第五話【男3女3】~真実はどこに。君だけが好きだよ~約60分
第五話
出演(MAX男3女3~2:2※雄之助と慎二は掛け持ち可能。※みねねと菜月は掛け持ち可能)
・虎越 辰哉 (26) ♂ :
・宇佐美 なな子 (24) ♀ :
・丸山 慎二 (24) ♂ :
・丸山 雄之助 (46) ♂ :
・虎越 みねね (46) ♀ :
・神谷 菜月 (二十代) ♀ :
役解説
・虎越 辰哉 (26) ♂
渋谷署の刑事。刑事課係長。ノンキャリ。ぶっきらぼうだけど優しくて、真面目で、心根は熱い人。ポーカーフェイス。クール。もう七年も彼女が居ないらしい。丸山親子のようにイタズラをしたり、人が嫌がるようなことはしない。システミカルアロペシア(全身脱毛症)。なな子のことは、自分が彼女に手錠を掛けた過去の逮捕歴のこともあり『教師と教え子』のようなものだと思っている。が、一緒に住むようになって彼女への意識も強く変わってしまった。身長177センチ。靴は27センチ。握力九十あるらしい。
・宇佐美 なな子 (24) ♀
ウエディングプランナー。本作ヒロイン。気弱でか細い女の子。照れ屋さん。辰哉のことを幼少期から知っており、憧れを抱いている。気配りが出来て家事も出来る「お嫁さんにしたい」タイプ。すこし悲観的で臆病。自分の根本にあるネガティブさを隠す為にいつもポジティブ&笑顔でいることを強く心がけている。連絡がマメで、同性の友人が多い。人見知りしない。身長155センチ。靴は23センチ。
・丸山 慎二 (24) ♂
渋谷署の若手刑事。辰哉の後輩。雄之助の息子。キャリア。犬っころみたいになつっこい。甘え上手。合コンばかり開いて遊び歩いているらしい。誰にでも優しくて明るい。家族や友人をとっても大切にする。弟が居るらしい。生まれた時に双子の兄が死んでいる。人の感情や心の変化に敏感で、いつも周りの人間のことを心配してばかり居るが、ふざけたふりをして見守りつつ知らん顔をしている。
・丸山 雄之助 (46) ♂
渋谷署の刑事。ノンキャリ。慎二の実のお父さん。家族や辰哉の前ではテキトーな発言が目立つ。刑事課課長。ハードボイルド。妻に尻に敷かれている。お小遣いは一日500円。虎越辰哉の母親・みねねの親友。二十二年前、親友を何人も殺された事件の犯人を個人的に追っている。昔から欲や感情を表にあまりむき出しにしない辰哉のことを、凄く心配してきた。
・虎越 みねね (46) ♀
アメリカのカリフォルニア警察で働いている。FBI。辰哉の実母。女帝肌。黒髪ウエーブ。髪の長さは腰まで。言葉や態度はきついこともあるが、家族のことをしっかり愛している愛情深い人。辰哉に不自由が無いように、辰哉が二十六になった今でも、辰哉が住んでいるマンションのローン費や光熱費などはみねねの口座から引き降とされるようになっている。
・神谷 菜月 (二十代) ♀
都内でも超有名な高級病院、神谷総合病院の長女。凄腕外科医。口が滅茶苦茶悪い。不器用な女王様。辰哉のことが昔からずっと好きで、よく唇を奪っていて、ストーカー並み。双子の妹は大人しくて性格もいいのに、菜月は男に簡単に引かれる一生独身タイプ。仕事は素早くて出来も良くて、仲間や女子供には優しくしたりもするので、院内での奥様人気はかなり高いらしい。なな子のような細くてなよなよしてる小動物的可愛らしい女の子が嫌い。本当は根っからの甘えん坊だが、意地の悪さ口の悪さから、誰にも素直になれない。
――再開幕。
虎越『はじめは凄く戸惑った。でも、すぐに……』
なな子『すぐに……?』
虎越『……お前のこと、気になって……』
ななと辰哉、二人、互いの指に触れて。
笑いあう。
そっと抱きしめて。
見詰め合って。
虎越『一緒にいたいって……思ったよ。でも……オレは昔のこと、覚えて無くて……』
なな子『私は……。ずっと、虎越さんのこと……。……忘れたこと、なかったですよ。――だから。私が覚えているから。大丈夫です」
虎越「っ……。うん……。ありがと……」
今夜も、君のそばにいる。
ななと辰哉の共同生活も、もう三週間目。
想いが通じ合った二人は、熱々な日々を過ごしているかと思いきや……?
雄之助「旨い。なんだこれは……!」
なな子「フェットゥチーネ・アルフレードです!」
辰哉の育ての親・丸山 雄之助が、ななにお昼ご飯を作って貰っていた。
雄之助「ふぃっちーね!! パスタだな!!」
なな子「はいっ。イタリア料理ですっ」
雄之助「旨い!! ひゃくてんだ!!」
なな子「わ~ありがとうございますっ」
雄之助「ななも俺の隣に来てはよ食え」
なな子「はいっ」(雄之助の右の席に座る)
雄之助「俺がまたあ~んしてやろうか?」
なな子「えっえー!? あっ、雄之助さん、こぼしちゃってる……」
なな、雄之助の口の端にこぼれたソースをティッシュで拭いてあげる。
雄之助「ん~」
なな子「はいっ。取れましたっ」
雄之助「お前、可愛いな」
なな子「えっ!? あっ、ありが……ありがとう……っ」
雄之助「ふふふ……はははははは」(ななのことを撫でる)
辰哉、雄之助のことを丸めた紙広告 (ピザ)ではたく。
雄之助「ブっ!! な、なんだよ」
辰哉「なんだよじゃねえだろ。そこななの席だから!」(雄之助の左の席に座る)
雄之助「あ~。このうさぎの座布団、やっぱりななのか」
なな子「可愛いでしょっ」
雄之助「ああ。可愛いお前にぴったりだな」
なな子「雄之助さんったら……」
雄之助「ふふふふふふふ……」
虎越「きもちわりいんだよ!」
雄之助「なんだ虎越。妬いてんのか。お前な、余裕無ぇ男はすぐに飽きられんぞ」
虎越「ちがあわ!」(妬いてる)
雄之助「お前もほら、はやく食え」
虎越「勝手にマルさんが乗り込んで来たくせに……!」
雄之助「新婚さんごっこだ!」
なな子「?」
虎越の携帯が鳴る。
雄之助「ケータイ鳴ってんぞー」
虎越「はいはいオレっ! ……はい。もしもし?」(電話を取りながら部屋を出て寝室へ行く)
神谷『もしもし? 虎越?』
虎越「菜月か……なに?」
雄之助となな子サイドに戻る。
雄之助「……で。お前ら上手く行ってんのか? いってんだろ?」
なな子「えぁっ!?」
雄之助「はっ?」
なな子「あ、あのっ……えっと……その、」(もじもじしてる)
雄之助「どうでもいいけどそろそろ帰って来ると思うんだよなー。みねねが」
なな子「あー……虎越さんの、お母さんですか?」
雄之助「うん。あ、お茶おかわり」
