現代版妖童話 いばらの少女と数百年目の夢喰い
前作:「赤フードとおいぬさま」とは同じ世界観ではありますがオムニバス形式であり、前作をご覧になっていなくても大丈夫です。
_____魔憑きだ___ころ_____魔女___く_な_____せ_____こ_____!!!魔___女を_____殺せ!!!
「_____っ!!!」
飛び起きた女の額に脂汗が伝う、顔は蒼白、目の下には濃い隈がくっきりと浮かんでいる。
荒い息を何度か吸っては吐き出して、膝を抱えた。
「……大丈夫、生きてる、あれは、夢……」
言い聞かせるように吐き出された言葉は静かな夜に消えていった。
井原翠は不眠症である。
生まれてこのかた、まともに眠れた事よりもそうでない事の方が遥かに多い。
悪夢の始まりは翠が小学校2年の頃。
首を絞められているような苦しさと共に見た夢、“自分が殺される夢”、沢山の大人たちが何かを叫びながら斬りつけて、殴りつけて、刺して、夢の筈なのにとっても痛くて
泣き叫びながら飛び起きた可愛い娘に両親は慌てて飛び起きて、何かに恐怖するように喘ぎ泣く娘をただひたすら抱きしめることしかできなかった。
“自分が殺される夢”はそれから毎日、眠ればいつも“彼女はころされる”
眠るのが怖いと泣く翠を両親が精神科などに連れて行っても原因は分からず、かといって学校などで虐めにあっていた訳でもなく、原因不明の悪夢は毎日翠を蝕む。
その証のように翠の目の下にはくっきりと隈が浮かんでいる。
毎日見る夢なのに明晰夢なんかじゃない、自分の思い通りに行くはずもない夢で無惨に抵抗もできず、いつも、いつも、いつまでも、悪夢は終わらないのだ。
_____そして今日も“彼女は殺される”
(ねむたい……)
場所は変わって、翠の所属する開陽高校2年1組の教室。
窓際の一番後ろの席、眠るにもサボるにも最適な席で頬杖をついて眠たそうに頭をゆらゆらとさせる。
(ねむたい……でも……ねたくない……)
今朝も“悪夢”を見て夜中に起きてしまってまともに眠れなかった、眠たいが寝れない寝たくない。
必死に寝ないように目力を強める、結果周囲を睨んでいるように見えるのだが本人はそれどころではない。
「今日___校生____介_____てきて」
担任の言葉すらまともに耳に入らず、うと……一瞬落ちかけた瞬間ガタンと椅子の引く音で慌てて意識を取り戻す。
「あは、これから宜しくねー」
「……??」
見知らぬ男子生徒が空席だったはずの席に腰を下ろしているのを見て困惑する。
ぱっと黒板を見ると『伊吹翔』という名前_____そういえばさっき担任が転校生とか言ってたような
「……よろしく」
「うん、よろしくね!ところで名前は?」
「……井原、翠」
「そっか!俺わかんないこと結構あるからいろいろ教えてね、翠ちゃん」
(名前呼び……ぐいぐいくるな、この人……眠気覚ましになって、いいか……)
にこにこ笑いながらぐいぐい話しかけてくる翔に若干引きながらも、学校では割と浮いている翠からすれば新鮮だった。
……けれど、きっと、すぐに離れて行くだろうと、そう思っていたのだが
「翠ちゃん、次移動教室だよね?一緒に行こう」
「……え、あ、うん……」
「翠ちゃーん一緒にご飯食べよう!」
「……他の子と、食べたら……?」
「俺は翠ちゃんと食べたいんだけど」
「あ、はい」
「翠ちゃんは部活とか入ってる?」
「いや……入って、ないけど……」
「そっか、じゃあ一緒に帰ろう?」
「え、見学、とか……行かなくていいの?」
「うん、全く興味ないから」
……はて、何故こんなに懐かれているんだろうか、翠は一人首をかしげる。
特に面白い話もできないし基本必死に眠気と戦っているからいつも睨んでいるようだし隈酷いし、天パ茶髪(地毛)でなんかギャルっぽいとか言われるし(もう一度言うが地毛)敢えて言おう彼女は高校どころか中学でも友達いなかった。
「翠ちゃんまた明日ー!」
手を振って満面の笑みで帰って行く(送ってくれた)翔に手を振り返し、もう一度首を傾げた。
ちなみに家に入ると翠が友達と帰ってきた……!(翔の声で気づいたらしい)と感動している両親がいた。
____魔憑____ころせ________えろ____魔女____裏切り____殺せ____
投げる、切る、殴る、叩く、痛い、痛い、痛いいたいいたいいたい
