王の舞台
第1話です
うららかな春の日、見上げればどこまでも広がる青空。足元を見てみれば地面いっぱいに広がる桜の絨毯が広がっている。
この俺、神原カナタは今高校三年の始業式のため地元の高校に登校中だ。目の前には青空に良く映える桜の木が学校に向かい並んでいる。
そこで俺の隣を一人の女生徒が通りかかる。俺はすぐに去年のクラスメイトだと気付いた。
「あ・・おはよう!去年同じクラスだった○○さんだよね!」
そう俺が声をかけるとその女生徒は少しビクッとしてこちらを向き直った。そして俺に変質者を見るような顔でこう言い放つ。
「え...えぇと」
「あ...ごめ―」
「○○さーん!おはよ~!」
俺が突然声をかけたのを謝罪しようとすると背後から女生徒を呼ぶ声が聞こえた。
それを聞いた女生徒は途端に笑顔になり、俺に「ごめんね!」とだけ言って声の主のほうに駆け出した。
俺は女生徒が友達と合流したのを確認した後、胸に少しの痛みを感じつつも再び桜道を歩き出した。
ムニュン
一歩踏み出すと右足が嫌な感触と共に沈み込む。
(あ~これ絶対アレだな・・)
足を挙げて確認すると予想通りのアレが足の裏で耐え難い悪臭を放っている。汚物を踏むのは今日で五日目だ。
(今日で連続記録更新か、靴の予備あったっけ)
俺はそんなことを考えつつ再び学校に向かった。
俺は歩くたびにムニュっとするのを感じながら子供の頃のことを思い出す。
俺が中学二年の時のことだ。母と買い物に行った帰り、母は突然突っ込んできたトラックに轢かれて重傷を負った。
俺は偶然にも軽いけがで済んだが母そのせいで今も意識が目覚めないままだ。父はそのショックでおかしくなって今は実家で暮らし祖父が面倒を見てくれている。
そして、この事件を皮切りに次々と嫌な出来事が起こるようになった。
死にそうになったことだって一度や二度じゃない。親戚や友達にも何度危険な目に合わせてしまったか分からない。
そんなことが繰り返されるうちにいつしか俺の周りには誰もいなくなっていた。
そして、誰が最初に言い出したのだろうか。いつの間にか”疫病神”なんて言う風に呼ばれるようになっていた。
(はぁ...こんなことがいつまで続くんだ...)
しばらくそんなことを考えながら歩いている間に校門の前まで来ていたようだ。先ほどより他の生徒たちの喧騒が近くに感じる。
昇降口には新しいクラスの名簿が張り出されていて、生徒たちがわらわらと集まっている。お互い名簿を見ようと必死で昇降口は満員状態だ。
気怠くと思いながらも確認しない訳にもいかないので面倒なことにならないように気配を消した。
つもりだったのだが、
「!?おい!”疫病神”が来たぞ!」
面倒なことになった。
男子生徒の声を聴いて他の生徒たちも俺が進むと自然に道を開けた。道を作る全員が全員俺を睨みつける。今になっては見慣れた光景だ。
(もういいや...早く行こう)
生徒たちの視線の中を駆け抜け名簿を確認するとすぐに教室に入った。
なぜかクラスには俺以外誰もいない。さしずめ俺がクラスに入ろうとしたとこを見て離れて行ったのだろう。
慣れていてもやはり辛いものは辛い。
心は静かに擦り減っていくものだ。
教室の窓からは温かい日差しが入り込み全身を優しく包み込む。
誰かが優しく抱きしめてくれているようだった、「辛かったね、苦しかったよね」となんとなくそう言っているような気がした。
「暖かい、なんか...眠くなってきた...」
俺は久々に感じたささやかな幸福感を味わいながら机の上に眠りに落ちた。
カタカタカタッ一
しばらくしてクラスの喧騒に自然と目が覚めた。既に生徒たちの新クラスへの移動は終了しているようだ。大量の足音が机を介して伝わってくる。
しかし、その足音がなんだか不自然なほど慌ただしくてふと顔を挙げた。すると、
「暗い? なんだこれ...」
真っ暗で、窓の外には何も見えない。というよりは、
― 何もない ―
そう、何もないのだ。”無”だ。天気が悪いとかそんなレベルじゃなく、人間の本能的な恐怖を感じてしまう。全身に言いしれない悪寒が走り額に脂汗が滲む。
(…なんだこれ!? これも俺の不幸体質のせいか!? 俺はまた巻き込むのか!?)
