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とらななちょころし!【声劇用】【舞台用】男1女1以上【連載中!!】  作者: 七菜かずは
第二章●虎越一族との再会!! なな子、心ふりふりふりまわされて。
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第八話【男2女2】~新しい恋!? どうしてか、ときめいて。~約40分前後

第八話


出演(MAX男2女2不問1)

虎越とらこし 辰哉たつや  (26)  ♂  :

宇佐美うさみ なな子  (24)  ♀  :

虎越とらこし みねね  (46)  ♀  :

虎越とらこし 蒼哉あおや  (28)  ♂  :

・ナレーション  (※カット可能)  性別不問  :






役解説

虎越とらこし 辰哉たつや  (26)  ♂

 渋谷署の刑事。刑事課係長。ぶっきらぼうだけど優しくて、真面目で、心根は熱い人。ポーカーフェイス。クール。もう七年も彼女が居なかったが、最近入籍した。イタズラをしたり、人が嫌がるようなことはしない。システミカルアロペシア(全身脱毛症)。なな子のことは、自分が彼女に手錠を掛けた過去の逮捕歴のこともあり『教師と教え子』のようなものだと思っていた。が、一緒に住むようになって彼女への意識も変わってしまう。今ではもう、なな子は自分のパートナーとしてなくてはならない特別な存在になってしまった。身長177センチ。靴は27センチ。


虎越とらこし (旧姓:宇佐美) なな子  (24)  ♀

 ウエディングプランナー。自社制作の雑誌にのみ、ドレスモデルとしてよく載っているが、本業は社長秘書。本作ヒロイン。気弱でか細い女の子。照れ屋さん。辰哉のことを幼少期から知っており、ずっと憧れを抱いていた。気配りが出来て家事も出来る「お嫁さんにしたい」タイプ。すこし悲観的で臆病。自分の根本にあるネガティブさを隠す為にいつもポジティブ&笑顔でいることを強く心がけている。連絡がマメで、同性の友人が多い。人見知りしない。身長155センチ。靴は23センチ。最近、辰哉と入籍をし。仕事もいい方向になってきた。


虎越とらこし みねね  (46)  ♀  

 辰哉の実母。FBI。海外でバリバリ働くキャリアウーマン。クールビューティ。黒髪ウェーブの長髪。身長高め。厳しい口調の時もあるが、心根は息子想いでとってもいいお母さん。家事などは基本やらない。元々虎越家は超お金持ちで。日本でみねねが昔生活していた頃から、使用人に囲まれていた。辰哉が今東京で一人で暮らしているのは、親友たちが辰哉の生活を守ると約束してくれたから。辰哉も、祖父母が亡くなった時にはもう十六歳で、一人で生活したいとみねねに訴えた為、辰哉を信じて一人東京に住まわせている。パンが好き。ディズニー好き。プーさんや美女と野獣のベルが特に好き。


虎越とらこし 蒼哉あおや  (28)  ♂  

 辰哉の実兄。長男。FBI。本当は捜査よりも父と同じ警察内部の憲法学者をやりたいと思っている。辰哉にかなり容姿が似ており、全身脱毛症。家族や幼馴染は辰哉と蒼哉の見分けがつくらしい。背は辰哉よりも高く、骨格は微妙に違う。辰哉とは顔と首のほくろの位置も違い、蒼哉のほうが若干垂れ目で優しい表情をすることが多い。右耳に赤黒いイヤリングとピアスをたくさんしている。弟の辰哉はバイクや車や楽器や筋トレやゲームなど男っぽいものに詳しいが、蒼哉はとにかく可愛いものが好きで、超怖がり。警察に入ったのは自分の弱さを少しでも強くする為。スポーツや武道は何をやらせても腕が立ち、冷静な判断力も十分にある為、蒼哉が本当は気弱で大人しいと思っている人間は少ない。誰よりも心が優しく、うさぎや小動物、粘土アニメやぬいぐるみが好き。特にサンリオの可愛いキャラクターが好き。






 ――再開幕。


ナレーション「自宅アパ-トが火事に遭い両手を火傷してしまった宇佐美うさみ なな子を、自宅マンションでかくまっていた、刑事の虎越とらこし 辰哉たつや。二人は、お互いの過去のしがらみにより、好意を寄せてはいけないとわかっていても、徐々に惹かれていました。微妙な距離を保っていた二人ですが、勇気を出して想いを伝えあい、これからも共同生活を続けて行くこととなったのです。そして先週、辰哉の親や同僚たちの後押しの甲斐もあり、めでたく二人は交際飛び越え電撃入籍をしたのでした。昨夜から、東京にある高級ホテルにて豪華なプチハネムーン気分を味わっている辰哉となな子。隣の客室に母親が泊っていると朝知った辰哉は、なな子を置いて慌てて部屋を出て行ったのでした」


 東京のとある高級ホテル。日曜の早朝。辰哉の母のみねねと兄の蒼哉は、辰哉となな子が泊まっていた客室の隣の部屋で一晩過ごしていた。

 煌めくタイトな黒いドレスを着て大きなソファに一人座り、ミネラルウォーターを飲んでいるみねね。

 スーツに着替えながら、みねねの話を聞いている蒼哉。 


蒼哉「……宇佐美 なな子……さん?」


みねね「そう。辰哉の幼馴染の、うさななちゃん。ダンカンハウスできさきたちと一緒に育った子なの」


蒼哉「そうなんだ……」


みねね「今は、自社が出してる結婚雑誌で、限定モデルをやってるらしいわよ。メインは社長秘書みたいだけど」(蒼哉に結婚雑誌『レディミスト』を開いて手渡す。純白のドレスを身に纏った可愛らしく美しいなな子の笑顔を指さす)


