第十話【男1女1不問1~2:1】~蒼となな。明かせない秘め事。~約40分
第十話
出演(男2女1不問1~2:1)
・宇佐美 なな子 (24) ♀ :
・虎越 蒼哉 (28) ♂ :
・バーの店主 (50) ♂ :
・ナレーション (※カット&バーの店主役との掛け持ち可能) 性別不問 :
役解説
・宇佐美 なな子 (24) ♀
ウエディングプランナー。本作ヒロイン。気弱でか細い女の子。照れ屋さん。辰哉のことを幼少期から知っており、憧れを抱いている。気配りが出来て家事も出来る「お嫁さんにしたい」タイプ。すこし悲観的で臆病。自分の根本にあるネガティブさを隠す為にいつもポジティブ&笑顔でいることを強く心がけている。連絡がマメで、同性の友人が多い。人見知りしない。身長155センチ。靴は23センチ。
・虎越 蒼哉 (28) ♂
辰哉の実兄。長男。FBI。本当は捜査よりも父と同じ警察内部の憲法学者をやりたいと思っている。辰哉にかなり容姿が似ており、全身脱毛症。家族や幼馴染は辰哉と蒼哉の見分けがつくらしい。背は辰哉よりも高く、骨格は微妙に違う。辰哉とは顔と首のほくろの位置も違い、蒼哉のほうが若干垂れ目で優しい表情をすることが多い。右耳に赤黒いイヤリングとピアスをたくさんしている。弟の辰哉はバイクや車や楽器や筋トレやゲームなど男っぽいものに詳しいが、蒼哉はとにかく可愛いものが好きで、超怖がり。警察に入ったのは自分の弱さを少しでも強くする為。スポーツや武道は何をやらせても腕が立ち、冷静な判断力も十分にある為、蒼哉が本当は気弱で大人しいと思っている人間は少ない。誰よりも心が優しく、うさぎや小動物、粘土アニメやぬいぐるみが好き。特にサンリオの可愛いキャラクターが好き。
――再開幕。
ナレーション「新婚生活を幸せに送っていた、なな子と辰哉。そんな二人のもとにやって来た、辰哉の家族たち。普段アメリカで生活している虎越一家の核・母親みねねの命令で。兄の蒼哉とともに渋谷中を連れ回されてしまうなな子。警察署に朝まで出勤中の辰哉はそんなことはつゆ知らず……。なな子の年末は慌ただしく過ぎて行きます……。なな子は、みねねや蒼哉が泊まっているホテルの地下のバーで、みねねの旧友のマスターに挨拶をし。蒼哉と二人で仲良くお酒を飲み交わしていました」
なな子、もう冷めてしまったホットワインを飲み干して。
なな子「私っ……ほ、本当は我が強くてわがままですよっ……?」(控えめに)
バーの店主「まぁそれは女の子の特権ってか、性質じゃない?」
蒼哉「辰哉は……なな子のわがままなんでも聞いてくれる?」
なな子「えっ? えっと……うーんと……そう、ですねえ……」
バーの店主「おいおい。ちゃんと本音言ってるか? もう夫婦なんだから、なんでも言い合ったほうがいーよ?」
なな子「と……っ虎越さんに、不満を抱いたことがないので……。わがままを言う必要が無いというかっ……っ」
バーの店主「虎越さん?」
なな子「あっ! た、辰哉さん、です」
バーの店主「ずっと虎越さんって呼んでたのー?」
なな子「は、はいっ! ずっと……っ。さ、最近まで……っ」
バーの店主「もしかして付き合ってた期間短かったの?」
なな子「あ……あの、実は……っ。ちゃんとお付き合いした期間は無かったんです……」
バーの店主「そうなの!? それでよく結婚オッケーしたね!?」
なな子「……っ。ずっと一緒に、居たかったので……っ! も、もう……離れたく無かったので……っ」
バーの店主「へえー。で、その指輪は?」
なな子「あっ。これは、プロポーズしていただいた時に頂戴しましたっ……」
バーの店主「ほ~っ!」
なな子「この時計も、辰哉さんとお揃いで……っ。本当は、辰哉さんの時計が壊れちゃった時に。私が新しい時計を買ってあげたかったんですけど……。でも、たまたまペアの時計を見付けて。そうしたら辰哉さんがペアの時計を買って下さってっ……!」
