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とらななちょころし!【声劇用】【舞台用】男1女1以上【連載中!!】  作者: 七菜かずは
第一章●再会と縁付け。君さえ居れば。
9/12

第七話【男2女2不問2~2:2】~新婚のお祝い。親の影。~約50分

第七話


出演(MAX男2女2不問2)

虎越とらこし 辰哉たつや  (26)  ♂  :

・虎越(旧姓:宇佐美) なな子  (24)  ♀  :

丸山まるやま 雄之助ゆうのすけ  (46)  ♂  :

狩野かの 真理恵まりえ (38)  ♀  :

・ナレーション  (※辰哉と狩野さん以外は掛け持ちが出来ます)  性別不問  :

・サービスマン  (※辰哉となな子以外は掛け持ちが出来ます)  性別不問  :






役解説

虎越とらこし 辰哉たつや  (26)  ♂

 渋谷署の刑事。刑事課係長。ぶっきらぼうだけど優しくて、真面目で、心根は熱い人。ポーカーフェイス。クール。もう七年も彼女が居なかったが、最近入籍した。イタズラをしたり、人が嫌がるようなことはしない。システミカルアロペシア(全身脱毛症)。なな子のことは、自分が彼女に手錠を掛けた過去の逮捕歴のこともあり『教師と教え子』のようなものだと思っていた。が、一緒に住むようになって彼女への意識も変わってしまった。今ではもう、なな子は自分のパートナーとしてなくてはならない特別な存在になってしまった。身長177センチ。靴は27センチ。


虎越とらこし (旧姓:宇佐美) なな子  (24)  ♀

 ウエディングプランナー。本作ヒロイン。気弱でか細い女の子。照れ屋さん。辰哉のことを幼少期から知っており、ずっと憧れを抱いていた。気配りが出来て家事も出来る「お嫁さんにしたい」タイプ。すこし悲観的で臆病。自分の根本にあるネガティブさを隠す為にいつもポジティブ&笑顔でいることを強く心がけている。連絡がマメで、同性の友人が多い。人見知りしない。身長155センチ。靴は23センチ。最近、辰哉と入籍をし。仕事もいい方向になってきた。


丸山まるやま 雄之助ゆうのすけ  (46)  ♂

 渋谷署の刑事。丸山慎二のお父さん。家族や辰哉の前ではテキトーな発言が目立つ。刑事課課長。ハードボイルド。妻の楪に尻に敷かれている。お小遣いは一日500円。虎越辰哉の母親、みねねの親友。二十二年前、親友を何人も殺され、その事件の犯人を個人的に追っている。昔から欲や感情を表にあまりむき出しにしない辰哉のことを、凄く心配してきた。辰哉の育ての親。 


狩野かの 真理恵まりえ  (38)  ♀ 

 超ベテランの女刑事。盗犯係。巡査長。昔からずっと渋谷署に居る。世話焼きで母性があり、署のお母さん的存在。辰哉のことは弟のようにかわいく思っている。大婚活中。若くて活きのいい男子が好き。






 ――再開幕。


ナレーション「自宅アパ-トが火事に遭い両手を火傷してしまった宇佐美うさみ なな子を、自宅マンションでかくまっていた、刑事の虎越とらこし 辰哉たつや。二人は、お互いの過去のしがらみにより、好意を寄せてはいけないとわかっていても、徐々に惹かれていました。微妙な距離を保っていた二人ですが、勇気を出して想いを伝えあい、これからも共同生活を続けて行くこととなったのです。そして先日、辰哉の親や同僚たちの後押しの甲斐もあり、めでたく二人は交際飛び越えて電撃入籍をしたのでした」


 とある平日の夕方。

 辰哉が働く渋谷警察署。刑事課。

 先輩刑事の狩野さんが、外回りから帰って来た辰哉の前ににっやにやしながらローラー椅子で攻め入る。


辰哉「戻りましたー……」


狩野「虎越くん、虎越くん虎越くん! 改めてっ! 結婚おめでとう~っ!!」


辰哉「うわっ……びっくりした。あ、ありがとうございます……」


狩野「これ、うちらから! どぉ~ぞっ!」


 お洒落な黒い封筒を辰哉に差し出す狩野さん。


辰哉「なんすか?」


狩野「あけてみてっ! 一応ね、刑事課一同からってことで!」


辰哉「あれ、このロゴって……」


 黒い封筒には、王冠と、舌を出したライオンのマークが描いてあった。


狩野「っそう!! 超高級ホテル。ザ・リッツ……」

辰哉「カールトン東京!? えっ!? 嘘っ」


狩野「ふふん。あたしのチョイスよ。有難ありがたがりなさいな♪」


辰哉「うっわ~。なにこれ、金券!?」


狩野「流石の虎越くんも、テンションちょっとはアガるでしょ?」


辰哉「はい! うわー……こんなに……。あ、今みんな居ないのか……」


狩野「宿泊とダイニングとスパで使える金券よ!」


辰哉「へえ~! すみません。狩野さんは独身なのに」


狩野「おい余計なこと言うな?」


辰哉「狩野さん一人っ子だし……」


狩野「余計な心配するな?」


辰哉「父子家庭だし実家暮らしだし……」


狩野「わたしのこと、よっく覚えててくれててありがとう」


辰哉「知ってました? 狩野さんとオレって干支一緒なんすよ」


狩野「え?」


辰哉「だから……オレが今二十六で……」

狩野「はい?」


辰哉「あの……えと……」


狩野「黙れよ虎越とらこし?」


辰哉「すいません……」


狩野「男紹介しろ!」


辰哉「え? まだいけます?」


狩野「いやっ四十まではなんとか婚活するって決めたのよ!!」


辰哉「へえ~……」


狩野「二十五くらいの若いのがいいわ」


辰哉「ええっ? そんなに離れてていいんすか」


狩野「うるせえっ! 愛が重たくて仕事が出来るなら顔レベルとか体型とかもうある程度は妥協するから!」


辰哉「今時若くて愛重いやつとかそんな珍獣……」


狩野「虎越くんはこの間飲み会で自分は愛重いですって言ってたじゃんかよ!!」


辰哉「いやまあオレは重い自覚ありますけど」


狩野「いいか!? 重いっていうのはな、一途ってことなのよ! 自分にひたすら夢中になってくれるってことなのよ! 溺愛!! わかるか!? まるで親バカのような! 純愛とは重いのだよ!! 虎越!!」