なな子「あ、はいっ」
辰哉の寝室。
虎越「ちょっと今もう時間ない切るわ」
神谷『あっ明日デートしてよ!』(精一杯の勇気を振り絞る)
虎越「はぁ? 何言ってんの。無理。無いわ」
神谷『なんでよ! あげたいものあんの!』
虎越「明日ってなんだっけ?」
神谷『くっクリスマスでしょ!』
虎越「そうだっけ」
神谷『う、宇佐美……まだそこに居るの?』
虎越「は、カンケーねえだろ」
神谷『あたしが追い出してあげるわよ!』
虎越「ごめん切るわ」
神谷『っあたしあんたのことっ、ちゃんと好きなんだからっ……!』
虎越「今メシ食ってんだ。じゃあな」
神谷『あっ……虎越っ! 待ってよっ……!』
通話を切る。
急いで戻る。
雄之助「あー? なんだぁ浮気かー?」
虎越「違うって……!」
雄之助「あ゛ー……。みねねにまた小言言われっかなぁ……」
虎越「っ……マルさん、あのさ、オレ――」
雄之助「あぁー……なな、あのさぁ……。お前らが生まれた頃の、あの事件についてだがぁー……」
なな子「……はい」
雄之助「ごめんな。まだ、お前のことわかんなくってさ……」
なな子「そんな……雄之助さんのせいじゃ……」
雄之助「いつまでもなんもわかんねぇせいでお前のなかに突っかかりがあるだろ」
なな子「……私は……。もう、わからないままのほうが……いいのかなって思ってて。……虎越さんと一緒に居られるなら……それで……」
雄之助「そっか……。はやく結婚しろ」
なな子「え!?」
雄之助「タツ。お前、この子逃してからじゃ遅えぞ」
虎越「うるさいな……」
雄之助「なな、左の薬指、何号?」
なな子「え? あ、な、七号、ですっ」
雄之助「わかったか?」
虎越「は?」
雄之助「はいもう一度。薬指は」
なな子「ななごうです!」
雄之助「ななごうです!」
虎越「えっ?」
雄之助「はいもう一度」
なな子「ななごうですっ!」
雄之助「ななごうです!」
虎越「しつこいな……」
雄之助「なな子です! はい」
なな子「なな子ですっ!」
虎越「なんなの。なんなの?」
なな子「ななごっですっ」
雄之助「ななご?」
なな子「な、なっんなっ……」
雄之助「のびるぞー麺」
なな子「はあっ」
雄之助「因みに俺は十五号です」(左手の指輪を、指を揃えて虎越に見せて)
虎越「いや知らねえわ!」
雄之助「虎越は?」
なな子「多分、十一号……いや、十三号、くらいかな?」
雄之助「お揃いで時計買ったんだって?」
なな子「は、はいっ……虎越さんが……っか買ってくれましたっ」(恥ずかしい)
雄之助「よかったじゃん。署で大分話題になってんぞー」
虎越「そうかよ……」
なな子「わ、話題……?」
雄之助「虎越が交際届けなんか取りに来やがるから……」
なな子「えええっ!?」
虎越「え?」
なな子「こっ交際届けって、なんですか!?」
虎越「付き合ってる人が居る場合、出さないといけないんだよ」
なな子「ええええ!? つ、付き合ってます!?」
虎越&雄之助「え?」
雄之助「お前ちゃんと告ってねえのかよ」
虎越「付き合って下さい」
なな子「むっむりです……!」
虎越「え?」
雄之助「はははは! ダッセー!」
虎越「ぐうう」
なな子「だっだってっ虎越さんは、か、神様だし……。わた、私なんてっ。む、虫みたいな存在だし……」
雄之助「虎越。人間にしてやれ」
虎越「はぁ……」
なな子「す、すみません……。あの、私……っ」
雄之助「こいつのこと嫌なの?」
なな子「っ嫌じゃないです! 大好きです!」
雄之助「虫として?」
なな子「むっ虫として!」
虎越「なんだよ虫って……」
なな子「虎越さんは……私には勿体ないです……。私なんか……」
雄之助、ななの頭をぽんと撫でて。
雄之助「……なな」
なな子「……はい……」
雄之助「こいつは、あんたみたいに料理も出来ねえし。あんたみたいに可愛くねえし。……本当は、無茶苦茶寂しがり。優しすぎて無駄にテメエが傷付いてばっか。不器用なくせに、一人きりで生きてきた。でも、今あんたがこいつの光になってるんだ」
虎越「お、おい……」
雄之助「んだよ、ホントーのことだろうが。ここ最近いっつも署内でにっやにやしやがって」
虎越「しっしてないって!」
雄之助「ななが待ってるからって。いつもはやく家に帰りたくて仕方ねえんだろうが」
虎越「それは……っ」
なな子「と、虎越さんが……? 寂しがり……」
雄之助「そ。だから。ここにずっと居てやってな。あんたはこいつの癒しなんだから」
なな子「……っ」(戸惑いながらも、小さく頷く)
雄之助「ななが居るから最近穏やかなんだよ」
なな子「そ、そう……なんで、しょうか……」
虎越「っ……」(パスタを頬張ってる)
雄之助「否定しねえだろ?」
なな子「……っ」(嬉しそうに口をつむんで、俯きながらパスタを巻いて。一口食べる)
雄之助「キスは毎日すんだろ?」
なな子「っ!? ごほ、ごほ!! っ! きす!?」
雄之助「え? してんだろ?」
なな子「きキスは……っ!」(真っ赤になって)
雄之助「してねーの?」
なな子「し、し……っ」
虎越「はぁ……。マルさん。オレら、そろそろ行かねーと」
雄之助「おお」
なな子「あ、あぅ」(フォークをくわえて)
雄之助「んーじゃっまっ。おしごと行きますかね」(ななの頭に手を軽く置いて。立ち上がる)
なな子「あっ……。ゆ、雄之助さん、そのままでいいですよっ。私片付けますのでっ」
雄之助「さんきゅー。ホラ行くぞー」
虎越「うん」
雄之助「ごっそさん。旨かったっ。んじゃなー」(上着を着て、鞄を持って出て行く)
虎越「ちちょっと待ってって! あ、なな、ご馳走様……っ」(上着を着て)
なな子「はいっ。ご飯用意して待ってますねっ」
虎越「眠かったら寝ちゃっていいから」
なな子「あの、交際届けって……っ」
雄之助「オイ虎越行くぞー!!」
虎越「はーいっ。ごめん、行ってくるっ」(ななの頭を撫で。足早に去っていく)
なな子「いってらっしゃいっ」
渋谷警察署。刑事課。
みねね「あら……。やぁっと来た」
何故か、海外に居るはずの辰哉の実母が、辰哉の席に座ってくるくると回っていた。
不思議な重圧を感じる。
禍々しいオーラと鋭い視線……。
署長をはじめ、ほとんどの警察官たちが、ビクビクオドオドしていた。
雄之助「みねね!?」
虎越「!?」
みねね「ただいま」
雄之助「まだ正月じゃねえじゃんか」
みねね「うん、まあ私だけ、ちょっと早めに来たの」
