第四話【男2女2不問3~2:2】~そばにいて欲しいから。もっと繋ぎたいから。~約50分
第四話
出演(MAX男2女2不問3)
・虎越 辰哉 (26) ♂ :
・宇佐美 なな子 (24) ♀ :
・栗原 奈津子 (26) ♀ :
・篠木 瑠衣 (26) ♂ :
・ナレーション (※なな子と虎越以外は掛け持ちが出来ます) 性別不問 :
・(時計屋の)店員さん (※なな子と虎越以外は掛け持ちが出来ます) なるべく男性希望 :
・カフェ店員さん (※なな子と虎越以外は掛け持ちが出来ます) なるべく女性希望 :
役解説
・虎越 辰哉 (26) ♂
渋谷署の刑事。刑事課係長。本作主人公。ぶっきらぼうだけど優しくて、真面目で、心根は熱い人。ポーカーフェイス。クール。もう七年も彼女が居ないらしい。丸山親子のようにイタズラをしたり、人が嫌がるようなことはしない。システミカルアロペシア(全身脱毛症)。なな子のことは、自分が彼女に手錠を掛けた過去の逮捕歴のこともあり『教師と教え子』のようなものだと思っている。が、一緒に住むようになって彼女への意識も変わってしまった。身長177センチ。靴は27センチ。両親と兄、弟二人は皆海外在住で警察関係者。
・宇佐美 なな子 (24) ♀
有名女性結婚雑誌の社員。ウエディングプランナー兼社長秘書。最近は自社の雑誌限定でモデルもやっている。本作ヒロイン。気弱でか細い女の子。色白。照れ屋さん。虎越のことを幼少期から知っており、憧れを抱いている。気配りが出来て家事も出来る「お嫁さんにしたい」タイプ。すこし悲観的で臆病。自分の根本にあるネガティブさを隠す為にいつもポジティブ&笑顔でいることを強く心がけている。連絡がマメで、同性の友人が多い。人見知りしない。身長155センチ。靴は23センチ。
・栗原 奈津子 (26) ♀
池袋署の女刑事。虎越とは警察学校での同期だった。サバサバしていて自信家。ふんわり茶髪でゆるふわカール。スタイルはいいのに超大食い。食べるの大好き。女っぽいけど男っぽい所もある。すんごくお洒落さん。数年前までは渋谷署に居たらしい。同僚の篠木のことは、気にはなっているが好きではない……らしい。
・篠木 瑠衣 (26) ♂
池袋署の刑事。キャリア。ぐんぐん昇進している。独身。恋人なし。栗原のことがかなり気になっている。近くに女の子が居ると、微妙にハイになる。偉そうな口調なのに、奥手でシャイな為、よく誤解される。年齢イコール恋人居ない歴。虎越辰哉とは同じ高校出身で、昔から何故か一方的にライバル視している。茶髪短髪。黒縁眼鏡。目つきが悪い。
――再開幕。
ナレーション「自宅アパートが火事に遭い両手を火傷してしまった宇佐美 なな子を、自宅マンションでかくまうことにした、刑事の虎越 辰哉。二人は、お互いの過去のしがらみにより、好意を寄せてはいけないとわかっていても、徐々に惹かれていました。微妙な距離を保っていた二人ですが、勇気を出して想いを伝えあい、これからも共同生活を続けて行くこととなったのです」
虎越のマンションにて。十二月某日。
ナレーション「そんなこんなで、今日で二人の共同生活も丸二週間目……。今日も二人は、辰哉のベッドの中で仲良く眠っていました」
早朝――。
虎越の寝室のベッドの中。抱き合うようにして眠っていた、虎越となな子。
なな子は彼の胸の中で、すやすやと眠っている。彼だけ目を覚ます。
なな子「……(寝息を立てている)ん……」
虎越「……っ……なな」(ななを撫でる)
なな子「……(寝息を立てている)」
布団とベッドの間に隠しておいた女性雑誌を取り出して、付箋がしてあるページを開く虎越。
余る片腕で、彼女のパジャマのウサミミフードと彼女の髪をこねる。
虎越「……っと」
ページを捲る音で目が覚めるなな。
なな子「え?」
虎越「っ!? お、おはよ」
なな子「なんでっ!?」
虎越「なんでって何?」
なな子「なんで虎越さんがレディミスト(※)持ってるんですか!?」
(※ななが限定モデルをしている雑誌)
虎越「買ったから」
なな子「へえ!?」
虎越「つきみさんたちに勧められたんだよ。ドレス着てるなながいっぱい載ってるから買えって」
なな子「ええー!? 余計なこと!! 友達に売り飛ばされた!」(雑誌を奪おうとする)
虎越「っ! いやいやいやいや……」(取られないようにまた隠す)
なな子「ちょっとっ! 虎越さんはそんなのいらないでしょっ!? 女の子じゃないんですからっ!」
虎越「なんで。女の子だって少年漫画買ったりするだろ?」
なな子「漫画とファッション誌は違うでしょっ! それに今回はほぼ八割ウエディングプラン特集で……っ!」
虎越「同じ日本人が作ってるだろ」
なな子「そういう問題ですか!?」
虎越「目の保養だよ」
なな子「ぅぅ~……っ」
虎越「七ページ目の女の子、可愛かったから」
なな子「七ページ目って……」
虎越「ボブの子」
なな子「ボブ……?」
虎越「紫の目でー」
ななが写っているページをまじまじと見ている虎越。目が楽しそう。
なな子「!? もーっ! 私っお手洗いいってきますっ!」(顔を真っ赤にして)
虎越「はいはい」(彼女の可愛らしい後姿を、目で追って)
なな子が用意した朝食を食べる二人。カウンターのいつもの席に、二人仲良く座っている。
なな子「はいっ。今朝はハムチーズトーストと、コーンスープと、ウインナーとツナサラダですっ」
虎越「いただきます」(食べ始める)
なな子「っ。いただきますっ♪」(コーンスープをふぅふぅして冷ますのに時間がかかる)
虎越「今日休み?」(ななと自分の珈琲を注ぎながら)
なな子「はいっ! 虎越さんもお休みでしたっけ」(珈琲を受け取る)
虎越「うん。……んーっ……」(背伸びして)