辰哉「はい」


 刑事課長の雄之助が、自分の席に戻って来る。


雄之助「うーっす、お疲れさん」


狩野「あっ。課長! 例のもの、虎越くんに渡しておきましたっ♪」


雄之助「あーそっか。さんきゅ」


狩野「虎越くん。帰り、交通課にも寄ってあげてね。お花買ってあるって言ってたから」


辰哉「えーなんか気ぃ遣って貰ってほんと悪いな……」


雄之助「まあ今夜は、なな誘って。そこで飯でも食って来いって。あと……これは、俺から」


 雄之助、大きい箱が入った紙袋を辰哉にどかっと渡す。


辰哉「わっ。な、何!? でかっ」


狩野「え!? 課長、個人的にも用意したんですか!?」


雄之助「うん。サイズ合ってると思うから」


辰哉「な、なに? 靴?」


雄之助「靴も入ってる」


辰哉「靴、も?」


狩野「えっ。このマーク、エルメネジルド ゼニアじゃない!?」


辰哉「はぁ!? マルさん、どこからこんなもの買う金が……」


雄之助「俺と、ゆずりはから」


 ※楪。雄之助の妻。幼い頃から辰哉の面倒をよく見てくれている。


辰哉「あぁ……なるほど……っ! 後で連絡しとく!」


雄之助「家隣なんだから今度ななと一緒に来ればいいじゃねーか」


辰哉「あっ。なんか楪さんに編み物習いたいなって言ってたよ」


雄之助「そっか」


狩野「んねえっ! それ、スーツなんでしょ!? 今日もう虎越くんあがりじゃん。着替えて来なよ! 見たい見たい!」


辰哉「あ、うんっ……」


雄之助「ななに電話しろよー」


辰哉「ちょっとじゃあ行ってくる……。マルさん、ありがとう」


雄之助「おー」

狩野「いったっさ~い」


 辰哉、更衣室へ。


雄之助「は~……。誰か珈琲でも淹れてくんねえかな」(自分の席に座る)


狩野「いいですよ~? 取ってきますね!」


雄之助「わりーな」


狩野「ふふふっ。んまあ今日くらいは? あっ。そーだ課長。今日は、事件があっても虎越くん呼び戻さないでいーですよね?」


雄之助「マリが虎越の分も働くんだろ?」


狩野「えー!? あたし!? 係違うし……」


雄之助「マリのこぶしなら何起きたって平気だろー」


狩野「はぁ……。これだから課長と当直の日ってイヤなんだよなぁ~……こき使われて」


 狩野さん、珈琲を淹れに行く。


雄之助「……あ。そうだ……。あ、タツ……」


 雄之助、辰哉が居る更衣室へ。

 辰哉が着替えている部屋の小さい扉を雑にノックする。


雄之助「タツ、着替えたか?」


辰哉「んぁ、……マルさん? も、もうちょっと……っ」


雄之助「なあ……お前、昨日またあの探偵事務所に行ったらしいな」


辰哉「っ! ……な、なんで」


雄之助「もう個人捜査はやめろって、署長にも釘さされただろうが」


辰哉「……マルさんだって」


雄之助「俺はプライベートでやってんだよ」


辰哉「プライベートで殺しの計画……? 笑えねーわ」


雄之助「……みねねには言うなよ。お前はお気楽に新婚生活満喫してりゃいーんだ」


 辰哉、着替えが終わり。扉を開け放つ。


辰哉「っダメだ!! オレが先に必ず捕まえる……!! っだから殺しなんてやめてくれ……!」


雄之助「バカお前声がでかい……って」(辰哉の胸元を押し返す)


辰哉「っ……マルさんはもう捜査なんかしなくていいっ。さっさと上あがって内勤だけやってればいいだろ!」


雄之助「お前な……ッ」


辰哉「オレにだってつけなきゃいけないケジメがあるよ……」


雄之助「……家庭を持ったことをちゃんと自覚しろ」


辰哉「そんなのマルさんだって一緒だろ」


雄之助「お前は子供だってまだだろ」


辰哉「関係無い!」

雄之助「関係ある!」


辰哉「じゃあ犯人を殺したマルさんに今度は誰が手錠を掛ければいい!? オレか!? 慎二しんじか!? 残される人間のこと少しは考えて欲しい!」


雄之助「タツ、待てって。勘違いするな……」


辰哉「勘違い? 実の親より親らしく振舞って来てくれた人が殺しの計画練ってんのに、いつまでもそれ見過ごせって言うのか」


雄之助「……俺だって人間だ」


辰哉「っ……!」


雄之助「でも、刑事だ」


辰哉「……っ」


雄之助「シークとバグとは違う」


辰哉「え……」


雄之助「あの二人は未だに、復讐することを考えてんだろうな……。そうだろ?」


辰哉「二人のこと……知ってたの」


雄之助「まあ……俺も、新人の頃はあの二人に世話になることもあった。……でもあの事件以来、二人は変わっちまった……」


辰哉「お、オレには二人とも、あの事件のことなんて……。なんか感情を持ってるようには見えなかった……」


雄之助「悪いやつらじゃない。それはわかってる。慧也けいやとゆめの親だしな……」


辰哉「え……?」


雄之助「……今度あそこに行く時は俺も行く。わかったな?」


辰哉「で、でも……」


雄之助「タツ、俺は……もう今は復讐心なんかない。……信じろ。刑事として、ただ捕まえたいだけだ」


辰哉「嘘じゃない……?」


雄之助「ブッ。ははは……っ」


辰哉「っなんだよ!」


雄之助「お前、人殺そうとしてるやつの下でずっと我慢して働いて来たのか?」


辰哉「……違うよ。違う!」


雄之助「くくくっ……。慎二とお前って、よく似てるよな……」


辰哉「そ、そう? そうかな……」


雄之助「ったく。……言いたいことあるんだったら直接聞きに来いっての」


辰哉「……こわかったから……」


雄之助「っ。……だからお前は……」


辰哉「なんだよ」


雄之助「なんでもねーよっ。ホラ、襟曲がってんぞ」(服の裾を引っ張って直してあげる)


辰哉「あっ、あー」


雄之助「はいおっけ」


辰哉「着替えた!」


雄之助「うん。まあまあだな」


 狩野さん、更衣室にやって来る。ノックして。


狩野「あれ課長ここに居た。珈琲冷めますよ~」


雄之助「おおっと。悪ィ悪ィ。今行く」


狩野「あら、虎越くんかっこいーじゃんっ!!」(雄之助を突っぱねる)