雄之助「なんか飲むか?」
みねね「濃いめの珈琲」
雄之助「ん。ちょっと待ってろ」(珈琲を買いに行ってしまう)
虎越「……っ」
みねね「あんた結婚するの?」
虎越「え?」
みねね「署長から電話来たのよ。交際届け取りに来たって。はいこれ、婚姻届け。プーさんのデザインのよ。可愛いでしょ」
虎越「えっ……なに。どーゆこと……」(プーさんの大きい封筒を受け取る)
みねね「保証人のとこ書いといた」
虎越「な、なんで?」
みねね「は?」
虎越「なんでこんなもん……。ってか、普通、こういうのはせめて会ってから……!」
みねね「何言ってんのよ? あんたが選んだ子なら悪い子じゃないでしょ」
虎越「オレのことなんてわかんないだろ」
みねね「わかるわよ。あんた死んだじいちゃんにそっくりなんだから」
虎越「……っ」
みねね「で。籍入れたら一緒にこっちで暮らしましょうよって、彼女に言っておいて」
虎越「はぁ!? 何勝手なこと……! ななにも仕事あるし……!」
みねね「これ以上あんたに無駄なことさせない為よ」
虎越「無駄って……」
みねね「あんた、もう個人捜査はやめなさい」
虎越「……っ」
みねね「日本の警察に入ってもう八年でしょ。あたしたち、まだあんたのわがまま聞いてあげないとダメなの?」
虎越「っオレはまだ……」
みねね「あの犯人がまだ日本に居る可能性は?」
虎越「それは――」
みねね「三%よ。……もう諦めなさい。例え奇跡的に見付かったって、」
虎越「彼女が……っ! 犯人の娘なのか、被害者の娘なのか、わかるまでは……終われない。それに――」
みねね「はぁっ!?」
虎越「えっ?」
みねね「何よ……あんたまだ片思いしてたの」(鞄の中から、茶封筒を取り出して)
虎越「え、な、なんで」
みねね「そう……。丁度良かったわ。……これ、埼玉の病院までの地図と……。宇佐美なな子の本物の戸籍謄本。……あんたが彼女に渡しなさい。そんで……二人で埼玉行って、続けて延命治療するかどうか。二人で決めなさい」
虎越「なにこれ……。は……?」
みねね「見付かったのよ。本当の両親」
虎越「え……!?」
みねね「灯台下暗しってこのことね。……ななちゃんの本当の苗字は、」
雄之助「あちっちっちっちっーっ! ほら、みねね! 珈琲!」(大量の缶コーヒーを抱えて走って戻ってくる)
みねね「はー? あんた一体何本買って来てんのよっ」
雄之助「いやお前、いつも気分で好みが違うから……!」
みねね「タツ、あんたも好きなの選びなさい」
虎越「えーと……じゃあこれ。マルさん金あんの?」
雄之助「ないっ!」
みねね「んまあ、とにかく。関連書類、全部この中入ってるから。後で確認して」
虎越「ありがと……。これでやっと……」
みねね「まったくもう。あたしをパシリに使うなんて。雄之助、あんた今後十年、覚えてなさいよ」
雄之助「ははははは!」
虎越「……マルさんが、みねねに頼んでくれたの?」
雄之助「別に。ちょっと国際電話で世間話しただけだよなぁ」
みねね「一応あんたの親代わりだからね。こいつ」
雄之助「みねねがこいつのことほっとくからだろうが」
みねね「はぁ~!? 言っとくけどね、今回急だったし結構マジで金かかったんだからね。こっちの捜査だってあるのに!」
虎越「ご、ごめん……」
みねね「あんたじゃなくてこのオヤジに言ってんのよ! いっちょまえにヒゲなんか生やして!! きったないっ」
雄之助「はははははは!」
みねね「雄之助、あんたも婚姻届けの保証人のとこ、サインしなさい」
雄之助「え、ああ、やっぱなんだ、結婚する気満々じゃんかよ。可愛いなコレ。俺ピグレット好き」
虎越「ちっちょっと! 待ってよ! マルさん!」
みねね「印鑑あんの!?」
雄之助「アリマス。はいドーン」(保証人の印鑑押すとこに丸山印鑑押す)
虎越「ちょっとー!!」
雄之助「まる、やま、ゆうのすけ……っと。あと住所か。ほいほいっと。……はい。お前、あとは指輪だな!」(婚姻届けを辰哉に渡す)
みねね「え、買ってないの? あんたどんだけ鈍臭いのよ。当直明けの足でそのまま銀座に行きなさい。少しは金あるでしょ?」
虎越「こいつら……!」
みねね「雄之助。ななちゃんの書類、こいつに一式渡しといたから」
雄之助「おー。さんきゅ。ホント助かった」
みねね「ってか! ななちゃんが相手だって言っときなさいよ! 回りくどいのよ!! この! このこの! このっ!! 死ねっ!!」(ヒールで雄之助の足を殴る)
雄之助「あだだだっ!! ちがっ言おうとしたらそっちが先に切ったから……!!」
みねね「ふん……」
虎越「……仕事あがったら、すぐななに見せるよ」
雄之助「今電話すりゃいいじゃねえか」
みねね「ちょっと。あんたたち勤務中でしょうがっ……」
雄之助「なんだよーお前アメリカで働いてるくせに厳しいなぁ」
警報が鳴る。
雄之助「おっと……」
辰哉、警察携帯用のスマホを確認する。
虎越「マルさん、駅前の路上で男が刃物持って暴れてるって」
雄之助「ほおほお相変わらず物騒な街ですなぁ。行きますかね」
みねね「しっかり働きなさい」
虎越「みねね、ホテル取ってるの?」
みねね「うん」
虎越「うち布団買ったから、うちに来てもいいよ」
みねね「やあよお新婚のマンションに姑が乗り込むなんてぇ」
虎越「でも顔くらい……」
みねね「正月でいいってば。アオたちも来るし。まとめてのほうが彼女も楽よ。きっと」
雄之助「虎越~行くぞ~」
虎越「あっはいっ……。ごめん、じゃあ……。っと、ホテルの場所、後でメールして!」
みねね「はいはい気が向いたらね」
辰哉と雄之助、走って出て行く。
みねね「(溜息を吐いて)……このぐらいしかしてやれること無いのよ。あんた……手がかからなくて。ななちゃんまで……。いつまでも抱えるのね……。……もう、終わりにしなくちゃ……」
傾きかけた太陽を、睨む――。
夜も更けてきた頃。
ななは辰哉の寝室で誰かと通話していた。
なな子「そう、ですか……。はい、はい。では明日……から、もう住める、んですね……。は、はい。あ、鍵、あー……。そう、なんですね。わかりました……。ありがとうございます。では、明日……はい……」
電話を切ろうとした瞬間。家のチャイムが鳴った。
なな子「? ……はぁい……。誰だろ……? マルくんかな」
玄関へ行き、インターホンの通話ボタンを押して。
なな子「はいっ。どちら様でしょう」
神谷『あたし!』