蒼哉「……っ……かわいい……」


みねね「ほんとにねぇ……。タツが記憶を無くしても、ずっと想ってくれていたみたいよ」


蒼哉「そうなの?」


みねね「って雄之助が言ってた」


蒼哉「へえ……」


みねね「……あお、さっき届いた花束、彼女に渡して来て」


蒼哉「え、あぁ……うん。わかった」


みねね「あたしは、先にラウンジに行ってるわ。じゃあ宜しく」


 ジャケットを羽織り、颯爽と出て行ってしまうみねね。

 蒼哉も外へ出ようと、ルームキーを持ちドアノブに手を掛ける――。


辰哉「……あお?」


 ドアを開けると、そこには蒼の弟の辰哉の姿があった。


蒼哉「辰哉……。久しぶり」


辰哉「みねねは?」


蒼哉「今ラウンジに行ったよ」


辰哉「えっ? ……ったく! ちょっと行ってくる」


蒼哉「うん。あ、これお嫁さんに……」


辰哉「え? あぁ、今部屋に居るから。先声掛けてあげて。じゃっ」


 みねねを追い掛けて走って行ってしまう辰哉。


蒼哉「あっ……たつっ……」


 渋々、ななと辰哉の部屋のチャイムを鳴らす、蒼哉。


蒼哉「はぁ……。ちょっと緊張する……。こわい子だったらどうしよう……」


なな子「……は~い! (モニターを見て)……? 辰哉さんっ? (ドアを開けて)どうしました? あ、ルームキー忘れちゃいました……?」


 彼女の眩しい笑顔に引き込まれ。先程見た紙面上の写真やモデル姿の時よりも美しく、可愛らしく見えた。


蒼哉「っ……あ、あのっ……」


 ななに、カラフルで豪華な花束を差し出す蒼哉は、戸惑い。手が震えていた。 


なな子「っわあ~っ! 凄い花束! どうなさったんですか!? これ、みねねさんからですか!?」


蒼哉「う、うん……っ!」


なな子「ふふっ……! ぎゅー」(蒼哉に抱き着く)


蒼哉「!!」


なな子「んっ……」(蒼哉の唇にキスをする)

蒼哉「んっ……!?」


なな子「んぅ……」

蒼哉「っ……!」


なな子「ん、っ……。あ、あっ! 辰哉さん、ちょっと来てくださいっ」


 蒼哉の手を引いて、奥へ連れて行く。


蒼哉「あっ、あっ……あの……!」


なな子「見て下さいっ。昨日はつぼみだったお花が、今朝になったら咲きかけてて……っ!」


蒼哉「っ……」


なな子「あ、あのね……。さっき辰哉さんが出て行っちゃって……。私、凄く寂しくなっちゃって……。最近は特に、毎日一緒に眠れる日も少なかったから……。なんだかとっても……私……」


 なな、蒼の頬に手をそえて。目を伏せて。再びキスをしようとする。


蒼哉「あ、の……っ! そ、そのアイスの……っフォックストロット……。き、きれいだね」


なな子「……っ――。……辰哉さん……お花の名前なんか……」


蒼哉「あの、おれは……」


なな子「あ、あの、アイスチューリップのこと……」


蒼哉「……君の唇は……花の蜜みたいだ」


なな子「っ……」


 客室の扉が、勢い良く開く!!


蒼哉&なな子「っ!?」


みねね「蒼」(つかつかと堂々と入って来る)


蒼哉「あっ……お、お母さん……」


なな子「っ! おかあさん!?」


みねね「ルームキー、忘れて来ちゃった。部屋開けて。眼鏡掛けたいの」


蒼哉「あ、う、うん……」


なな子「あ、あの……っ」


みねね「久しぶりね。ななちゃん」


なな子「久しぶり……?」


みねね「私のこと、覚えて無い?」(髪をまとめてポニーテールにしてみる)


なな子「っ!? み、ねね……ちゃん!? みねねちゃん!?」


みねね「ふふ。そうよ」


 ななとみねね、抱き合う。


なな子「わあ、みねねちゃん!! みねねちゃん!!」


みねね「思い出した?」


なな子「はいっ! 今でも昔みねねちゃんに教わった関節技、私っ得意なんですよっ! あと、正拳突きとかっ」


みねね「あー……その件に関しては色んな奴に怒られたわ……」


蒼哉「お母さん……辰哉は?」


みねね「ん? ラウンジに居るわよ。席取らせてある」


蒼哉「えっ……。わ、悪いよ……。こ、これルームキー。おれも先に行くねっ……」


 蒼哉、慌てて部屋を出て行く。


みねね「あっ。ちょっと蒼っ!」


なな子「……蒼……?」


みねね「うん。長男の蒼哉。辰哉にそっくりでしょ。蒼哉だけは産まれてすぐにカリフォルニアの私の両親に預けちゃったから、ななちゃん……一度も会ったこと無いわよね」


なな子「は、はい」


みねね「四十五階のラウンジで、ななちゃんも一緒に朝食食べましょ」


なな子「っはい! あ、お花、ありがとうございました! とっても綺麗ですっ……」


みねね「まあとりあえずね。結婚おめでとう」


なな子「あ、あの、ご挨拶もまだでしたのに……っ!」


みねね「いいのいいの! じゃあごめん、あたし、ちょっと部屋に寄ってからラウンジに行くから」


なな子「あっ。私も、すぐに行きますっ……!」


みねね「ん。じゃね」


 みねね、部屋を出て行く。


なな子「……確か十二時にチェックアウトだから……。この花束はこのままで平気かな……。んー……(巨大鏡の前で、再び身なりを整えて)っと。平気、かなっ。よしっ。私もルームキーを持って……っ。貴重品も持って……っ。あっ……ちょっと髪直してっ……あーっ。お、お化粧してないっ! やばいっ!」