雄之助「ヘブッ」


狩野「へ~なんの生地かはわかんないけどなんかすっごい高級感あるねっ! うわ、滑らか~」


辰哉「これいくらしたの?」


狩野「え~? ウン十万でしょ!」


辰哉「えっ!?」


狩野「靴は?」


雄之助「ななまんえん」


狩野&辰哉「ななまんえん!?」(訛る)


狩野「えっ課長!」


雄之助「うちのが選んだから……」


狩野「いや溺愛! ほら虎越くん! これがね、あれよ、重いやつ!」


辰哉「わかります」


雄之助「このスーツ、洗濯機で洗えるんだって」


狩野「ええ~!? 高級ブランドなのに!? 凄い!! スーツをジャブジャブ洗うっていう発想が無かった!!」


雄之助「ほら。電話して来い」


辰哉「あ、う、うんっ」


 辰哉、先程まで着ていたスーツのポケットからスマホを取り出し。なな子に通話をかける。

 雄之助と狩野さんが、両側から聞き耳を立てる。


なな子『はいっ! 虎越とらこしさん?』


 渋谷の駅前を、やや小走りで進むなな子。にこやか。


辰哉「あ、なな……」


狩野「な、なんで苗字で呼んでんのっ?」

雄之助「いや知らねえけどっ。癖じゃん?」

辰哉「~……」


なな子『どうしましたっ?』

辰哉「え……今、外?」


 手で雄之助と狩野さんを追い払い、人気の無い所まで移動する辰哉。


なな子『あ、はいっ。実はさっきまで撮影で……! あ……今からお花屋さん行かなきゃいけなくて……っ!』


辰哉「忙しい?」


なな子『いえ! もう今日は帰宅出来ますっ! あのね、いつも撮影していただいてるカメラマンさんに、先日結婚しましたーって言ったら。お花注文しておいて下さったみたいなんですよっ! 今からそれ受け取りに……っ』


辰哉「そうなんだ。今夜ってさ、あの……。外で食べない?」


なな子『えっ? 外で……ですか?』


辰哉「うん。ダメかな」


なな子『いいですけど……。虎越さん、今日は残業せずにお帰りになれるんですか?』


辰哉「あー、うん。今日はもう、帰っていいって……」


なな子『ふぅん? 結婚したからですかっ? なんて……』


辰哉「えっ? ああ、まあ、そう、かな」


なな子『え! ほんとですか?』


辰哉「行きたい所があるんだけど……」


なな子『はい! どこで待ち合わせますか?』


辰哉「今どこ?」


なな子『渋谷駅の近くのお花屋さんです。玉川通りのほうの……。あ、位置情報メールします!』


辰哉「わかった。じゃあ車で迎えに行くからその花屋さんに居てくれる?」


なな子『了解です! お待ちしてます!』


辰哉「じゃあまた後で」


なな子『はいっ! 失礼します!』


 二人、通話を切る。

 雄之助と狩野さんの所へ戻る辰哉。


辰哉「マルさん、オレじゃあお先に……」


雄之助「んー? おお。帰れ帰れー。お前もななも明日非番だろ」(新聞読んでる)

辰哉「うん」

狩野「ゆっくりしてきてね!」(マニキュア塗ってる)


辰哉「ありがとう」


雄之助「避妊すんなよっ!」


辰哉「やめろ」


狩野「やだなあもう課長ったらー。あっ、交通課ね! 寄ってね! 虎越くん!」


辰哉「ああ、そうだった。んじゃ、お先失礼します。……あっ。な、なんかあったら電話下さい」


狩野「なんかって!?」


辰哉「え、いや、事件でしょ!」


狩野「課長があたしに手を出したら!?」


雄之助「ははは! それはねえわ! ウケる」


狩野「は。なんで!」


雄之助「マリ胸無ぇしなぁ……」


狩野「はあ!?」


雄之助「幼児体型はちょっと……」


狩野「幼児体型ちゃうわ!? やや膨らみはあるわ!!」


辰哉「帰るね……」(荷物を持って交通課の方へ向かって歩き出す)


雄之助「おいタツちょっと触ってやってみ」


辰哉「やだよ!! 訴えるよ!! 帰るからもう!」


狩野「ちょっと! 触らせてあげるって言ってんのになんでそっちが訴えんの!? 虎越くん!! おいちょっと!」


雄之助「あいつの奥さん二十四歳だもん」


狩野「は!? 若い! いいの!? そんな結婚急いでいいの!? ねえ!」


雄之助「お前は……結婚出来ねえよもう多分……」


狩野「なんで!! 課長が出来てあたしが出来ない意味がわかんない!!」


雄之助「まあ……出会いがあればいけんじゃねえの……」


狩野「うっさ! うっさ!!」


雄之助「お前もうちょいハードル下げねえと……」


狩野「課長だって条件厳しいでしょ!」


雄之助「いや俺は……」


狩野「巨乳じゃないとダメなんでしょ!?」


雄之助「巨乳っつっても俺はC以上あればギリギリ許容範囲でだなぁ」


狩野「Cって結構ちゃんとありますよ!!」


雄之助「そうだよだからいいんだよ。手におさまるくらいがいいよ」


狩野「はぁ……。……虎越くんのお嫁さんも胸でかいんです?」


雄之助「そうだな……結構でかかったような……」


狩野「そんで顔も可愛いんでしょ? 若くて……。モデルだっていうし……。世の中不公平過ぎるわ……はぁ……」


雄之助「まあまあへこむなよ。刑事は顔可愛い子は雇わねえし。その顔のおかげでお前は今、こうして立派な警察官として、いい給料貰ってんだろ……」


狩野「パトロール行ってきます!!」(コートを着て外に飛び出して行く)


雄之助「え、嘘。おい、待て。マリ。一人で行くなって。おーい!」






 ホテル、ザ・リッツ・カールトン東京。モダンフレンチダイニング。

 なな子と辰哉はは夜景の見える最高の席で、ゆったりと食事を楽しんでいた。

 同じソファ席に並びながら、ひそひそ話している二人。


なな子「私、この格好で平気でしたかね?」


辰哉「ごめん、やっぱりドレスコードあるよな普通こういうとこって……。き、綺麗だと、思うけど……」


なな子「むう~……。っ! サービスの方がにこにこしてるから大丈夫だと思いますっ! 多分っ」


辰哉「そのドレス、朝着てったのと違うけど……どうしたの?」


なな子「虎越さんこそ! そのスーツ、どこで買ったんです!? よく見たらこれ……もしかして……。と、と、と……!? トロフィオ……? っトロフィオお!?」(立ち上がる)