なな子「ふぁ……ふぁぁ~……」
虎越「いー天気だな……」
なな子「そうですねっ! 一日中晴れるようなので、午前中お布団干しますね!」
虎越「火傷、もう平気そうだな」
なな子「はいっ! 全然っ!」
虎越「買い物にでも行く?」
なな子「あっ。あの、車借りてもいいですか!?」
虎越「え?」
なな子「本棚買いたくて……」
虎越「オレ運転するよ」
なな子「っ。ありがとうございます!」
虎越「うん」(優しく彼女を撫でる)
なな子「っ……お夕飯は何にしようかなぁ……」
虎越「帰りスーパーも寄ろっか」
なな子「っはい! あっ。そう言えば一昨日……虎越さん、腕時計壊れたって言ってませんでした?」
虎越「あー……。なんか動かなくなっちゃって」(カウンターの端っこに置いといた銀の腕時計を取って、彼女に見せる)
なな子「突然ですか?」
虎越「窃盗犯ぶん殴ったら」
なな子「あらー……。ガラス面も割れちゃってるし、酷いですね……。これ修理するんですか?」
虎越「どうしようかな」
なな子「どなたかに頂いた大切なものなんですか?」
虎越「五年くらい前にマルさんに貰ったんだよな。巡査か巡査長になった時」
なな子「……五年も経ってたら保証切れちゃってますかねぇ……?」
虎越「箱とかと一緒に保証書捨てた気がする」
なな子「えー!? もー、虎越さんってそういう所あるんだから……」
虎越「新しいの買おうかな」
なな子「っ私が買います!!」(自信満々に立ち上がる)
虎越「……まぁ、座って」
なな子「はいっ」(座る)
虎越「気持ちはありがたいけど……」
なな子「っ大丈夫です! 私、冬のボーナスがっぽり入ったんで!!」
虎越「幾ら?」
なな子「えー!? なっ……なな……なな……」
虎越「七百万円?」
なな子「っえー!?」(立ち上がる)
虎越「すげー」
なな子「っそんなに貰ったんですか!? 警察ってやっぱり凄い!」
虎越「いやいやそんなには貰えねーだろ。皆様の税金から」(彼女の服の裾を軽く引っ張って座らせる)
なな子「七百万円の時計なんてあるのかな」(座る)
虎越「あるんじゃね? こないだテレビで二億の腕時計の特集やってた」
なな子「二億!? 家!?」
虎越「ぜってー仕事にはしてけねーな」
なな子「で、ですよねぇ……。あっ。駅にブレゲとかリシャール・ミルの高級時計が入ってるサロンがありますよね確か」
虎越「安くても一本二百万とかだろ? 無理無理」
なな子「マルくんがランゲゾーネの時計してませんでしたっけ」
虎越「あいつ頭おかしいんだよ。去年五個くらい時計ダメにしてた」
なな子「うぇぇ……。マルくんって、喧嘩得意そうには見えないし……」
虎越「両親は柔道も剣道も強いのになぁ」
なな子「えっ奥様も!?」
虎越「うん。なんか、趣味ではじめたら強くなっちゃったんだって」
なな子「へぇえ~……。わっ私もやってみようかなっ!?」
虎越「いやお前鈍臭いんだから……。突き指して打撲して終わりだな」
なな子「ううう~っ! プロレス技とか関節技ならっ! ちっちゃい頃色々習ったから出来ますもんっ! 得意だもんっ!」
虎越「……洗濯機回してんの?」
なな子「あっ、はい!」
虎越「オレ掃除機かけるから」
なな子「わっ私がやります!」
虎越「ななは昨日買ってきた服しまったら?」
なな子「ああーっ」
虎越「なんであんなに買ってきたの?」
なな子「あっ、あれは違うんですっ! し仕事でっ! 色々試したくって! ちょっとやってみたいことがあってっ!」
虎越「大変だなぁ……。雑誌も作って結婚式のプログラミングもして妃の面倒も見て……」
なな子「楽しいですよっ」
虎越「そっか。ならいいけど。……ご馳走様」
なな子「っ! はやっ」
虎越「結構ゆっくり食べたつもりなんだけどな……」
なな子「すすすみませんっ遅くてっ!」
虎越「ごゆっくり。オレ食器洗ったら洗濯物畳むから」
なな子「わっ私が! 私が!」
虎越「なに、うるさい、はやく食べたら?」
なな子「うううう~っ!」
虎越「口が小っちゃいから……」
なな子「なっなんです!? 頑張って食べてますよ!」
虎越「はいはい」(彼女の頭を撫で、食器を片付ける)
なな子「もぐもぐ……」
虎越「……着替え、どうする? 自分でもう出来る?」
なな子「は、はいっ! 大丈夫です!」
虎越「……あのさ」(ななの横にもう一度座って)
なな子「っ。はい」
虎越「お風呂も、もう一人で平気?」
なな子「は、はい……っ! もう、水がしみることもないので……っ」
虎越「んー。でも、まだちょっと痕あるな」(彼女の左手の平の火傷痕を見て)
なな子「へ平気ですっ! もう全然っ!」
虎越「……最初の頃さ。服着せるのも結構大変だったし。戸惑ったけど……」
なな子「い、今までお手数お掛けして、申し訳ありませんでした!」
虎越「……。今日ななが着る服、オレが選んでもいい?」
なな子「えっ……?」
虎越「(彼女の左手の甲にキスして)……」
なな子「っ!」
虎越「だめかな」
なな子「う、嬉しいです! お願いします!」
虎越「うん……」(立ち上がりつつ彼女の頭を撫でて。洗濯物を片付けに別室へ)
なな子「……っ」(にこにこしながら、パンを頬張って。虎越に撫でられたところに触れる)
新しく出来たショッピングモールに来た虎越となな子。
人混みに酔いそうになる二人。
なな子「わっ。凄い人ですね……」
虎越「駐車場すぐ入れてラッキーだったけど……」
なな子「わわっ……!」(人にぶつかられてよろける)
虎越「っ。あぶねっ」(彼女を支える)
なな子「す、すみませんっ」
虎越「腕捕まってて」
なな子「っ。はいっ……」(とっても嬉しそうに、彼の腕を掴む)
虎越「なんだっけ……本棚欲しいんだっけ?」
なな子「はいっ! あ、でも先に!」