 パパッと化粧を済まして。


なな子「ん~……。……っと、よーし、んー……(口紅を付けて)まっ。……おっけーかな。……いざ、しゅっぱつっ!」


 なな子も部屋を出る。ドアを開けた瞬間、先程の蒼哉とのキスを思い出して笑顔が固まる。


なな子「あー……っ!!」


 青褪める。


なな子「わ、私……っ! なんてことを……っ! あ、蒼哉さんに謝らないと……っ!」


 全速力で、ラウンジに向かった。






 なな子がラウンジに急いで駆け込むと、辰哉と蒼哉がビュッフェの列に並んでいる所が見えた。

 窓際の席に座っているみねねに呼ばれるなな。

 

みねね「ななちゃん! こっちこっち」


なな子「あっ。みねねちゃん……っ」


 みねねの傍に駆け寄る。


みねね「今二人に食事取りに行かせてるから。ななちゃんは飲み物を取ってきて貰える?」


なな子「はいっ! みねねちゃんは、なにがいいですか?」


みねね「ホット珈琲と牛乳とオレンジジュースとジンジャエール!」


なな子「了解ですっ! いってきます!」


 ダッシュで飲み物を取りに行くなな子。


辰哉「なな!」(呼び止める)


なな子「あっ。辰哉さん」


辰哉「なに食べる?」


なな子「わぁ~色んなパンがありますねぇ……。どれがいいかなぁ」


蒼哉「あ、あの……」


なな子「ハッ! あっあおやさん!! あ、あの!! さっきはごめんなさい……!!」


 勢い良く頭を下げた。


辰哉「?」  

蒼哉「あ、っ……」


辰哉「なに?」


なな子「っ!! あ、あの、その、あの、」


蒼哉「さ、さっきね、辰哉とおれを間違えたみたいで……」


なな子「っ……」


辰哉「あーそうだったんだ。ごめん、似てるって言ってなかったっけ」


なな子「はっはっはっはい! ごめんなさい……!」


蒼哉「おれのこと辰哉って呼んじゃったんだよね」


なな子「えっあっアッ」


辰哉「そっか。ごめん。先に言っとけば良かった」


なな子「いっいえ!! あ、あ、あのっ……」


蒼哉「さっき、お花喜んでくれてありがとう。おれが選んだんだ」


なな子「っ、そ、そうだったんですか……」


辰哉「なな、クロワッサンとこのレーズンのパン食べる?」


なな子「はっはい! ぜんぶ! ぜんぶ食べます!」


辰哉「全部は無理だろ。パン二十種類以上あるよ」


なな子「っ! そうですね! わ、私飲み物取ってきます! みねねちゃんに頼まれたのでっ! 行ってきます!」


辰哉「? ……なんかテンパってるな」


蒼哉「いつもああなの?」


辰哉「うーん……。まあ、そうかも。テンパりやすいかな……」


蒼哉「緊張してるんじゃない?」


辰哉「そうだろうなぁ……」


蒼哉「可愛いね。あの子」


辰哉「うん」


蒼哉「いいな、辰哉は。いつも……」


辰哉「ん? 何?」


蒼哉「ううん。なんでもない。……パン、お母さんいっぱい食べるから、とりあえず全種類持って行けばいいんじゃないかな。小さいし四人で分ければ食べきれるよ」


辰哉「そっか。そうしよ」


辰哉「よっし。じゃあ後は野菜とかテキトーに盛って……っと」


 蒼哉と辰哉、両手のお皿にパンや野菜を沢山盛り付け。みねねが待つ席へと戻る。


辰哉「戻ろっか」


蒼哉「うん」


辰哉「ふぁぁ……」


蒼哉「辰哉もあんまり眠れなかったの?」


辰哉&蒼哉「ベッドがふかふか過ぎて……」


蒼哉「ふふ。おんなじ」


辰哉「はは」


蒼哉「お母さん、お待たせ」


みねね「ありがと! あーお腹空いた。いただきまーす」


 ななも戻って来る。


なな子「お待たせしましたっ! ホット珈琲と、牛乳と、オレンジジュースと、ジンジャエールですっ!」


みねね「ありがと!」


辰哉「え、それ全部みねねの? なな、自分のは?」


なな子「あっ!」


蒼哉「おれ取って来るよ。なにがいい?」


なな子「あっあのっ温かい紅茶を……!」


みねね「(パンを頬張りながら)紅茶ってフレーバーいっぱいあるんじゃない?」


なな子「っ! そうですね! や、やっぱり自分で行きます!」


蒼哉「うん。タツは?」


辰哉「水とホット珈琲」


蒼哉「うん。じゃ、二人で行こっか」


なな子「はいっ!」


 ななと蒼、ドリンクコーナーへ。


みねね「なにこのパン! かった!! 歯が欠けそう!」


辰哉「え? どれ」


みねね「これこれ! あげる!」


辰哉「わかったわかった」


みねね「やわらかいのがいい!」


辰哉「これがいいんじゃない」


 なな、蒼哉に会釈して。


なな子「あ、あの、さっきは……そのっ……ふ、フォローして下さってっ……あ、あり、あ、」


蒼哉「なんのこと?」


なな子「えっ……」


蒼哉「あ、紅茶。アップル、シナモン、アッサム、ダージリン、……色々あるね」


なな子「あっ、あ……っ」


蒼哉「おれは煎茶にしようかな」


なな子「……っ、蒼哉さん……」


蒼哉「うん?」


なな子「ありがとう……」


蒼哉「(ななのことを少し撫でて)ふふ。おれ、ずっと妹が欲しかったんだ」


なな子「っ……わ、私も……! 兄弟が欲しかった……です」


蒼哉「なな子は一人っ子なの?」


なな子「は、はい」


 なな、ダージリンティーをガラスのポットで作る。


蒼哉「一番下の双子はね……」


なな子「っ! あ、蒼哉さんも双子だったんですよね!?」


蒼哉「っ……。聞いたんだ……」


なな子「……はい……。昔はお姉ちゃんが居たんだって……。辰哉さんが」