 若干の注目を集めてしまうなな子。すぐに彼女を座らせる辰哉。


辰哉「ちょっとっ。静かにっ!」


なな子「すみませんっ……びびびっくりしちゃって……!」


辰哉「トロフィオって?」


なな子「高級ファブリック素材ですよ! な、なに? なに? 盗んだんですか!?」


辰哉「いやどこでだよ!」


なな子「これ……五十万円はしますよ……っ!」


辰哉「五十万円!?」


なな子「シーッ!」


辰哉「そ、そんなにするんだ……」


なな子「うちの社長くらいしか着ないですよこんな高級な……。ほら、裏も、見て下さいっ。上品な光沢となめらかな肌触り……! ……このミラノラインって……。ち、ちょっと失礼しますっ!(タグを見て) ああっ! やっぱりこれ、ゼニア……!! エグゼクティブ……!? と、虎越さん、また昇進したんですか!? 次はなんですか!? しょ、署長!?」


辰哉「いや署長って……。マルさんがまだ刑事課長なのに……」


なな子「あれ? 靴も買ったんですか?」


辰哉「あっ。これは、ななまんえんだって言ってた!」


なな子「だれがっ!?」


辰哉「マルさんが」


なな子「マル!? ゆ、雄之助さん!? ここ予約してくださったのも、雄之助さんなんですか?」


辰哉「あ、いや、ここは……ここは……? 誰が予約してくれたんだろう? 狩野さんかな」


なな子「えっと、今日は……宿泊の予約は取って無いんですよね?」


辰哉「うん、多分……」


なな子「え? 虎越さん、誰に言われてここに来たんです?」


辰哉「職場のみんなから、結婚祝いだって……ここのホテルで使えるチケット貰ったんだよ。ほら、これ」


なな子「へえ~! すごおい……!」


辰哉「ななもつきみさんたちから何か貰った?」


なな子「あっ。はい。色々いただきました! リナさんからは、夫婦箸と、カトラリー。ちぃちゃんからは、高級タオルセットとデジタルフォトフレームっ! つきちゃんは、ハーゲンダッツ豪華フルセットとアイスクリームスプーンでした! あーでも荷物になるからって……リナさんが全部まとめてマンションに送って下さったんですっ。明日の夜に届きます!」


辰哉「へー。よかったな」


なな子「実はお金も包んでいただいて……。なんだか申し訳ないなーって……」


辰哉「んでも、つきみさんとちぃさんが結婚した時もななもお金となにかプレゼントしたんだろ?」


なな子「は、はい。一応……」


辰哉「じゃあまあいいんじゃないの」


なな子「あっ。人事課の方たちからは、グルメ券をいただいて……。あ、これです」


辰哉「へ~。なんか……オレらって恵まれてるよな……」


なな子「ふふふっ……」


辰哉「え、なに?」


なな子「人事課の方たちに、どんな人と結婚したんだーっ! て聞かれて……。刑事さんですって言ったら。『話合わないんじゃない? 何話すの!? どこで出会ったの!?』って聞かれて。なんだか面白くって」


辰哉「あぁ……オレもさっき交通課の子たちに同じようなこと言われたな……」


なな子「そう言えば……普段なに話しますっけ……」


辰哉「え……そう言われると……」


なな子「……思い浮かばないですよね」


辰哉「突然言われるとな……」


なな子「……お花屋さんでもね、あーいつも何話してるかなぁ? って思って……。でも、全然なにも浮かばなくって……」


辰哉「……あ」(ななの頭を撫でる)


なな子「?」


辰哉「で、そのドレスって撮影で使ってそのまま貰って来たの?」


なな子「あっ……。これは会長から先程いただいて……」


辰哉「会長って……グレイス?」


なな子「はい。最近、こういう大人っぽいアラベスク柄のワンピースドレスが流行ってるんですよっ」


辰哉「ななは、あんまりこういう……黒とか紺のワンピースって着ないけど」


なな子「そうですねぇ……。あっでも! 来年からは私も二十五歳になりますしっ。大人でっ。フェミニン香る服を着こなせるようになりたいんですっ。け、けっこん……したから……っ!」


辰哉「……そっか」(また彼女の頭を撫でて)


なな子「虎越さん、体調は大丈夫ですか? 最近残業ばかりでお家に帰って来れない日も多かったから……」


辰哉「平気。今朝寝坊したし。明日休みだし。今夜……いっぱい充電するから」(ななの手を取る)


 二人、そっと口付けを交わして。


なな子「んっ……」

辰哉「……っ」


 ゆっくり離れて。笑い合う。


辰哉「クリスマス、一緒に過ごせなくてごめん……。何も用意出来なかったし……」


なな子「そんなっ! いいんですいいんです! 私も十二月は仕事忙しくて……。社内パーティとか、新しい雑誌の企画とかで今結構立て込んでて……っ! 夜一緒に居られないことがあるのは寂しいですけど……。でも、雄之助さんや慎二くんに、慣れだよーって言われましたっ。刑事の妻なら仕方ないからねって……」


辰哉「……そうだな……うーん……。年末年始はちょっとした事件も多くなるし……」


なな子「やっぱりそうなんですね……。虎越さんが居る部署って、酔っ払いとか暴力沙汰とか……そういうのも担当するんですよね?」


辰哉「うん。年末年始は寝る暇も無いってことが、あるかも……」


なな子「バーゲンとか福袋争奪戦で乱闘事件っ! とかもあるんですか!?」


辰哉「なんでちょっと楽しそうなの」


なな子「いやっ、全然わからない世界だからつい……っ! すみませんっ。私、年末年始はいつも家でシズカさんとケンイチさんと、コタツで丸くなって……ぼーっとテレビを観て過ごすのが普通だったので……。初詣も、三が日過ぎて参拝客が減ってからのんびり行ってたし……。引きこもりでしたね……」


辰哉「そういう人が多いとこっちも楽なんだけどな。あ……育てのご両親のお墓参りって、次行くのいつ?」


なな子「あ……えっと……。私もそれが結構気になって。でも、お坊さんに、お彼岸とか春分とか関係なく……来れる時に来てあげて下さいって言われました。仕事でどうしても行けない時期とかもあるじゃないですか。だから……」