虎越「ん?」
なな子「あっ! あそこ! コモンタイムありますよ!」
虎越「えっ!? ちょっ……待ってっ」
なな、時計屋さんを見付けた途端。虎越の手を引いて走る。時計屋の中へ。
(店員さん「いらっしゃいませ」)
なな子「っ虎越さんの時計! 買わないと!」
虎越「あー……」
なな子「いいのあるかなぁ……」
虎越「ー……」
なな子「やっぱり虎越さんなら、シンプルで清潔感があって……。文字盤は黒か白か金かなぁ……。大人っぽくて、スーツに合うのでないとですよね!」
虎越「……選んでよ」
なな子「っはいっ! えーと……。っ……あ! 虎越さんって、年に一回くらいはご家族の居る海外に行かれるんですか?」
虎越「んー……毎年は行かないかな。基本正月に向こうが来るから……」
なな子「あー……。じゃあ第二時間帯表示は必要無いか……。GPS搭載は気にしますか!?」
虎越「え? 携帯に付いてるのに?」
なな子「えー!? いらないのかな……。ほら、職業柄必要かなって!」
虎越「職業柄?」
なな子「名探偵的な意味で!」
虎越「え?」
なな子「え~……。じゃあ、クロノグラフ機能は必要ですか?」
虎越「は?」
なな子「えっ……ストップウォッチなんかの付加機能とかです」
虎越「いらないかなぁ……」
なな子「携帯でなんでも出来ちゃいますしねぇ……。あ、これかっこいい」
虎越「結構詳しいんだな」
なな子「この間、腕時計の記事を書いたんですよ」
虎越「へぇ……」
なな子「今、結婚指輪じゃなくって。結婚腕時計ってのが、かなり流行ってて」
虎越「そうなんだ」
なな子「あ、ほら。これなんか。女性用と男性用で。ペアなんです」
虎越「ほんとだ」
なな子「ふぁ……。色々あるなぁ……。……あっ、これなんてどうです? 男性用のはちょっと金がかってて、女の子用のは、薄いパールピンクなんですね。形は似ててかっこいいのにお洒落で可愛い! 嫌味も無いしちょっとした高級感もあって、いいですね。素敵……。これなら冠婚葬祭でも使え……」
虎越「欲しいの?」
なな子「え? いえ……私は……」
虎越「すみません、これ付けられますか」
(店員さん「はい」)
虎越「お願いします」
店員さん、すぐに対応してくれ。ななにその淡いパールピンクシルバーの時計を付けてくれる。
(店員さん「失礼致します……」)
なな子「わ……。あ、可愛いです! サイズもぴったりで……」
虎越「似合う」
なな子「ふふっ。こんな高級で素敵なの、いつか付けられる日が来るのかなぁ……。こんなの付けたらネイル頑張っちゃおーってなりそう……。なんか、ワンランク上の自分、って感じ……」
(店員さん「旦那様にもお付けいたしますか?」)
なな子「えっ? あっ? は、は? はいっ、えっ?」
店員さん、お揃いの男性用のを虎越にも付けてくれる。
なな子「わ~っ。虎越さん、どうですか?」
虎越「結構軽くて……いいかも。……うん。これ下さい」
(店員さん「かしこまりました。ありがとうございます。あちらへどうぞ」)
店員さん、二人をカウンターに誘導してお会計をしてくれる。保証書とそれぞれの保管ボックスを用意してくれる。
なな子「ん? あ、あれ……?」
虎越、自分の財布からカードを出して、店員さんが用意してくれた領収書にサインする。
ショッピングモール内のお洒落なカフェに入った二人。カウンターの席で横並びに座っている。ななは自分の腕にはめられた時計をきょとんとした顔で見ていて。虎越はメニューを見ている。
感じのいいジャズの有線がかかっている。かなり混んでいる店内。二十代くらいの若いカップルが多い。店員さんが、二人の脇にお水とおしぼりを置いてくれた。
なな子「……あれ!?」
虎越「んー?」
なな子「あれれぇっ!?」
虎越「何飲む?」
なな子「へっ!? あっ……わた、私これっがいいです! ホワイトカへモカ!」(呂律回ってない)
虎越「はい。……すみません」(カウンターの中に居る店員に話し掛ける)
(カフェ店員さん「はい、ご注文お伺いします」)
虎越「これとこれ下さい」
(カフェ店員さん「ホットコーヒーとホワイトカフェモカですね。ただいまお作り致します」)
なな子「わ、わたしお金……!!」
虎越「お金?」
なな子「いやっあのっおか、おかね……! 時計の……!!」
虎越「そんなに高く無かったし。いいよ」
なな子「いや! ちがうっ! いやっ安くなっ……!! 私が買ってあげたかったのに! なんか私の分まで買って貰っちゃってる……!」
虎越「火事で時計もなくなってたろ?」
なな子「そ、そう……ですけど……!」
虎越「必要だっただろ?」
なな子「そうですけど~!」
虎越「まぁ落ち着けよ」(ななを撫でる)
なな子「むぅぅ……」
虎越「ずっとさ、なんか詫びしなきゃなって、思ってたし」
なな子「詫び……?」
虎越「ほら、はじめてそっちの本社で会った時さ。オレ、ななのこと全然覚えてなくて……。なな動揺して泣いちゃっただろ」
なな子「あっ……! あんなの! 全然……っ! 大したことじゃ……!」
虎越「あの後も何度も泣かせて……」
なな子「わっ忘れて下さい! いいんです! もう全部、忘れちゃってて!」
虎越「断片的には……たまにフラッシュバックするんだ」
なな子「昔の……ことをですか?」
虎越「うん……。でも、五年も毎日一緒に居たはずなのになんで思い出せないんだろうな……」
なな子「虎越さん……。もういいですよ。無理に思い出そうとしなくったって……。私は、今だけでも、一緒にいられて幸せです」
虎越「……今だけ?」
なな子「はいっ。い、今だけでっ、十分……っ!」
虎越、ななの手の上に自分の手を重ねて。
虎越「……オレは、もっと一緒にいたいよ。ずっと……」
見詰め合う。
