第九十一話 干しもの。
「あ、おかえりなさい……ってどうしたんですかそれ!?」
宿の前で魔女が飛べそうな箒で店員さんこと推定宿主の娘さんが掃き掃除に精を出していた。
「海で採って来ました」
「そんなものなにに使うんです?」
「秘密です。それより庭使っても大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。あ、でも今集めた葉っぱが……」
「使い道が無いのなら一緒に燃やしておきますが」
「それならお願いします。助かります」
「あと井戸とかってありますか? それと大きい桶みたいなのがあればお借りしたいのですが……」
「井戸は庭あるので使ってください。桶は……すいませんちょっと空いてるのがなさそうです」
「ありがとうございます。それじゃしばらく庭で作業させてもらいますので何か用があれば声をかけてください」
頭の上の洗濯カゴを器用にくるくると回転させて遊ぶアリスを促して庭の方へ向かう。
庭と言っても一般家庭の一軒家についてる庭ではなく、建物の間にある中庭のようなものだ。
「ひとまずテングサを干す場所が欲しいな……。日光が当たりそうなところでできれば立てかけられる所の方が邪魔にならないかな」
良さそうな場所に目処を立てて何か使えそうなものがないかアイテムボックスをスクロールして調べる。
煮干しの時の木の板しかない。それか竹。この竹はいつかの流しそうめんの為に取っておきたいので駄目だ。
申し訳ないけど床に板を並べて広げようか。
「アリスそれそこらへんに置いといてこれに水汲んで貰える? そこの井戸から」
「ん」
昔一度だけ使った酢飯を作るためのでかい桶を井戸の側におく。アリスならこれでお風呂に入れそう。
カゴを頭から外して井戸の水を汲み始める。
その間に俺は石を組んで火口を作り、集めてあった葉っぱと共に火を熾す。
その上に焼肉に使う金網をセットして準備完了。文明の利器は素晴らしいね。
今度コンロ台かなんか作ってもらおうかな。木炭作って炭火焼したい。
「おわた」
「ありがと。じゃあこれ綺麗に洗って板に乗せて広げていってもらえる?」
「多い……」
「雑用のローゼが居ないからね」
「おっぱいのくせに……」
小さくアリスがぼそりと呟いた。
あまりよく聞きてれなかったけど多分悪口だろう。アリスもやんちゃになってしまった。
アリスのそばに半分くらいのテングサを置いて自分の作業をする。
ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながらアリスが運んでくれた海胆を処理していく。
ボウルに塩水を用意して軍手をはめ、ハサミで口の周りを丸く切り抜き、オレンジ色の宝石を取り出してそっと塩水に漬ける。
「地道な作業だな……」
少しすると火が完全に熾きたのでついでに拾っておいたツブとトゲを切り外した海胆を網に乗せて焼き始める。
次第に焼けていく貝を眺めながら地道に処理を進める。しばらくするとアリスが戻ってきた。
「いい匂い」
「あ、終わった?」
「ん」
そう言って終わって敷き詰められたテングサを指差す。
「お疲れ。こっちも終わるから待ってて」
「ん」
最後の海胆を取り出してとりあえず殻を仕舞い、塩水を取り替えて付いていた内蔵のカスなどを取り除く。
「ひとまず完成っと」
待っている間、ずっと貝と雲丹を見つめていたアリスが我慢できなくなったのか手を伸ばしてくる。
「ちょっと待って。いま用意するから」
スプーンで掬って水気を切り、アリスに差し出す。
それをとるわけでもなくそのまま口に運ぶ。
可愛い女の子にあーん。ってするのなんか日常的になってきてありがたみがなくなってしまった。
「どう?」
両頬を抑えながら口をもぐもぐさせるアリス。
雲丹は好き嫌いが出るみたいだからもしかしたらダメな人がいるかもしれない。
「うまうま」
良かった。大丈夫のようだ。俺の友達に雲丹がダメなやつがいて採れたての海胆を食べてもダメって言ってたから味とか鮮度とかじゃないみたいだし。
あいつにはもう会うこともないのか……。偏食だけど味覚と技術は凄かったなぁ。
「美味しいなら何より」
一口掬って食べる。
舌触りがとてま滑らかで味は驚くほど濃い。それなのにしっかりと甘みを感じるが、それ以上に味の濃さが強い。
採れたてはやっぱり美味しい。回転寿司で食べるような物とは別格だね。
後はこれはどうするか……。