“彼女”の体が地面に倒れ、地面に赤が染まる。
“だれか”の声が響いて、投げられた石や悪意、逃げたいのに体が動かない。
嗚呼、ああ、また、今日も、“彼女はころされ____
ぱちん
シャボン玉が弾けたような音がなった。
その音に一瞬世界が止まる、ゆらり、ゆらり、目の前にいたはずの“だれか”達の姿が、まるで実態のない影のように揺れる。
____そうだ、これ、夢だ
“翠”がそう思い出した瞬間、ゆらゆら揺れていた影が溶ける。
がらがら、がらがら、夢の世界が壊れていく。
【ごめんな、すぐに見つけられなくて。もう大丈夫、愛しい君を苦しめる悪夢は、全部俺が食べよう】
ふわふわと浮くような感覚の中、誰かの優しい声が響いた。
そうして目が覚めた、外は明るくて時計を見れば朝の6時半。
何時ものような気だるさも倦怠感も眠気も、あの心の底から冷やしたような暗い恐怖すらも、そうだと思い出す。
まだ悪夢を見ることのなかった幼い頃、眠りから覚めた時というのはこういうものだった。
夢を見たのは覚えている、痛くて痛くて怖くて怖くて、けれど、それはシャボン玉のように弾けて壊れた。
夢の中で響いた優しい優しい誰かの声、ああ、今日は、いい気分かもしれない。
余談だが、翠がそのことを伝えると両親が泣いた、あえなく久方振りにまともに起きれた翠は遅刻しかけた。
「あ、おはよう翠ちゃん!」
にこにこ、相変わらずの笑顔で翠に近づいた
翔におはようと返すと、一層翔の笑みが深くなった。
昨日と同じく、碌に話しかけたりしない翠に飽きることなく会話を続ける翔には流石としか言えない。
翠自身自分の態度が悪いことは自覚しているから、昨日と同じように一緒にいてくれる翔に驚きを隠せなかった。
それはまぁ、周りも同じだったようで。
転校生、イケメン、コミュニケーション能力高い、飄々としている人懐っこいぽい
周りから噂にすらもされている翔が、言ってしまえば周りから好かれてはいない翠とずっと一緒にいるものなのだから、翠に対して女子の嫉妬が集まった。
休み時間、先生に呼ばれた翠がそばにいない間に今だと言わんばかりに集まった女子生徒、流石に気になっている男子の前で大っぴらに悪口などをいう気は無いらしいが気に入らないのは気に入らない。
「ねぇ翔くん、なんで井原さんといっつも一緒にいるの?」
「……それ、どういう意味?」
「だって井原さん翔くんが転校してくる前からずっと1人でいたし、1人が好きなんじゃ無いかな」
「そうそう、それに……話しかけたりしたら睨まれたりした子もいるし」
「翔くん優しいから井原さんと一緒にいてあげてるんだと思うけど」
遠回しに翠を批判しているような女子生徒ににっこりと翔は笑みを向けた。
「俺が好きで翠ちゃんと一緒にいるんだから君達にそう言われる覚えはないんだけど。あと、勝手に俺の名前呼ばないで、名前を呼ぶの、許したことないよねぇ?……次翠ちゃんのこと悪く言ったりしたら、剰え、あの子に危害を加えたらいくら“やさしい”俺でも、許さないよぉ?」
言葉を失い固まった女子生徒らに向ける翔の瞳は全く温度を持っていない。
ゆらり、ゆらり、あまいにおいに包まれて、女子生徒らの瞳が虚に溶けた。
「……あっ、翠ちゃーん!先生からの用事終わった?」
「あ、うん。……?あの子たち、何か用あったんじゃ」
「え?あー、もう終わったよぉ」
ふらりとその場を離れていく女子生徒らに視線を向けるが、もう興味も無くなったのか翠に視線を戻した。
翔は相変わらず翠に引っ付いて離れない。
翔と関わることで今まで近寄りがたく嫌煙されていた翠が、口下手で人付き合いが苦手なだけだと知ったクラスメイト達との距離は少しだけ縮まった。
翔を恋愛的な目で見て翠に嫉妬を向けていた女子生徒もいつのまにか『そういうもの』と全く触れなくなった。
今では翔が翠に引っ付いて翠ちゃん翠ちゃんと抱きついていても、あぁまたかという生ぬるい目しか向けられなくなった。
翔が来てから、翠の世界は色濃く変化していった。
「翠ちゃん?どーしたの?」
「……ん、伊吹くんがきて、なんか……変わったなぁって」
「あー!伊吹じゃなくて翔って呼んでってば!」
「えっ……あ、ごめん……翔」
「あっ、そういえばさ、翠ちゃんこれあげるー!」
ぽすん、翠の手に渡されたのはパステルカラーのぬいぐるみ。