なな子「……あ、あの、あっ……あの、」
虎越「うん……?」
なな子「つっ……つきちゃんが、今度うちで結婚式挙げるんですっ」
虎越「え? 新婚旅行行く前に挙げなかったの?」
なな子「あ、そうなんですよ。なんか、ご両親の都合が悪かったみたいで……」
虎越「へぇ」
なな子「つきちゃんが、虎越さんにもいらっしゃって欲しいって言ってました!」
虎越「オレ?」
なな子「命の恩人だからって」
虎越「あー……こないだのか……」
なな子「ほんとに感謝してましたよ。つきちゃんの旦那さんも、きちんとお礼がしたいって……」
虎越「別にそんなのいいのに」
なな子「っご祝儀とかなんもいらないんで! ご飯食べに来て! って言ってましたっ」
虎越「何ソレ振り? 五万ぐらいは包めよなって振り?」
なな子「え!?」
虎越「ななの親友なんだから、盛大に祝わないとな」
なな子「っ。はい! あー、でも、社長が……」
虎越「妃なに?」
なな子「トラが来るんならこっちの手伝いさせるわって言ってました……」
虎越「別にいいけど」
なな子「えー!?」
虎越「ななはつきみさんの介添え人やるの?」
なな子「は、はい……」
虎越「オレ、裏方好きだし。いいよ」
なな子「あ……。虎越さんは、ライブのボランティアスタッフとか音響オペとかたまにやってますもんね……」
虎越「人足りてないの?」
なな子「実は挙式ラッシュで……。はい……。警備員さんですら足りない感じで……」
虎越「警備員?」
なな子「あー、でも、警察官って副業出来ないから……」
虎越「手伝いすればいいんでしょ?」
なな子「あの、でも……」
(カフェの店員さん「お待たせいたしました。ホットコーヒーとホワイトカフェモカでございます」)
丁寧にテーブルに置いて貰う。
虎越「ありがとうございます」
なな子「いただきますっ!」
なな子、カフェモカをふぅふぅする。
虎越「……つきみさんの結婚式って、日にちいつ?」
なな子「あっ、三月の大安の……。(付箋やメモが大量に挟まれた、分厚い手帳を開こうとして)あぁ……実は新しい式場も建設中で……今年は夏以降、もっと忙しくなりそうなんです」
虎越「人増やさないの?」
なな子「募集は二月からかける予定なんですけど……。遅いですよね……」
虎越「大変だな……」
なな子「うーん……。まぁ、大変なほうが、いいです。退屈なよりは。今の会社に入ってからは、退屈なことなんて一回もないですけど」
虎越「そっか……。前も言ったけど、大変なのに家事もちゃんとやんなくていいからな」
なな子「え、いやでも……」
虎越「オレだって出来ることあるんだから」
なな子「っお料理は、頑張りますっ」
虎越「手を抜いたっていいって」
なな子「でも……」
虎越「約束は守れよ」
なな子「……はい」
虎越「金曜と日曜は」
なな子「自炊しないことっ」
虎越「うん」
なな子「あの、でも、私……虎越さんにはきちんと栄養摂っていただきたくて……」
虎越「お前みたいに仕事でいつでも客に全力でサーヴィスして尽くしてる人間は。たまには誰かに尽くされたサーヴィスを受けて贅沢に息抜きしないとダメになる。折角稼いでるんだし、元々お前はそういう畑の人間だろ? 毎日朝晩凝ったもの作ってたら、仕事にも影響出るだろって」
なな子「……はい……。そう、ですね……。あ、でも、外で食べるの、すっごく勉強になります! 先週の日曜の夜は虎越さんが夜勤でいらっしゃらなかったので、駅前に新しく出来たイタリアンに一人で行ってみたんですけど……!」
虎越「一人で行ったの?」
なな子「あー、実は楪さんをお誘いしたんですけど……」
虎越「日曜、楪さん、夜勤じゃなかったっけ」
なな子「っそうなんです! また誘ってねって言われちゃいました」
虎越「なに食べたの?」
なな子「あのねっ……」
栗原「あれ? 虎越くん?」
池袋署の女刑事、栗原に声を掛けられる虎越となな。
虎越「栗原さん」
なな子「栗原さんっ!?」
栗原「あら~なな子ちゃんも! 火傷、どう!? もういいの!?」
なな子「はいっ。おかげさまで! 包帯も取れましたっ」
栗原の後ろには、ななが見たことのない男性が立っていた。
虎越「篠木?」
篠木「……よう」
虎越「なんだ。やっぱり付き合ってるんじゃん」
栗原「やだぁ違うよー! 買い物付き合ってくれただけ! 荷物持ち! ここだってあたしが奢るんだから!」
虎越「そーなの?」
栗原「そうそうっ」
篠木「いや、君に奢られたことないだろ」
栗原「うるさいなぁ……。二人はデートっ?」
なな子「っ、で、でーとじゃ……」
栗原「ん~? あっ。ななちゃんそのワンピースめっちゃ可愛いねっ! 似合う♪ 流石だねっ」
なな子「あっ……ありがとうございますっ! へへ……」
栗原「二人、ご飯は? 食べないの?」
なな子「あ、朝ごはんが遅かったのでっ……」
栗原「そうなんだっ! 隣座ってい?」
虎越「うん。なな、その人も栗原さんと同じ池袋署の刑事。篠木」
なな子「はっはじめましてっ。宇佐美なな子ですっ!」
篠木「……。虎越、新しい彼女か」(微妙に怒りに震えてる)
なな子「かっ!? 彼女じゃありませんっ!」
虎越&栗原「え!?」
なな子「え!?」
篠木「え?」
栗原「なんだ虎越くん、まだゲットしてないのー!? こんないい子を! なにをボサボサしてるのかっ!」(虎越の隣に座る)
虎越「いやオレはちゃんと……」
篠木「そんな可愛い子渋谷署に居たか……?」(栗原の隣に座る)
栗原「すいませーんっ! とりあえずあたしアイスコーヒーくださーいっ! あとねー、このビッグカツサンドと、ミックスデリシャスエビカツサンド! あとーこってり最強揚げ物乗せサラダ! かなっ。あーほら、係長は?」
篠木「えっ、ちょ、ちょっと待て。メニューを……」