いまだかつてない恐怖も相まって頭の中がぐちゃぐちゃになって思考がまとまらない。
「おい、お前大丈夫か?」
隣にいた生徒が俺の肩を叩いた。
「!?...だ、大丈夫、少しパニックになりかけただけだ...」
知らない男子生徒に急に声をかけられ急に現実に引き戻されるような感覚になり思わず飛び上がった。
少々恥ずかしく思いながらも俺はその生徒に大丈夫と伝えた。
しかし、この生徒はなぜ俺なんかに声をかけたのだろうか。この学校にいるものなら自分から俺に関わろうとするものなどいない。
転校生で俺のうわさを知らなかったのだろうか。なんとなく逆に怪しく感じてしまう。
(こいつ…何考えてんだ…)
あまりにも人と関わっていないせいでつい人の親切を疑ってしまう。
我ながら切ない人間になってしまった。
「それより、俺とあんまり話してると...」
俺が横目で生徒たちを横目で見ると、案の定パニックになる生徒たちの中の何人かがこちらを見て何やらひそひそ話している。
「ああー...ははっ、知ってる知ってる”疫病神”の神原カナタだろ?あ、俺如月レオな! よろしく!」
如月レオは一瞬クラスを眺めるも何でもないように笑いながらそう答える。
笑顔で疫病神なんて呼ばれたのは初めてだったものだから、どうしたらわからず俺は思わずきつく聞き返してしまった。
「だったらなんでわざわざ話しかけてけてきたんだよ...おちょくってんのか?」
そう言った後、強く言い過ぎてしまったと思いレオからすぐに顔をそらした。依然周りからはひそひそ話が絶えない。
「いや…ええと…」
レオはそんな俺を見て困ったように頭をかくと、話を続けた。
「なんとなくほっとけなかったんだよ...」
「は?...ほっとけない?」
その時、俺の中で何かが弾けた。
「お前さぁそういうのを偽善とか自己満足って言うんだよ...腹立つからもう消えてくれ...」
胸の当たりがギュッと潰れるような感覚がする。
(くそっ…俺は何期待してんだよ…)
彼の行為は間違ってないだろう。
しかし、彼の「ほっとけない」なんていう気軽な思いやり程度で救われるなら俺は今、こんな状況にはなっていない。こんなに腹は立ってない。
俺からしたら親切なんてとんでもない。こんなのただの無神経な自己満足の行為だ。
「すまん...でもやっぱり何かしたくなるんだよ、お前見てると...」
「ちっ...」
俺は呆れて目線を机に戻した。
「まぁ、黙って聞いてくれるだけでいいから!」
如月レオの態度からは俺を嫌がる様子は見えない。もう言葉を返す気にすらならない。
うっとうしくて腹が立つのに自分のためになにかしようとしてくれている人間が目の前にいることに、無意識に希望を抱いてしまう自分がいる。
(分かってんだろ…聞くだけ無駄だろ…)
救われることはないのはもう知っている。
「なんて言うかさ、俺も前にちょっとした事件起こしちまったんだ。俺自身は混乱してて当時のことはあんまり覚えてないんだけどな...それで誰も俺に近づかなくなったんだよ。
最初は ”その程度の関係ならむしろいらない” と思って誰とも関わらずに一匹狼気取ってた。でも気付いたら俺に向けられた周りの目は恐怖から憐れみに変わってたよ」
如月は自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
「...だから何だよ、『お前の気持ちは分かる』とでも言いたいのかよ...」
俺は如月をにらみつけた。何度も聴いたセリフだ、そんな言葉に用はない。むしろ不快ですらある。
「そうじゃない...まぁ聞けよ」
如月の表情が一瞬ゆがんだように見えた。この表情にどんな思いがあったかなんて、俺は知ろうとも思わない。
「続けるぞ…」
俺は如月は俺の言いたいことを確かに理解しているのは分かった。
「今思い出してみれば俺に関わろうとする奴は確かにいた、でも俺はその全てを拒否した。それに気付いた時どうしようもなく恥ずかしくなったんだ。要は、独りは寂しいって気づいちまった...人は誰しも支えてくれる誰かが必要なんだろうなって...」
レオの表情から困惑の色が消え、緊張感が現れる。真っすぐに俺を見据えている。こんな風に人に見つめられるのはいついつ以来だろうか。
「俺は、今その誰かさんがいないからこんなことになってんだよ...きれいごと言うなっ!!」
俺は思わず声を荒げ、机を殴った。骨に緩やかにしみていく痛みと行き場のない怒りで瞼が熱くなる。
正直どうしていいかわからない。同情も、それこそ憐れまれることだってご免だ。かわいそうなやつだなんて思われてたまるか。
だから俺は今までの人間とは違う目の前の男の胸ぐらをつかみ子供のように声を荒げることしかできなかった。
「お前が今までどんな経験をしたかなんて関係ないっ!!人には支えてくれる誰かが必要!?ああ、ごもっともだよ!!
俺だってそんなことわかってんだよっ!だけど...今まで俺が誰にも頼ろうとしなかったとでも言いたいのかよっ!?