バーの店主「あいつ相当なな子さんのこと好きなんだなぁ?」
なな子「っ……ふふ」(はにかむ)
蒼哉「……」
なな子、三つのお皿にクリームオムライスを盛り付けて。
なな子「完成しましたっ! ほうれん草ときのこのクリームオムライスですっ!」
バーの店主「おお~っ! 超うまそう! いっただっきま~す。あっ、なな子さん。冷蔵庫の中のジュースとか、まぁなんでも。好きに飲んでっ!」
蒼哉「ちょっと。そこはやってあげてよ」
バーの店主「だって冷めちゃうじゃん! ほれ、なな子さんもこっち来て食べな」
なな子「はいっ! いただきますっ」
蒼哉「いただきます」
なな子「あ、ウーロン茶いただきますっ」
バーの店主「どうぞどうぞ~。はむむっ……うっま!! うっまっ。うっまっ! 何コレ」
なな子「ふふっ。よかったです」
蒼哉「なな子、すっごく美味しいよ」
なな子「ありがとうございますっ」
バーの店主「料理上手な子ってさ。失敗とか絶対しないの?」(もぐもぐしながら)
なな子「え、しますよ! いくらでもっ何百回も!」
バーの店主「そうなの!? へ~……ほうなんら……もぐもぐ……」
なな子「私は凡人ですし。あ、頭も悪いので……。一度作ったレシピの材料を一度で全部暗記出来る訳でも無くって……っ。そ、それに料理って……同じ分量やレシピで作っても、その日の室温や火加減などによって、全然味が変わってしまうんです……。全く同じものを作ろうとしても、人の手は機械のようにはいかないので……」
バーの店主「努力してんだねぇ」
なな子「っ……いや、あの、」
バーの店主「だってそういうのってさ、散々失敗してないと導き出ない答えでしょ」
なな子「……っ。い、今は……。私、亡くなった育ての母のレシピのお料理を……。辰哉さんにたくさん食べていただきたくて……っ。が、頑張って、ますっ。母のお料理、大好きだったので……っ!」
バーの店主「蒼、羨ましーんだろ!」
蒼哉「そう、だね……ほんとに」
なな子「っ……あ、蒼哉さんは……。今までどういう方とお付き合いしてきたんですか?」
蒼哉「えっ?」
バーの店主「あれよな。あのー日本人形みたいな子とか」
なな子「えっ!?」
蒼哉「ちょっと……っ!」
バーの店主「ハイスクールの時の美女はぁ……」
蒼哉「あーっもーっ! やめてよっ! なっなんでなな子、そんなこと知りたいの……?」
なな子「えっ……えっと……すみません……っ。蒼哉さんのこと知りたかったから……」
蒼哉「っ……」
なな子「ごめんなさい。言いたく無いことだってありますよね……!」
蒼哉「お……おれ、食べたらホテルに戻る。あ、お金」
バーの店主「んぉ? ああ、いい、いい。どうせまたみねね来るだろ? 息子たちからは金とんなよって言われてっから。んまぁ気にすんな」
蒼哉「いつもごめん。ありがと」
バーの店主「ってーか、作ったのなな子さんだし! はははっ。うんめーなこれ」
なな子「っでもっ! 材料はここのですしっ!」
バーの店主「材料が良くても腕が無けりゃ意味ないよなぁ……」
なな子「っ……」(にまにまして)
蒼哉「なな子、帰りタクシー使うよね?」
なな子「え、あ……。私、歩いて帰りますっ。マンションまで、そんなに遠く無いですし……」
蒼哉「え? いや、」
バーの店主「夜だし。女の子の一人歩きは危ないんじゃね?」
なな子「あはは。大丈夫ですよ~。会社もすぐそこですし。いつも仕事で遅くなっちゃっても帰り歩きですよ?」
バーの店主「んでもここいらは結構物騒だしな……」
なな子「大丈夫ですっ」
バーの店主「蒼お前タクシー代くらい出せよ……」
蒼哉「う、うん」
なな子「平気ですよっ! もう長年ここらへん住んでますしっ! 防犯ベルもありますしっ」
蒼哉「でも何かあったら困るから……」
バーの店主「う~ん……。っ、ごちそーさんっ……」
なな子「あっ……」
蒼哉「なな子、お金……っ!」