蒼哉「……物心つく前だから。ほとんど覚えて無いけどね」


なな子「そうなんですか……」


蒼哉「……もうこの話はしないで。母が悲しむから」


なな子「す、すみませんっ!」


蒼哉「ううん。……君も、そんな顔より笑ってたほうがずっといいよ」


なな子「え……あ」


蒼哉「辰哉の為にも。いつも笑っててあげて」


なな子「は、はいっ……」


蒼哉「戻ろ」


なな子「はいっ」


 二人、みねねと辰哉が待つテーブルに戻る。


みねね「(パンを頬張りながら)すぐに婚姻届け出したの?」


辰哉「ああ、うん」


なな子「っ! あ、あの、保証人の欄……! ありがとうございました! 婚姻届けも、わざわざ用意していただいたみたいで……っ!」


みねね「うんまあ座って」


なな子「はいっ」


蒼哉「辰哉、はい」(飲み物を手渡す)


辰哉「ありがと」


なな子「蒼哉さんは昔からアメリカ暮らしなのに……。日本語が凄くお上手なんですね……?」


蒼哉「あぁ、家とトレーニングスクールと日本学校では、日本語だったから……」


なな子「学校はアメリカの日本学校だったんですか……」


蒼哉「あ、違うけど……」


みねね「作法のスクールのことよ。お茶とか、お花とか、書道、剣道、柔道……とか。私の親が習わせていたの」


なな子「どうして蒼哉さんだけ預けていたんですか……?」


みねね「んー。丁度日本での仕事が忙し過ぎてねー。あたしも旦那も。子供ちゃんと育てる自信が無かった。で、私の両親が暇を持て余してたから。都合良かったのよ。将来的には同居しようと思ってたし。それに……。日本は危険かな、って……」


なな子「あ……」


 なな子、辰哉の姉が殺された直後の話だと悟る。


辰哉「お父さんいつ来んの? 朱哉すぅや玄哉げんやは?」


蒼哉「お父さんは今の時期は……いつも通り。署内の書庫に引きこもってる」


なな子「書庫に……?」


みねね「本の虫なのよ」


辰哉「あー、今ってそっちは雨ばっかだっけ」


みねね「そうねぇ。あの人、普通の人より憂鬱になりやすいから」


蒼哉「秋頃に図鑑と辞書の総入れ替えがあったから、夢中になっちゃう時期でもあるんだよね」


みねね「スーとゲンももう日本に来てるわよ」


なな子「弟さんですか?」


蒼哉「うん」


辰哉「どこに居んの」


みねね&蒼哉「さあ……?」


辰哉「ええ……? また?」


なな子「同じホテルじゃないんですか……?」


蒼哉「うん。飛行機も別だったし……。まあその内連絡来ると思うけど」


辰哉「相変わらずマイペースだな……」


みねね「ここは一度泊まってみたかったのよ。私が」


辰哉「あっ。そうだよ! 予約取ってくれてんなら言っといてよ!」


みねね「あれ? 言ってなかった?」


辰哉「マルさんには言っておいたんでしょ?」


みねね「そうね」


蒼哉「だからおれから連絡するよって言ったのに……」


みねね「いいじゃない。無事にこうして泊まれたんだから。レストランで食事も昨日出来たんでしょ?」


辰哉「うん、まあ……」


なな子「あ、あの、ご馳走様でした!」


みねね「いいのいいの。あたしと蒼のついでだから」


なな子「でもこんな高級ホテル……」


みねね「親の遺産……遺言でね。息子たちが結婚した時にはたんまり贅沢させろよって言われてるの」


なな子「え……。カリフォルニアのおじいさんとおばあさん、って……」


みねね「あぁ、まだ生きてる生きてる。でもちょっとボケてきちゃっててね。お金はほとんど私が管理しているの」


蒼哉「辰哉にいつも会いたい会いたいって言ってるよ」


辰哉「そっか……」


蒼哉「なな子も。会いに来てあげて欲しいな」


なな子「っはい、是非!」


みねね「挙式はななちゃんの会社で挙げるんでしょ? チャペルがあるって聞いたわよ」


なな子「えっ……あー……」


辰哉「まだ考えて無いんだけど……。やったほうがいい?」


みねね「そうねえ……。あっ。まだ決まって無いんならさ。ディズニーランドで挙げましょうよ!」


蒼哉「でたでた……」


なな子「ディズニーランドで、ですか……?」


みねね「っそう! あたし、プーさんとか美女と野獣が好きなの」


なな子「あっ……。だから婚姻届けも……」


辰哉「顔に似合わずな」

蒼哉「黄色いキャラクターばっかり」

みねね「何!?」


辰哉&蒼哉「なんでもない……」


みねね「なによ。蒼だってウサギとかケロケロしてるやつ好きでしょ!」


蒼哉「おれはただのサンリオ派だから……」


なな子「さんりお?」


蒼哉「あっ……」


辰哉「この二人ちょっと変わってんの」


みねね「なによ。あんただっていい趣味してるじゃない」


辰哉「オレは別に普通だよ」


みねね「ホラー映画とかグロ系の映画とか」


辰哉「別にマニアとかじゃないって」


蒼哉「じゃあもうそういう系のDVDとか家に無いの?」


なな子「あ、ありますよね……」


みねね「あんたちょっとは遠慮しなさいよね。ななちゃんもそういうの得意なの?」


なな子「い、いえ、私は、ホラーとかはちょっと……」


辰哉「ななには見せて無いって」


みねね「無理やり趣味を押し付けたりするんじゃないわよ」


辰哉「わかってるよ」


みねね「蒼。ガーリックトーストとクリームのパンとクルミパンおかわり。あと林檎ジュースとカフェオレと炭酸水と野菜ジュース。取ってきて」


蒼哉「うん。わかった」(離席する)