栗原「はやく決めてよ。優柔不断は嫌われるよ!」
篠木「いやいや……君は本当にいつも勝手だな……えーと……とりあえずホットカフェラテ」
栗原「ホットカフェラテもくださーいっ!」
虎越「……こいつ、警察関係者じゃないから」
篠木「そうなのか? まぁ……そうか。確かにこっち側の顔付きじゃないな」(なな子をガン見している)
なな子「?」
篠木「しかし虎越、あの胸でかい女医とは別れたのか?」
虎越「は?」
なな子「えっ!? やっぱり付き合ってたんですかっ!?」
虎越「いや付き合ってないって!」
篠木「神谷総合病院の娘だろ?」
栗原「あーあーあの性格きっつい女医さんね」
篠木「あの金持ちしか入院出来ない病院の」
栗原「え~やっぱそうなんだあそこ!」
篠木「最低二百万かかるって」
栗原「げえ~ッ!」
なな子「神谷さんは性格っていうより発言がきついだけじゃ……」
虎越「菜月の話はいいって」
篠木「めちゃくちゃ求愛されてたろ!」
虎越「どうでもいい」
栗原「虎越くんは~なな子ちゃんみたいな癒し系がいいんだよね~っ?」
虎越「そうそう。突然発狂したり声がでかいやつはやだ」
なな子「わ、私っ声小さいですか!?」
虎越「普通」
篠木「普通かな」
なな子「ふつうかぁ」
栗原「あーっ! なな子ちゃん! あたし買ったよ! レディミスト! 今持ってるっ!」(自分の鞄の中から雑誌を取り出して広げる)
なな子「えっ本当ですか!?」
栗原「うんっ♪ やっと買えたよー。本屋さんにあって良かったーっ♪」
なな子「あ、ありがとうございますっ」
篠木「な、なんで結婚雑誌なんか……」
栗原「ななちゃんが載ってんの!」
篠木「え?」
栗原「なんページ!?」(雑誌をパラパラと捲って)
虎越「とりあえず七」
栗原「とりあえずなな子!」
虎越「おすすめは二十九ページからの……」
栗原「ほうほうほうほう……!」
なな子「恥ずかしいなぁ……」
栗原「ヌードある!?」
虎越「無い!」
栗原「なんで!?」
虎越「なんでって……」
栗原「なな子ちゃん、簡単に脱いじゃダメよ!」
なな子「へえ!?」
栗原「わっ! 何これ! なな子オンパレード! 全なな子! ウッヒョー! かわいーっ!! オシャレ! シャレオツ! きゃわたんんんんん! 流石天使! 美しいっヤバイ! 背中きれい過ぎ!!」
篠木「モデルの人……? それこそなんで。どうやって出会うんだ!」
なな子「わ、私別にモデルじゃ……」
栗原「ななちゃんは、この雑誌出してる会社のウエディングプランナーなの! この雑誌限定の、モデルなの」
篠木「へえ……」
虎越「良かったな。褒められて」
なな子「っ恥ずかしいですっ……!」
虎越「……」(なな子の頭を撫でる)
栗原「……ななちゃん、結局出て行かないんでしょっ?」
なな子「えっ……」
虎越「っ……」
栗原「虎越くんちにずっと居ればいいじゃんっ」
篠木「同棲してるのか……!」
栗原「そう! ラブラブでしょ? 今日も同じベッドで寝たの?」
なな子「えっ!?」 虎越「(珈琲を吹きそうになる)っ!」
篠木「そんなに進んでるのか!? お前、まだ二十六だろ!」
虎越「いやお前だってまだ二十六だろ」
栗原「そうそうそうなのよぉ。虎越くん家、他に布団が無いんだってっ」
なな子「いっいやっお布団は買ってもらいましたよっ」
栗原「え? それでも一緒に寝てるんでしょ?」
なな子「え、え、えっと……それは……っ」
虎越「一緒に寝てたっていいだろ」
栗原「やっだ~! 虎越くんたら、エッチ♪」
なな子「と、虎越さん……っ!」
篠木「虎越ばっかりいい思いして……!」
虎越「嘘じゃないし」
栗原「いや~! ほんとお似合いだよね。……って、虎越くんとななちゃんのその腕の時計って、ペア!?」
篠木「ペア!?」
なな子「あああ……」
虎越「うん、そう」
なな子「虎越さん……っ!」
栗原「くっふっふ~♪ いいなぁ~。順調なんだねぇ。アツアツなんだねぇ。ね、いつ買ったの? 婚約指輪の代わり?」
なな子「!?」
虎越「そういう訳じゃないけど……」
なな子「あ、あの、虎越さんが買ってくれて……っ!」
栗原「え~いいね~! 統計的にはスピード婚のほうが結婚生活いつまでもラブラブで長続きするらしいよっ?」
なな子「け、結婚なんて……っ」
篠木「いつの間にそんな大事な恋人が……虎越のくせに……!!」
なな子「あ、あ、あのっあのっ」
虎越「なな、めんどくさいから弁明しようとしなくていいから」
なな子「ででででも私なんてっ……」
虎越「オレは、……ずっと一緒に居たいって言ったろ?」
なな子「っ――! っ……は、は、……っはいっ」(もっと真っ赤になって。目を瞑ってかしこまる)
虎越「……」(なでなでする)
栗原「ふふふふふふふふふ……。ななちゃん、よかったねっ。あ、もしかして今日のむっちゃ可愛いワンピースも、虎越くんが買ってくれたの?」
なな子「え、あ、あの、これは、今日虎越さんが選んでくれてっ……あの、」
栗原「へえ~。はやく結婚すればぁ?」
なな子「えええっ!?」
篠木「虎越のくせに!」
虎越「ワンピースは元々ななが持ってたやつで」
栗原「えー!? へー!? あたしも旦那さんとのデートの日に花柄の可愛い服コーディネートされてみたいっすなぁ~」
篠木「虎越、俺はご祝儀は偶数を包んでやるからな!! クソッ」
虎越「くれるんだ(笑)」
なな子「あ、あの、あの、私……っ。こ、こんなにっ。……こんなふうに、あ、あ愛されたことないからっ、よく、わか、わかんなくってっ……すみませんっ」(ちょっと泣いちゃう)
虎越「……うん」(ななの左手と腕時計に触れて。手を繋ぐ)
篠木「……~っ、虎越! 俺にもこんな可愛い女の子を紹介しろ!!」(立ち上がる!!)