なな子「あ~っ! わかりましたっ! タクシーで帰りますっ! でも、おっお金は頂けませんっ!」
蒼哉「でも今日一日無理に付き合わせちゃったし……」
なな子「限定ショップでもご馳走になっちゃいましたし……っ。服とかもいっぱい買って頂きましたので……っ」
蒼哉「でも……っ」
バーの店主「あーお前ら、なんか不毛な感じすっから。ジャンケンしろ。ほら、皿よこせ」
なな子「はいっ!」
蒼哉「あっ、ごっご馳走様っ……」
なな子と蒼哉、バーの店主に食べ終わった食器とスプーンを手渡す。
なな子「えっと……」
蒼哉「……あっ。そうだ! おれ、結婚のお祝い金まだ払って無いんだよっ」
なな子「えっ?」
蒼哉「あの、だからね」(財布から万札を何枚も取り出して)
バーの店主「おい、お前、待て。包みも無しに辰哉も居ないのにナマで何万も嫁さんに直接手渡そうとすなっ!?」
蒼哉「あっ……あっ、あっ……あっ……あー」
なな子「あっ蒼哉さんは、まだお仕事残ってるんです? か?」
蒼哉「えっ、あ、うん……今からちょっと書類仕上げないといけなくって……」
なな子「っ! じゃあめっちゃお忙しいですねっ! もう帰りましょうっ! ほらコート着てっ! 鞄持ってっ!」
蒼哉「はっはいっ……えっ……あぁっ」
なな子「さあ帰って帰ってっ。お仕事、頑張って下さいっ! ほらほらっ」
蒼哉をバーから追い出すなな子。
蒼哉「あっあのっ……。なな子の荷物、そこにあるから!」
なな子「あ、了解ですっ」
蒼哉「……ま、またね!」
バーの店主「おー」
なな子「またメールしますっ!」
蒼哉「うん……っ」
蒼、出て行く。走ってホテルに戻る。
なな子「……ふう……」
笑っているバーの店主。
なな子「……すみませんっ……」
バーの店主「はは。んまあ警察官の嫁なら、そんぐらい押しが強くねえとな」
なな子「あ、蒼哉さんは、でも、あのっ……」
バーの店主「辰哉みたいに優しいでしょ」
なな子「っはいっ。みねねさんの教育が厳しかったんでしょうか?」
バーの店主「まあそれもあるだろうね」
なな子「みなさんとっても優しいです」
バーの店主「んー……あれ? カウンターの下、なんか封筒みたいなの落ちてる?」
なな子「えっ、あっ……っと」
なな子、その大きな封筒を拾う。
バーの店主「蒼のかな?」
なな子「何も書いてないですけど……。ち、ちょっと電話してみます!」
バーの店主「うん」
自分の携帯電話で、蒼に通話を掛けるなな子。
暫く鳴らすが、繋がらない。
なな子「……――…………っ……」
バーの店主「………………出ない?」
なな子「……はい……」
バーの店主「メール入れといたら? まあまた明日か明後日、あいつここ来るだろうけど……」
なな子「でも書類がどうのって仰ってましたよね。もしかしたらすぐに必要なものなんじゃ……。も、もう一回掛けたほうが……っ」
バーの店主「なな子さん、もうすぐに帰っちゃう? もう一杯なんか飲む?」
なな子「あっ……私は、もう帰りますっ……。でも……」
なな子の携帯電話が震える。
なな子「あっ! 蒼哉さんです」
バーの店主「おお、よかった」
通話に出る。
なな子「もしもしっ」
蒼哉『もしもし? なな子?』
なな子「あっ、蒼哉さん?」
蒼哉『どうしたの?』
なな子「あの、蒼哉さんが座っていた席の下に、大きい茶封筒が落ちてたんですけどこれって……」
蒼哉『あっうそっ……! おれのだ……ごめん』
なな子「今もうお部屋ですか?」
蒼哉『うん……あ、でも、戻――』
なな子「お部屋まで持って行きましょうか?」
蒼哉『えっ……! い、いいの? ごめん、本当に』
なな子「平気ですよ! 今行きますね。あ、お部屋の番号って……」
蒼哉『うっかりしてた……。あっ、部屋の番号は……っ。あ……あの、でも、面倒だったら受付に預けてくれればそれで……』
なな子「でも、大事な書類なんですよね?」