辰哉「おい……。たまには自分で動けよ……」


みねね「はあ? 誰が腹痛めて十か月も苦し~い思いして、あんたたちのこと産んだと思ってるの! あんたの今の幸せは、あたしが苦労した結果なんだからね!」

辰哉「はいはい」


みねね「ななちゃん。女はいつだって男より偉いんだから。少しでも立場が悪くなるような発言や行動があったらこいつの趣味のもの全部捨てなさい。車だろうとバイクだろうと楽器だろうと!」


なな子「えっえっえっ」


みねね「……今の仕事は、好き?」


なな子「えっはっはい!」


みねね「同じような仕事が出来るのなら、どう? こっちで一緒に暮らさない? 就職先は私が探すの協力するし」


なな子「え……」


辰哉「おい」


みねね「今やってるのって、モデルと……秘書? と、雑誌編集? でしょ?」


なな子「は、はい」


みねね「三つも仕事任されてて大変ね」


なな子「あ、で、でも、やり甲斐は感じてて……」


みねね「貴女が今、本当にやりたいことって何?」


なな子「……料理研究……です」


みねね「料理研究?」


なな子「はい。……やっとそれに気付けたっていうか……。辰哉さんの生活も不規則ですし、もっと身体にいいものを追求したいなって……」


みねね「いいじゃない。本を出したり、教室を開いたりしたら? 資格は持ってるの?」


なな子「い、一応……持ってます。そういう学校に行っていたので……」


みねね「そうなの。……タツ、貴方のパートナーとしては勿体ないくらいね」


辰哉「まあ……そうだな」


なな子「そっそんなことありませんっ」


みねね「謙遜しなくていいのよ」


なな子「警察のお仕事のほうが立派ですから……!」


みねね「……そうかしら」


なな子「え……」


みねね「警察が必要無い世の中になったほうが、いいと思わない?」


なな子「……っ」


みねね「例えば、もっとロボットに支配された世界になって。人が悪さを出来なければ。ね。悪を未然に防ぐ必要も無くなる」


なな子「そうなったら……。みねねさんは他にやりたいことがあるんですか?」


みねね「……そう、ねえ……。あっ。ディズニーランドでポップコーンの売り子とか!?」


なな子「え!」


辰哉「歳考えろよ……」

みねね「は?」


なな子「ロボットが支配しているような世の中なら、ポップコーンの売り子もロボットがやっているような気がしますけど……」


みねね「ああ……そうねえ。そうかも」


なな子「百年後、二百年後って、人々は仕事が無くなっていそうでこわいですよね……」


 蒼が帰って来る。


蒼哉「お待たせ」(みねねの前に、パンと飲み物を置く)


みねね「蒼はどう思う?」


蒼哉「うん?」


みねね「AIに支配されてる世界の、人間の仕事について」


蒼哉「何ソレ。こわい。映画の話?」


辰哉「オレらが生きてる間は関係無い話だろ」


蒼哉&みねね「そうかな……」


なな子「ふふっ。虎越家はみんな、仲良しなんですね」


みねね「んーまあそうねえ」


蒼哉「喧嘩もするよ?」


なな子「えっ? 蒼哉さんでも怒ったりするんですか?」


蒼哉「まあ、弟たちが悪さばかりするしね……」


みねね「ななちゃんももう家族なんだから。遠慮しなくていいのよ。言いたいことがあったら言って」


なな子「え、あ……」


みねね「貴女はご家族も居ないみたいだから……。いつでもあたしたちのことを頼ってね。なんだって、協力するから」(なな子に連絡先を手渡す)


蒼哉「あっ……。おれの名刺も。はい」


なな子「っ! ありがとうございます……! あ、私の名刺も……! っ。はい、お願いします」


みねね「……変わった名刺ね」


なな子「っはい!」


蒼哉「なな子は、どうしてモデルをしているの?」


なな子「えっと……」


 楽しい団欒は続く。






 次の日。

 辰哉のアパート。昼過ぎ。

 昼食を食べているななと辰哉。


辰哉「なな、もう正月休みに入るの?」


なな子「あ、はい。……でも、ちょっとだけ仕事持って帰って来ちゃってて……」


辰哉「新しい雑誌の?」


なな子「はい。コンセプトと資料だけでもまとめておこうかなって」


辰哉「ほどほどにして、ゆっくり休めよ。ずっと忙しかったんだから」


なな子「……辰哉さんも。また今日も当直なんて……」


辰哉「この時期はね。……ごめんな。寂しい?」


なな子「っ平気です! あの、今夜、蒼哉さんとみねねちゃんはまた別のホテルにお泊りだって言ってたじゃないですか」


辰哉「ああ」


なな子「夜一緒にそこでディナーだけでもどうだって誘って下さってて……。あっ。弟さん二人も、そこのホテルにいらっしゃるみたいで!」


辰哉「そうなんだ。メールしてるの?」


なな子「はい!」


辰哉「良かったね。オレの分もご馳走になってきな」


なな子「っ。はい……」


辰哉「明日、まあいつも通り残業あるかもだから……。待ってなくていいからね」


なな子「あ、え……っ」


辰哉「みねね、ななと一緒に買い物に行きたいって言ってたよ」


なな子「あ……」


辰哉「もし誘われたら、行ってきたら?」


なな子「いいんですか? でも私、辰哉さんが帰ってきた時に……一緒に」


辰哉「連絡して。合流出来たらするし」


なな子「……はい」


 辰哉、スーツのジャケットを羽織り、コートを着て。ななの頭を撫でる。


なな子「……辰哉さん。今日も、お気をつけて……」


辰哉「うん。……っ」(彼女の額と唇にキスをして)


