それぞれの真意
第七話でごさんす。
あれから勇者召喚完了の儀はつつがなく進行し一時間足らずで終わりを迎えた。生徒全員が戦争に向かう人間の実態を知るいい機会となっただろう。そして今俺たちは式の熱が冷めやらぬままに、ステータスチェックが行われる神国室へと案内されている途中であった。
時刻は正午に差し掛かり町の活気はますます高まっていった。式が終わった時点で俺達勇者がこの世界に来たことが知らされたのだろう。
しかし、真っ赤な太陽が町を明るく照らす中、式の熱気に一時間も当てられた俺達はもうすっかりくたくただ。若干一名を除けば。
「カナタ!ついにステータスチェックだぞ!いや~『君は戦闘力3万だ!!』とか言われるのかなぁ~?」
「レオ...うるさい...」
「いやだってお前、ステータスだぞステータス!これぞ異世界って感じだよなぁ~、なぁカナタ~」
「ちょっ離れろ、うっとうしい...」
照りつける太陽の暑さとレオのうっとうしさもあいまってなんだか体調が悪くなってきた気がする。異世界でクーラーを求める日が来るとは夢にも思わなかった。
その後もレオに絡まれながらしばらく歩くと、この王宮には合わない異様な雰囲気を出す部屋に行きついた。俺が本来召喚されるはずだった場所、神国室だ。
「では、お入りください」
案内役のメイドに先導され俺達は続々とその部屋に入っていった。すると今度は、
「うっ!?さっむ!」
「うおっ!なんだこの部屋...」
部屋に入ると一気に気温は下がりきらびやかな王宮の中と思えないほどの薄暗さ。豪華絢爛な装飾は一切なくどこまでも白亜の柱が並び立ち、その奥にひときわ目を引くりっぱな祭壇がある。
「来ましたな皆さん、ではこちらへ」
祭壇にはバーロスとその側近たち、式に姿が見えないと思ったがこの部屋での準備をすすめていたようだ。
彼の礼服は昨夜の者より一層洗練さが増したくさんの修道服の者達の中でも異彩を放っていた。
彼の手には透き通った水晶が抱えられておりかすかに青い光を帯びているのを見ると、アリサも昨日俺に見せた、何らかの魔法で作られたものだと言う想像がついた。
「では、これからこの水晶で皆さんの潜在能力、つまるところのステータスを確認させていただきます。皆様はバーロス様の前に立っていただくだけで結構です。
映った魔力は皆様も魔法を唱えれば見ることが出来るようになります。ではここに一列にお並びください」
俺たちはバーロスの指示に従って式と同じく縦一列に並んだが、みなバーロスの魔法の水晶を見て疲れが吹き飛んだのか、自分がどんな力があるのか楽しみでしょうがないようだ。
列はすっかり乱れ部屋の厳かな雰囲気はもうない。特別な人間になった自分たちの、人とは違う能力がどんなものなのか俺自身正直気になる。
列はゆっくりと進み、列が短くなっていくに連れて生徒たちの盛り上がりも大きくなっていく。
そして水晶の青く淡い光が近くに見えるところまで来る。
その光を見ると何となく心が穏やかになりつい見入ってしまう。不安な気持ちが消えて根拠のない謎の安心感が入り込んでくる。
緊張感が麻痺し思考がまとまらなくなってくる。
周りを見ると皆楽しそうに笑っている。戦争が始まるなんて信じられない。
その時、
『……』
ズキッ―
(いって!?...今誰か...いや気のせいか...)