蒼哉『うん……ごめん、今ちょっと……。あっ……。ごめん、通信が……っ。今ちょっとモメてて……。あの、大変申し訳無いんだけど、部屋まで持ってきて貰えるかな? 番号、メールする』
なな子「わかりました! マスター。私行ってきますっ」
バーの店主「うん。よろしく」
なな子「はいっ! ご馳走様でした!」
コートを羽織って荷物を持ち。急いで蒼の部屋へ向かう。
なな子「えーと……。あっ、エレベーター……っ」
早足でフロントの前を通り過ぎ、エレベータに乗り込む。
なな子「あっ……。フロントに一言掛けたほうが良かったかな……? ……ま、でも、封筒届けるだけだしっ! 平気かなっ」
蒼哉の部屋がある階に止まる。
なな子「あっ。えっと……。この階だっ……」
蒼哉のメールを確認して。
なな子「……う~ん……。あ…………ここ、かな?」
ベルのボタンを押す。ノックもする。
すぐにドアが開く。
なな子「あっ……蒼哉さ……っ」
蒼哉「Since the finish right now. Wait a little more……」
携帯電話で通話をしながら、なな子を出迎える蒼。
雰囲気のある、プレミアムスイート。荷物や買い物袋が散乱しており、中はかなり汚れていた。
なな子「っ! 通話中……っ」(ややウイスパー)
蒼は手でなな子に謝り。そのまま彼女の腕を引いて中に入れる。奥へと彼女を連れて行き、大きなベッドに座らせて。
なな子「っ……すごい部屋……。色んな意味で……。……っあ、っ……。これ、書類ですっ……!」(ウイスパーで)
蒼哉「ありがとう。本当にごめんね」
なな子「いえっ!」
通話相手は女性の同僚か、携帯電話から声が漏れている。
蒼哉はなな子から受け取った封筒の中身を取り出して。通話を掛けたままパソコンで長い文章を打ち込んでいく。
蒼哉「……I know. Because to follow. Still okay」
なな子「っ……」
蒼哉「悪いけど、少し待ってて貰える?」
なな子「は、はいっ……」
蒼哉「ごめん……」
辺りを見渡すと、大量の書類なども床や机に散らばっていて。大きなベッドのうち手前のベッドには、先日みねねが着ていた服が脱ぎちらかっていた。
なな子「みねねちゃんたち、何時頃帰ってくるのかな……?」
蒼哉「Arrest warrant, indictment, wonder if the affidavit is necessary……」
なな子「お、お茶とか淹れて待ってたほうがいいかな……? いやしかしまずこの乱れたお布団とこの山になったお洋服らを畳んだほうが……」
蒼哉「Maybe, I think there was a exchange of money and goods……」
なな子「なんか凄い話してる……。私、出てったほうがいいんじゃ……」
蒼哉「Turn off the call. The wonder if I even leave later? Yup. Since the return as soon as possible……」
蒼、通話を切り。溜め息を吐く。
蒼哉「なな子……?」
なな子「あっ! 蒼哉さん。お電話終わりましたか……?」(キッチンでお湯を沸かしている)
蒼哉「ごめんね。本当に助かったよ……」
なな子「とんでもないですっ! 今お茶淹れますね! って――勝手にやっちゃってるんですけど、大丈夫ですか?」
蒼哉「うん。あ、茶葉色々あるよ。好きなの淹れて」
なな子「蒼哉さんは、まだ手は空きませんか?」
蒼哉「もうちょい、かな……」
なな子「キッチン……結構荒れてますね……」
蒼哉「あー……お母さんたちがルームサービス取ってそのまま……」
なな子「私ここ片付けちゃいますね。蒼哉さんは私に気にせずお仕事しちゃって下さいっ」
蒼哉「ごめん……。助かるよ……」
蒼、パソコンの前に戻り、作業を再開する。