虎越「はぁ?」
栗原「はいとりあえず素人童貞は座ろうね!」
篠木「んなっ!! 栗原、バカにするな!! 俺だって! 俺は!!」
なな子「(ちょっと引いてる)ぁ……」
栗原「ちょっとやめてよチェリー君~周りの目とか考えてよね~」
篠木「チェリー言うな!」(どすんと座る)
虎越「池署の鈴木課長がうち来て言ってたぞ。篠木遊びに連れてったら女の子の裸だけ見て逃げ出したって」
栗原「ゲロカス!? ぎゃははははははははははっ!! あんたそれでも男なの!?」
篠木「ちょっと!?」
虎越「お前高校の時からずっと奥手だよな」
篠木「はー!? お前みたいな偏差値が低い人間に俺のこの純粋さがわかるか!」
虎越「偏差値は関係ねーだろ」
篠木「関係ある!」
栗原「偏差値しか虎越くんに勝てるとこ無いもんね」
篠木「そっそんなことは……っ! ははは。何を隠そうこの俺は、この間の昇進試験で晴れて警部となったのだ! どうだ!」
栗原&なな子「……………………」
虎越「なんか甘いもん食ったら?」(メニューを開いてななと一緒に見て)
なな子「あ、そうしようかな……」
虎越「パンケーキ食いたいって昨日言ってなかったっけ」
なな子「あーっ」
篠木「おおい!! 聞いてるか!? 俺は係長になったんだ! ふははは。お前はノンキャリだからな。俺よりも出世は遅れるだろう!?」
栗原「虎越くんも係長になったんだよ」
時が止まる。
篠木「………………え? なに?」
栗原「虎越くんも警部になったの」
なな子「(めっちゃ頷いてる)っ、っ」
篠木「え、なに? なんで? なに? 夢?」
栗原「夢ちゃうわ~。篠木くーん。起きろー」
篠木「ッ! っお前!! 昇進など興味ないと言ってただろう! うわあああ!」(カウンターの机をバンバン叩いて泣き出す)
虎越「興味無いけどうちの課長昇進受けないとうるせーんだもん」
栗原「わかる~……どこもそうだよねぇ。現場の人数だって減ってるのにさ。ほんと迷惑な話」
篠木「っ俺はこのままお前と一緒に仲良く本庁勤務なんて出来ないぞ!」
虎越「大丈夫オレ現場から離れる気無いから。どうぞ篠木さんは上に行っていただいて」
篠木「何ィ……!? お前、俺と競う気が無いというのか! どういうつもりだ!!」(立ち上がる!!)
虎越「なんなんだよ……」
栗原「面倒くさいなぁ……こいつ臭いなぁ……」
篠木「臭い!?」
なな子「篠木さんは……」
篠木「!?」
なな子「虎越さんのことが、大好きなんですねっ」
篠木「え……」
栗原「プーッ!w」
なな子「私とおんなじですねっ!」
篠木「い、いや、き、君のは恋というやつで、俺はそれとは違っていてだな、おい、虎越、栗原、声を殺して笑うな! オイ!! ちがうぞ! 俺はお前なんか!」
栗原「おもしろっ。はははははははははっ! バカじゃん!」
篠木「バカじゃない!」
虎越「まぁ座れよ……」
なな子「ふふふ……」
篠木「くそっ。どこでそんな可愛い子が拾えるんだ……くそお」(ななの可愛らしい笑顔に見惚れながら、座る)
栗原「渋署の刑事課は合コン多いんでしょ? 係長混ぜて貰ったら?」
篠木「は? ほんとか」
虎越「マルが主催して勝手にやってるだけだって」
篠木「女の子の職種は!? 俺は警察の子はいやだ! 特に刑事は!」
栗原「なんでよっ」
篠木「ブスが多いからやだ!!」
栗原「っはー!?」
虎越「えー、職種……。なんだろ、最近は駅ビルのショップ店員とかデザイナーって言ってたかな」
篠木「はあっ?」
なな子「あ、私の学生時代の友達とか、うちの会社の子たちもマルくんの合コン行きたいって。いっぱい紹介しましたよっ」
篠木「~!? 何故前もって俺にも声をかけなかった!」
なな子「ひぁっ!?」
虎越「いや知らねぇし」
栗原「こいつマジで女に飢えてるから」
篠木「虎越ばっかり女にモテるのは納得出来ん……!」
虎越「別にモテてないけど」
篠木「っ知ってるぞ! 毎年うちの職員がこぞってそっちにバレンタインチョコ持ってってるの!」
栗原「あー……まぁそれは……」
なな子「そうなんですか?」
虎越「オレ甘いもの苦手だからって言ったらみんなお煎餅とか珈琲豆とかくれたから。チョコは貰ってないって」
篠木「っちぎあう! そういうんじゃない!」
虎越「池署の経理の佐々木さんとか福倉さんとかは既婚者だしもうすぐ定年じゃん。田中さんと井上さんと安部さんも結構いい歳だし……」
篠木「っ俺は去年も一昨年もその前も、誰からも貰ってない!」
虎越「え?」
栗原「ちょっとバカ! あたしはあげたじゃん!」
篠木「ブラックサンダーはバレンタインチョコだとは認めないぞ!!」
栗原「その前の年もあげたじゃん」
篠木「開封済みのチョコボールは……!!」
栗原「ハズレだったしあんたひもじそうだったからあげたんじゃん」
篠木「上司に向かってあんたとはなんだ!」
栗原「貰えないよりマシでしょ~?」
栗原と篠木、言い合い続ける。
なな子「お二人は仲良しなんですねっ」(虎越にだけ聞こえるように)
虎越「うん。二人は池署で組んでもう長いから」
なな子「そっか、二人一組なんですよね。刑事さんは」
虎越「……寒く無い?」
なな子「はいっ。大丈夫です」
虎越「そろそろ行こっか」
なな子「あ、家具屋さん、二階のA館の映画館の近くにあるみたいですっ」
虎越「トイレは?」
なな子「えーと(店内を見渡して)……お店の外みたいですね」
