第七十三話 海側貴族。
「まだ居ないね」
「ん」
「だからまだ早いって言ったでしょ!」
少し遅れてやってきたローゼがそんなことを言う。
「そうだっけ」
「人の話を聞きなさいよ」
「ローゼにだけには言われたくないね。それより敬語じゃなくていいの?」
敬語とは少し違うか。お嬢様言葉?
「まだ居ないからいいの。来たら治す」
「素が出そう」
まぁローゼのことはいいや。
来てないとは予想外だ。どうしようかな? 馬車でも見学してみようかな。
そう思って馬車の方を見ると見たことのある顔がいた。
「アリスー」
「ん」
「あれ見たことある気がするんだ」
「どれ?」
「あの馬車のところにいるおっさん」
「たこ焼き恐喝おじさん」
「だよね」
見間違いじゃなかった。あんなのが従者な貴族ってなんだか心配になってきた。
「何の話?」
「あのおっさんがやばいって話」
「やばいって何が」
「頭?」
「わかりやすく……」
全く。ローゼは馬鹿なんだから。
「あの日子供からたこ焼きを奪おうとしてたんだ」
「最低じゃん」
「まぁ、アリスに虐められて逃げてったけど」
「そしてださいね」
そうやって馬鹿にしているとその従者はこちらに気づいたのか。ゆっくりと向かってくる。
「やべ。悪口ばれたかな?」
「ユウタが酷いこと言うからー」
「人のせいにすんな」
「いやこれはどう考えてもユウタでしょ⁉︎」
「まぁ確かにそうなんだけど。厄介事はごめんだなぁ。ローゼなんとかして?」
「人に押し付けないの!」
貴族のことは貴族で。って基本でしょ?
「おい」
ほらー。ローゼが渋るから目の前まで来ちゃったじゃないか。
「何でしょうか」
「お前さっきの屋台にいた奴だよな」
「何でしょうか?」
「質問に答えろよ」
「えぇ。それで、何でしょうか」
さっさと用件を言ってくれ。言い争ってるところなんて見られたら面倒なことになるし。
「おまえらのせいで主人に頼まれたものを届けられなかったじゃねーか」
えぇ……。自業自得じゃん。それは流石にどうしようもない。
「貴方の役不足を私に押し付けられましても」
「お前が邪魔したからだろ!」
だんだんいらいらしてきた。何だこのネットのイキリみたいのは。
「私は何もしてませんよ?」
やったのアリスだし。屁理屈屁理屈。
「見るからにひ弱そうだもんな。ガキとブサイクの女といちゃつくだけで」
ひ弱なのは認めるけどね……。そこら辺はスキルをくれなかった女神に言ってくれ。
存在するのかは知らんがね。
ていうか、ローゼのことブサイクとかこいつ目もおかしいのか? こんなに可愛いのに。
何かを言いかけようとしてたローゼを遮ってお礼の言葉を述べる。
「ありがとうございます。ひ弱には自信があるんですよ。ところでそのガキにボロ負けて雇用主の訪問先のお嬢様をブサイク呼ばわりとは……。思ってても言わないものですが。頭だけではなくて目と口も悪いようですねー」
言ってるうちにだんだん顔が真っ赤になっていくのが面白かった。茹でダコみたいだ。
「こいつ……っ! 言わせておけば!」
「事実を言われて怒るのは大人気ないですよ」
後ろでひそひそと話し声が聞こえる。
「ユウタえげつないね」
「悪党向いてる」
こら、ちゃんと聞こえてるからな?
我慢の限界に達したのか腰にぶら下げている剣に手をかける。
剣はセコイ。
もはやにも言わずにこちらを睨みつけている。めんどくさいなぁ……。
「刃物なんて危ないですよ?」
「怖いのか?」
嘲笑うかのように口角を上げるおっさん。
「武器なんて物騒な物使う必要ないですしね」
「またガキに頼るのか」
「いやいやーそれだと瞬殺じゃありませんか? そんなことしなくてもほら……」
そう言っておっさんの上を見つめる。
もちろん何もないよ?おっさんも釣られて上を見る。本当ならここで隙を見せたおっさんがやられるって流れなんだろうけどひ弱なもので。
「何もないじゃねーか。脅しか?」
だからなぜ得意顔なのだろうか。
「いやー、天気悪いですねぇ?」
空は雲ひとつないのですが。
「はぁ?」
再度上を見上げたおっさんの上から範囲ギリギリの高さからバケツ1杯分くらいの水をプレゼント。たこ焼きの代わりにどうぞ? お代はいりません。
そのままびしょ濡れになったおっさんは呆然と立ち尽くす。
「雨ですかね?」
突然濡れて、いらいらもマックスになったのか剣を抜こうと手を引く。
「何をしてるんだ?」
わーい。ちょうどタイミングよく人が来たよー。これでめんどくさいの確定だね……。
「へモン伯! こちらの男性が突然絡んで来られまして……。やんわりと対処しておりましたが突然刀を抜こうと」
ローゼが貴族になってる。斬新だな。
「それは本当ですか? ローゼ嬢」
「はい。何かこちらに恨みを抱いておられるみたいですが……」
ちらっとこっちをみないでくれ。
「なるほど……。おい! 人様のお家にお邪魔しておきながら剣を抜こうとするとはよっぽどの理由があるのだろうな」
貴族に迫られてたじろぐおっさん。
理由もクソもただの逆恨みなんだけどね。なんていうのかな?
