新しい世界
第2話でございまする
「なんだここ…?」
そこはひどく暗い場所だった。だが教室の外に広がっていた暗黒程ではなく所々に家具のようなものが置かれているのが見える。
上はでこぼこの岩に覆われており一つだけ天井にぶら下がる松明がかすかに部屋を照らし、水が滴るような音だけが聞こえる。
「洞窟か? なんで俺こんなところに...」
空間に自分の声が反響する。まるで何かの夢を見ているような感覚だった。
全身の感覚は戻っているようなまだ戻っていないような。あらゆるものの存在があやふやな感じだ。
コツン…コツン…
「!? 誰かいるのか!?」
背後から誰かの足音が響き反射的に振り返る。
しかし足音の主はいない。
「誰もいない!?なんなんだこれ!クソっ!」
そして再び向き直ると、
「花...畑?さっきまで洞窟だったのに...どうなってんだ!?」
目に飛び込んできたのは壮大な花畑。青空には太陽が浮かび無数の花を照らした。
(なんか懐かしい…? いや、気のせいか)
そこは地面いっぱいの色とりどりの花畑。どこまでも広がる花畑。木も山もなく、地平線の果てまで延々と花畑が続く。
雲一つなく空からさす光が少しまぶしい。花畑には俺以外は誰もいなくとても静かだ。
今度は体の感覚が確かにあり、穏やかな風が俺の頬をなで、ただ花が風に揺られる音だけが耳をくすぐる。
俺はあまりにきれいな光景に思わず目を見開いた。しかし同時に、この絵に描いたような美しい景色に俺はどこか懐かしさを感じていた。
しかしいくら自分の記憶を探っても答えは見つからない。
すると、一陣の風が吹き一斉に花弁が巻き上がる。俺は思わず顔を手で覆う。
舞い上がった無数の花弁は渦を作りながら、いつしか俺と同じほどの背の少女の形に変わっていった。
完全に少女の姿が出来上がると風は止み花びらがひらひらと落ちていく。
光はまぶしいくらいなのに少女の顔には不自然に影がかかりその表情はうかがえない。
しかしなんとなく泣いているような気がした。そして、少女は何かを訴えかけるようにして叫ぶ。
「お前は、誰だ? いや...何者なんだ?」
『カ□□□さ、□□ぱ□□し□□□□□ね...□も□□タは□□□□ら誰□□□け□ゃ□□□よね.□.だ□ら...□□□□こ□は□□□け□□!!』
ただし、声は聞こえない。
「?? いや聞こえねーよ!」
『□□□□タ、わ□□□□っ□る□□、い□□□□□いむ□□□□□!』
「いや…何言ってるかわかんねぇよ…」
彼女の声は壊れた機械のようにノイズを纏って要領を得ない。
『バイバイ、カナタ…』
「え…俺の名前…」
そういうと再び花弁が舞い上がり少女を包み込んで、いつしか少女の姿は花畑から消えていた。
最後彼女は確かに俺を”カナタ”と呼んだ。顔も分からないからそもそもあんな少女と会ったかすら分からない。
しかし、今までにあったどんな女の人とも違う気がした。一体彼女は誰なんだろう。なんとなくどこかで会ったような。
懐かしい?俺たちはどこかで…
そのとき、
ズキッ―
(いってぇ!? なんだ今の)
胸の奥に痛みを感じ胸を抱えてうずくまる。胸に手を当てると痛みはもう消えていた。
(何だったんだ今の…)
「..タ!! ..丈夫か!?カナタ!!」
「...レオか?」
「やっと目を覚ましたか! 無事でよかった」
胸の痛みが止み目を開けるとそこは、どこか建物のだった。
また知らない場所だが、天井やモノもはっきりと見え体の感覚も元通りになっている。どうやら元の世界に戻ったようだった。
「レオ、ここどこだ?」
俺は体を起こしレオに聞く。
「ええと、なんというかすげぇ突飛な話で俺もよくわかんないんだけどさ、その…」
「その、なんだよ?」
「俺たちいわゆる、異世界にきたみたいなんだ…」
「. . . は?」
(全っ然意味わからんのですけども!?)