虎越「行ってきたら?」
なな子「はいっ。ちょっと行ってきますっ。虎越さんは?」
虎越「オレまだ平気」
なな子「わかりましたっ。栗原さん、ちょっと私お手洗い行ってきます」
栗原「あーいっ。あ、あたしも行こうっと!」
なな子「では一緒に!」
栗原「うんっ♪」
なな子「虎越さんすみません。すこし待っていてください」
虎越「うん」
なな、自分の鞄と上着を持ってトイレへ。栗原もついて行く。
虎越「……」
篠木「……」
虎越、伝票を取ろうと手をのばす。
篠木「ッもらったっ!」(ばしんと伝票を捕まえる)
虎越「あっ!?」
篠木「ここは俺が払ってやろう!」
虎越「いやそんな、何言ってんの」
篠木「この間うちの栗原に高級寿司を奢ったらしいな」
虎越「え、ああ……」
篠木「お前その時計、結構高かったんじゃないのか? ここは素直に俺に払っていただけろ」
虎越「はぁ……。お前になんのメリットが……」
篠木「フッ。今後お前は、結婚式、ハネムーン、出産、育児と何かと金がかかるだろう……!!」
虎越「うん。いや。うん。お前は生涯もう独りを決めたってことか?」
篠木「いや違うが!! ~結婚式は! ビシッとこちらも嫌々ながら制服着用してやるから安心しろ!」
虎越「楽しみなのかな……?」
篠木「仕方ないんだけどな!」
虎越「はい……どうも」
篠木「ふん」
篠木、虎越とななの伝票を自分の手元に置く。
虎越「……」
篠木「そう言えば。お前まだあの事件、追ってるのか?」(ちょっと声を落として)
虎越「ん、ああ、……そろそろ決着つけたいんだけどな」
篠木「もう二十年以上前の事件だろ」
虎越「実は……ななも関わりがあるんだ」
篠木「そうなのか?」
虎越「……犯人の娘なのか、被害者の娘なのか、まだわかってない」
篠木「は……?」
虎越「犯人が海外逃亡してたら、見付けようが無い……」
篠木「……お前まさか、あの子を餌にする為に傍に置いてるんじゃないだろうな」
虎越「んなことするかよ。逆だって」
篠木「もし愛が無いなら。色々と過剰だ――」
虎越「ない訳ねぇだろって言ってんだろ」
篠木「お前……。昔より目つきが変わったな……」
虎越「……?」
篠木「俺ももうちょっと男上げなきゃか……」
虎越「バレンタインの個数競ってもいいよ」
篠木「はあ!? うっさ! お前はあの子から確実に手作りが貰えるんだからもうその時点で俺の負けだろうが! クソッ!!」
虎越「オレの交際届けって池署にも出したほうがいいかな?」
篠木「はぁ!? お前何様だ!? どんだけ嫌味だ! これ以上この心を抉るな!」(めっちゃ泣きそう)
虎越「紙出しといてよ」
篠木「なんでっ! やだ! 絶対やだっ……」
虎越「ほら。出したらお前、オレにバレンタインくれようとしてくれてた子から貰えるかもよ」
篠木「お零れとか!! んなチョコは! 便器にトゥと流してやるわ! うううっ」
虎越「泣くなよ気持ち悪い」
篠木「話を戻してくれ……」
虎越「あ?」
篠木「犯人の特徴って、わかってるのか?」
虎越「え」
篠木「お前の個人捜査、手伝ってやってもいい。だがな……」
虎越「何」
篠木「もし、彼女が犯人の娘だという証拠が見付かってしまったら。彼女をどうケアするつもりだ」
虎越「それは……」
篠木「真実のせいで傷付くこともある。知らないほうが、このまま解決しないほうがいい事件だって、世の中にはあるのかも知れない。……そうたまに思ってしまうことがある」
虎越「……」
篠木「彼女の出生のことを知りたくて、あの事件を追っているのだとしたら……」
虎越「オレがいつも世話になってる探偵が、犯人のことを殺そうとしてるんだ」
篠木「……探偵?」
虎越「オレはそれを……止めたい。誰よりも先に、逮捕さえ出来れば。もう誰も、バカなこと考えずに……」
篠木「お前の両親も、そんなようなことを言っていたな」
虎越「会ったのか?」
篠木「ああ、一昨年だったかな。正月にたまたま空港で会って……。復讐したい奴が居るって、言ってた。冗談にも聞こえたが……なんとなく気になってな」
虎越「……みねねも……やっぱり復讐を……」
篠木「特徴を教えろ。顔を変えている可能性もあるだろうが……」
虎越「今年で歳は四十六。身長は170前後。痩せ型で……。左手の甲に四つ並んだホクロがある。猫背で、クマがあって……。右のコメカミにでかいシミがある」
篠木「……お前はそいつの為に、刑事になったのか?」
虎越「そうだな……。単独じゃあない可能性もあるけど……」
篠木「ふんっ。……下らない」
虎越「っ……」
篠木「あの子と結婚して苗字も下の名前も変えさせろ。二人で中国にでも移り住んで事件のことなど忘れろ」
虎越「篠木……」
篠木「犯人を殺そうとしている奴らをわざわざ助けようとするな。そんなのは無駄な時間だ……」
虎越「でもオレは、姉だってそいつに殺されてて……!」
篠木「死んだ人間は帰って来ない。わからないのか。その事件に関わろうとすればするだけ、あの子が傷付くんじゃないのか? 彼女を安心させたいがゆえに、たった一人でダラダラと捜査して。犯人の娘かもしれないと可能性を残しているのはお前だ」
虎越「オレは、刑事だから……」
篠木「だからお前に刑事は向いていないんだ。お前は優し過ぎる。お前の周りに、同じ目をした警察官が居るか? 居ないだろ。どいつもこいつも偉そうにして。点数を稼いで税金をむしり取るために警察を名乗ってる。わかるだろう。正義心なんてなんの意味も無い」