急な頭痛にめまいがした。頭痛がする瞬間何となく誰かの視線を感じた。
小さな人影の様だった気がする。だが俺が振り返るとそこには誰もいないようだった。
「カナタ?」
「ああ...ごめん、何でもない...それでシュレディンガーの猫がなんだって?」
「お前絶対話聞いてなかっただろ...ほら、お前の番だぞ、ちょっとは警戒していけよ?」
「うっ...ごめん、分かってる」
俺はその場を後にして祭壇の階段を歩き出した。すれ違う前の生徒はひどく上機嫌だ、よほどいいステータスだったのだろう。
俺も僅かながら早く脈打つ胸を押さえ水晶とバーロスの前に立った。
緊張と興奮が入り混じったような不思議な感覚だ。
「名前を聞いてよいですかな?」
「ええと、神原カナタです」
「おお...あなたがあの神原様ですか!式でのあなたの雄姿は部下から聞いておりますぞ!ぜひとも我ら人類を救ってくだされ!」
「も、もちろんですよ...どんと任せちゃってください!」
バーロスが差し出す右手はとても自然だ。俺も動揺しながらもバーロスの手を握った。
「それでは神原様のステータスを確認いたします」
そういうとバーロスは台座の水晶にそっと手をかざした。
そしてバーロスが「オープン」とつぶやくと俺の全身を包むように青い光が渦を巻き始めた。次第に周りの声が聞こえなくなっていって視界がきれいな青に染まった。
次の瞬間私はどこかの家の縁側に座っていた。
『なぁ××××、この世界の外側にもう一つ世界があるとしたらどうする?』
ふいな問いに私はいつも通り少しの無為な考えを巡らせ面白おかしく返すことにした。
『んー、そしたら私は―』
「神原様、あなた一体...」
「!?あっ、ええとなんでしょう?」
気付くとバーロスがいぶかしげな表情で俺を見ている。どうやら疲れからか少し寝てしまっていたようだ。なんだか嫌な予感がし、ごくりと唾をのんだ。
「いえ...何でもありません。チェックは済みました、これからは自分で『オープン』と唱えていただければいつでも自分のステータスを確認できますぞ」
「分かりました...ありがとうございました」
俺はバーロスとあまり目を合わせないようにして祭壇をおりた。眠ってしまった時になんだか夢を見ていたようなきがするが、そんな感覚もすぐに忘れてしまった。
周りでは生徒たちが『オープン』と唱えて自分や友達のステータスを見ていた。
(そいえば俺も自分のステータスはチェックしてなかったんだっけ)
俺はバーロスが言う通り、「オープン」と唱えて自分のステータスを確認した
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神原カナタ(16)Lv1
○称号【終焉者】
○身体能力
・攻撃・・・50
・俊敏・・・70
・体力・・・55
・耐久・・・80
・精神・・・80
・魔力・・・×××××××××
○スキル
・言語理解
・魔力放射
<エクストラスキル>
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(なんだこの魔力欄...)
魔力の欄だけ数字がかすれて読むことができなくなっている。なんとなく嫌な予感がしていたのはこのことだったのかもしれない。
「カナタ?どうかしたのか?」
チェックを終えたレオが俺に不思議そうな顔を向けてくる。
「この魔力の欄だけ表示がおかしいんだけど、レオのどうなってる?」
レオが俺のステータスをのぞき込み自分のステータスと照らし合わせる。
「ほんとだな...俺のは別に以上はない気がするけど...」
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如月レオ(16)Lv1
○称号【炎帝】
○身体能力
・攻撃・・・60
・俊敏・・・85
・体力・・・60
・耐久・・・70
・精神・・・55
・魔力・・・65
○スキル
・言語理解
・俊足
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見たところレオのステータスには俺の魔力欄のような不自然な表示はなくどの数値も正常のように思える。また身体能力は人によってある程度の差はあるものの平均65程らしい。
「そいえばカナタのその、<エクストラスキル>ってなんのことだ?」
「え、ほんとだ...」
よく見るとスキル欄の下に小さくだが<エクストラスキル>という欄がある。これもまたレオのステータスにはない表示だった。
「[厄災]...?なんだこれ...」
「レオの方にはないのか?」
今一度レオの表示を詳しく見たがやはり<エクストラスキル>なんていう項目は存在しない。
そしてこの[厄災]という表示。どんな効果かは全く分からないが、なんとなく不吉な感じがする。
「バーロスは何とも言ってなかったのかよ?」
「あ!そうだった!!」
バーロスは俺の表示がおかしいことに気付かなかったのだろうか?バーロスがチェックした後にこのような異常が起こったのならバーロスが何も言わなかったことも不自然ではないが...それともバーロスが意図的に俺の魔力の欄に細工を加えたのだろうか?
