ひとりの車内。
彼女が車を降りた後、どうすればいいか迷っていた。
普通に生活をしていたら来ないような場所。
ここは、若者の街。
少し車を走らせるだけで、異世界に飛ばされてしまったような感覚に陥る。
でっかいビルのあたりには若い女性が集い、少し駅へ向かえば緑色の電車のあたりに待ち合わせと思わしき人たちが群れている。
いつもお天気カメラとかの中継で見てるところだ。
車に乗っているから降りれはしないけど。
なんかチラッと見た感じコインパーキング高そうだし。
なんて考えていると大きなスクランブル交差点の前で信号機に止められた。
目の前を人が波のように流れていく。
各々自撮り棒?みたいなもので撮影していたり、カメラを回していたりする。
外国人多いなぁ。ってかちゃんと渡ってくれよ。
考え事をしていると、すぐに信号が変わる。
まだ人は残留している。
いや、お前ら死にたいのか?
チラホラと日本人の姿も見受けられる。
遊んでいる阿呆もいるが、スマホを片手に迷っている人もいる。
慣れない場所でここまで人がいたら大変だろうなぁ。
そんな風に思った瞬間、さっきまで乗せていた名前も知らない女性の表情が思い浮かぶ。
彼女は大丈夫だったのだろうか。
ちゃんと結果が出せていたらいいな。
なぜ思い出すのか。
先ほどまで後部座席に居たのに。
ただ、少しの間同じ空間にいただけなのに。
見ず知らずの女性のはずなのになぜここまで気になるのか、私自身不思議で仕方がなかった。
プーッと大きなクラクションが鳴る。
気づけば人だかりは消え、全く進まない黒塗りの高級車がいた。
あー、やっちまったなぁ。
ブレーキから足を離し、進み始める。
考え事ばっかしてたらダメだな。
とりあえず音楽でも流すか。
カーステレオなんていうもんは元事業用車にはないので、自分のスマホから曲を流そうとする。
おっと。
ながらスマホはダメですな。
っていっても停車できそうな場所なんてないしなぁ。
とりあえず来た時と同じように流れに身を任せてみるか。
なんとなくまっすぐ走り始める。
光に溢れるビルが立ち並ぶ場所を抜けると、少しずつ緑が見えてくる。
左手には大きな体育館があり、目の前にはこれまた大きな公園と神社がある。
割と近いはず近いのに来たこと無かったなぁ。
学生時代に部活をしていたわけでもないので、特筆してどっかいったみたいな思い出はあまりない。
友達も多く無かったから家でゲームしたり、アニメ観たり。完全インドアな生活を送っていた。
特に寄る気もなかったので素通りしてそのまま進む。
線路を渡り、少し走ると大きな交差点に出た。
曲がってみるか。
またなんとなく右に曲がってみる。
歩道は若い人で溢れ、途切れる場所は見つからない。
駅の周辺には人が多いなぁ。なんてチラチラと歩道側を見ていたら有名な通りの名前が見えた。
ここがあの通りなのか。テレビでよく映るところとは逆側みたいで、あまり見慣れたものでは無かったが、この先に入ればクレープ屋とか綿あめ屋とかがあるんだろうなぁなんて想像していた。
まぁ憶測でしかないのだが。そもそもボッチだったから来たことないし。
なーんか悲しくなってきた。
そこからどこか行こうという気力も失っていき、帰路につこうと決意した。そんな大きな決意ではないのが申し訳ないのだが。
近くの高速道路の入り口近くまで車を走らせ、コンビニの駐車場でのんびりタバコを吸いながら休憩する。
まだ道の半ばにも到達していないのに既に疲れがキてる。
コーヒーをグイッと飲み、前にいる私の愛車に乗り込む。
これから帰り道ってなんでこうも疲れるんだろう。
まぁ色々ありすぎたからなぁ。
初めてのドライブでここまで内容が詰まってると今後が怖い。
本来だったら赤い鉄塔とか湾岸の大きな橋とかをドライブしてたはずなのに。
理想とは程遠いけど、なぜか充実してた数時間だった。
もしあそこで駅でゆっくりしていなければ彼女が後部座席に乗ることも無かっただろうし、こうして若者の街を訪れることも無かっただろう。
人生ってなにがあるかわからないな。
ふと助手席側をみる。
あの時渡されたメモが残されている。
急いで書いたはずなのに丁寧に書かれている数字。
そこには彼女の名前も書かれていた。
「川松 ひらり」
ひらりちゃん、ね。
いやいやいや。こんな馴々しく呼ぶことなんぞ絶対ありえない。
ましてや清楚な美人と私なんか釣り合うわけがない。
妄想の中に閉じ込めておこう。
連絡は家に帰ってからにしよう。
でなければ心が落ち着かないまま運転して、事故でも起こしそうな気がする。
早く帰って、ゆっくり風呂にでも入って、疲れを取ろう。
そのあとビールでも飲もうかな。
冷蔵庫の中に冷やしてたっけ。
家の在庫確認を疎かにしていたため、ビールの有無すら分からなかった。
ここは安全策を取ろう。せっかくの納車記念だし。飲まなきゃもったいない。
コンビニに入り、ロング缶のちょっといい生ビールを二本とコーヒー、ついでにタバコを購入し再び車に戻った。
今度こそは帰る。
そうして高速の入り口に歩みを進めるのであった。
気づけば、日が落ち始めていた。
少し高架になった都心の高速の風景は、明るさと暗さが交互に移り変わり、なんだかとても忙しかった。
いつもの満員電車から見る夜景とは驚くほど違う開放感。
ブレーキランプが流れていく道を順調に走る私の車。
きっと外からは黒光りしているんだろうな。
自分自身でハッキリと見ることはできないが、きっとそうに違いない。
きっとミラーさえシルバーに煌めいているはずだ。
さぁ、ビールが冷え切る前に家に帰ろう。
制限速度を守りながら高速を順調に進み、自宅近くの駐車場まで帰ればお風呂が待っているはず。
明日が仕事だということをほとんど忘却の彼方へ飛ばしていた私は、完全気分上々なハイテンションで帰宅した。