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happy rebirth day to me

隣のクラスの豊満な胸を持つ女子・高瀬明日菜の誕生日情報を不正に入手した惟定は、親友の将司を使いクラス対抗のバスケの試合で明日菜の心を打つ活躍をするための計画を練る。計画の成功はすなわち、明日菜の2つのバスケットボールが惟定の手中に入ることを意味するといっても決して言い過ぎではないだろう。バッシュの「キュキュ音」を追求した結果体育館シューズが床に接着されるアクシデントに見舞われながらも、惟定はついに運命の一戦に臨む……!

俺が所属するA組とB組の試合は開始から10分余りが過ぎようとしていた。

 とはいえこの10分間俺はバスケをやっていたわけではない。一度もボールに触れてないからだ。

 なぜ俺が影を潜めているか? これには大きく二つの理由がある。まずはシンプルに俺の運動能力が著しく低く、攻撃の際にパスが俺を経由してもデメリットしかないこと。そして、ただでさえ薄い存在感を可能な限り希薄にすることで驚異的なまでに空気との同調率を高めているからだ。

 すべては高瀬さんがこの試合を見始める試合後半のため。チャンスは一度あれば十分だ。それまでは負け犬でいい。

 俺のチームメイトの山下くんがレイアップシュートを決め、観戦していた女子が黄色い声を上げる。

 山下くんはバスケ部の主将を務めており、我がチームにおいても攻守の要だ。

 県の選抜選手にもなったことがあるらしいバスケの実力を持つ一方、授業にも誠実に取り組み成績は優秀。面倒見がよく、キャプテンらしいリーダーシップとカリスマ性で男女ともに人望が厚い。

 俺の視線に気づいたのか、山下くんがこっちを向いた。坊主頭の爽やかなイケメンだ。


「ボール取れなくても、できることやればいいから」

「うぃ」

「どーせ自分は下手だからとか思うなよ」

「うーい」


 言いつつ山下くんは敵からボールを奪取し、素早く前線にパスを出した。

 パスをキャッチしたのは山下くんと同じくチームメイトの一人、中西くん。

 山下くんがチームの中心なら中西くんは優秀な遊撃手といったところだろうか。バスケ部ではないが運動神経が抜群で、足が速い。

 俊敏なドリブルで二人、三人とマークをかわした中西くんが俺の視線に気づいたのか、こっちを向いた。もし自分が親族ならつい勝手に履歴書を芸能事務所に送りたくなるようなイケメンだ。


「おらっ、毛利!」

 なにをとち狂ったのか中西くんがパスを出した相手は俺だった。ドゴッ、とボールが腹にめり込む。

「うっ……」

「毛利、ドリドリ!!」

「どりどり……? ああ、ドリブルか」

 その場で何度かボールをついている間に中西くんが俊足で敵のマークを置き去りにしゴール前に走りこむ。

「パスっ!!」

 言われるがままに投げたボールは思い描いた軌道を大きく逸れたが、敵に渡る前にキャッチした中西くんが華麗なシュートを決める。

 コートサイドの女子たちの拍手が鳴り響いた。「優しいー」という声も聞こえる。


 俺は相手チームのゴール下から再開した試合から目を離し、反対側のコートで試合中の高瀬さんの様子をうかがう。

 試合は終盤。女子のほうが進行が早いのは、将司の意図的なウンコによって男子側の試合開始が遅れたからにほかならない。

 試合の中の高瀬さんの立場は俺と酷似していた。

 コートの端を所在なさげにウロウロしつつ、なるべく目立たないようにふるまう。かといって参加の意思そのものを放棄することもできず、味方の動きに合わせてあっちへ走りこっちへ戻り。もはやバスケではなくシャトルラン、つまりは苦行だ。

 チームメイトがボールを奪われ、自陣へ戻るため高瀬さんが走り出した。


(おっ………………)



(おおおおお~~~~~~~っ、揺れとるぅ~~~~~~!!!!)



 体の上下動に合わせてたわわな胸が弾む弾む。


(反則だよ、だってダブルドリブルだもの!!)