バーロスが俺達を陥れようとしていることを確実なのでやっぱり二つ目の可能性が高いように思えてきてしまう。
(バーロスが口ごもったあのとき、一体俺になにを伝えようとしてたんだろう...)
この世界に来てなお他人と違うことがある。はたから見れば当然のことだが俺にとっては致命的なことだった。日本でのことが思い出されて行き場のない焦りで胸が締め付けられる。全身から血の気が引くこの感覚。
そんな俺を見てレオはくすっと笑った。
「なんだよレオ...」
「いやいや、なんとなくお前ならホントに世界を救うかもって思っただけだ!」
俺は真っ青になった顔でレオを見上げた。
「今の俺を見てそんなこと言うとか...変わってるよ、お前」
「ふっ...そうかもな!」
そんな風に言って笑うレオはどこか楽し気で、俺はどうしていいか分からなくなった。
「そいえばセナの奴はどこ行ったんだ?」
「そういえば見てないな」
先程までは俺たち二人の少し前に並んでいた気がするが周りを見渡してみても彼女の姿は見当たらない。
すると、突如部屋の中央から女生徒の大きな声が響き渡った。どうやらなにか言い争っているようで、周りもとても穏やかな雰囲気ではいられなかった。
俺達は一応様子を見に行くことにした。
「あんたいい加減にしなさいよ!?いっつも偉そうな態度で!ほんっとキモイんだけど!!」
「はぁ...あなたたちの言うことっていつもそんなようなくだらないことよね?同じ高校生とは思えないわね」
どうやらセナとクラスの女生徒がなにかしら言い争っているようだった。取り巻きのついた金髪で制服を着崩した方の女生徒がセナに怒り心頭で、すごい剣幕でまくし立てている。
それに対し、セナの方は呆れ交じりの声色で言い返すしている。
金髪の方の取り巻きは必死になって二人を止めようとしているが、二人の口撃は見るからにヒートアップしていく。
「!!ほんっとキモイ!!一人のアンタにせっかく親切で声かけてやったのに、無視した上にその上から目線とか!!そんな態度だから誰もあんたに近づかないんだっつうの!!」
「はぁ?親切?あなた達の中では他人を笑いものにすることが『親切』なのね、小学校の時に道徳の授業は受けなかったのかしら?いや、ごめんなさい、あなた達のようにキーキーやかましく吠えてるだけのサルが小学校の授業の内容が理解できるわけないわよね?」
金髪の女生徒はセナのサル呼ばわりに怒りで肩を震わしていた。
「っ!?...私笑ってなんか…!!」
「それと...私は人間ん未満の知能のあなたに対しても平等に接しているわ、私が上から目線と感じるのはあなたがどこかで私を自分より上だと感じているからじゃないかしら?おサルさん?」
セナが嘲笑まじりに言い放つと、金髪の女生徒は涙目になって部屋の外に出て行った。
二人の決着がついてもしばらくは部屋の中は静まり返ったままだった。セナはなぜか出て行った女生徒の方を寂しそうに見つめていた。
しかし、視界の端に俺達を見つけるとセナはキッとにらんでこちらに近づいてきた。
「な、なんだよ...!?」
数分前の舌戦の気迫ですっかり骨抜きになったレオはセリフとは裏腹に、膝が大爆笑だ。そんなレオにセナは少しうつむきボソッと呟いた。
「あんた達二人は友達なの...?」
「なんだよいきなり...」
俺達はセナらしくないような素朴な質問に不意をつかれてどもってしまった。
「...いや、やっぱり何でもない、忘れなさい」
「え...えっと」
「忘れて」
「うっ...」
次の瞬間にはセナの表情はいつも通りの緊張感を帯びたものに変わっていた。俺はセナに上手く答えられなかったのを少し悔やみつつ彼女の質問の真意を考えていた。
それに、
(俺たち二人が友達か、か...)