なな子「いってらっしゃい」


辰哉「いってきます」


 辰哉、鞄を持ち、玄関へ。彼を見送るなな。

 玄関のチャイムが鳴る。蒼、ノックもする。


なな子&辰哉「?」


辰哉「誰だろ」


 玄関を開けると、そこには蒼哉が立っていた。


蒼哉「あ……」


辰哉「蒼?」

なな子「蒼哉さん」


蒼哉「こ、こんにちは」


辰哉「どうしたの」


蒼哉「お、お母さんが、なな子のこと迎えに行って来いって……」


辰哉「まだ昼過ぎだけど……」


蒼哉「えっ。ごめん。母が連絡入れるからって言ってたんだけど……また来てない?」


なな子「は、はい……」


辰哉「んー、まあいいや。ごめんオレ出勤しないと。蒼とりあえず時間あるならゆっくりしてって」


蒼哉「あ、うん。いってらっしゃい」


辰哉「うん。じゃ」


なな子「いってらっしゃいっ」


 辰哉、ななの頭を優しく撫でて。外に出て行く。


蒼哉「……」


なな子「蒼哉さん、お茶でも如何ですかっ」


蒼哉「あ、う、うん。上がっていいかな」


なな子「はいっ。どうぞどうぞ!」


蒼哉「お邪魔します」


なな子「ふふ。……本当にそっくりだから……。なんだか変な感じがします」


蒼哉「そ、そっか……」


 なな子、蒼哉をリビングに招き入れる。


蒼哉「あ、あの、これ。カリフォルニア限定のアリスの紅茶とティーポットとカップのセットらしいんだけど……」


なな子「ふぇっ!?」


蒼哉「お母さんが買っておいてくれてて。昨日お花と一緒に渡すつもりだったらしいんだけど……。忘れてたみたい」


なな子「あっ……わあ……。あ、開けてもいいですか……?」


蒼哉「うん。お嫁さんに、って。用意したものだから」


 白い大きな箱の中には、アリスのティーポットと四つのカップ。それと四種類の紅茶のフレーバー缶詰が入っていた。


なな子「わあ、可愛い! ありがとうございます! 実は先日ポットを割ってしまったばっかりで……っ!」


蒼哉「え……そうなの」


なな子「はい。私が長年使っていてもうチップも酷かったので、買い替えようかなって思っていた所だったんです」


蒼哉「なな子はディズニーは、嫌いじゃない?」


なな子「あ、好きですよ。アリス」


蒼哉「っ。そうだったんだ……。良かった……!」


なな子「? ふふ。アリスが嫌いな知り合いでも居たんですか?」


蒼哉「まあ、うん……。えっと……。手、洗ってくるね」(コートを脱ぐと、なながそれを預かってくれる)


なな子「はいっ。お茶のご用意してますね」


 なな子、鼻歌混じりにお湯を沸かしながら。ティーカップとポットを丁寧に洗う。カウンターに茶葉が入っている缶詰を並べて。


なな子「……ストロベリーティ、カモミールハーブ、アプリコット……。ハニーアップル……」


蒼哉「好きなの、入ってた?」


なな子「あ……っ。どれも大好きですっ」


蒼哉「えっ?」


なな子「えっ?」


蒼哉「あ……。そ、そう……なん、だねっ」


 何故か気まずくなる二人。


なな子「ど、どうぞっ。好きな所にお座り下さいっ」


蒼哉「あ……。うん……」


 カウンターの一番端の席に座る蒼哉。


なな子「……っ」


蒼哉「え……な、なに?」


なな子「あ、い、いえっ。カウンターの一番手前の席に座る人ってはじめて見たなあって……思って」


蒼哉「え……あぁ……」


なな子「そう言えば昨日の朝も……。一番下座に……。出口に近い席に座りましたよね」


蒼哉「……そうだね。癖かな」


なな子「? ……あっ。蒼哉さんは、何飲まれますか? えーと、今用意出来るのが珈琲か緑茶か……。あ、昨日は煎茶と、ローズヒップティー飲んでましたよね」


蒼哉「あ……う……えっと、なな子が飲みたいものと同じので」


なな子「……私は……。折角なのでっ。ハニーアップルかストロベリーティにしようかなって思うんですけど……」


蒼哉「ど、どちらでも」


なな子「わかりましたっ。ちょっと待ってくださいね」


蒼哉「う、うん」


なな子「……あっ。そうだ。実は蒼哉さんに見せたいものがあって」


蒼哉「え?」


なな子「えっと……。っ……あ、あった……。っ」(テレビの棚の下に並べられている結婚雑誌の中から、去年号のものを探し。二冊の『レディミスト』を手に取る)


蒼哉「?」


なな子「蒼哉さんっ。これ……実はサンリオとうちの会社がコラボした号で……」


蒼哉「えっ!」


なな子「あ……。き、昨日蒼哉さん、サンリオがお好きだって仰ってたから……」


蒼哉「見ていいの?」


なな子「はいっ。色んなモデルさんがキティちゃんとかマイメロちゃんとか、可愛いコーディネートドレスを着ていたりとかして……。式場も……っ」


蒼哉「うわあ……かわいいっ……」


なな子「あ、お茶。はい、どうぞ」(蒼哉の隣に座る)


蒼哉「ありがとう」


なな子「あ、あの……」


蒼哉「宝箱みたいな本だね」


なな子「え……」


蒼哉「……あ。ね、これってなな子だよね」


なな子「うわっ」(自分が写っているページを両手で隠そうとする)


蒼哉「あーちょっとっ。邪魔しないでっ」(雑誌を高く上げて)


