決意の朝日
第五話でごぜぇます。
三人の間にしばしの沈黙が走った。
「確かにカナタの言う通りだな...」
レオとセナがハッと重要なことを思い出す。こんな大事なことが三人の中ですっかり抜け落ちていた。アリサは何が何だか分からないという感じだ。
「セナが察してるようにバーロスは正直得体が知れないし、俺の直感も信用するべきじゃないって言ってる、俺は今までいろんな奴に不幸体質で陥れられてきたからそう言うやつは纏う雰囲気がなんとなくわかる...
バーロスは絶対やばい、必ず何か裏があると思う...セナも其れを察したんだろ?」
セナの表情が少し暗くなり苦虫を噛み潰したような表情になる。
「...そう、アンタの言う通り、昨日の食堂でのあのバーロスの雰囲気、初め見たときから何か違和感のようなものを感じた。
情けない話、正直怖かったわ、あの得体のしれない何かにじりじりと逃げ場をふさがれていく感覚、久しぶりに味わった......
わたしもアナタと同じで過去に...その...いろいろあったから...相手が何か企んでるか、そうじゃないかは私も直感で分かるのよ」
セナの表情が一層曇った。何か過去にあったことを思い出しているようだが、それが思い出したくもないようなおぞましいものであることは、その表情を見れば一目瞭然だ。
セナもカナタ同様、過去に闇を抱えているようだった。その過去が今の周りにきつく当たってしまう彼女を作ってしまったのかもしれない。
「なぁ、セナ...」
「なんでもないわ...少し昔のことを思い出しただけだから、話を続けましょう」
レオもセナのあまりに落ち込んだ顔色に気付いたが、それは今はなすような事ではないと思ったのだろう。セナの様子に多少いぶかしむも話を戻した。
「まぁとにかく。あの爺さんが俺たちになんか隠してんのは確定だろ、薄気味悪いぜあの爺さん...」
レオも昨日の時点で言っていたように俺とセナと同意見だ。レオに関してはただただ感だったらしい。昨日俺と意見がかぶって確信に変わったらしい。
他にも気付いた生徒がいるかもしれない。
「で、それを踏まえてこれからどうするかって話なんだが...アリサに聴かせるのはやっぱマズいだろ、アリサがこのことをちくって計画がパーなんてことはないだろうが...これからの話にアリサが首を突っ込んだらアリサ自身が危険だ」
「わ、私大丈夫です!皆さんのことを悪く言ったりはしません!」
アリサも真剣だ。しかしアリサの表情には不安の色が濃く映っている。
それはまさに親に突き放されることを怯えるような、子供の表情だ。
だがそれは覚悟というものとは全くの別物だ。しかし、それも今のアリサにとってはごく自然な感情だ。
「そうじゃないよアリサ、レオも言った通り俺たちはアリサがそんなことをするとは少しも思ってない。むしろこの話を聞いて危ないのはアリサなんだ、俺たちはアリサが心配なんだよ...」
レオの言う通り、王宮のメイドと言ってもアリサはまだまだ子供だ。
ここからの話は無論、昨日俺達生徒にこの世界について説明をしてくれた修道服の老人バーロスについて。周りからの扱いを見ていると彼はこの国でかなり位が高いようだ。
彼は一見、混乱した生徒たちに優しく微笑みこの世界について教えてくれた優しい老人だ。
しかし、昨日の夕方の食堂で彼がセナに見せたあの表情。召喚直後のレオ達への強引な魔法の行使。正直信用ならない。彼が本当に俺達生徒の安全を保証してくれるのか。
彼にはただならない雰囲気を感じるのだ。
その、王宮のメイドとして仕えている。つまりは”バーロス側”にいるアリサにこんな話をしてよいか、アリサを関わらせてはいけないように思う。
レオやセナ、もちろん俺もアリサを危険にさらすつもりはない。故に彼女に今からの話を聞かせるのははばかられた。
俺達の雰囲気にしどろもどろになるアリサにセナが真剣な眼差しを向ける。
「ええとね、アリサちゃん...これから話すのは元々この世界にいたあなたには聞かせられない話なの。
だから、少しだけ他のメイドのお姉さん達の所に戻っててくれる?お話はすぐに終わるから...」
「うぅ...えぇと...そのぉ...私...」
アリサは俺を見て助けを求めるが俺はやっぱりアリサを危険にさらすという決断はできない。俺は首を横に振るしかなかった。
「それとも」
セナが今度はアリサを鋭く見つめた。その威圧感を含んだ瞳には彼女の誠実さのようなものが見えた。
「もし...もしも、あなたが危険を冒してでも私たちと行動を共にしてくれるなら、正直私はあなたにも聞いていてほしいと思ってる...」
厳しい表情からセナの葛藤がよく伺える。
「今の私たちはこの世界の住人にとったら生まれたての赤子のようなもの、よこしまな考えを持っている者からしたらいいカモだわ...