レオはあの時のように俺を友達だと言ってくれるだろう。しかし俺の方はどうだろうか?真にレオのことを友達として接することができているだろうか?レオの優しさに甘えて心のどこかで彼を傷付けてもいいとはおもってはいないか?レオは俺の怒りを受け入れると言ってくれた。
だがレオのその思いに対してなにかを返すことができているだろうか。
俺自身にレオを友達と言えるほどの確固たる何かがあるのかが、どうしても分からない。
その時、俺達と話すセナの背後から声がかかった。
「高梨!!望月にあそこまで言うことはないだろ!」
声をかけてきたのは、柏崎ユウトだった。またもみんなの視線が俺達を含むセナに集まった。
望月というのは先程の金髪の女生徒のことだろう。柏崎はセナがその望月を泣かせたことに怒っているようだ。生徒たちは俺の存在を認識してセナのことをすっかり悪者扱いだ。
「まずあなた誰?あなたにどうこう言われる筋合いはないんだけど」
「俺は柏崎だ!筋合いなんて関係ない!お前が彼女を泣かせたことは事実だろう!?」
「彼女泣いてたの?いい気味だわ」
「なっ!?お前!!彼女に悪いとは思わないのか!」
セナの発言にたじろぎながらも反論する柏崎を見て、他の生徒も柏崎を援護しだした。そしていつの間にか俺達三人と他のクラスメイト全員という構図になっていた。
セナはそんなクラスメイト達をみて心底めんどくさそうだ。
「なぁ高梨、もう行こうぜ?付き合うだけ無駄だろこれ...」
レオも呆れかえっている。しかし柏崎はレオの自分たちの言葉を無視した発言にを聞き、照準をセナからレオに移した。
「レ...如月!お前は高梨が望月を泣かせたことを悪いことだとは思わないのか!!」
「いや、知らねぇよ...こいつに聞けよ」
レオはもう柏崎達に対して目も合わせていない。レオは一言「アホくさ...」とだけ言って出口に向かいだした。
その時、柏崎はレオの様子を見てとても悔しそうに唇をきゅっと噛んで、レオに向かって叫んだ。
「如月!!お前はそんなこと言う奴じゃないだろ!!」
レオはピタッと足を止めると柏崎に向き直った。
「柏崎...俺は初めて話す人間に分かったような口きかれるのがホントにむかつくんだよ...」
「...レオ...俺は...」
レオはこぶしを握り締めて柏崎をにらみつけた。柏崎はレオに向かって必死になにかを訴えようと口を開きかけたが、再び口をつむった。
「なんだよ...言いたいことあんなら言えよ」
「いや、何でもないんだ...なんでも...」
ユウトは威圧的なレオから目線を外して少しうつむき加減になった。レオはそんな、どこか中途半端な態度を見せるユウトにいら立ちを隠すことはできなかった。
「ちっ...柏崎、お前のそういうはっきりしない態度、ほんとに不愉快だ...」
「!?...ごめん」
「謝んなよ...俺が悪者みたいじゃねぇか」
「ごめん...あ」
「ちっ...もういい...」
レオはそのまま踵を返して部屋を出て行ってしまった。
(レオ.......)
レオがあそこまで感情あらわにする姿は始めてみた。
知り合って間もないのだから当然と言えば当然なのだが。しかし、柏崎にきつく言ったのはなんとなくレオの本心ではないような気がしてならない。
残った柏崎はギリッと歯噛みすると、今度は俺の方を向いた。
「神原...お前はレオが起こした暴力事件の話は聞いたか?」
柏崎は先程のレオに対する態度とは反対に、いつも通りの、女子達に囲まれて自信ありげな様子の彼に戻っていた。俺にはそれが自分が舐められているようなものに見えて少し挑発的に答えた。
「聞いたけど...それがなんだよ?俺はそんなことでレオを避けたりしない」
「そうか...」
柏崎はじっと俺を見た。
「おい!!ユウト!!もう行こうぜ!ほっとけよそんなやつ!!」
いつの間にかセナと生徒たちの対決は終わっていたようで、柏崎の友人たちが近づいてきて彼を呼んでいる。
しかし柏崎に彼らと合流する様子はない。俺は自分をじっと見つめる柏崎に対しなんだか気まずくなり立ち去ろうとした。
「じゃあ、俺はもう行くから...」
「なぁ、神原...レオを頼む...」
「!?」
俺が思わず振り返ると、柏崎はすでにそこにはいなかった。