なな子「っ! 神谷 菜月さん!? (玄関を開ける)っ……! こ、こんばんはっ」
神谷「やっぱりまだ居たのね、あんた」
ななの両手の火傷を綺麗に治療してくれた、女医の神谷 菜月。辰哉の幼馴染。
相変わらず美しく、綺麗な長い黒髪が艶々てかてかしていて。ななは見惚れた。
大量のお洒落な紙袋を持っていた菜月。
なな子「っ、っ? い、今……お仕事帰り……ですか?」
神谷「うんそう。あー疲れた。こんな荷物まで持たされて……。虎越は?」
なな子「あっ。あの、今日は虎越さん、夜勤で……! いまは……」
神谷「ちょっと上がってい? あんたに話があるの。……あと、うちの病院の子たちから、色々預かっちゃって……」
なな子「あ、ど、どうぞ」
神谷「うん」
なな、菜月を中へ入れる。
神谷「明日クリスマスだからって……っ。いつも、うちの女の子たちが、虎越にプレゼントとか、手紙書いて贈ってんの。渡しておいて」
なな子「あ……。は、はい……。こんなに……」
神谷「あんた、いつ出てくの?」
なな子「あ、あの、実はさっき……大家さんから電話が来て……。新しいアパート、明日見に行くんですけど……」
神谷「手はもう平気でしょ。準備終わったらさっさと出て行きなさいよね」
なな子「……はい……」
神谷「……バレンタインの時は、こんなんじゃ済まないわよ」
なな子「え……?」
神谷「あんただけがあいつに好意がある訳じゃないの」
なな子「っ……」
神谷「プレゼントも、手紙も、全部。一つ一つに、大きな想いが込められているのよ。大勢の人間が、あいつのこと真剣に見詰めてるの」
なな子「そう、ですよね……」
神谷「あんたは何贈るつもりだったの?」
なな子「え……」
神谷「虎越のこと、好きなんでしょ?」
なな子「っ……あ、明日は……私、仕事で……」
神谷「は? 今日が夜勤ってことは明日あいつ休みでしょ。何もしないの?」
なな子「……っ、あの、あの……え、え、えっと」
神谷「キョドってんじゃないわようざいわね!」
なな子「っ! ……」
神谷「付き合ってるの?」
なな子「えっ……い、いえ、つ付き合っては……ない、です……。でも、」
神谷「でも何!? 付き合って無いならいつまでもあいつの世話になってんじゃないわよ!」
なな子「っ……すみません……っ」
菜月、自分の鞄から茶封筒を取り出し、ななにそれを押し付ける。
神谷「虎越はめちゃくちゃ優しいから……。あんたが、自分の姉も親友の親たちも殺された凶悪犯の娘だって知ってても……! あんたにいつまでも気を遣うのよ……っ!」
なな子「っ――。これ……?」
神谷「あんたの親、やっぱり極悪人だったみたいよ。何人も人殺して今もその辺を平然とした顔で歩いてるんでしょうね……」
なな子「っ――……」
神谷「あんたの本当の戸籍謄本よ」
なな子「どうしてこれを神谷さんが……?」
神谷「知り合いの刑事に貰ったのよ。本当は虎越に渡せって言われたけど……。一番知りたかったのはあんたでしょ。白か黒か、わかれば……。もうこれで……。虎越のそばには居られないでしょ? ……さっさと、荷物まとめたら?」
なな子「……っ……っ……!」(俯く)
菜月、ななの胸ぐらを掴んで。
なな子「っ!!」
神谷「自分の血を呪うのね。殺人鬼の汚い血を」
なな子「っ――……」
神谷「あんたの親に、みんな……人生狂わされてんのよ。……あんたを引き取った育ての親は、あんたの本当の祖父と祖母みたいね。その二人が病気で早死にしたのも、あんたの不幸と呪いがうつったせいなんじゃない? かわいそう。あんたに関わらなければ、みんな幸せなんじゃない!!」
ななを床に突き飛ばし。菜月、そのまま出て行く。
神谷「あんたが居なければ……虎越はもっと自由に幸せになれるのよ……」
なな子「……――……」
なな、そのまま崩れて。
震えて。
無表情のまま。涙が頬をつたう。
なな子「…………」
鍵の音と足音が聞こえる。
なな子「っ……とらこしさん……?」
勢いよくリビングの扉が開く。
慎二「ただいまぁーっ!!」
なな子「っ……………………」
慎二「えっ?」
なな子「……マ……ルく……っ」(自然と涙がたくさん流れてしまう)
慎二「ええええ!? どっどしたの!? ななちゃん……!?」(持っていた鞄を放って、慌てて彼女のそばに駆け寄る)
なな子「マルくん……!」(ぼろぼろ泣き出す)
慎二「あーっあーっ! いやいやいやいやいやどしたのどしたのどしたの!! 困るーっ! なにー!? た、玉ねぎ!?」
なな子「うっ……ううっ……ううう……うっ……っ!」
慎二「よしよーし! よしよーし!! あーもーどうしたのーっ! どうした……」(ぎゅーっと抱き締める)
なな子「出て行かなくちゃ……!! わたし、もう……っ! っ虎越さんのそばには、居られません……っ!」(ぐちゃぐちゃに泣きながら)
慎二「なにがあったの……?」
なな子「行かなくちゃ……」
なな、立ち上がり寝室へ。
荷物をまとめようとする。
慎二「っ。ちょっと待ってっ! 先輩は!? 先輩と喧嘩したの!?」
なな子「っ……違います……。ちがう……っ!」
慎二「なんで急に……。昨日は二人とも普通だったじゃん……」
なな子「そうだけど……。事情が変わったんです……」
先程菜月に貰った茶封筒を、慎二に手渡す。
慎二「なに、これ……」
なな子「私の本当の両親のことが書いてあるみたいです……。虎越さんのお姉さんと……妃さんのご両親も……みんな、みんなのこと殺したのは……やっぱり私の両親だったみたいです……」
慎二「っ……」
なな、止まらない涙を拭きながら。キャリーバッグに服を詰める。
なな子「っ……」
慎二「……ちょっと待ってよ。先輩に何も言わずに黙って出て行くの? い、今まで住まわせて貰ったんだから。せめて面と向かってお礼言ったりとさっ……! ね? 色々あるじゃん!」
なな子「虎越さんの顔を見れる自信がありませんっ!」
慎二「ななちゃん……」
なな子「お礼金と、出て行く時の為に……。手紙を書いておいて……良かったです。これ、置いて行きます」
慎二「そんなことしたって、先輩、ななちゃんのこと心配するだけだよ」
なな子「っ……でも、離れなきゃ……私のこと、やっぱり憎む理由があったんだから……」
慎二「なんで! 犯人の子供だからってななちゃんが独りにならなきゃいけない理由は無いって!」
なな子「あります!!」
慎二「待ってよ……。僕は違うと思う。二人は、」