それからレオは俺にその異世界とやらに来た大体の経緯を話した。
教室が光で包まれた後、気がついたら置きな宮殿のような場所にいたらしい。みんなはすぐに目が覚めたらしいが、なぜか俺の姿はどこにもなかった。
そして、俺以外の全員が目を覚ましたときバーロスと名乗る修道服をきた老人が現れて自分たちに『ここは俺たちが今までいた世界とは異なる世界であること』、そして俺たちが『神からの役割を果たすためにここに来たこと』が伝えられた。
当然生徒たちは混乱し暴動になりかけたらしい。しかし、そのときそのバーロスという老人の持っていた杖が輝きだし、その瞬間前の方にいた生徒たちが見えない壁にぶつかったように突然後ろにはじき返されたらしい。
そこで慌てふためく生徒たちにバーロスからこの世界には”魔法”が存在することを教えられた。
ちょうどその時、俺が現れていったん説明は中断して、目を覚まさない俺を医務室のような場所に運ぶことになった。
それから間もなく俺がこうして目を覚ましたらしい。
「他の奴らは別室で案内されて待機してるってよ」
「そんな事があったのか…」
「カナタも普通に元気そうだし、みんなに合流しようぜ、これからあのバーロスとかいう爺さんにいろいろ聞かなきゃいけないし」
「そうだな、その…なんか心配かけたみたいで...」
「いらんこと気にすんなよ!ほら!行こうぜ!」
「いって!?叩くなって...」
レオは笑ってそう言うと俺の肩をバシッと叩いて俺をせかした。その時俺は久しぶり誰かの前で笑ったことに気付き、少しむずがゆくなったのだった。
窓の外を見ると、日は沈みかかり、見えるもの全てがオレンジに染まる。今までと同じ、知っている夕暮れ。
だけど、
「ほんとに、異世界なんだな...」
眼下に広がるのは見たこともないまるで中世ヨーロッパのような街並み。
その光景がここが異世界である何よりの証拠だった。
そして俺は目が覚めた小さな個室から出ると、部屋の外で待機していた兵士に案内されレオと共にみんなが待つ食堂へと向かったのだった。
食堂につくとクラスのみんなが俺をにらみつけて来た。みんなの方はいつも通りのようだ。
(はいはい、待たせてすいませんでしたっと… そんで、あの前に立ってるやたら豪華な修道服の爺さんがバーロスか)
なるべくみんなと目を合わせずに俺とレオは案内された最後列の席に座るとそれぞれに飲み物が配られ、バーロスの話が始まった。
「全員そろったようなので我々の世界 ”レスティーレ” そして我々の国 ”ガルフレア魔術皇国” について、お話しさせていただきたいと思います。」
曰く、この世界は五つの大陸に分かれておりその大陸にそれぞれ異なる種族の者達が住んでいるらしい。
一つ目、人と獣が混ざった種族 ”獣人” が住む西の大陸。《ヨスニィ大陸》
二つ目、どの種族よりも自然を愛し、その寵愛を受ける種族 “精霊” が住む東の大陸。《モルト大陸》
三つ目、最も魔法が発達し、戦闘においてずば抜けている種族 ”魔族” が住む北の大陸。《シュラ大陸》
そして最後。
四つ目、俺たちが呼ばれた、四種族中最も脆弱と言われる種族 ”人間” が住む南の大陸。《サーラ大陸》
「以上の四つの大陸でそれぞれ異なった種族が住んでおります。
三千年前に起こった聖戦によって大陸が五つに分かれて以来我々四種族の間にはほとんど国交はなく、なるべく干渉し合わないように暮らしております。
精霊族の中には聖戦時代から生きながらえているという者もおるそうなので、
未だに種族間における憎しみは消えてはおりませんでしょう。」
(ん? 大陸は五つあるんじゃないのか? なぜも一つの大陸については話さないんだ? まぁ、何かわけでもあるのか...)