なな子「あううっ」


蒼哉「これって、リルリルフェアリルのりっぷじゃない?」


なな子「え、そ、そうですっ! 知ってるんですか!?」


蒼哉「とっても可愛いね。本物の……チューリップのフェアリルみたい」


なな子「っ……あ、ありがとうございます……。それ、メイクも濃いから誰も私だって気付かないのに……。蒼哉さん、よく気付きましたね」


蒼哉「瞳はカラーコンタクト入れちゃってるの? これ」


なな子「っそ、そうです」


蒼哉「なな子の紫の瞳って……吸い込まれそうなほど美しいけど」


なな子「あ……っ……実は私、この目、結構コンプレックスで……」


蒼哉「そうなの? 人と違うから?」


なな子「はい……。で、でも、りっぷちゃんのピンクの瞳も、普通とは違いますよね……」


蒼哉「おれも、赤い目はウサギみたいだって……昔よく言われて。嫌だった」


なな子「……でも、虎越一家ってみんな……」


蒼哉「うん。目が赤い。お揃い。……おれは一人じゃなかったけど、なな子はずっと一人だったんだね」


なな子「……はい……」


 蒼、ななの頬を、指の背でそっと撫でて。


蒼哉「……気にする必要なんか、無いよ。……なな子がいつか辰哉との子を産んだらきっと、同じ紫の瞳の子なんじゃないかな」


なな子「……どうでしょうか」


蒼哉「……もし違っていても。なな子は一人じゃないよ。家族が居るよ」


なな子「……はい」


蒼哉「辰哉の……」


なな子「?」


蒼哉「ど、どこが好きなの?」


なな子「え、あっ……えーと……」


 蒼哉の携帯電話が震える。


蒼哉「あっ。ごめん。……っお母さんだ。……もしもし?」


みねね『もしもし、蒼?』


蒼哉「どうしたの? 今どこ?」


みねね『あたしのカード、蒼持ってるわよね?』


蒼哉「うん、預かってるよ」


みねね『ヒカリエに行ってななちゃんに服と靴を買ってあげて。あとメイクと髪も。予約しといたから。時間に余裕があったらネイルもさせてあげて』


蒼哉「えっ……」


みねね「今夜泊まるホテルの地下のバー、知り合いがやってるのよ。彼女を紹介したいの。今よりもいい女に仕上げて連れて来て。二十時はちじ集合。丁度に来なさいね」


蒼哉「あっ……おかあさっ」


 通話が切れる。


蒼哉「参ったな……」


なな子「みねねちゃんですか?」


蒼哉「うん。ごめん、なな子。今すぐ行かないと間に合わないかも……。出掛ける支度、してくれる?」


なな子「えっ、はっはいっ」


蒼哉「ちょっとおれ電話してくるから。準備終わったら声掛けて貰える?」


なな子「はい!」


蒼哉「ごめんね……」


 蒼哉、駅ビルの中に入っている美容院とフルメイクをして貰えるお店の電話番号を調べ、片っ端から電話して行く。


なな子「……蒼哉さんって……。辰哉さんより心広い気がする……」


 なな子、急いで着替えて。タイツを穿いて。サッとメイクをして。身支度を整える。


なな子「んー……っと。今日は……。コートは……これっ。手袋は、これっ。マフラーは、これっ。バッグは、これっ。よしっ! お財布、メイクポーチ、ケータイ、ティッシュと、ハンカチ! 最小限っOK! よしっ。――あっ! 鍵鍵っ……」


 準備をあっという間に終えて。リビングに居る蒼哉に声を掛ける。


なな子「蒼哉さん。私、出られますっ」


蒼哉「えっ。もう!?」


なな子「はいっ。蒼哉さんは、お電話終わりました?」


蒼哉「あ、うん。どこ予約したのか、丁度全部わかったから……」


なな子「予約?」


蒼哉「ごめんね。車の中で説明するっ。……わっ、もうあと三十分しかないっ! なな子、行こうっ」

なな子「っ!?」


 蒼哉、なな子の手を引いて。外へ連れ出す。






 蒼哉となな子、マンションの地下の駐車場で青い外車に乗り込む。二人ともシートベルトをして。すぐに出発する。

 

なな子「この車って……どこかでレンタルしたんですか?」


蒼哉「ううん。車収集家やってる友達の。年末年始はいつも借りてるの。母や弟たちが渋谷以外にも行きたがることが多いから」


なな子「辰哉さんもだけど……。やっぱり男の人って車とか好きなんですかね」


蒼哉「おれはあんまり詳しく無いけど……。普通の男の子なら、そうなんじゃないかな」


なな子「……あの」


蒼哉「うん?」


なな子「あ……えっと……」


蒼哉「どうしたの?」


なな子「蒼哉さんは……あの……っ」


蒼、優しく笑って。


蒼哉「言いにくいこと?」


なな子「……い、言いますっ」


蒼哉「ふふ。どうぞ」


なな子「その……。蒼哉さんは……他人の生き方に寄り添っていそうというか……。自分を隠していそうで……。その……」


蒼哉「っ……」


なな子「つ、辛くありませんか!」


蒼哉「ふふ……。あははっ」


なな子「えっ! あーあのー! すみません、急に失礼なこと……っ!」


蒼哉「ううん。……君はやっぱり特別で、キュートな女の子なんだね」


なな子「え、いや……あ……」


蒼哉「フェアリルだもんね」(ななのことを撫でる)