なな子「虎越さんはずっと、犯人を捕まえる為に……。それだけのために、警察官に……なったんですよ……。私の両親さえ居なければ、もっと楽しい人生だったかも知れないのに……!!」
慎二「っ……」
なな子「昔の私とのことを全て忘れているのだって……きっと……虎越さんの本能が、彼の人生から私を除外しようとしているからです……必要ないんだから……っ」
慎二「それは言い過ぎだってっ……」
なな子「言い過ぎでも考え過ぎでもないですっ!! だって、どんな約束も覚えてくれてない……っ! 六歳の時も、七歳の時も、十五歳の時も……!! 虎越さんは私のこと、わからないからっ……!!」
慎二「――……、……っ……。それ、ちゃんと言ったの? 先輩に……。ちゃんと、話し合ったの?」
なな子「……ゆって、ないです……」
慎二「そう……」
慎二、ななの背中を見詰めた。
ななはクローゼットの中に引っかかっていたワンピースやコートを取ろうと手を伸ばす。
ななの手が届く前に、服を取ってあげる慎二。
慎二「っと。……はい」
なな子「……マルくん……」
慎二「新しいアパート、決まってるの?」
なな子「……はい。明日、鍵もいただけることになってて……」
慎二「そっか……。車出してあげる」
なな子「え……?」
慎二「手伝ってあげるね」
なな子「マルく……」
慎二「その代わりにさ。僕ちょっと行きたい所あるんだ。ななちゃん、ちょっと付き合ってくれる? 一人だと、行きにくくて」
なな子「う……うん……」
慎二「ありがと。じゃあ、車取って来るね。あ、このキャリー先にもう持ってっちゃってい?」
なな子「は、はい……」
慎二「下の駐車場で待ってるから。あ、でも、も一回荷物取りに往復したほうがいいかな?」
なな子「あ……そんなに荷物は無いので……もう大丈夫です」
慎二「リナさんたちに買って貰ったコタツと……あと本棚は?」
なな子「……置いて、いこうかなって……。迷惑でしょうか……」
慎二「んー。いらなかったら勝手に捨てちゃうでしょ。空き部屋だってあるし。いいんじゃない? いらないものは置いてっちゃって」
なな子「……すみません……」
慎二「後日先輩に言っておくね。コタツと本棚と……残したもの? いらなかったら捨ててって。それでい?」
なな子「はい……」
慎二「じゃあ先に行くから。また後でね」
なな子「ありがとう……」
慎二を玄関まで見送る。
静まる。
なな子「……」
寝室とリビングの整理をする。辺りを見渡して……。
辰哉と過ごした三週間のことを、思い出す。
お風呂場でのこと。気を遣ってくれたこと。
脱衣所でのこと。髪を乾かしてくれたこと。
バルコニーにあるカウンターで、二人で手を重ねながら、お酒を飲んだ日のこと。
頑張って作った料理を、おいしいってたくさん褒めてくれたこと。
二人で毎晩、背中をくっつけあって眠ったこと。
はじめてキスをした日のこと。
たくさん、笑ってくれたこと。
たくさん、頭を撫でて、手を取ってくれたこと。
いつまでもそばにいたいって、言ってくれたこと。
なな子「……っ……ぅ、……っ……」
もっと、もっと、一緒に居たかった。
なな子「……とけい……」
辰哉とお揃いの腕時計を外し。リビングのカウンターの上に、手紙とお金が入った封筒を一緒に置く。
なな子「……」
リビングを振り返りながら、寝室に戻り、コートを着て。荷物を持ち、外へ出る。
部屋の中に向かって、一礼して。
なな子「……っ……。……っ!」
また零れかけた涙を腕でごしごし拭いて。そこから去った。
エレベータを降り、駐車場に踏み込むと。ななの目の前に慎二の車が止まる。彼が車から降りてくる。
慎二「ななちゃん」
なな子「マルくん……」
慎二「荷物後ろに入れれる?」
なな子「はっはいっ」
慎二「うー、結構寒いね。どっか寄ってあったかい飲み物買お!」
なな子「うっうん!」
二人、ななの荷物をトランクと後部座席に入れて。慎二は運転席に。ななは助手席に乗り込む。
慎二「ベルトしてね」
なな子「はいっ」
慎二「忘れ物ない?」
なな子「はいっ」
慎二「じゃー家出の旅にしゅっぱーつ♪」
発進させる。
なな子「い、家出じゃありません!」
慎二「え、じゃあ、なに?」
なな子「えっとえっと、ひっ引っ越し!」
慎二「へえ~」
なな子「マルくん、今からどこに行くんです?」
慎二「んー。お台場か横浜!」
なな子「え、どっち!?」
慎二「それか、東京駅!」
なな子「ツアーかな……」
慎二「この時期さ。イルミネーション綺麗なんだよ! 見たかったの!」
なな子「えー!」
慎二「毎年ねーお母さんと見に行くんだ。東京駅のスカイバスに乗って」
なな子「本当に仲良しですよね」
慎二「うん。休みが合えば先輩も一緒に……あ」
なな子「っ……虎越さんって、そういうの興味ないのかと思ってました……」
慎二「まあ、お母さんの為かな。先輩が居るだけで機嫌よくなるから……」
気まずい。空気が重くなる。
なな子「……優しいですよね」
慎二「……ななちゃん」
なな子「……はい」
慎二「今ならまだ、戻れるよ」
なな子「……私……戻れない……」
慎二「……新しいアパートって、ななちゃんの会社の近く?」
なな子「うん……っあ!!」
慎二「えっなに!?」
なな子「やばい、どうしよう、も、戻れる!?」
慎二「え、やっぱ戻んの!? なんで!?」
なな子「どうしよう、さっき神谷さんに貰った戸籍謄本が入った封筒……玄関に忘れて来ちゃった……! あぁーっ! 忘れないようにあそこに置いたのに……!!」
慎二「あぁ……」
なな子「虎越さんに見られたくない……っ!」
慎二「いいじゃん別にー心配するだけでしょ。たまにはお灸お灸」
なな子「マルくん……!」
慎二「どうせすぐバレることでしょ?」
なな子「そうですけど……っでも、」
慎二「もう連絡取る気無いんでしょ?」
なな子「……うん……」
慎二「じゃあ、どうでもいいじゃん」
なな子「……マルくん……?」
慎二「先輩がななちゃんのことどう思ってても、事実は変わらないんじゃないの」
なな子「そうだけど……」
慎二「先輩にとっては、新しい証拠が見付かって嬉しいんじゃない?」
なな子「……っ」
慎二「顔見たら、また傷付くんだから……」
なな子「……」
慎二「だからななちゃん、出て来ちゃったんでしょ?」
なな子「……うん……」
慎二「んーまあでも……。苦しいよね。……好きな人と離れるのは」
なな子「……」(膝を抱える)