その後も話は続き、やっと自分たちが呼ばれたことについての説明が始まった。
さっきまでまともに話をきいていなかった生徒も自分たちの話となると聞かない訳にはいかないのだろう。
「ここからは皆様方、”勇者様” が呼ばれた訳についての話でございます。完結に申しますと、勇者様方には我々人類を他種族の襲撃から守っていただきたいのです!!」
バーロスの口から出たのは予想通りのセリフだった。
「先日、この世界の情勢が大きく変化するであろう出来事が起こりました。それにより近いうちに”魔族”の襲撃があるという予言があったのです。
魔族以外の襲撃も十分に考えられます。
勇者様方!どうか我々の救世主になってはいただけないでしょうか!」
涙ながらに俺たちに”救世主”というバーロスをみてクラスの中心グループ連中がやる気満々という表情でうなずき合っている。アホとしか思えない。
そんな浮かれたアホアホ連中が勝手に盛り上がりだす。
しかしこのクラスはアホだけじゃないようだ。一人の女子生徒が声を上げた。
「すみません!!」
「はい、なんでしょうか?勇者様」
声を上げたその女子生徒は自分たちに優しく微笑み返すバーロスを見て、心底不快だという表情を返してこの際もっとも重要な問題について問う。
「私は当然、元の世界に帰られるのよね?」
バーロスは一瞬無表情にかわった。ゾッとするほどの無表情だ。
しかしバーロスはすぐにまた元の笑顔に戻すと「ええ、もちろんでございます勇者様」と答えた。それを聞くとその女子生徒はチッと舌打ちして席に座った。
(舌打ち!? コワッ!? まぁでも爺さんのあの反応はなんか引っかかるな)
それに問題はそれだけではない。”勇者”、”救世主”、いくらカッコよく聞こえてもこれから俺たちがやること。それはつまり、
「”戦争”か、とんでもないことに巻き込まれたな。カナタはどう思う、ちょっとマズくないかこれ」
隣のレオも同意見らしい。
俺とレオは教室にいたときに比べて目が覚めてからずっと話をするうちに安心して話せるようになっていた。
まだ見放されるかもしれないという恐怖が消えたわけではないが、レオはなんとなく信じてもいいような気がしてきていた。
あんなに感情をあらわにして怒っておきながらすぐに安心してしまう辺り、我ながら呆れるほどちょろいと思った。
今ではすでに下の名前で呼び合う仲だ。
(ま、まぁ男は喧嘩して友情を深めるっていうしな...)
内心そんなことを考えながら俺はレオに返答をした。
「ちょっとどころじゃなくかなりマズいな、これ...喧嘩もまともにできないようなガキんちょに命のやりとりなんか絶対無理だろ... 正直考えただけでちびりそう...」
「だよな… はぁ~、これからどうなるんだろうな、俺たち… カナタはなんだかんだで生き残りそうだよな」
「無理だろ。俺なんて敵の前でちびって殺されて終わりだ」
「お前、ちびり過ぎだろ」
「レオうるさい」
「ぷっ!」
「ははっ」
いつしか俺たちは笑い出していた。戦争に対する不安が消えたわけではないが、レオと話すと少し気が軽くなった。
レオには助けてもらえてばかりだ。こんな風に笑えているのは全部レオのおかげだ。
さっきはすぐに死ぬなんて言ったが、俺は心の中で、生きてレオを守ろうと誓った。
二人で話している間にバーロスの話も終盤にさしかかっていた。
するとバーロスの指示に従い、生徒の席に案内役のメイドが近づいてきた。
俺のメイドはレオのや他の綺麗なメイドに比べてやけに小柄だった。というか子供だ。
きれいな金色の髪を後ろで一つ結びにして、メイド服の裾はだぼだぼだ。いかにも駆け出しという感じでひどく緊張しているようだ。
レオが「君可愛いね!」と茶化すと、「ううぅ...」と顔を赤らめた。
そして両膝の間に手を挟んでもじもじしている。しかもちょっと涙目だ。あ~これアレか...
「―では、これでこの世界と勇者様方が召喚された理由についての説明に関しはお終いとさせていただきます。皆さま突然のことでお疲れでしょう。
これからの詳しい説明につきましては、みなさま一人一人にお部屋をご用意させていただきましたのでそこでゆっくりお聞きください」
バーロスの話が終わり俺たちはそれぞれのメイドに連れられ、食堂を出た。
しばらく廊下の分かれ道に差し掛かり俺のプチメイドは依然涙目で俺に「私たちは行くところがあるのでっ!」っと言った。
俺はレオに軽く挨拶を交わし、みんなの列から一人抜けて誰もいない廊下を進んだ。
改めて廊下の豪華な絵画や装飾を見ると、自分たちが異世界に来ているということを思い知らされる。
そうしてしばらく宮殿の飾りに気を取られていると、いつの間にかちっちゃなメイドははるか先を歩いていた。
「あの...もうちょっとゆっくり歩いてほしいんですけど...」
「はっ!すみませんっ!少し、いやとても焦ってしまっ!?...っいまして!ううぅ… では先を急ぎましょう!」
そう言ってやっぱり早歩きのプチメイドは、時々「あうぅ...」とか言いながら歩みを進めた。そろそろ限界が近いようだ。
よっぽど走っていきたいようで少々変な歩き方になっている。ちょっと可愛い。
(こんなところでお漏らしされても困るしなぁ、こっちか言うしかないか...)