なな子「い、いや、あれはただのコスプレで……」


蒼哉「あの雑誌、おれ、買い取ってもいい?」


なな子「えっ?」


蒼哉「その……。もっとよく見たいな」


なな子「あ、い、いいですよ! あげます。もう一部ずつあるので!」


蒼哉「本当? いいの?」


なな子「はいっ! 持って来れば良かったですね」


蒼哉「お正月の時でいいよ」


なな子「……はい」


蒼哉「……辰哉が君のこと好きなのは、そういう感性の高さもなんだろうね」


なな子「わ、わかりません……」


蒼哉「……おれは、いいんだ。これで」


なな子「……我慢しながら、生きて。ってことですか?」


蒼哉「うん。なにで頑張っても、一番にはなれないから。だから……。主張しないように……。光みたいな人たちを支えて生きようかなって」


なな子「……私には、その生き方のほうが、難しいように見えます」


蒼哉「……そうかも知れないね。君や辰哉とか、お母さんとか。誰かの一番になれる人間には、きっとわからないこと……。なのかな」


なな子「蒼哉さん……」


蒼哉「おれは、選んで貰ったことがないから」


なな子「……どういうことですか」


蒼哉「いつも、恋人とか旦那さんが居る人を好きになっちゃうんだよね」


なな子「っ……」


蒼哉「好きだよって言って貰えても。いつもその人には一番好きな人が居て。……だから。おれが一番になることは無いんだ」


なな子「っ。あ、蒼哉さんにも、いつかきっと、運命の一番が現れますよ!」


蒼哉「……」


なな子「――と、思うのですが……! ど、どっ……。っ……すみません……。いつかのことなんて誰にもわからないのに」


蒼哉「なな子は……」


なな子「はい」


蒼哉「ずっと辰哉のことを一人で想い続けてたって聞いたけど……。辛くは無かったの?」


なな子「……私は……」


蒼哉「うん」


なな子「去年か一昨年、久しぶりに辰哉さんと再会して。でも……。辰哉さんは幼稚園の時の私のことも。小学生の時も。高校生の時のことも。全然覚えていなくて……。……冷たい人になっちゃったのか、いじわるされてるのかも、わからなくて。……だから。……物凄く、辛かったです。……まるで、ずっと好きだった人が……。事故か病気で死んじゃったんじゃないかってくらい……」


蒼哉「……」


なな子「でもそれは、私のせいなのかなって……」


蒼哉「どうして?」


なな子「……私が言ったんです。……小学生の時、アメリカに行っちゃうたつにぃに……私のこと忘れて。って。……あの人は、私の頼みを聞いてくれただけだったのかも知れない」


蒼哉「……そう……。だから、向こうで辰哉の口からなな子のことを聞くことは無かったのかな。……高校生の、時も?」


なな子「……あの時のことも……」


 ヒカリエの駐車場に辿り着き。駐車する。


蒼哉「……ごめん。もうやめよう」


なな子「えっ……」


蒼哉「君にそんな顔させたかった訳じゃないんだ」


なな子「あの、でも」


蒼哉「降りよう。着いちゃったから。とりあえず最初はヘアメイクから……」


 二人、車を降りて。蒼哉は最初の目的地までなな子をエスコートする。


なな子「あ、そっそう言えば、みねねちゃん、なんて言ってたんです?」


蒼哉「あ。今夜、おれたちが泊まってるホテルのバーの主人が、みねねの知り合いで。なな子のことを紹介したいんだって」


なな子「えっ。わ、私ですか!?」


蒼哉「うん。だからうんとお洒落させて連れて来てくれって」


なな子「うわあ……。緊張しますね……それは……っ! 大丈夫かな……っ」


蒼哉「なな子はそのままでも十分綺麗だから。大丈夫だよ。ナチュラルエレガントを目指せば完璧なレディだよ」


なな子「あ、あの、でも、私そばかすとかありますしっ」


蒼哉「若さの象徴だよ。可愛いよ。日本人でそばかすがある子は少ないから。モデルとしては重宝されるでしょ?」


なな子「っ。社長も前にそんなことを言ってましたっ……!」


蒼哉「うん。とっても可愛いよ。英語圏じゃチャームポイントだよ。気にする必要なんか無い。君は誰よりも可愛くて、笑顔が似合ってて。魅力的だよ」


なな子「……そ、そうですか……?」


蒼哉「うん。辰哉だってそう思ってるよ」


なな子「どう、ですかねっ……」


蒼哉「帰って来た時に聞いてみたら? それか今メールしてみるとか」


なな子「あっ。……お、お仕事中は……っ。なるべくメールとかしないようにしているんですっ」


蒼哉「そうなの? どうして?」


なな子「ご、ご迷惑になるかなって……」


蒼哉「今日も愛してるよって毎日メールしてあげたほうが、活力になると思うけど……」


なな子「えっ!? そ、そうですか!? ……男心って……そういうものですか?」


蒼哉「多分ね。おれと辰哉の思考回路って結構似てるから。そうじゃないかなぁって。なな子も、辰哉からそういうメール貰ったら嬉しいでしょ?」


なな子「あ、は、はい。そうですねっ」


蒼哉「不思議だよね。世界で一番大好きな人が、自分のことを一番大好きな状況って。奇跡よりも凄いことだと思う」


なな子「……蒼哉さん」


蒼哉「おれには縁が無い話な気がするけどっ」


なな子「っ……そんなふうに、笑わないで下さい……。みねねさんだって、辰哉さんだって、蒼哉さんがそういう人をいつか見付けるって。きっと思ってます」


蒼哉「……なな子」


なな子「? はい」


蒼哉「君は優しいね」


なな子「……そんなこと……無いですけど……」


蒼哉「……っ」


 蒼、ななの左手をそっと取り。自分の親指に口付ける。


なな子「っ!」


蒼哉「……」


 二人の手は、同じくらいに熱くて。

 蒼哉はゆっくりと顔を上げ。悲しく微笑む。

 その姿が。輪郭と、影が。とても痛々しく。胸を締め付けた。


蒼哉「……君が二人居ればいいのに」


 瞳が緩む。


なな子「っ――……」


 繋いだ手が、もっと熱を帯びて。

 心も頭も追いつかない。

 彼がなにかの感情と一緒に、一瞬だけ触れたなな子の薬指の輪が。

 ――弾け飛んでしまうかと思った。


【次話へ続く】

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