第七話 メイドのルネさん。
厨房の扉を開けて中に入ると料理人みたいな人達が、お昼ご飯を作っている最中だった。
お肉の焼けるいい匂いが充満してお腹が減ってくる。
「ねぇ、これご飯作ってる最中なんじゃないの? 邪魔にならない?」
「大丈夫だよ。そこの角っこ借りるだけだから」
雇用主が職場にいるのって結構それだけで嫌な顔されると思うんだけど。
「ルネー。ちょっとここ借りるね」
こういう屋敷だとローゼが生まれた頃からずっと働いてたりするから娘みたいなもんなのかな?
「ちょっとローゼお嬢様? 危ないから駄目っていつも言ってるじゃないですか!」
普段からなんかやらかしてるのか普通に断られてる。
「大丈夫だって包丁とか使わないし。ていうか私はなんもしないよ」
「じゃあ誰が? ていうかなにするおつもりですか?」
「ユウタが。ちょっと物作るだけだから」
そう言って俺を指差す。
その指を追ってこちらに目を向ける少女。
「誰です……?」
「どうも。初めまして祐太と言います」
挨拶をして丁寧に頭を下げる。
するとあちらも釣られたのか挨拶してきた。
「ルネと申します。この屋敷で料理を担当させていただいております」
「それは凄いですね。お若いのに大変でしょう。頑張ってください。それでは」
見た感じそんなに年が変わらない気がする。20代前半くらいかな?
背が低めだから若く見えるのかもしれないけど。
「ちょっとどこ行くつもり?」
流れでさりげなく誤魔化せると思ったのに。
ローゼに襟を掴まれたまま反論する。
「だって明らかに歓迎されてないでしょ。お仕事の邪魔しちゃ悪いから」
「大丈夫だって何回言えばわかるのよ。ねぇルネ?」
先ほどまで反対していた張本人に同意を求めるのは間違ってると思うけど?
「邪魔では無いですけど。そういう問題では……」
ほらね。
「私がなんかするわけじゃ無いんだから問題ないでしょ?」
「まぁそうですけど……。この方、ユウタさん? でしたっけ。どなたなんですか?」
「さっき街で見つけて来た人」
間違っては無いけどもう少し言い方あるんじゃないの。
余計に怪しまれるじゃん。
「え? さっき……?」
ほら完全に困惑しちゃってる。頭にはてなを浮かべて、眉間にシワが寄ってしまっている。
「そ、さっき会ったばっかだから名前以外はよく分からないけど。んでこっちはルネね。掃除とか全然出来ないから料理担当になってるダメイドだよ」
ついでといった感じで双方の紹介を済ませるローゼ。
この人メイドさんなのか……。掃除が出来ないメイドとは。
ドジっ子とかそういうキャラ? 必ず壺割ったりするのかな。
「そんなんでよく屋敷に入れましたね」
「ローゼが門番に無理言ってました。お気の毒ですね」
「わかります。いつも無理言ってきますから」
やっぱり普段からローゼはわがままなのか。
でもメイドさんとかの前だとお嬢様してるんじゃなかったのか?
「ちょっと何意気投合してるのよ! いつも無理なんて言ってないじゃない……たまによ?」
無理言ってる自覚はあるみたいだけど。辞めるつもりはなさそうだ。
「てな訳で申し訳ないんですけど、ローゼのいつものわがままだと思って見逃してもらえませんかね? すぐ終わりますんで」
片付けを含めて10分くらいかからないくらいだし。
「仕方ないですね。どうせ言っても聞きませんから。それで何作るんですか?」
「マヨネーズよ!」
何故かローゼが得意げに答える。どんなものかもわかってないだろ。
「マヨネーズ……? なんですかそれは」
「マヨネーズは……えーと。なんなの? ユウタ」
ほらみろ、知ったかぶりなんてしなきゃいいのに。
「サラダに付けたりするものですよ。ドレッシングみたいなものです」
「ドレッシング? ってなんですか……?」
聞いたことのない言葉にルネさんが問い返してくる。
え? サラダどうやって食べてるの? まさか塩?
「えーとサラダの味付けに使うものです。ていうかローゼ、こっちの人ってサラダどうやって食べてんの?」
「んー塩とか干し肉を刻んだやつとかと一緒に。ってのが多いかなぁ?」
原始人か! 塩とか干し肉とか竪穴式住居の時代のレベルじゃないか。
その時代に干し肉があったかは知らないけど。
「凄い食べにくそうだね……」
「そうかなぁ。それが普通だからなんも違和感ないんだけど」
「マヨネーズ口に合わなかったらどうしよ……」
「作ってみないと分からないでしょ」
ルネさんは完全についていけてない。
聞いたことのない言葉にやられてるのか。
「あの私も作るの見てもいいですか?そのマヨネーズとやらを」
料理を任されてる身としてルネさんも多少は気になるようだ。だけど御飯の用意はいいのだろうか?
「いいけどそんな難しいもんじゃないですよ?」
既にメモ帳とペンを用意して準備万端だ。
さっきまでの否定的な態度はどこへ行ったのか。
「ルネも気になるんじゃないの。人のこと言えないね」
「どうせ何言っても無駄なら聞いたことのない料理を覚える方が得策ですから」
茶化すローゼに対してルネさんの目は真剣だ。
だからそこまで大層なものじゃないんだけど……。
「出来ればゆで卵があると食べる時に良いんだけど」
すると、言い終わった瞬間にルネさんが他でお昼ご飯の用意している人にゆで卵の用意を指示する。
マヨネーズを作り始める前にゆで卵が作られ始めてしまった。