なな子「蒼哉さん、お忙しいんだなぁ……。……うわ、このボトル、まだ結構お酒入ってる……。わっ、これも……。あ、ワインセラーあるんだ。コルクしてしまっちゃえば平気かな……? ゴミっぽいものはまとめちゃってもいいのかな……? えーと……大事そうなものはまとめてこっちに……っと」
ゴミをまとめて。キッチンとベッドまわりを綺麗に片付けるなな。
なな子「よし。えーと……。食器はとりあえず拭き終わったのまとめておけば後で回収に来て下さるはずっ。……お洋服は……。長期滞在なんだからどこかにきっとネットが……。あ、あった。下着まとめて……っ。コートとかシャツ類はとりあえずハンガーにひっかけてっ……クローゼットにっ収納っ! よしっ。あ、ここワインこぼれてるっ……えーっとっ……なにで拭こう……」
作業を終えた蒼哉が、申し訳なさそうな顔をして近付いてくる。
蒼哉「なな子……す、座っててくれていいのに……」
なな子「ハッ! あっ、すっすみませんっ! 汚いほうが落ち着くんですか!?」
蒼哉「いやそうじゃないんだけど……。っていうかもう、この部屋に来た時みたいに綺麗になっちゃってるね……。すごい」
なな子「余計なことでしたか?」
蒼哉「ううん。ありがとう……。でもお客さんだから……」
なな子「あっ。お茶、どうぞっ。緑茶ですっ」
蒼哉「ありがとう……」
なな子「ワインのほうが良かったですか?」
蒼哉「え? いや。ううん、おれあんまりお酒は得意じゃ無くて……」
なな子「えっ」
蒼哉「付き合いでなら飲むけど……。温かい緑茶とか紅茶のほうが好きなんだ」
なな子「そうなんですね。沢山ワインがあったから、蒼哉さんお酒好きなのかと思いました」
蒼哉「全部お母さんが買ったやつだよ。スーとゲンも、そっちの広いほうで昨日の夜お母さんと一緒になって飲んでたけど……」
なな子「あっ。だからいっぱいおつまみのカスがあったんだ」
蒼哉「汚くてごめんね……。片付けてから出たかったんだけど、朝無理やり追い出されちゃって……」
なな子「平気ですよっ! えっと……でも、綺麗なほうがホテルの方も嬉しいと思うのでっ」
蒼哉「あ、うん……。まあでも、お母さんたち帰ってきたらまた瞬殺だと思うけど……」
なな子「あはは。お仕事出来る人ってお片付け出来ないとか言いますよね……」
蒼哉「そうなの?」
なな子「あっ。芸術家とか!」
蒼哉「芸術家……?」
なな子「あっ。蒼哉さん、このワインボトル、何本かワインセラーに入らなくて……」
蒼哉「えっ……ああ」
なな子「常温で平気ですか?」
蒼哉「うん、いいんじゃないかな……。飲むかどうかも良くわからないけど……」
なな子「あっ。小さい冷蔵庫にスペースがっ。こっちなら入りそうですっ」
蒼哉「あ、じゃあそっちに入れて貰える?」
なな子「はいっ」
蒼哉「なな子はいいお嫁さんだね……」
なな子「へ? そ、そうですか?」
蒼哉「うん。普通他人の部屋掃除するなんて嫌でしょ」
なな子「そうかな……? っあ、あの、ご迷惑でしたか?」
蒼哉「ううん。助かり過ぎて。お金払いたいくらい」
なな子「そ、そんな……。このくらいのこ、と……っ!! ひゃぁっ……!! っ!!」
ワインのボトルに栓をしようとして、手が滑り。ひっくり返して頭からワインを被ってしまうなな子。
床に落ちたワインは首元から割れて。大きな音を立てる。
蒼哉「っ!! なな子!!」
なな子「ああう……やっちゃった……っ」
蒼哉「……っ……だ、大丈夫……!?」
なな子「すっすみませんっ! 手が滑ってっ……ワイン割っちゃいました……っ!」
蒼、なな子のことを抱き締めて。
蒼哉「っ――……」
なな子「あ、蒼哉さ……っ」
蒼哉「……っ」
なな子「あ、あの……」
蒼哉「っ! け、怪我は無い……?」(少し身体を離して)
なな子「はっはいっ!」
蒼哉「クリーニング呼ぶから。なな子はシャワー浴びておいで。髪とかも全部かぶっちゃってる……。臭いついちゃうかも……」