辰哉「そっか……。オレもじいちゃんとばあちゃんのとこ行かないとなぁ」


なな子「っ私も、行っていいですか?」


辰哉「勿論。……ありがと」


なな子「あっあのね、実は、私が結婚したって言ったら。新しい雑誌で、新婚さん向けのお料理の記事の連載を任せて貰えるようになったんです!」


辰哉「へえ。よかったな。やりたかったの?」


なな子「はい! 実は……。育ての親……母代わりだった人が、とってもお料理が得意だったんですけど」


辰哉「シズカさんでしょ」


なな子「あ、そうですっ。それで……。今までは、シズカさんのことを思い出すのが辛くて……」


辰哉「うん……」


なな子「だから私……。料理に関わる仕事はしたくないなぁってずっと思ってたんですけど……。でも、この一か月、虎越さんの為に色んなお料理を作ってきて。やっぱりお料理って楽しいな、って。生きるために、私のために、必要なんだって……わかったんです。私の生き甲斐のひとつなんだって」


 辰哉、微笑んで頷く。


なな子「だからね、今回……すごく嬉しいんですっ。これを続ければ……。連載が上手く行けば、私……もう少しだけ、強くなれる気がして。……恩返し……出来るかなぁって」


辰哉「……そっか……」


なな子「虎越さんは? なにか周りの変化とか、ありました?」


辰哉「んー……。今日は事件があっても呼ばないでくれるって」


なな子「へーっ!? ふふふっ。本当かな?」


辰哉「署長に言われて知ったんだけど、周辺の警察署に、オレが結婚したって張り紙してあるらしいよ」


なな子「えー!! やっぱりそれって、虎越さんが人気があるからですか?」


辰哉「えぇ? んー……。いや、まあ、これで贈り物とか手紙とか減るといいんだけど……」


なな子「わ、私、もう気にしないですよっ! やきもち妬いても妬いてもキリがないんですもん……。クリスマスの時は、大量の宅配が来てびっくりしましたけど……」


辰哉「……オレはななにモテればそれでいいから」


なな子「あ……う……そ、そうですか……」


辰哉「あ。そーだ、……はい、ここのホテルのパンフレット」


なな子「あっ。見たいです! ここって……一泊十万えんとかするんですか……?」


辰哉「え、そんなにするのかな」


なな子「あ、チャペルやっぱり入ってる。結婚式出来るんですね。見学させて貰えないかな?」


辰哉「え、ここで挙げたいの?」


なな子「えっあっいえっ」


辰哉「また仕事の話?」(からかうように)


なな子「すっすみませんっ」


辰哉「っ。いいよいいよ。後でフロントに聞いてみようか」


なな子「は、はいっ……。うぉ、お部屋のバスルーム、大理石なんですって! シンクバスは二つもついてて、巨大テレビもついてる! すごいっ」


辰哉「うちのお風呂にもテレビつける?」


なな子「えー!? それはのぼせそうですね!」


辰哉「ななお風呂好きじゃん」


なな子「そうですけど……。あっ! 二十四時間対応の靴磨きサービスですって……!」


辰哉「そこ喰いつくとこ?」


なな子「なんか、紳士に優しいっていうか……! ここってやっぱり、お金持ちが泊まるような場所なんですねきっと……。伝統工芸セレクトショップ……リムジンサービス……」


辰哉「泊まっていく?」


なな子「え!? いやいやいやいや……! きょ、今日はっ……か、帰りましょうっ!」


辰哉「たまには贅沢しようよ」


なな子「いや……あの……私、腕時計と指輪も買っていただきましたし……! こんな凄いホテルで食事までさせていただいて。これ以上贅沢したら、あたま沸騰して消えそうです……っ!」


辰哉「でも、お祝いで頂いたここのチケットも余っちゃうし……」


なな子「期限、あるんですか?」


辰哉「ん、なさそう……かな?」


なな子「じっじゃあまた来ましょうよ! 今度は別の階にある和食屋さんとか……っ! スパも凄そうですしっ!」


辰哉「うん……わかった。でも、今度外で二人でお泊りしたいな」


なな子「はっ……はい……」


辰哉「なながイヤじゃなければ」


なな子「っイヤじゃないです!」


辰哉「……急な結婚で、ななは不安があった?」


なな子「え、い、いえっ……。私なんかでいいのかなっていう気持ちはまだ少しはありますけど……。でも、それよりも……。虎越さんと一緒に居たいっていう気持ちのほうが強いです。だから……。今は、最大級に幸せですっ」


辰哉「そう……。よかった」


なな子「虎越さんは……私の……ど、どこが良かったんですか……?」


辰哉「ん……? なんで? すごく可愛いからだけど」


なな子「か、かわいい……?」


辰哉「うん。姿も、仕草も。性格も」


なな子「そ、そうですか……。わ、私はっ! 私はね……あの……と、虎越さんの……全部が、だっ大好きですよっ」


辰哉「ありがとう」


なな子「っ……」


辰哉「そうだ、昔のこと……少しだけ思い出したんだけど」


なな子「えっ?」


辰哉「きっかけはよくわからないんだけど……。夢見のような感覚で。……ななと二人で、ダンカンハウスの近くの公園で、ブランコに乗ってた。多分……小学生の時のこと……かな。ななも覚えてる?」


なな子「は、はい。いつもたつにぃが、ブランコの一番高い場所からひょいって飛び降りて……遊んでて。で、でも私はこわくってそれが出来なくて……」


辰哉「でも、一回だけ飛び降りたこと……あったよね」


なな子「う、うん! でも、」


辰哉「なな、ブランコ囲ってた柵におでこぶつけちゃった?」


なな子「っそう! すごく痛くて。でも、」


辰哉「オレがおんぶして連れて帰って……」


なな子「タオルで冷やして。ずっと、看病してくれた……」


辰哉「うん……。……ごめん、そのくらいしか、思い出せてなくて……」


なな子「いえ! 嬉しいです。私は……たつにぃの人生から、何度も消えちゃうんだなって思ってたから……」


辰哉「……もう、寂しい思いはさせたくないのに……」


なな子「大丈夫ですよ。もう離れたりしません。……年末年始は二人きりの時間とか取れないかもですけど……。で、でも、ふっふうふだから! 同じお家に帰るんですからっ! ねっ。虎越さん」