慎二「タオルケットあったよね。被ってたら?」
なな子「あ、う、うんっ……っ」(後部座席にある自分のタオルケットを取る)
慎二「いっぱい泣いたから疲れたでしょ。道混んでたら一時間くらいかかっちゃうから、寝ちゃってていいよ」
なな子「……ありがとう……」
慎二「……」(微笑む)
なな子「マルくんは、一緒にイルミネーション見たい人、他に居なかったの?」
慎二「んー? うーん」
なな子「……?」
慎二「まあいいんだよ。今日はななちゃんの家出旅行についてってるだけ! ねっ」
なな子「うん……ごめんなさい……」
慎二「安全運転でいくからね」
なな子「ありがと……」
慎二「……」
高速道路を、星のように駆け抜けていく。
ななは、目を伏せて。すぐに眠りに落ちてしまう。
辰哉のマンション。
正午過ぎ。当直を終えた辰哉と雄之助が帰宅する。
虎越「ただいまー」
雄之助「ただいまー!」
虎越「マルさん自分ち帰れよ……」
雄之助「いや俺腹減ったし……風呂も入りてぇし……着替えもあるし」
虎越「だから自分ちで……」
雄之助「なな~飯くれ~」
虎越「まったく……」
雄之助「あれ? 居なくね?」
虎越「? ……」
辰哉、イヤな予感がして。整っているベッドを見た後、クローゼットを開ける。ななの荷物が全て無いことに驚く。
虎越「っ――……荷物がない……」
雄之助「おいタツ、時計と手紙置いてあんぞ」
虎越「え……」
リビングに慌てて行くと、ななとペアの腕時計と、手紙と、数万円が入った封筒を確認する。
虎越「っ……。なんで……」
雄之助「電話かけろ」
虎越「うん……」
ななの携帯電話に通話をかける辰哉。不安で胸が押し潰されそうになる。
雄之助「手紙見るぞ」
虎越「うん……」
雄之助「……なんか、淡泊だな……」
ななは電話に出ない。
虎越「なんて?」
雄之助「……『今までお世話になりました。少ないですが泊まらせていただいたお礼です。ありがとうございました。宇佐美 なな子』……これななの字?」
虎越「うん……」
雄之助「……俺下の警備員に、何時に出て行ったか聞いてくるわ」
虎越「ありがと……」
雄之助「(辰哉の背中を叩いて)心配すんな。会社だって近くだろ? ちょっと行ってくるな」(玄関へ)
虎越「……出ない……」
雄之助「タツ!」
虎越「ん……な、何?」(玄関へ)
虎越「どうしたの」
雄之助「おい……コレなんだ? 市役所の封筒?」
虎越「知らない……なんだろ……」
中には、ななが菜月に貰った戸籍謄本が入っていた。
雄之助「んだよこれ……。みねねに預かったやつとこれって一緒か!?」
虎越「……――違う……。っ……これ……もしかしてあの犯人じゃ……」
雄之助「っはあ!? なんだよ……!? どんな嫌がらせだよ!? なな、これ見て出てったんじゃ……!!」
虎越「っ……」
雄之助「おい、しっかりしろ」
虎越「ど、どうしよう……自殺とかしたら……」
雄之助「はぁ!? っ!! なんとしても探すぞ!! とりあえず俺は下行って、一課に電話すっから! お前は知り合い片っ端から電話しろ!」(外に出て行く)
虎越「……誰がこんなこと……」
一週間前。一緒に居たいと言った時。ななに、「引っ越したらもう迷惑をかけない。もう関わらないようにするから」と言われたのを、思い出す。
虎越「……っ……なな……」
何度も彼女に電話を入れるが、彼女は取ってくれない。
お台場。広々とした公園の傍に、車を停めて。ななも慎二も気持ちよく眠っていた。
慎二「ん……んん~っ……!」(起きる。伸びをして)
なな子「んん……」
慎二「ふぁぁ……」
なな子「……ふぁ……」
慎二「今何時……?」
なな子「……十二時過ぎ……です」
慎二「いい天気だね~」
なな子「そうだね……。あ、カモメ……」
慎二「先輩もう帰って来た頃かな」
なな子「……多分」
慎二「びっくりするだろうな~」
なな子「け、携帯の電源切ったほうがいいかな……ってか、あと十%しかないや……じゅうでん……」
慎二「アパート向かおっか。大家さんって? すぐ会えそう?」
なな子「あ、アパートの近くに住んでいるようなので……。直接行って鍵貰えます。今日明日だったら、いつ来ても居るからねって言ってました」
慎二「そっか。んーじゃーどっかでご飯でも食べて……向かいますかっ」
なな子「うん……」
慎二「車出すね。あっ、喉乾いてるよね。自販機あるかな」
なな子「うん……。マルくん、大丈夫? 身体痛く無いですか?」
慎二「はは。僕は張り込みとかで慣れてるから。けっこー色んな場所で寝れるよー。ななちゃんは平気?」
なな子「座席が大きいので……ゆったり寝れました……。ってか……結局夜景を見逃してしまった……」
慎二「ぐっすり寝ちゃってたもんなー」
なな子「マルくんは、ちゃんと夜景見れましたか?」
慎二「んー運転しながらだったから微妙だけど……。まぁまぁ見れたかな」
なな子「そっか……。ちょっと損しちゃった」
慎二「また来ればいいよ。新しい彼氏作った時にでもさ」
なな子「っ……」
慎二「あ、へ変なこと言っちゃったかな」
なな子「ううん。……私は……」
ななの携帯が震える。
辰哉から着信が入る。
なな子「ぁ……。っ…………」
慎二「先輩?」
なな子「うん……」
鳴りやまない着信を、その画面を、ただ黙って見詰めていた。
なな子「……」(泣きそうになる)
慎二「……出たら? ……僕、お茶買ってくるね」(車から降りて、自販機を探しに行ってしまう)
なな子「……」
震える携帯を、色んな想いを抱えたまま、見ていた。
なな子「っ……」
瞳にたまった涙が、一粒ずつ零れ。画面に落ちる。
充電が九%になる。
なな子「――っ……」
辰哉からメールが入る。文面の冒頭が表示される。
虎越『玄関の偽造書類って誰に貰ったの?』
なな子「ぎ、偽造……?」
また彼から着信が。勇気を振り絞り、通話ボタンを押す。
なな子「あ……と、虎越さん……」
虎越『なな?』
なな子「は、あ、あの……」
虎越『どこに居るの……』
なな子「えっと……。ど、どこなんだろう、ここ……」
虎越『なにが見える? 誰かと一緒?』
なな子「う、海が、見えます」
虎越『海?』
なな子「お台場か、横浜か、東京駅に行くって言ってました……」
虎越『え、え』
なな子「ま、マルくんと一緒です」
虎越『は? マルって慎二?』
なな子「は、はい……」
虎越『慎二に代わって』
なな子「あ、マルくん……飲み物買いに行っちゃって……」