なな子「あ、で、でも。ガラスの破片が……」
蒼哉「やっておくから。……はやくしないともっと染みになっちゃう。急いで」
なな子「は、はいっ……!」
蒼、フロントに電話をかける。
蒼哉「……もしもし、すみません。クリーニングをお願い出来ますか? ……はい、実は……」
数分後。インターホンが鳴り。フロントの人がなな子の着ていた服を取りに来てくれる。
蒼哉「ありがとうございます。なるべく早くお願い出来ますか? ……すみません。では、宜しくお願いします」
扉を閉め。お風呂場へ。ノックをして。
蒼哉「あの、なな子……?」
すぐにドアが開き、ななが顔を覗かせる。
なな子「はいっ! っ、ごめんなさい……! ご迷惑おかけして」(バスタオルを身体に巻いて。ハンドタオルで髪を拭いている)
蒼哉「あっ……! い、いやっ、あのっ……ば、ばバスローブ、上にあるやつ着て……?」(なな子の肩や鎖骨が見えて、動揺する)
なな子「あっはいっ……! あ……っと、届かない……う……っ!」
蒼哉「大丈夫?」
なな子「あ、っ……背が足りなくて……っ」
蒼哉「届かない? ……取ってあげるね」
なな子「すみません……」
蒼哉「よっ。……はい。……あっ。朝着てた服着ればいいんじゃ……っ! ねっ」
なな子「あっ! そうですねっ! っあ……っ!」(身体に巻いていたタオルが解けてしまう)
蒼哉「あっ……!」
なな子「っ……すっすみません……っ!」
蒼哉「み、見てないからっ!! あ、あの、おおれ紙袋取って来るねっ」
なな子「あっありがとうございますっ!」
蒼哉、慌てて脱衣所を出て、なな子の服が入っている紙袋を取って来る。
蒼哉「ハア……。心臓に悪い……」
なな子「あ、あの、蒼哉さん……」(バスローブを羽織りながら、蒼に近付く)
蒼哉「はっへっえっ! なっ、なに!?」
なな子「私の下着も、クリーニングに出しちゃいました……?」
蒼哉「あ、う、うんっ……下着もワイン染みちゃってたから……」
なな子「そ、そうですか……」
蒼哉「ででも、確か昼間に買った下着、あったよね!?」
なな子「あ、そうですね。キティちゃんのっ」
蒼哉「薄緑の……」(紙袋の中を覗いて)
なな子「あっあおやさん! 私自分で出来ますからっ」
蒼哉「えっあっう、うん……っ! ごめん……っ」(紙袋をなな子に手渡す)
なな子「……っ」
蒼哉「あ、あの、さ……なな子」
なな子「う、……? は、はいっ」
蒼哉「そ、それ着けてるところも見てみたいな……なんて……」
なな子「え……えっ!?」
蒼哉「え、あっいや、ごめんうそっ! なんでもないっ! は、はやく着替えて帰ろうねっ! 辰哉心配しちゃうし!」
なな子「た、辰哉さんは明日のお昼まで帰って来ないのでっ……!」
蒼哉「……っ」
なな子「ほ、本当にキティちゃんとか、好きなんですねっ! 来月サンリオデザインのファッションショーで、私ランウェイ歩くんですけどっ……! 蒼哉さんはアメリカにお帰りになっちゃうから……。み、見に来れないですよね……っ」
蒼哉「……キティちゃんもすきだけど……。なな子の可愛い所ももっと見たかったんだ……」
なな子「え……」
蒼哉「ごめん……こういう気持ち、よくないね」
なな子「蒼哉さん……」
蒼哉「帰らないとね……」
なな子「あ、あの、私、服っ着替えてきますっ……」
蒼哉「うん……」
なな子「い、いってきますね……っ」
なな子、再び脱衣所へ。
蒼哉「……はぁ……っ」(ベッドに仰向けになって。手で顔を隠す)
蒼哉「……ばかだな……」
蒼哉「おれのものにはならないんだから……」
起き上がり。窓の外の美しい夜景を暫く見詰めていた。
蒼哉「……」
数分後。ななが着替えて出てくる。
なな子「あ、あの、……っ綺麗ですねっ! 夜景」
蒼哉「ん……あぁ、うん。そうだね……」
なな子「ワイン、ごめんなさい……。みねねちゃんに謝らないと……」