だから、この世界に詳しいあなたがいたら正直助かるっていうのも一つの事実、もちろん強要はしないわ...さっきも言った通りあなた自身が危険な目に合うかもしれない…」
「高梨さん...わ、私はっ...その...」
セナの声色に焦燥の色が増していく。危険な目に合わせたくはない。でもできるなら来てほしい。とても虫のいい話だ。
セナにも自分が身勝手なセリフしか言えないことに、胸を締め付けられるほどの葛藤があった。
「もし一緒に来てくれるのなら絶対に私があなたを守ると約束するわ...でも私たちからは強要はできない...あなたが自分で決めていいのよ、
でも一緒に来てくれるならあなたにも覚悟が求められるわ...」
セナの目が厳しいものに変わった。しかしそれは決してアリサを怖がらせはしなかった。
セナはもうアリサをちっちゃな子供ではなく一人の立派な、一人前のメイドとして向き合っている。
その真っすぐなセナの想いに、アリサもセナが言わんとすることを察してギュッと胸を押さえた。
「あなたが私たちから離れるのを辛いと思ってくれてるのはとっても嬉しい、でもそれだけじゃ一緒に行かせてはあげられないの...それはあなたもわかるでしょ?」
アリサは何も言わずに小さくうなずいた。若干10歳程度のアリサにはとても厳しい選択だ。しかし、それでもやはり決断を下せるのはアリサ自身において他にはいないのだ。
「高梨、自分の言ってること分かってんだろうな...」
「...」
「...あっそ」
レオは押し黙るが決してセナを止めようとしたわけではない。セナもそれを分かっているからこそもう何も言わなかった。
レオとてアリサの協力を仰げるなら...と思わずにはいられなかった。
情けないことだが俺たちはこの幼い少女に頼りたくなってしまうのだ。当然、危険なのは俺達も同じなのだから。
「アリサちゃん、残念だけどあなたがどうするか決めてくれるのをゆっくり待っている時間はないの...私たちはすぐにでも行動を起こす必要があると思う...だからこれからどうするか...今決めてちょうだい」
食堂にはもう誰もいない。時計はアリサを見守るようにゆっくりと時を刻む。秒針の重苦しい音だけが食堂に響き、アリサに選択を迫る。
俺達はただアリサの決断を見守った。彼女の道は彼女自身が決めなくてはならない。自分の行く末を他人に決めさせるような甘えをセナは決して許さないだろう。それがアリサのためだと信じて。
そして―
「...やります」
セナは必死に涙をこらえるアリサに再び問いかける。
「...とっても辛いわよ...後戻りもできない、苦しくても逃げ出せないわよ...いいのね?」
「はいっ!!」
アリサのうるんだ瞳にはもう一切の揺らぎはない。服の袖をギュッと握りしめ、じっとセナを見つめる。今にも泣き出してしまいそうな表情は変わらない。
しかし、これまでのいつもおどおどしていた彼女の面影はもうない。その姿はまさしく決意を固めた勇者の姿だ。
「私は今まで、ずっと王宮のみんなに迷惑ばかりかけて...それで落ち込んでまたみんなに迷惑かけて...今までずっとダメダメだったけど...でもっ!...いつまでもこのままダメな私は嫌なんですっ!優しくしてくれるみんなのためにも...もっと立派なメイドになるんですっ!だから...だからぁ...」
これから訪れるであろう苦難や困難への不安に、体を震わせ、声を詰まらせながら必死に言葉を紡ぐ。しかしアリサの瞼で揺れる輝きはアリサの迷いのない瞳をより美しく煌めかせ彼女の高潔さをまぶしいほどに際立たせた。
「私はっ...!私自身を変えるためにっ!皆さんと一緒に歩みます!」
再び食堂を静寂が包みこむ。ゆっくりと顔を挙げたアリサは瞼を真っ赤に腫らしてギュッと口を紡いでいる。
「そっか...」
セナは自分を真っすぐに見つめ返すアリサに優しく微笑む。いろいろな感情が混ざった笑みだ。しかし、自分と必死に戦い、決意を固めた目の前の女の子に情けない姿をさらすわけにはいかない。
セナは一度静かに息を吐き、アリサに向き直る。自分はお姉さんなのだ。彼女を守ると誓った以上、必ず約束は守り通さなくてはならない。
セナもまた決断を迫られていた者の一人だった。幼いアリサを巻き込む勇気が自分にはあるのか、自分に彼女を守ると誓うことができるのか。もちろんセナにも不安がある。
しかし自分の言葉に嘘は付けない。そしてなにより彼女の決断を裏切ることは、他の誰でもない自分自身が許さない。