虎越『海以外に何が見える? 今車?』
なな子「はい、車です。あ……エンジンかければカーナビつくかな……。っ……っしょ……っ……。すみません、私……ずっと寝ちゃってて……」(エンジンがかかるように、ボタンを押す)
虎越『……なな……』
なな子「あ、えーと……」(カーナビが立ち上がり、周辺の地図が出る)
虎越『遅くなったけど……。ななの本当の両親のこと、わかったから……』
なな子「え……あ……わ、私……っ。すみません……あの、見ちゃいました……よね」
虎越『……ごめんな……。もう一日こっちが早ければ……お前のこと無駄に傷付けずにすんだのに……』
なな子「い、いや、あ、あの、っ、ぎ偽造って……」
虎越『誰に貰ったんだか知らないけど……』
なな子「し、知り合いの刑事さんに貰ったって言ってました……」
虎越『誰が』
なな子「そ、それは……」
虎越『誰』(強めに)
なな子「うっ……な、菜月さん……です……」
虎越『やっぱり……。はぁ……。あいつ市役所に手下が居るから……』
なな子「あの、ほ、本当の両親って……」
虎越『後遺症で寝たきり……植物状態らしいけど……。二人とも生きてるんだって……』
なな子「いき、てる……?」
虎越「うん。ななが前言った通り。やっぱり……被害者だったんだ。お前は……犯人の娘なんかじゃない。俺の母親と、マルさんが……調べてくれた……。DNAも一致してる。他にもいくつも、証拠がある。お前の両親は……無実だよ」
なな子「っ……。っ――…………ほ、ほんとう……ですか……」
虎越『うん。……本当だよ』
なな子「虎越さん……っ」
虎越『うん……』
なな子「とらこしさんん……うぅ、……っ……うー……ごめんなさい……っ」
虎越『なな……』
なな子「虎越さん……。っ……会いたい……です……! あいたいっ……!」
虎越『うん。俺も』
なな子「でも……っ! あ、……っ。り、リビングにあるクリスマスプレゼントの山、見ましたか……」
虎越『あ、あー……うん……』
なな子「……虎越さんのことを好きなのは……っ私だけじゃ、ありません……っ」
虎越『ん……でも、』
なな子「わ私……なんか……。虎越さんには……っ」
虎越『オレが好きなのは、なな一人だけだよ』
なな子「っ……」
虎越『はやく会いたい。……ナビ、なにが映ってる?』
なな子「あ……あ、えっと……船の科学館……と、青海……駅?」
虎越『お台場か。すぐ行くから。待ってて』
なな子「虎越さ……」
携帯の充電が切れてしまう。
なな子「あっ……あーっ……! じゅうでんが……っ!」
なな子「虎越さん……」
なな子「っ……も、モバイルバッテリーがあったような……! えーと、どこしまったかな……ううーっ……ああぅ……っ!」(鞄をひっくり返してしまう)
運転席のドアが開く。
慎二「さむーっ!! ごめんーっ。ウミネコとたわむれてたっ。ななちゃんもトイレ行くよね! あ、これお茶! はいっ。あと、これ冷たいコーラとソーダ! まぶた腫れちゃってるから。これ当てて冷やそうねっ!」
なな子「あ、ありがとうっ……。(まぶたにコーラとソーダを当てる)あ、あの、虎越さんが……来てくれるって……」
慎二「そ? ここに?」
なな子「うっうんっ」(目をぎゅっとつむんで。すごく嬉しい気持ちを閉じ込めて)
慎二「えーじゃあーあっちにオープンカフェがあるからあそこで待ってよっか!」
なな子「あ、あの、私ケータイの充電切れちゃって……!」
慎二「あ、じゃあ僕先輩に場所メールしとくね。(ケータイを取り出して操作する。めっちゃ打つのはやい)えーと、ななちゃんが、ケータイの、充電、切れちゃって、……今から、お台場にあるカフェで、二人でお昼食べながら、センパイを待ってます♪ 場所は、あとでまた、連絡するね。……で、いいかなっ」
なな子「マルくん、あの、迷惑かけて……」
慎二「あははっ。気にしない気にしないっ! 僕は女の子とドライブしたかっただけっ!」
なな子「っ……。虎越さん、怒ってるかな……」
慎二「え~? 元はと言えば先輩が悪くない? ななちゃんが傷付いてた時に傍に居なかったんだから」
なな子「そ、そんなこと……」
慎二「ちょっと移動するからベルトしてねっ」
なな子「はいっ! ……って、あーっ! と、とと虎越さんって当直だったから……もう24時間以上起きてるんじゃ……」
慎二「ははは。そんなん警察官なら普通だよ~気にすることなーし」(車を発進させる)
なな子「で、でも……運転は危ないんじゃ……」
慎二「平気でしょ。友達とよくツーリングとかも行ってるし。ここでガッツ見せなきゃ男じゃないでしょー」
なな子「っ、っ」
慎二「美味しいものいっぱい食べて待ってよ! 後で先輩に領収書渡して払ってもらおーっと」
なな子「えっえっえっえっえっ、いやっ! ここは私が払うよ……っ!」
慎二「え~? いいよ~」
なな子「マルくん……」
慎二「んー?」
なな子「ありがとう……わがまま、聞いてくれて……」
慎二「え~? ふふっ。ななちゃんになにか頼まれた覚えないけど?」
なな子「っ…………」
慎二「先輩と結婚したら、僕のお姉ちゃんになるんだねっ」
なな子「え!? う、そ、そうなるのかな……」
慎二「血の繋がりなんかないけど……。僕は、本当の家族だって思ってるよ。あぁ、特に、うちのお母さんなんて。先輩のことだ~いすきだし。ななちゃんのことも気に入ってるし!」
なな子「……っ」
慎二「はやく、会いたい?」
なな子「……うん……」
慎二「先輩今頃、二百キロくらいで高速かっとばしてそーだなー」
なな子「えっ!?」
慎二「あれ? バイクで来るのかな? 車かな?」
なな子「ど、どちらでしょうか……」
慎二「まあどっちでもいっかっ。多分十分もかからずに来るよきっと」
なな子「そ、そんなにはやく!?」
慎二「上使って混んでなきゃ三十分くらいで来れるもん」
なな子「流石に制限速度は守りますよ……! 警察官なんだから……っ!」
慎二「あ~それそれ。それね」
なな子「!?」
慎二「警察官なんだから。ってやつ? それ、いつも先輩、いやなんだよなぁって、言ってたよ?」
なな子「え……。ど、どうしてですか? なんでもルールや規律を守って……偉い人……だし。け、警察官は、私は、日本の平和の象徴だとっおも、思ってます……!」
慎二「ふふ。そう」
カフェの駐車場に、車を停める。
なな子「変ですか……?」
慎二「うん。先輩かわいそう」