「そ、それは……」
またしてもこちらをちらちらと見る。
ローゼもおっさんも俺のことをみないでくれません? 完全に話振られるやつじゃん。
「それは?」
「この男が……」
「が、何だ。早く言わんか」
早く言ってくれ。言わなきゃ俺に説明しろとか言い出すから。本当に!
「……」
「もういい。それではこちらの方に聞く」
「っ!、それは……」
焦るおっさんを無視してこちらに向き直る貴族様。何だっけレモン伯?へモンだっけ。
「まずはこちらの者がご無礼を働き申し訳ない」
そう言って頭を下げた。ここの貴族ってなんか誇りとかないのかね。ニズリさんといいこの人といい腰が低い気がする……。
「いえ、とんでもございません。頭をあげてください」
「ありがとうございます。それで失礼なのですが一体何が?」
「先ほど屋台で子供が並んで買ったたこ焼きを横から奪おうとしていたので取り返しまして。そしたらここでまた再会し、こちらの男性からお前のせいだと絡まれました」
嘘は言ってない。
それを聞いて貴族様は頭に手を当てて首を振り呆れた様子でおっさんに向き直る。
「本当か?」
「い、いやこれは……」
「……本当みたいだな。もういいお前は下がってろ。馬車に戻れ」
「し、しかし!」
「聞こえなかったか?」
「……了解致しました」
とぼとぼとびしょ濡れのまま馬車の方へと戻って行ってしまった。
「うちの者が本当に申し訳ない。何とお詫びしたらいいか」
「貴族様は何もされてないでしょう。お気になさらずに。特に被害もなかったですし」
「そういうわけにはいかない。使用人の不始末は雇い主の責任だ」
しっかりした貴族だこと。ローゼも見習った方がいいんじゃないか?
「そうおっしゃられましても……」
本当は海遊権とか欲しいけどね?
「何が欲しいものはありませぬか? 物で解決するようで申し訳ないのですが……」
「何でもよろしいのですか?」
「私にできる範囲の事でしたら」
後ろからローゼに裾を引かれた。
「どうしたの?」
「この人すごい権力もお金も持ってるからなんでもできちゃうから、あんまり冗談言うと本当に実現しちゃうよ?」
小声でそう忠告して来た。そんなに凄い人なのか?
「変なこと言わないから大丈夫だって」
ちょっと企業になって貰うだけよ?
「失礼しました。そうですね……。今度海に行こうと考えておりまして。 聞くところ貴族様の領地は海側ということですが」
「そうですね。ほとんどが海に面しておりますが」
「そこで海のものって勝手に採っても許して欲しいんですが……」
「え? 海のものですか……? 許可もなにも私の海ではないので……」
「一応ですよ。それだけでいいのです」
「本当にそれでいいのですか? 何の意味もないと思うのですが……」
だって面倒ごとにしたくないんだもん。領主の許可があれば取り放題だからね。想像してるより取る気だし。
「それで十分ですよ。先ほども言いましたがたいした被害もないですからね」
「わかりました。それではこれを」
そう言ってポケットから何やら紙を取り出してサインをする。
「これがあれば大抵のことはなんとかなりますよ。使ってください」
ちょっと待ちましょうか? これは許可証なんだろうけど絶対海の取っていいよってだけのじゃない気がする。
絶対権力が絡むやつ……。でもここまで来たら断れないし……。アイテムボックスの奥底にしまっておくか?
「ありがとうございます。御礼として、そちらに行く時には是非手土産を送らせていただきますね」
行くのにお土産ってのも変だけどまぁ仕方ない。敬語は苦手なんだ。
「気を遣わないでください。それでは私はこれで……。ローゼ嬢、お父上によろしくお伝え下さい」
「畏まりました。へモン伯もお気をつけて」
ドレス裾を摘んで優雅にお辞儀をするローゼ。
そんなこともできるんだね。様になってて可愛い。
貴族の乗った馬車を見送って屋敷に戻る。
「そういえば見送りなのに誰も来なかったけど……?」
「私の役目だもの」
「もしかしてまきこまれた?」
「自分から行ったくせに! それに欲しいもの貰えたんでしょ。見せてよ」
「ほい」
手に持った紙をローゼに渡す。
それを一瞥してローゼが呟く。
「ユウタも大変だね」
「何が?」
「はい返すよー。読んでみた?」
「いや全然?」
「とりあえず何しても私が許可してますみたいなこと書いてるよそれ」
「マジで?」
「まじで!」
「とんでもないもの貰っちゃった?」
「自由にできるならいいでしょ」
「海に行くのちょっと時間開けよう……」
「私も連れてってね!」
「連れて来ません」
「なんで」
「アリスとの食材探しの旅だからね」
「別にいいでしょー?」
「ニズリさんを説得できたらいいよ」
「約束だからね!」
許可が降りる前に出発しちゃうけどね。