何度も頼った!何度も信じた!!それを何度も裏切って切り捨ててきたのは誰だっ!!お前らだろうがっ!」
こんなことをしても無駄だと思いつつも俺の口は止まってくれない。濁流のように言葉が次から次へと流れ出てくる。如月レオはただ黙って俺の言葉を聞いていた。
「それでもお前らを頼れってか!!馬鹿にすんのも大概にしろよっ!!俺をこんな風にしたのはお前らの方だろうがっっ!!」
教室が静まり、俺の声だけが空気を揺らす。それでもクラスメイトが俺を見る目は変わらない。
俺はなにもかもがいやになり、思考を止めて如月をつき離した。
「もういい...誰かを助けようだなんて思うな...『人は助け合うべき』なんて、そんなのは運よく助かった人間だから言えるセリフなんだよ...適当な事言うな...」
はじめてこんな風に誰かに怒った気がする。だが、こんなのはただの八つ当たりだった。自分が辛い言い訳を他人に押し付けているだけだ。自分がちっぽけな人間に思えてきて心底嫌になる。
「じゃあさ、せめてその思いを俺にぶちまけてくれ...お前が以前の俺みたいで見てられねんだよ」
如月は再びまっすぐ俺を見る。やっぱり今までに見たことがない目だ。
心が揺れる。また誰かを信じてしまいたくなる。でももう誰かを信じるのが怖くて仕方がない。
「お前は...俺を見捨てないと約束できるのかよ」
「できる」
如月は即答した。
「もし俺がおかしくなって、お前を殺そうとしてもか?」
如月は力強くうなずき俺に微笑む。この答えが本気なら正直狂ってると思う。でもこの男を見ていると偽りの雰囲気は一切感じられなかった。
「如月レオ...お前狂ってるよ」
「ははっ、ちょっとぐらいなら大丈夫だろ?」
「それは...」
俺はうろたえることしかできず動揺を隠すように目をそらす。そして如月レオは優しく声をかけたのだった。
「だからさぁ、俺と...友達になってくれないか?」
少し顔を赤らめたレオが俺に手を差し出す。それを見て俺の中で守り続けてきた何かが溶けていった。自分を対等に思ってくれるレオを見て右の頬に温かいものが流れるのを感じる。一粒しか流れない。
いびつで不自然で何かが抜け落ちた涙がまさに今の俺だった。
「ああ...」
俺は涙を裾で拭うともう一度レオに向き直った。レオの言ったことは確かに正しく事実そのものだろう。
しかしその事実を安易に受け入れられないのもまた理屈じゃない。それでも言っておかなければいけないと思った。
「その...ありがと、俺もいつか自分を救ってやれるようになるよ…」
誰かを信じることはまだ怖い。だけどそうしなければ一生この地獄のままだ。俺には挑戦し続けるしか選択肢はなかった。
俺がそう言うと、如月...いやレオは満足そうにうなずいたのだった。
それから1時間。俺達は何かしらの助けを待ちながら窓の外を眺めていたが、先ほどと変わらず暗黒が広がり、生徒たちは不安に襲われている。中にはパニックになって膝を抱えているものや混乱するものをまとめようと声をあげる者もいたが、冗談は悪化する一方だ。
「なぁカナタ、これ一体何が起こってるんだろうな...絶対良い事ではないだろうけど」
他のものたちの会話を聞いているとやはり窓やドアは鍵は外せるもののびくともせず、脱出不可能のようだ。
つまり、完全に閉じ込められてしまい打つ手なしだ。
話したところで何か状況が良くなるとは思えないがレオに、自分の不幸体質が原因である可能性が高いということを伝えようと思った。
先程のレオとの会話でレオには話そうと思えた。
そういえば、あの時から随分と体が軽くなったように思える。胸の奥から何か温かいものが全身を駆け抜けた。これが本当の”嬉しい”という感覚なのだろう。
「レオちょっと聞いてほしいんだけど今回の…「カナタ!! 下見ろ!!」 は?下?」
俺の声を遮りレオが声を荒げた。そしてそこには、
(なんだ!? これって”魔法陣”か!?)
教室の床全体に赤色の光が教室の真ん中から放射線状に拡がっていく。光は七色の粒子を放ちながらゆっくりと俺たちを包み込んでいく。その光は次第に輝きを増していき視界を遮り始めた。
教室中から生徒たちが悲鳴が上がる。足から地面の感覚が消え体の自由が利かなくなっていく。
キイィィィィィン!!
「カナタ!!」
教室に甲高い音が響き渡る。
閉ざされて行く視界の端に手を伸ばすレオが映り、俺も必死に手を伸ばした。
しかし、魔法陣の輝きは留まることを知らず既にホワイトアウト。すぐ近くにいるはずのレオの顔は見えずその姿は完全に消える寸前だ。
(ダメだ…! もう視界が―)
何もかもが視界から消えようかいう、その時だった。
ヒタッ
(!? レオか!…いや違う!? 誰だ!?)
俺は誰かに腕を掴まれたのに気付いた。しかし、レオではない誰か。
その手は小さくて妙にひんやりしている。しかしどこか温かい感覚。
そのぬくもりが全身を覆い隠すように守るようにして腕を伝って拡がっていく。そしてそれが全身に覆い切ったと同時に一気に視界が開けた。