虎越「じゃあお前はなんで刑事やってるんだよ」
篠木「……それは……」
虎越「オレはやめられない……」
篠木「あの子を守りたいのならやめるべきだ。……どうなんだ、お前が知っているだけで、その犯人に復讐したい人間が何人居るのか考えてみろ。お前はその人たちを犯罪者にしたくないだけで、ただそれだけの理由で犯人を逮捕しようとしているのか……。そのことへのリスクと、幸せにしてやりたい女の命を天秤にかけてみろ。お前の人生……彼女たちの不幸の時間に付き添っているんだと、気付かないか」
虎越「……篠木」
篠木「きちんと考えて、もう一度答えを出せ。強情に闇雲に捜査するな。事件なんて世の中に、幾らでも転がってるんだ。お前の執着心を、もっと、解決すべき事件の為に使ったほうがいいんじゃないのか」
虎越「……」
篠木「幸運だったのは、」
虎越「?」
篠木「お前に復讐心が無かったことだ。姉を殺されても」
虎越「……まぁ、オレは二歳だったし……。姉とのことは覚えて無いから……。だから、紙の上での出来事だと思い込めば、感情的にはならなかった」
篠木「……本当に下らない。俺達は無力だ」
虎越「篠……」
篠木「もう行け。お前と二人だと腹が立つ」
虎越「二人、戻って来ないな……。混んでるのかな」(立ち上がって上着を着る)
篠木「土日だからな。……あっ、待て虎越」
虎越「なに」
切り替えて。
篠木「丸山の息子に、俺のことも合コンのメンツに入れろと……」
虎越「ごちそーさん」(去っていく)
篠木「おいっ! 虎越!」
虎越「トイレって……あーあそこか……」
ななの、二段の本棚を購入して。それを車に積んでいる虎越。
虎越「っしょ。……気に入ったの買えて良かったな」
なな子「ありがとうございますっ。すみません! イメージに合ったやつがあってよかったです!」
虎越「なな木目好きな」
なな子「ふふ。はいっ」
虎越「車乗っちゃっていーよ」
なな子「はーい。あ、スーパー寄るから後ろのクッションとか寄せときますね……」(後部座席側に入り、散乱しているななのクッションやうさぎのぬいぐるみを片付ける)
虎越「またリナさんとゲーセン行ったの?」(ななが入った後部座席のドアから覗き込み、彼女の背中に手を添えて)
なな子「あー……。なんか、リナさんが新しい昆虫のストラップのクレーンやりたいって……。で、ついでに私もうさぎのクッションとかを……ひゃっ!!」(手が滑って座席の下に落ちかける)
虎越「っ!」(咄嗟に彼女の腕を引いて)
彼女を片腕で抱きかかえる。
虎越「……大丈夫か」
なな子「す、すみませぇん……! ……手が滑っちゃった……」
虎越「どじだなぁ……」
なな子「うっうっうっすみませんっ!」
至近距離にあったななの唇にキスをする。
虎越「ちゅ……」
なな子「んっ!? ……っ」
虎越「ん……っ」
キスをやめて、彼女を強く抱き締める。
なな子「あっ――」
虎越「なんで付き合ってないって言ったの……?」
なな子「え……あっ……」
虎越「オレのこと嫌なの……?」
なな子「ち、ちが……!」
もう一度、キスをする。
なな子「んっ……! あ……っ、はっ……虎越さん……」
虎越「なな……」
深く深くキスをして。彼女と手を繋ぐ。
なな子「ん……んっ。ふ……っ……あっ」
虎越「オレ……」
なな子「あ、あの……っ」
虎越「ん?」
なな子「と、虎越さんは……毎年たくさん、バレンタイン貰うんですか……」
虎越「え、あ……」
ななのほうからキスをする。
虎越「んっ」
なな子「……私の質問に、先に答えてください」
虎越「なんで?」
なな、握っていた虎越の手にキスをして。
なな子「っ……いっしょに、っ……いたいから……」
虎越「っ!」
たくさんキスして。
なな子「んっ……」
虎越「ん、ん……」
なな子「っ……は……。と、虎越さん、もう帰らないと……」
虎越「疲れた? 帰ったら、一緒に寝てくれる?」
なな子「う、うん……」
虎越「いっぱい抱き締めてくれる?」
なな子「……はい……」
彼女の、照れ隠しの瞬きが。まつげが、彼の鼻をかすめる。
虎越「裸でもいい?」
なな子「へっ!? そ、それは……恥ずかしいです……」
虎越「今までずっとななの身体洗ってきたじゃん」
なな子「そ、それは仕方ないことでっ……」
虎越「オレのことはいつ洗ってくれるの?」
なな子「ええ!? そ、そ、そ……っ」
虎越「約束したろ?」
なな子「だ、だめ……」
虎越「いつならしてくれる?」
なな子「そ、それは……」(俯こうとして)
虎越「ちゅ」(ほっぺに)
なな子「うぅ……っ。と、虎越さん……っ。これ以上は……っ。お家でないと……!」(のぼせそう)
虎越「家でならもっとしていいの?」
なな子「だ、だめですっ……しんじゃうぅ……」
虎越「はは」
なな子「こっこれ以上はっ。ほんとうにだめっ……誰かに見られちゃう……」
虎越「キスしかしてないよ」
なな子「通報されちゃうからぁ」
虎越「はいはい」(ぽんぽんと彼女の頭を撫でる)
なな子「……とらこしさん……」
虎越「はい」
なな子「すきです……」
虎越「オレも……愛してるよ」(耳元で囁く)
なな子「っっっ!!!! きゅうぅー」(真っ赤になって気を失う)
虎越「なな!? ちょっ! おい!」
【次話へ続く】