「?、ぬいぐるみ……?」
「翠ちゃん悪夢見るって言ってたでしょ?それね、悪夢を食べてくれる漠のぬいぐるみ。翠ちゃんの悪夢をきっと食べてくれるよ!俺の愛情たっぷり込めとくね!」
「……ふふ、ありがとう」
____そして1番の変わったことは悪夢を見る頻度が徐々に少なくなっていった。
あの悪夢がシャボン玉にとけた日から、悪夢の中に落とされても、「いたい」と感じる事すらもなく直ぐに夢が弾けて微睡みの中に溶ける。
気がつけば“彼女が殺される”事はめっきり無くなった。
けれど、夢に落ちれば必ず最初に落ちるのは悪夢の中なのは変わらない。
“だれか”が“彼女”を殺そうとしている夢は変わらず、シャボン玉のように弾けてもなくなりはしなかった。
首を絞める苦しさは、今も治らない。
そうして今日もまた、“かのじょはあくむにおちる”
____〔とおい、とおい、むかしのはなし
とある所にある女の子がいました。
女の子は毎日幸せに、ふつうに、生きていました。
ある日女の子は山でとある妖怪に出会いました。
色んなことを知っていて、明るくて優しくて、女の子はその妖怪と仲良くなりました。
毎日毎日山にいってはその妖怪といっぱいおしゃべりしました。
妖怪と女の子は大切な友達になりました。
ある日妖怪が少し遠くに出かけることになりました、なんでも妖怪の古い知り合い達に会いにいくそうです。
妖怪が出かけた後のことです。
女の子の住む村の村人たちは、女の子に向かって石を投げつけました。
村人たちは言いました。
『魔憑きだ!妖怪に取り憑かれた魔女だ!』
『魔憑きは殺せ!殺せ!!』
事の始まりは、女の子のことが大嫌いな魔女のせいなのです。
ただただ、自分よりもみんなに大切にされていた女の子がうらめしかった魔女は、ある日女の子が妖怪と仲良く話しているところを見たのです。
魔女は村に嘘をばら撒きました。
たしかに女の子は妖怪と仲良くはしてましたが、妖怪も女の子村に危害を加えるつもりはなかったですし、ましてや女の子は魔女や魔憑きではなかったのに。
魔女は女の子が魔憑きだ、呪いをかけようとしている、私たちを殺そうとしていると嘘をばらまいたのです。
女の子に石や弓や刀や、悪意がたくさん投げられました。
痛いと女の子が泣いても誰もやめてくれません。
助けてと女の子がいっても誰も助けてはくれません。
そして村人たちに“かのじょはころされました”
帰ってきた妖怪は驚きました、大事な大事な大切な女の子が殺されているのですから。
事の顛末を知って妖怪は怒り嘆き恨み呪い悲しみました。
自分のせいだと自分を責めました、女の子を簡単に見捨てて殺した村人を恨みました。
そして、村に嘘をばらまいた本当の魔女をころしました
____ああ、ああ、許せるものか、俺の大事な大事なあの子を、たかが自尊心と勝手な逆怨みで痛み苦しめ殺したアレを、人ですらなくなった“人でなし”を、ゆるせるものか
魔女は女の子が大嫌いです、だって魔女より女の子は大事にされていたから。
魔女はみんなから愛されるべきなのに、女の子ばっかり大切にされるから。
特別なのは魔女の方なのにと、だから魔女は女の子に呪いをかけました。
____苦しんでしまえ、苦しめ苦しめ、荊の呪いで苦しんでしまえ!悪夢に堕ちろ!あはははははは
その後魔女は妖怪に殺されました。〕
【苦しめ苦しめ私より愛されたあんな奴苦しめ苦しめしんでしまえ荊で首を絞めてやれ悪夢で苦しめあはははははは最高最高もっともっと痛め苦しめ】
黒い黒い闇の中、影の塊、辛うじて女のようなシルエットのそれがぶつぶつと不気味に笑いながら呟く。
「あーぁ、ほんとやになっちゃうよ。まさかあの子の来世にまで呪いが引き継がれちゃうとかさぁ。お前の呪いが魂に引っ付いてるせいで無理に外せないし、悪夢を喰いまくって漸くお前が出てきたけどさぁ」
頭にツノのようなものが生えた男が疎ましそうな声をあげた。
女の影に一つ、舌打ちをこぼして指を鳴らすと女の影に向かって数本かの槍が突き刺さる。
呻くような女の声を歯牙にもかけず、男は感情の灯らない目でにっこりと笑った。
「失せろ」
女の影が苦しそうな断末魔をあげて弾け、黒い黒い闇が晴れた。
「……もう大丈夫、すぐに見つけてあげられなくてごめんね。翠ちゃん」
