリギリ一服できる程度の時間を確保することが出来た。
タバコでも吸いながら考えるか。
会計を済ませ、少し急ぎ足でまた喫煙所へ向かった。
喫煙所にもそれほど長い時間いることはできない。
火をつけ、スマホに目を向ける。
どんな文面にすればいいんだ。
結局決まらない。
ドンドン短くなっていくタバコと、近づく昼休み終了の時刻。
回りの遅い頭をどうにか回転させて捻り出したのはたったコレだけだった。
『昨日車で駅からお送りした者です。昨日は楽しかったです。また東京に来る機会があればご連絡ください。』
時間がなかった私は、そのままメールを送信し、急いでオフィスへ戻ったのであった。