なな子「えっ……」
慎二「はい着きましたっ。降りて降りてっ。ハンバーガー食べたいっ」
なな子「はっはいっ」
二人、車を降りる。
慎二「んーっ。……ふぁあ……」
なな子「マルくんっ! コートコート!」
慎二「あーっ。ありがとっ」
ななと慎二、ハンバーガー屋さんの中へ。
バイクでお台場に向かっている辰哉。
雄之助と通話をしている。インカムでワイヤレス通話を受けている。
虎越「……うん。もう着く」
雄之助『神谷んとこのお嬢には、とりあえず俺から言っとくよ。市役所の坊ちゃんにも』
虎越「うん……」
雄之助『厳重注意。ってことで。いいのか?』
虎越「うん。今度オレからも話すから」
雄之助『ビシッと言えよ。ちゃんと、ななのこと』
虎越「わかってる」
雄之助『お前はたま~に、妙なめんどくせえ女に好かれっから……』
虎越「もう着くから切るな」
雄之助『俺からもななにメール入れとくよ。ちゃんと帰ってこねーと困るってな』
虎越「ありがと……」
通話が切れる。
青海駅の近くに一旦止まり、慎二からのメールを確認する。
虎越「今カフェ……じゃ、ない?」
慎二『先輩へ☆ ハンバーガーをテイクアウトしたので、近くにあるヴィーナスフォートの噴水広場まで、二人で歩いているところです♪』
虎越「なんで移動すんだよ……! くそっ! あいつ覚えてろ!!」
急いで近くの駐輪場まで、小走りでバイクを押していく。
ヴィーナスフォート内。
なな子「うわあ……! 建物の中が、パリとか中世風の街並みになってるんですねー!」
慎二「ななちゃんここ来たことなかったんだ」
奥へゆっくりと歩いて行く二人。
なな子「う、うんっ。あっ!? そ、空の色が変わってく! すごい! キレイ!」
慎二「天井が、青空になったり夕焼けになったりするんだよー」
なな子「マルくんは、彼女と一緒に来たりしたんですか?」
慎二「んー」
なな子「?」
慎二「なんかここって落ち着かない? ぼーっと出来るっていうか」
なな子「……独りになりたい時とかに、来るってことですか?」
慎二「そうみたい」
なな子「……マルくんじゃなくて……」
慎二「……」
なな子「虎越さんがですか?」
慎二「ははっ。こんなキレイな場所に男一人黄昏に来るなんて、ちょっと痛々しいよね~」
なな子「そうかな……」
慎二「先輩って警察官っぽくないよねぇ」
なな子「そう……かも」
慎二「大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃんと、三人で一番最後に来た場所なんだって」
なな子「え……。亡くなったっていう……?」
慎二「うん。ここの一番奥に結婚式とか挙げられる教会広場があるんだけど。そこで無料観劇出来るマジックとかショーとかをやってるって知ったお爺さんが、三人で観たいなぁって、言ったみたいで」
なな子「……虎越さんは……ずっと優しいです」
慎二「……そうだね。だから神谷さんにもいつも強く言えないんだよなぁ……」
なな子「……神谷さん……は」
慎二「死ねー!!」
なな子「っ!?」
慎二「オレはお前なんか好みでもね~し二度と会いたくね~わ! 関わんなこのくそやろー!! ……とかって強めに言えば。神谷さんももうちょい自重すると思わない?」
なな子「そ、それは……言わなさそう……ですね」
慎二「んでもまぁ、この時期は病院が忙しいから、しょっちゅう家に押しかけてたりとかもなかったか」
なな子「そ、そうですね……。あ、いやでも、私が居たから……神谷さんも気を遣って下さったのでは……」
慎二「はははは。そんな容易い人じゃないでしょ。……偽造書類なんて作って……。ありえない。どうしてやろうかな……。こっちで告発文でも作って病院にFAX送りつけてやろうか……」
なな子「ブラック慎二……!」
辰哉、二人を見付けて走って来る。
慎二「うざい人ってどこにでも居るよねっ♪ あーうっざい……」
虎越「お前もな……! はぁっ……はっ……」
慎二「あれせんぱーい」
なな子「虎越さん……っ」
虎越「なな……!」
駆け寄ってきて、ななの右手首を掴み、そのままぎゅっと抱き寄せる辰哉。
なな子「っ……!」
虎越「っ……よかった……。なな……」
なな子「とらこしさん……」(瞳が潤む)
虎越「……慎二……」(慎二を睨む)
慎二「え、なに!? 僕誘拐はしたけどななちゃんに迷惑かけてないよっ!?」
なな子「っ! 虎越さん! マルくんは私の為に……! お、怒らないでくださいっ! 私が悪……っ!」
虎越「っ!!!!」(慎二に頭突きする)
慎二「あだあ゛ッッッ!!??!!??」
虎越「……うん。……わかってる」
なな子「わかってる!?」
慎二「いっちゃあーっ……とっとつぜん頭突きする!? あたたた……っ」
なな子「ままマルくん……っ!」
虎越「まったくもう……。っ――心臓が無くなるかと思った……っ!」(再び彼女を抱き締めて)
なな子「っ……ご、ごめんなさい……っ」
虎越「……はぁ……っ」
なな子「お、おこって……ますか……」(泣き出して)
虎越「……ううん」(ななを撫でて)
なな子「っとらこしさん……っ……うぅ……っ」
虎越「っそうだ。とりあえずお金。返す」(ポケットから、封筒を取り出して。ななに差し出す)
なな子「っ!? いっいりませんっ! これは、わ、私なりの、けじめで……っ!」
虎越「何度も言ったけど。ここ三週間の食費は、ほとんどななが作ってくれてたから、オレはかかってないし。家賃は親が……」
なな子「受け取って貰わないとここまりますっ!」
慎二「もーらいっ!」(お金が入った封筒を取り上げる)
なな子&虎越「あっ!?」
慎二「二人ともいらないんじゃっ! 奥のレストランでご飯食べましょーよー! これ使っていいんでしょー!」(走って行ってしまう)
なな子「あああっ……」
虎越「コラ待て慎二!」
ななと辰哉、慎二を追い掛ける。
虎越「そう言えば、ハンバーガーは?」
なな子「えっ!? は、ハンバーガー!?」
虎越「買ったんじゃなかったの?」
なな子「あっ。広場のハトにあげちゃってました! もぐもぐしながら!」
虎越「なんだそりゃ……」
なな子「虎越さんっ……マルくんのこと、責めないで……っ」
虎越「うん。さっきのでとりあえずチャラにする」
なな子「あ、あれ……? マルくん、どっちに行ったのかな……」
虎越「……」(噴水の女神像を見上げてる)
幻想的な場所。噴水広場に辿り着く。
【次話へ続く】