蒼哉「いいんだよ別に。何十本も買ってたから。そんなことより、なな子に怪我が無くて良かった」(ななの頭を撫でる)
なな子「っ……」
蒼哉「……辰哉から連絡来た?」
なな子「あっ……。いえ。私が何時間か前に送ったやつ、既読もついてないので……。忙しいのかも……」
蒼哉「なな子、もう眠たい? はやく帰らないとね……」
なな子「そう、ですね……っ。あ、あの、お片付け、ありがとうございまいた……っ。手とか、切りませんでしたか? 大丈夫ですか?」
蒼哉「うん。平気だよ。おれ、掃除とかあんま得意なほうじゃないけど……。でも、お母さんと弟たちの部屋の掃除とか良くしてるし。向こうは家も広いから。結構手伝いすることも多くて……」
なな子「どじしてばかりで……ごめんなさい……」
蒼哉「いいんだよ。おれたちの為にやってくれてたんだから……」
なな子「そっそう言えばっ……。あの、気になってたんですけどっ。蒼哉さん、私のこと誤解してた、っていうのは……なんのことだったんですか?」
蒼哉「え? あぁ……うん……その……」
なな子「?」
蒼哉「……隣に、座って?」
なな子「……はい」
蒼哉「その……。今の君は……」
なな子「……はい……」
蒼哉「今までなんの苦労も無かったんじゃないかって思っちゃうくらい、光輝いていて。可愛らしくて。美しく見えるんだ。……だから。ご両親が居ないことも、孤児院で育ったことも、育てのお父さんとお母さんが最近亡くなってしまったことも、……辰哉への想いで長年悩んできたことも……。その全てを乗り越えて今自然と笑えてる君は……。とっても素敵で魅力的な女の子だなって思った……」
なな子「……蒼哉さん……」
蒼哉「だから。誤解してた。この子はもっと楽して生きて来たんじゃないかなって。おれの浅い考え」
なな子「そ、そんなっ……浅いとか、そんなことないです」
蒼哉「でも君は、大変な思いをして生きて来たんでしょ?」
なな子「わ、私は……」
蒼哉「とっても偉いね……」(なな子の頭を撫でる)
なな子「今はとても幸せなので……。悲しかったことも苦しかった時期のことも……もう忘れちゃおう、って……。もうどうでもいいのかなって、思えるようになりました。だから……」
蒼哉「それって、辰哉のせい?」
なな子「そ……そうですね……。んー……。私の周りに居る、みんなのおかげです。みんなが私のことを気に掛けて。守ってくれるから……」
蒼哉「……愛されていること、ちゃんと知れたんだね」
なな子「――はいっ。あ、あの、ついでと言ってはなんですが……。私、蒼哉さんに伺いたいことがあるんですけど……」
蒼哉「うん。何?」
なな子「あ……蒼哉さんは……。辰哉さんやみねねちゃんと同じように大変で忙しいお仕事をしていて、辛くなることはありませんか……? 命を懸けていて……。私、凄く尊敬出来るなって思うんですけど……。でも私、最近辰哉さんと結婚して……。なにかあったらどうしよう、って……毎日不安になる瞬間があるんです……。今大丈夫かな、明日はどうなるのかな、明後日も平気かなって……」
蒼哉「そっか……。うーん……。そう、だね……」
なな子「っ……」
蒼哉「おれは……自分が死んでも哀しむ人とか居ないし。……自分は弾丸だと思ってるから。まあ仕方ないのかなって。警察に入ったのは、親がそうだったから、っていう安易な考え。ただの成り行き。自分がやりたいことじゃ無い気がする。簡単に流れで目標を決めちゃえば、後はただそこにはまる為の自分を作ればいいだけでしょ? ……おれは薄っぺらいんだ。誰かを守るふりをして、自分の本当のことを晒したくないだけで……。自分のことどうでもいいんだ」
なな子「……そ、そんな……」
蒼哉「……辰哉みたいに。大切な女の子が居たら、考え方も全然違うんだろうけどね」
なな子「え……。わ、私は……蒼哉さんが危ない目に遭ったら……哀しいです……。いつもご無事でいて欲しいです」
蒼哉「なな子……」