「ええと、その...なんだ、我慢せずに行ってきたどうだ?俺ここで待ってるから」
俺がそう言うとプチメイドはピタリと動きを止めた。
(え、なに!?なんか怖いんだけど…)
「...ぃもん」
「え?」
プチメイドは何かをボソッとつぶやき、俺に涙目の真っ赤な顔で俺をキッと睨み返して、
「私!!今日は漏らしてないもぉーーーーーーん!!!」
と言ってトイレに向かって全力疾走していったのだった。遠くでプチメイドの叫び声がこだましている。
「今までは漏らしてたのかよ…」
彼女は彼女である意味大変な年頃らしい。
俺はプチメイドを見送った後、廊下の絵でも見ながら、これからのことを考えることにした。
(バーロスの話からすると自分たちはこれから他種族との戦争をしていくわけだが、それから日本に帰るとしても一体何日、いや何年かかるか分からないな...それにバーロスはあの女子生徒の質問に対して”帰れる”としか答えてない。
”戦争が終わったら返してくれる”とも言ってない。
そんな奴を信用しろという方が無理あるんだよなぁ...大体あの爺さんは今魔族とやらが襲ってきたらどうするつもりなんだか...全く、お先真っ暗だな)
そんなことを考えていると、反対側の窓の方から何か風を切るような音が聞こえ振り向くと、
パリィィィィィィン!!
その瞬間、豪華な窓が砕け散り何かが廊下に飛び込んできた。そして”人型のそれ”はゆっくりと立ち上がりバサッと真黒な羽を広げた。
間違いない、
(魔族か!?)
漆黒の羽と茶色の肌、その上に黒い軍服を纏い背中のマントが割れた窓からの風でバサバサと波打つ。そして思わず背筋が凍るような鋭い眼光。
まさに魔の者といった感じだ。
(相変わらず運が悪いな...これは、さすがに死んだな...)
思わず苦笑いを浮かべ、内容のスカスカな走馬燈が走りかけたとき魔族が、大きく息を吸って、また大きくはいた。
というかため息をついた。
(俺魔族からも呆れられてるのか...もう死にたくなってくるんだけど...いや、これから殺されるのか...)
自分が助かりそうにないのを考えれば考える程全身から脂汗が噴出し足が震える。
軽口をたたいてみても目の前の絶望的な状況を見ればちびるどころの問題じゃない。
正直この状況から助かる方法なんて全く思い浮かばない。これまで何度も死にかけてはきたが、今まではただの事故だった。
今回のように、向こうに恐らくだが殺意がある場合は初めてだ。しかし、レオを守ると言った矢先に自ら死を受け入れるのも違う。
まだ諦める訳にはいかない。
(やっぱりまだ諦められねぇ!!逃げられないなら、どうするのが賢い!? なにか策はないのか...!?)
不幸中の幸いにも魔族は何故かその場を動かず一言も喋らない。ただ何もせずに俺の中に何かを探すように俺の様子を観察しているようだ。
プチメイドが帰ってくる前にこの状況を何とかしないと二人とも殺されてしまう。
(なにか行動を起こさないと!?)
そう思った時、
「人間...」
魔族が俺の顔をじっと見つめて話しかけてきた。再び全身が恐怖で震えだす。
なぜ今このタイミングで話しかけてきたのかは一切分からないが、会話ができるなら交渉の余地あり、と思い覚悟を決めた。
「な、なんだ...? お前は俺を殺すんじゃないのかよ」
俺が返事をすると魔族は今度は真剣な表情で俺をじっと見つめ意外なセリフを言い放った。
「アンタは生き延びてくれ...」
「は...?」
魔族は俺にそれだけ言うと廊下の奥に歩き出し、霧のように姿を消した。俺は魔族が去った後、体から力が抜けてそのまま後ろに倒れた。