つい先程までは苦しそうな顔をしていた翠の表情が柔らかくなる。
その首に巻きついていた荊を引き千切り、黒い荊を片手に持った“伊吹翔”は愛しさを込めた瞳で、翠の頬を撫でた。
まるで最初からいなかったように、そうして翔の姿はなくなった。
次の日の朝、目を覚ました翠の、首を絞めるような苦しみはもうなかった。
翔から貰った漠のぬいぐるみが柔らかく“もう大丈夫だよ”と笑っているような気がした。
人のいない開陽学校の裏庭、やってきた“黒い犬”は機嫌の悪そうな声をあげた。
【おい、何の用だ夢喰い野郎】
にっこり、笑顔を浮かべ、無理やりに近い形で“黒い犬”の口に手に持っていた黒い荊をぶち込んだ。
【げほっ!?っ何しやがる!】
「だって俺は呪詛を浄化したりできないし、祓屋に持ってくのもそれはそれで後が面倒だからさぁ」
【ちっ………お前が執着してるあの小娘のか】
「そうだよ、あの女の呪詛がまさか来世にまで影響するなんて思ってなかった」
【そんな人間の真似事までして近づいたのかよ、ストーカー】
「君にだけは言われたくないなぁ。この街が特殊で助かったよ。申請さえすればルールを守ってる限り人間の真似事すらできるからねぇ」
自分の着る開陽高校の制服をつまんでけたけた笑う。
“黒い犬”は黒い荊を飲み込み、舌を出して嫌そうな顔をした。
【ご苦労なこった】
「あは、来世のあの子を見つけた時はびっくりしたよ、呪いがべったり魂にくっついてたから。助けなきゃと思った、それに、また、一緒にいたかった。あの子は覚えてないけれど新しくもう一度、あの子と一緒に」
【……惚気かよ。それでわざわざ悪夢を喰って、あの小娘の魂に影響が出ないように呪いをひっぺがした後に元凶を潰して、呪詛の残滓を俺の元に持ってきたってか?】
「大正解!いやぁ、君がここにいてくれてよかったよ、正直誰かに押し付けても良かったんだけどね」
だってほら、あの子さえ無事ならどうでもいいし
満面の笑顔で言うのだからたちのわるい男だと、“黒い犬”は声には出さなかったが。
“あの子”さえいれば、“あの子”さえ幸せなら、“あの子”と一緒にいれさえすれば、他がどうなろうとどうでもいい
外では人当たりのいい性格を演じているこの男に、けれど“黒い犬”もその気持ちがわかってしまうから、舌打ちを一つだけこぼした。
【俺を都合よく使うんじゃねぇよクソ夢喰い野郎が】
「あは、ありがとねー。じゃ、俺は翠ちゃんが待ってるだろうからもう行くねぇ。これは貸しにしといていいよ、犬神」
【はっ、いるか、とっとと失せろ漠】
「あれ……翔、どこ行ってたの?」
「ん?口の悪い犬のとこー」
「……?そっか……あ、そういえばね……翔のくれたぬいぐるみのおかげで悪夢見なかったよ……ありがとう……!」
「……へへ、そっかぁ、よかったぁ」
「翔が……一緒に、いてくれると、いいことばっかりだ……」
「……俺の方こそ翠ちゃんが一緒にいてくれて超楽しいよ、大好きー!」
「うわ、ぁ!?お、重いよ……」
「えー?翠ちゃんは?俺のこと好きって言ってくれないのー?」
「う、……す、好きだよ」
「やったぁー!」
抱きついて一つになった2人の影。
____大好きだよ、俺の愛しい愛しい子、誰にだって、あげない
ふ、と振り向いたアルビノの“鬼の少女”は、抱きついてすりすりと頬擦りする翔と困ったようにしつつも照れくさそうな翠を交互に見て少しだけ首を傾げた。
「あれー?荊、なくなってる……んー……ま、いっかぁ、めんどくさぁい」
「なにやってるですかー!早くこいですー!」
少し離れた場所にいる“指輪の霊”が、大声で名前を呼んでいるのに気づいた“鬼の少女”は「はぁい」と間延びした返事を返した。
影がゆらり、ゆらり、揺らめいて、今日はここでお終い。
_____さて次は、どんなおはなし?
読まなくても大丈夫なちょっとした単語説明
祓屋…陰陽師から派生した職種
黒い荊…翠にかけられた呪いの証、今はもうなく黒い犬の腹のなか
“黒い犬”…「赤フードとおいぬさま」の登場人物、口があまりよろしくない犬神、大事な大事な女の子がいる。古い知り合いに呪いの残滓を食べさせられた、呪いを食べても体に害はないがあいついつか殴ると思っている
開陽市…開陽学校のある街、翠たちがすむ街、日本の何処かにあるちょっとだけ特殊でふしぎな街、妖怪が人間の真似事ができる街