 ひたむきな高瀬さんが懸命に走れば走るだけ、揺れは激しくなる。やはり運動が苦手な高瀬さんはものの数十メートルを走っただけで息を切らして膝に手をついた。両腕に押し上げられたふくらみに思わず喉を鳴らしつつ、男子の試合をボーっと眺めていた将司に顎をしゃくる。

 振り向いた将司の目の前を高瀬さんが走り抜けた。

 こちらを向いた将司がコクリと頷く。熱い眼差しが衝撃の大きさを物語っている。

 気づけば俺は手を前に突き出し、そのふくよかさを手に受け止めたときの感触を想像せずにはいられなかった。

 そのとき。


「毛利――――っ!!」

 中西くんの声に振り返った瞬間、メイドバイ高瀬とは比べ物にならない硬さのバスケットボールが掌に叩きつけられた。

「っ痛!!!!!」

「毛利、シュ――――!!!!」

「シュー? 今度はシュー?? あっ、シュートか」

 気を使ってくれる中西くんには申し訳ないが、同情のパスならさっきのでもう十分だ。それも今回はシュートを打てとはさすがに荷が勝ちすぎる。

 しかし俺のような非体育会系モヤシっ子でもチームメイトとして認めてくれているのだ。それを無下にするというも人倫に悖るだろう。

 俺は両手でボールを持ち上げゴールを向いた。そこでようやく俺は自分がパスを受けた位置に気づいた。それはスリーポイントのラインよりもはるか手前、ほぼコートの真ん中あたりだったのだ。

「遠っ!! 無理無理、絶対届かんて!!!」

 言ってる間に俺の前には敵の守備陣がずらり。

「うぐっ、しまった……」

「毛利、打てって! やってみなきゃ分かんねーだろ!?」

 山下くんの熱い叱咤が耳に届く。

 こうなってしまったらもうシュートを打たないわけにはいかない。シュートが入らず「あーやっぱりね」のパターンかこのままボールを取られて「あーやっぱりね」のパターンなら前者を選ぶ、そのくらいのプライドは残っている。

「イチかバチか……う、りゃっ……!」

 


 ふっわ~~~~~ん……パスっ。



「あれ……入っ……た?」



 敵味方、試合を見ていた男女からおおっと短いどよめきが起こる。

 試合はすぐに再開され、俺もまたコートの端っこをのそのそ歩き始めた。しかしほんの一瞬、たった一瞬だが、このコートで行われている試合の真ん中にいたのは俺だったのだ。

「毛利、守備守備! あとちょっとだから頑張れ!!」

「やるじゃん、ここにきて覚醒したか!?」

 耳がかあっと熱くなる。おっさんのジョギングペースでしか走っていないのになぜか胸が高鳴る。


(もしかして俺……嬉しいのか!?)


 ぶんぶん首を振って妄念を払おうとするが、気持ちとは裏腹に体温はぐんぐん上昇していった。

 自分が試合ゲームの流れの中に溶け込んでいく感覚が心地いい。相変わらずボールに触れる機会は皆無だがそんなことはどうでもいい。俺のこの無意味な走りが、頑張ることそれ自体が、きっとチームのみんなを鼓舞しているんだ。

 あんなに辛かったシャトルランが、今はこんなにも楽しい!!!!

 こんなはずじゃなかった。俺が試合で決めるシュートは高瀬さんに捧げる一本と決めていたのに。

 だけど今は試合に集中しなくちゃ。気を抜いていたせいで負けようものなら悔やんでも悔やみきれない。

 俺が決意を胸にぐっと拳を固めたとき、


「パッ……パ―――――――ス!!」

「え……」


 高瀬さんのか細い声が鼓膜を打ち鳴らし、俺はハッと我に返った。

 女子のコートを振り向いた俺の目に映ったのは、パスを受けてシュートの態勢に入る高瀬さんの姿。

 一心にゴールを見据える輝いた瞳。凛とした表情を見て、なんとなく思った。


(あ、決まりそう……)


 高瀬さんが小さな体を目いっぱい伸ばして放ったシュートは、乾いた音を立ててゴールに吸い込まれた。

 そして試合の終了を告げるブザーが鳴り響く。


「えっ……ええええええええ!?」

 高瀬さんのチームメイトの女子たちが一斉に高瀬さんに走り寄り、彼女に抱き着いたり頭を撫でたり、その祝福度はすさまじかった。それもそのはず、赤く点灯した得点板は高瀬さんのチームの勝利を示している。点差、わずかに1点。