「決断してくれてありがとう...ホントにうれしいわ...」
「...うっ...ひぐっ...うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
セナはアリサを抱き寄せ彼女の髪を優しくなでた。アリサは安心したようにボロボロと大粒の涙を流した。
「ふふっ、そのすぐ泣いちゃう癖も直さないとね...」
セナの目にも涙がたまっている。セナも存外泣き虫だ。
俺とレオは新たな門出を終えた小さな勇者を見て相好を崩した。それと同時に俺達は彼女に対する一種の憧れのような、それでいてどこか羨ましいような。そんな名状しがたい感情に襲われていた。
俺はアリサを見てどこか悔しそうな表情でポツリとこぼした。
「アリサは俺達よりよっぽど強い女の子かもな...」
「ははっ...そこら辺の大人よりよっぽど度胸あるぜ...俺はさぁ、正直アリサがこの道を選ぶとは思えなかったんだ...俺達は自分自身の身の安全のために戦う。
だけどアリサは違う。彼女がわざわざ険しい道を歩く必要なんてどこにもない。でもこいつは一緒にに行くことを選んだ。
それが弱い自分を変えるためだったとしても、アリサにはあまりにも勇敢な決断だ。いや蛮勇かも知れないな、だけど...今のこいつ、超カッコいいとおもわねぇか?」
「...そうだな、そんで俺達はダサいな...」
泣きそうなほど自分たちが情けなく感じる。レオも心底悔しそうだ、俺も同じ思いだ。今の俺たちはアリサに比べてあまりにもカッコ悪くて、弱く感じてしまう。
「ちびちびのアリサが行くって決めたんだ俺達もやるしかねぇな...なっ!カナタっ!」
俺の肩をレオが思い切りたたいた。しかしレオの手は少し震えていた。
「レオ...お前...」
「すまんカナタ...こんな中じゃ本当は俺が一番怖がってるよ...あんなアリサを見ても俺の中には不安しかない、...けどさぁ、男の俺がこんな...まだ何も始まってないのに戦いを降りる訳にはいかないよな...」
「俺も...やっぱり同じだよ」
「ははっ...そうか...でも弱音はこれで最後だ、俺も...もう後戻りはできないからな」
「レオ...」
レオは震えた手を無理やり抑えて俺に不敵に笑う。もとのレオらしいかっこいい姿だ。
「で、カナタはどうすんだよ!まさかこのゲーム...降りたりはしないだろ?」
レオがニヤッと笑い俺の背中に肩を回す。
三人が俺を見て俺の返事を待つ。分かり切った返事を待つ。三人ともこれから何が、どんな困難なことが自分たちの身に降りかかるか分からないというのに、全員上を向いて笑っている。
(まったく...どいつもこいつも頭おかしいなぁ...)
セナとレオの言った通りもう後戻りはできない。どれだけ大切な物を奪われ、壊し、失くしたとしても決して引き返すことはできない。
この道を歩き出したその瞬間から自分の道は前にしかなくなる。ただ歩みを進めることができず、どれだけの距離があるのかも分からない道をこれからこの四人で歩いていくのだ。しかし、その道に光は射さずとも一人ではない。
決して一人で歩くわけではない。苦しみも困難もみんなで支え合えば四分の一だ。
これは俺一人だけの、今までの孤独な戦いでは決してないのだらから。
(やるしかないなら、もう答えは一つだよな)
「もちろん、やるよ...俺だけ特別扱いの人生なんてもういらない...待ってても変わらないなら...俺が、俺自身が!俺が幸せになれる人生に作り替える!!」
もう賽は投げられている。戦いははじまったのだ。
これまでの人生辛いことだらけだった。碌なことなんてひとつもなかった。
自分だけが違う。そんな不安や焦燥を抱えながら過ごすのはもう耐えられない。
でも今はもう違う。隣で一緒に歩こうとしてくれる友達ができた。今までずっと我慢し続けてきたんだ。もう理不尽に文句だけを垂れ流しうじうじはしていられないのだ。
いい加減向き合う時だ。異世界に来たって何もしないなら日本にいたときと同じだ。誰も俺のことを本当の意味では助けてはくれない。
”人は誰かの支えが必要だ”
全くレオの言う通りだ。
でも支えられるだけじゃなにも変わらないのだ。向き合うのも自分、助かるのも自分、そして変わるのも自分自身。
(―だったら...一歩踏み出すのも、俺だ)
これから始まるのはそんなどこにでもある、世界と自分を変える物語だ。