辰哉「……そうだね。……今のでも気付かないのかな……」


なな子「はいっ?」


辰哉「料理、どうですか」


なな子「美味しいです! でも、これくらいなら私にだって作れますよっ?」


辰哉「はは」


なな子「虎越さんは、外食のほうがいいですか?」


辰哉「ん? ななのご飯のほうが美味しいよ。でも外で食べれば後片付けとかしなくて済むし。気分転換になるだろ?」


なな子「まあそうですね……うん……。他の方のお料理は……とても勉強になります」


辰哉「仕事忙しいのに……毎日頑張ってご飯作ってくれて、ありがと」


なな子「ふふふ! あ、でも、外食も……好きですよ?」


辰哉「……今度さ、またあそこ行こうよ。タンメンの」


なな子「あっ。あそこですね! ふふ。虎越さん、気に入っちゃったんですか? 雄之助さんと楪さんが、すすめられた~って言ってましたよ」


辰哉「ああ、うん」


なな子「……幸せです……。ずっと、この幸せが続いたらいいなって……思います」


辰哉「オレが、守っていくよ」


なな子「……私も虎越さんの生活を支えたいです。……あっ、すみません……私ちょっとお手洗い行ってきますねっ」


辰哉「うん」


 なな、席を外す。

 辰哉、綺麗な夜景をゆっくりと見て。胸でほっと息を吐く。ワインを一口飲んで。

 ふとレジカウンターがある方を見ると、自分の母親と兄に似た二人が歩いている姿が目に入る。


辰哉「みねねと……あお……?」


 母と兄は、エレベータに乗り、去ってしまう。


辰哉「泊まってるのって……いつものプリンスじゃ……」


 辰哉、母にメールを打つ。

 『今日はどこに泊まってるの?』


辰哉「……もしかして、レストランの予約も……。……あっ、あの、すみませんっ!」


(サービスマン「はい」)


辰哉「あの、このホテルの今夜のチェックリストに、私の名前が載っているか確認していただくことって出来ますか? あ、名刺……」


 サービスマンに、自分の名刺を渡す辰哉。


(サービスマン「っ。け、刑事さん、ですか……! なっなにか事件ですか!?」)


辰哉「あ、いや、あの、やっぱりフロントで聞いたほうがいいですかね……」


(サービスマン「いえ! こちらからフロントに確認させて頂きます! 少しお待ちくださいっ!」)


 サービスマン、小走りでレジカウンターの奥の事務所に行ってしまう。


辰哉「あぁ……事件、とかじゃないのに……。……別の名刺作ろうかな」


 なな子が帰ってくる。


なな子「虎越さんっ! トイレ、すごく綺麗でしたっ。感動しちゃったっ。やっぱりこういう所のトイレって……。……? 名刺なんか出してどうしたんですか?」


辰哉「ん……あ、ななの名刺もある?」


なな子「え、ありますよっ。虎越さんの名刺見たことないですっ! 見ていいですか?」


辰哉「うん。あげる」


なな子「わーいっ。わ~。警視庁のロゴが入っててかっこいい……。っと、はい、私の」


辰哉「透明だ……」


なな子「そうなんですよ~お洒落でしょっ? 傾けると、ほらっ。私の恥ずかしい顔写真が……!」


辰哉「お~すごい」


なな子「名刺って、顔写真が入って無いのが多いから。まとめて見た時に誰が誰のかってわからないですよね。これ社長のアイデアなんですけど……」


辰哉「これならレア感あって捨てにくいし。わかりやすいな」


なな子「そうでしょっ!? ねっ。ちょっとした自慢ですっ」


辰哉「オレ、肩書のせいで名刺渡すとビビられること多くて……」


なな子「え、そうなんですか?」


辰哉「警察とヤクザは同じだと思ってる一般の人も多いよな……」


なな子「ああ……。つきちゃんもたまにそんなことを言っているような……」


辰哉「肩書とか、警察、ってわかりにくいような名刺が欲しいなぁ……って」


なな子「……なるほど……」


辰哉「まあ別にいいんだけど」


なな子「社長に相談してみましょうか?」


辰哉「きさきに?」


なな子「はい。虎越さんが必要なら……作ってもよいのでは?」


辰哉「あ……。まだななが妃の会社で働きだす前。潜入捜査で一か月くらい、妃の会社の営業のふりしてたことがあって……。その時に妃が名刺を作ってくれたことがあったんだよな……。でももうデータとか残って無いかな」


なな子「へえ~。潜入捜査! かっこいいっ」


辰哉「喋り過ぎた……。……ここだけの話な」(彼女の耳元で。ウイスパー)

なな子「……はいっ」(ウイスパー)


辰哉「ふぅ……」


なな子「……珍しいですね。虎越さんが職務のことお話して下さるの」


辰哉「お酒の力かな」


なな子「ふふ。どうせ妃さんに無理やり、やれって言われたんでしょ」


辰哉「どうだったかな」


 先程辰哉が声を掛けたサービスマンが、テーブルに戻って来る。


(サービスマン「お待たせ致しましたっ。お客様!」)


なな子「?」


辰哉「あ……」


(サービスマン「確認致しました。虎越とらこし 辰哉たつや様の本日のご予約はクラブカールトンスイート、チェックイン時間は、十九時となっております。ご予約人数はお二人。料金は既にこちらのお食事代も含め、予約分が全額支払われているようです。ルームカードキーはフロントでお受け取り頂けますか?」)


辰哉「あっ……。わかりました……」


(サービスマン「先程十九時を過ぎましたので、お支度が出来ましたらそのままフロントまでお願い致します」)


辰哉「はい……。すみません」


(サービスマン「本日はっ……あのう……」)


辰哉「あ、あの、今日はプライベートで……」


(サービスマン「はっ! そうなんですねっ。ご苦労様ですっ!」)