 見事すぎるブザービーターだった。

 高瀬さんを中心にできた輪を呆然と眺めていると、いきなり後頭部に衝撃が来て目の前に火花が爆ぜた。

「ッ……!!」

「おい毛利、ちゃんとボール見とけ!」

「ご、ごめ……」

 山下くんに謝りながら立ち上がる。が、やっぱりどうしても高瀬さんのほうが気になる。

 コートの中央で高瀬さんは騒がしい女子たちに囲まれている。その面々の中には高瀬さんの友人はもちろん、バスケ部員もクラスの人気者もいる。

 俺がシュートを決めたときの微妙な空気を含んだざわめきとはくらぶべくもない。

 それはそうだろう。シュートは無論見事だが、高瀬さんはその劇的な瞬間を自分でつかみ取ったのだ。

 残り時間はわずか、チームは痛恨のシュートを決められ僅差でビハインド。最後の攻撃でシュートを打てるのは疲れて守備に戻れず敵陣に残っている自分だけ。

 今までの高瀬さんならきっとパスを要求したりしなかったはず。だが高瀬さんは分かっていたのだ。自分が変わらなければいけないことを。俺に言われるまでもなく、今日がその日だということを。

(なっ……)

 そして、高瀬さんは声を上げた。生まれ変わった高瀬さんの最初の産声を……。

(な……な……)

 唐突に猛烈な羞恥心がこみ上げてきた。



(……………………………………………………情けねぇ!!!!!!)



 両手で顔を覆って立ち尽くす。

 俺はなんて馬鹿なんだ。お情けでパスを恵んでもらって、シュートを打てと命令されて打って、たまたま入ったのをちょっと褒められたのが嬉しくて尻尾を振り振り走り回った。

 ……犬だよ、俺は。ホントに、そこらの公園でご主人様にボール遊びさせてもらってるワン公と大差ないよ実際さぁ。

 よく考えたら高瀬さんだってあれでよかったのか?

 じゃあゴールを決めるまでのお荷物的な扱いはいったいなんだったんだ? 自分たちに有益な存在だと判明した途端手のひらを返して集まってくるような連中に認められて、心の底から嬉しいと思えるものなのか?

「…………がはぁっ!!」

 違う違う、高瀬さんは勇気を出して生まれ変わったんだ。お前みたいな生粋のポチと一緒にするんじゃない。

「ははは……」

 自分の道化っぷりをだれかに笑ってほしくて、俺は将司に両腕を開いて自虐の笑みを浮かべる。

 将司はすぐに応じて両手を開き、なぜか恍惚とした表情で天を仰ぐ。まったくもって俺にお似合いの阿呆だ。

 くるりとコートに向き直った。ボールを持っているのはバスケ部主将にして元俺の飼い主、山下。

「山下っ、パス!!」

「え? お、おう」

 ボールを持った俺は猛然とドリブルを開始した――――味方のゴールに向かって。

(俺は君みたいに生まれ変われない、だからせめて……)

 1、2の3で足を踏切り、精いっぱいジャンプ。

(俺自身を貫いてやるぜっ!!!!!)

 スタっ……と着地を決めた背後でゴールネットをくぐったボールが床にはねる。

「ドンマイ、ドンマイ! ナイスチャレンジ!!」

 中西は俺の肩を叩いて言うと、ボールを拾って山下にパスを出した。

 どうやらまたのっけのドリブルでボールがすっぽ抜けたらしい。それを敵に奪われシュートを決められた。

 オウンゴールすら入れられない。俺のクーデターはだれにも気づかれずひっそりと終了した。

 山下と中西は敵陣に向かって駆けていく。その背中を追う気力は俺にはもう残っていない。」

「はー、イツツツ……」

 腹を押さえてわざとらしく呟きながら、試合に背を向け体育館を出た。閉めた扉がすぐに開き、顔をのぞかせたのは将司だ。

「惟定」

「なんだよ将司、次お前の試合……あ、そっか。シューズ借りっぱなしだったな」

 俺が渡した体育館シューズを、しかし将司は放り投げた。

 何も言わずに俺の顔をじろじろ見てくる。長い付き合いのせいか、こういうときだけは察しがいい。

 将司はでかい体を丸めて空を見上げ、澄み渡った青色に目を細めた。

「…………屋上、行くか」

「…………行く」

「ハンカチ持ってるか?」

「持ってるぅ……」

 すでに決壊しつつある涙腺を必死で締めながら、将司と渡り廊下を歩いた。






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