なな子「わ、私なりにFBIのこと色々調べたんですけど……っ! あの、あの、年に四回、射撃の試験があるとかっ。銃は非番でも常に持ち歩かないとならないとかっ! ……日本の警察官とは、求められるレベルも考え方も全然違うなぁって……」
蒼哉「国の考え方がそもそも違うからね」
なな子「そ、そうですよね……」
蒼哉「根本は一緒のはずなんだけどね。テロ、事件、事故の発生を防ぐのが仕事だから」
なな子「あ、それも、どこかに書いてありました……」
蒼哉「……お母さんも、いつも葛藤してるよ。テキトーな人に見えるけど。ふふ」
なな子「そ、そんな。テキトーなんて……っ」
蒼哉「なな子は、スーとゲンに会ったら……もしかしたらがっかりしちゃうかも」
なな子「え、ど、どうしてですか?」
蒼哉「あの二人は、捜査を最高のゲームだと思ってるから。正義とか悪とかそういうものの前に、自分たちのスリルとか楽しさが最優先なんだよね……」
なな子「へ、へえ……?」
蒼哉「変わってるけど、でも……。まだ一年しかFBIに居ないのに。幾つも難事件を解決して来たのは、あの二人に実力があるからなんだよなぁ……。結果的にちゃんと貢献してるし、二人に正義心が無い訳でもないから」
なな子「お二人は、ゲームがお好きなんですか?」
蒼哉「うん。シューティングゲームとか格闘ゲームとか戦略ゲームとか……。パズルも好きかなぁ」
なな子「っはやくお会いしてみたいです」
蒼哉「やかまし過ぎて、なな子怒っちゃうかもよ」
なな子「へっ。だ、大丈夫ですよっ……!」
蒼哉「……長話しちゃった……。ごめん。……送って行くね」(ジャケットとコートを着る)
なな子「え、あっ……へ平気です! ひっ一人で帰れます!」(帰り支度をして)
蒼哉「クリーニングに出したやつ、お正月までには手渡せる日あるかなぁ……。染み抜き、時間かかるだろうな……。朝までかかっちゃうかもね」
なな子「あっ、い、いつでもいいですよっ……!」
蒼哉「うん……。なな子、手を貸して」
なな子「はいっ!」(高速で右手を捧げる)
蒼哉、ななの右手の甲にキスをする。
蒼哉「っ……」
なな子「っ! ……」
蒼哉「大好きだよ」
なな子「あ、蒼哉さん……」
蒼哉「外寒いから。おれのコートのポケットで手繋ごうね」
なな子「へっあっあっ……!」
蒼哉「紙袋持つね。行こう」
なな子「わっすみませ……っ!!」
蒼哉「零時までには家に着くかな」(二人で部屋を出る)
なな子「あっ、あのっ……」(蒼哉のコートのポケットの中で、蒼と手を繋いだまま。ちょっと小走りで)
蒼哉「今夜だけ……」
なな子「っ……?」
蒼哉「この気分のままで……いさせて……」(彼女の耳元で囁く)
なな子「っ!」(真っ赤になる)
蒼哉「……うそ」
なな子「へ……!? あ、あ、あおやさ……っ!」
蒼哉「なな子が嫌だったら振り払ってもいいんだよ」
なな子「い、いえっあのっ……! とっ友達とも手を繋いだりしますから……っ!」
蒼哉「ふーん。友達ね」
なな子「っ! かっ家族ですっ! 蒼哉さんは! お、お、おにいちゃん……っ」
蒼哉「血は繋がって無いよ?」
なな子「ああああのののののの……!!」
蒼哉「ふふふ……」
なな子「わ、私……っあの……私には辰哉さんがっ……」
蒼哉「おれ、向こうに帰ったら友達に自慢するんだ」
なな子「え……」
蒼哉「とっても可愛い妹が出来たんだって」
なな子「蒼哉さ……」
蒼哉「なな子」
なな子「はい……」
蒼哉「おれの知らないこと、今日はいっぱい教えてくれて、ありがとう」
なな子「……い、いえ、あ、あの」
蒼哉「これからも仲良くして欲しいな」
なな子「は……はいっ」
蒼哉「……行こっ」
なな子「はいっ」
蒼哉「あれ……?」
ホテルの玄関前。蒼哉となな子の前方から、三つの影が近付いてきた。
なな子「?」
蒼哉「良かった。会えたね」
なな子「……みねねちゃん……?」
【次話へ続く】