 サービスマン、何故か嬉しそうに去っていく。


なな子「えっ、今の人って……虎越さんのファンかなにかですか?」


辰哉「いや、警察か刑事のファンなんじゃないかな」


なな子「アっ! てか! 予約! してあったんですね!?」


辰哉「そうみたい……。泊まってこっか」


なな子「へ……あ、いいんですか?」


辰哉「うん。多分……母親がとったんだろうな」


なな子「えっ? みねね……さん?」


辰哉「連絡しろっつーのな……。マルさんは多分知ってたんだろうな……」


なな子「えーっ?」


辰哉「さっきからメールしてるんだけど、誰も連絡返ってこないし……。……まあいっか。貰った金券でルームサービスでも取って飲みなおして寝ようっ」


なな子「ふふふっ……。予約されちゃってるんじゃ仕方ないですよねっ。流石に同姓同名なんて居ないでしょうし……」


辰哉「予定は、大丈夫?」


なな子「はい! 明日休みなので!」


辰哉「よかった。じゃあ行こっか」


 二人、コートと荷物を持ち、フロントへ。






 ルームカードキーを受け取った二人は、五十三階の客室へ。

 中に入ると、東京の夜景を一望出来る素晴らしい光景と豪華な客間が広がっていた。


なな子「うっわあ……! 虎越さんっ! すごいすごいすごい! 東京タワーが目の前にありますよーっ! きれーい!」


辰哉「……四十五階のラウンジで、二十時はちじからアフタヌーンティーの会があるんだって」


なな子「えっ! 行きます!?」


辰哉「生演奏も二十時はちじから開催。って書いてある」


なな子「生演奏? 管弦楽団とかですかねっ」


辰哉「どうだろ、そこまで書いて無いけど。ピアノとかじゃないかな」


なな子「お風呂入れてきますね!」


辰哉「大丈夫? やろうか?」


なな子「え? 蛇口捻るだけですよー! わ~っ! お風呂おっきー! ひろーい! ぴかぴかー! すごい!」


辰哉「楽しそうで何より……。転ぶなよー」


なな子「虎越さんっ! 花束、お水にさらすか花瓶かグラスにさしておきたいんですけど……」


辰哉「ん、ああ、大きいジョッキグラスあるみたいだから……それでもいい?」


なな子「はいっ! あっ、やりますっ♪ きれいでしょ! 一週間はもつかなあ……」


辰哉「……ななは花がよく似合うよ」


なな子「えっ、そ、そうですか?」


辰哉「あ。そうだ。ミニレディミスト、今日発売日だったよな。さっき買っちゃった」(自分の鞄から、コンビニ袋に入った小さい雑誌を取り出す)


なな子「はい!? まっまた買ったんですか!?」


辰哉「だってなながまた載ってるかも知れないし……」(キングサイズのベッドに横になって、結婚雑誌を捲る)


なな子「虎越さんっ! スーツ皺になっちゃうから脱いで下さいっ!」


辰哉「このスーツ、洗濯機で洗えるんだって」


なな子「はっ!? ってことはやっぱり本物じゃないですか! 本物のエルメネジルド ゼニア!」


辰哉「偽物なんてあんの?」


なな子「ありますよ~中国製のとか韓国製の安物っ。ほら脱いでっ」


辰哉「このスーツ、五十万もするって本当?」


なな子「ひーっ……大切にしましょうね……!」


辰哉「仕事じゃ着れないなぁ……」


なな子「ですねえ……」


辰哉「お風呂一緒に入りたいな」


 ななを抱き締めて首筋にキスをする。


なな子「っ……」(抱き締め返す)


 二人、お互いの熱を感じて。


辰哉「……お風呂でお酒飲む?」


なな子「~! ぜいたくー!!」


辰哉「ふはは。たまにはね」


なな子「あ、そう言えば。みねねさんも此方こちらのホテルにお泊りになってるんですか?」


辰哉「多分……。さっき姿が見えたんだけど、どっか行っちゃって……。電話も出ないし……」


なな子「ラウンジに行けばお会い出来るのではありませんかっ? アフタヌーンティー! 参加するかも!」


辰哉「どうかな……。あんまりそういうイベントとかには興味無い人だからな……」(ななを自分の胸の中におさめて、再び雑誌を読みはじめる)


なな子「でもディズニー好きなんですよね?」


辰哉「うん。まあ……」


なな子「ん~……」(目を伏せてキスをねだる)


辰哉「あっ。居た!」(雑誌の中の、ななが写っているページを見付ける)


なな子「ふぇっ!?」


辰哉「なな見付けた!」


なな子「ひああ……!」


辰哉「……なんでまだ冬なのに水着なの?」


なな子「えっ!? い、いや、これは、水着風のウエディングドレスで……! 温水プール付きの式場で……!」


辰哉「こっちはなんでこんなに胸見える服着てるの?」


なな子「えっえっえっえっえっえっ」


辰哉「これは太もも露出し過ぎじゃ……」


なな子「あっ……あっ……あっ」


辰哉「キャバ嬢じゃないんだから……」


なな子「そ、それでも結構露出は抑えたほうで……っ!」


辰哉「ブランコ……?」


なな子「あーっ! そ、それもダメですか!?」


辰哉「うーん……。全部可愛いよ?」


なな子「うおぉ……」


辰哉「あ、なにこれ。パンダ?」


なな子「パンダドレスです!」


辰哉「変なの」


なな子「え~!? かわいいですよ! これネットで先行公開されてて。もうかなり注文入ってるんですから! 普通の生地と違ってね、触り心地がまるで……!」

辰哉「あ~慎二が言ってたけど。リナさんが、なな子が着るとそのドレスが品切れになる。って。本当なんだ」


なな子「えっ……あ、いや、ドレスが! 可愛いからですよっ! ドレスが!」(雑誌を取り上げようとする)


辰哉「違うよ」(ななを抱き上げる)


なな子「と、虎越さんは……っ。私がモデルやってるの……反対ですか? 私は、いつやめても……いいっていうか……」


辰哉「んー? なないつも撮影の日は機嫌いいし。続けたほうがいいんじゃない」


なな子「えっ機嫌いい!? わ、悪い日あります!?」


辰哉「いや無いけど。特別いいってこと」


なな子「お、おだてられたりするからでしょうか……」


辰哉「向いてるんじゃない? やっぱり」


なな子「で、でも、私は秘書業も、編集も、好きですよ! 推敲……校閲とか。地味な仕事は、私みたいな地味な人間がやるべきで……っ!」


辰哉「地味? どこが?」


なな子「か、顔……!」


辰哉「顔?」


なな子「そっそばかすだってあるし!」


辰哉「そばかすも可愛いけどなぁ」


なな子「と、虎越さんは……っ。た、たまに冗談ばっかり言って……っ」


辰哉「冗談じゃないよ。……本心だよ」


 おでことおでこをくっつけて。見詰め合って。キスをする。


なな子「んっ……」

辰哉「っ……」


 彼女の上に被さって。深い深いキスをする。


辰哉「っ……なな……」


なな子「た……辰哉さん」


辰哉「愛してる……」


なな子「っ……あ、あの、わたしも……っ」


辰哉「ななのこと全部見れるのは、オレだけだから。……ドレスのモデルは続けていいよ」


なな子「あ、ありがとう、ございます……っ」


辰哉「仕事のことは口出すつもりないから」


なな子「うん……っ」


辰哉「……問題なのはオレのほうだよな……」


なな子「あ、あの……すみません……。この間は、ちょっと感情的になっちゃったっていうか……。辰哉さんだって、」

辰哉「刑事は長くやらないと思う」


なな子「え……?」


辰哉「ななにああ言われて、ちょっと考えたんだけど……。やっぱり、危険な仕事するのもあと数年にしといたほうがいいかなって」


なな子「っ……そっ……」


辰哉「ななを悲しませたくないし……。また来年も試験を受けて上に上がるか、内勤が多い部署に異動するか、考えてみるよ」


なな子「……私のために辰哉さんの生き方を無理やり変えようとしてるなら……私は、」


辰哉「二人で……一緒に生きて行きたいから」


なな子「っ……」


 再び交わす抱擁と、繰り返す口付け。


辰哉「……っ」

なな子「ん……」


辰哉「っと」(ななを横抱きして、そのままお風呂場に連れて行く)

なな子「ひゃっ!」


辰哉「お風呂いっぱいになっちゃう」


なな子「あっそうですね! 入りましょうっ!」(両手で辰哉の頬を包んで。彼の首に抱き着く)


辰哉「ん……っ」(ななの鎖骨辺りに顔を埋めて)


なな子「ふふっ……。あ、辰哉さん、先週撃たれたところ、どうですか? まだ痛みますか……」


辰哉「んーもうかさぶたになったし。全然平気」


なな子「治癒力強め! はやめ!」


辰哉「そこが取り柄なので」


なな子「すごいなぁ……」


 脱衣所でななのことを降ろす。髪を撫でて。

 二人、お揃いの腕時計を外して、並べて洗面台に置く。


辰哉「そうだ。申請すれば、長期休暇も取れるから」


なな子「えっそうなんですか!? 雄之助さんに、刑事は休日も署の近くから離れらんねー規則なんだよなぁって……」


辰哉「まぁそうなんだけど……。でも他の刑事も年に一回とか、二回くらいは温泉行ったりしてるよ」


なな子「へぇ……」


辰哉「どっか行きたいとこある?」


なな子「うーん……」


 服を脱いで、タオルを巻いて、お風呂場へ。


辰哉「っ。海外の料理学校に留学してたこともあるんだろ?」


なな子「あ、は、はいっ」


辰哉「そこの友達に会いに行くとか」


 かけ湯をして。大きな湯船に入る。


なな子「あー……。私、虎越の今のご実家に行ってみたいですっ! サンフランシスコの……?」


辰哉「あー……そっ、か……」


なな子「? ……お正月には、ご家族全員集合するんですか?」


辰哉「……父親だけは来ないかも。偉くて忙しい人だから、滅多に帰って来れなくて。いつもみんなとは時期ずらして一人で来ることが多いかな。春か秋頃に」


なな子「そうなんですか……。じゃあやっぱり、此方からご挨拶に行ったほうがいいんじゃ……」


 ななを後ろからハグして。


辰哉「んー……。まあ、みねねたちに会ったら聞いてみよっか」


なな子「はいっ」


辰哉「……なな」


 ななと辰哉、左手と左手を絡めて。指輪を重ねる。二人は笑い合って、もっと寄り添う。


なな子「私は……自分がいつか結婚するかもなんて、夢にも思っていませんでした……」


辰哉「……オレも」


なな子「……そう言えば、あの孤児院に……ダンカンハウスに居たみんな、全員今年結婚したんですね」


辰哉「え……あぁ……」


なな子「ふふ。偶然かなぁ……? 誰かに会いました?」


辰哉「ううん。まだあいつらみんな京都だろ?」


なな子「あっ、そっか……」


辰哉「……っ」


 何度も何度もキスをして。

 二人きりの温かい夜は更け。満たされた幸せは、消えない約束とともに。未来に続いてた。






 朝方。

 二人は幸せそうに眠っている。

 辰哉の携帯が鳴る。


なな子「ん……っ。た、辰哉さん、携帯っ携帯鳴ってますっ……」


辰哉「んぁ……? んー……。……あ……みねねだ。……んだよ今更……」


なな子「連絡来たんですか。良かった」


辰哉「(メールを開いて、その内容に驚く)……えっ!?」


なな子「?」


辰哉「なんだ、隣の部屋に泊まってたって……。ちょっとオレ行ってくる」


なな子「は、はいっ」


 辰哉、スーツに着替える。


辰哉「なな、先に朝食食べに行ってる? ルームキー、二つあるし……」


なな子「えっ……あっ、わ、私も一緒に……っ!」


辰哉「みねね多分裸だけど大丈夫……? あと弟二人も……」


なな子「えっ!?」


辰哉「あーあと多分みねね化粧もしてないから……。なな連れてったら怒るかも……」


なな子「っ! わ、私も、着替えてお化粧して……。こ、ここで待ってます……! 朝食、昨日のビストロかラウンジ、どちらか選べるみたいですし……っ」


辰哉「そっか……。わかった。じゃあごめん、ちょっと行ってくる」


なな子「行ってらっしゃいっ」


辰哉「うん」


 部屋から出て行く彼を、布団を被り直して小さく手を振り見送った。


なな子「んー……いい天気……っ」


 大きく伸びをして。

 東京の空を清んだ気持ちで見上げた。


なな子「っ……」(ふと気持ちよく息を吐いて)


 ベッド脇の机に置いてある二人のペアの腕時計を見詰めて、にまにまして。

 そっと辰哉の腕時計を人差し指で触れて。


なな子「……もっと一緒にいたいな……」


 部屋のベルが鳴る。


なな子「? えっ……あっ……」


 慌ててドレスを頭から被り、身なりを整えて扉の方へ。モニターには、辰哉に良く似た男性が立っていた。


なな子「辰哉さん? あっ! もしかしてルームキー忘れちゃったのかなっ」


 ドアを開けてしまうなな。


なな子「どうし……っ」


 辰哉にとても良く似た彼は、少し遠慮がちに笑って。ななに大きな花束を掲げる。

 彼女は喜び、そのままその人の腕の中に飛び込み――。

 口付けを交わした。


【次話に続く】

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