第一話【男3女2】~甘い甘いこの気持ちで。チョコレート溶かすくらいの、その熱で。……何回も出会うこと、決まってた。~約60分前後
第一話
CAST
・虎越 辰哉 (26) ♂ :
・宇佐美 なな子 (24) ♀ :
・丸山 慎二 (24) ♂ :
・丸山 雄之助 (46) ♂:
・栗原 奈津子 (26) ♀ :
役解説
・虎越 辰哉 (二十六歳) ♂
渋谷署の刑事。刑事課係長。ぶっきらぼうだけど優しくて、真面目で、ハートは熱い人。ポーカーフェイス。低音。もう七年も彼女が居ないらしい。丸山親子のようにイタズラをしたり、人が嫌がるようなことはしない。全身脱毛症。
・宇佐美 なな子 (二十四歳) ♀
ウエディングプランナー。ヒロイン。気弱でか細い女の子。虎越のことを幼少期から知っており、憧れを抱いている。気配りが出来て家事も出来る「お嫁さんにしたい」タイプ。
・丸山 慎二 (二十四歳) ♂
渋谷署の刑事。虎越の後輩。キャリア。犬っころみたいになつっこい。甘え上手。合コンばかり開いて遊び歩いているらしい。誰にでも優しくて明るい。
・丸山 雄之助 (四十六歳) ♂
渋谷署の刑事。慎二のお父さん。家族や虎越の前ではテキトーな発言が目立つ。刑事課課長。妻に尻に敷かれている。お小遣いは一日五百円。虎越辰哉の母親、みねねの親友。
・栗原 奈津子 (二十六歳) ♀
池袋署の女刑事。虎越とは警察学校での同期だった。サバサバしていて自信家。ふんわり茶髪でゆるふわカール。女っぽいけど男っぽい所もある。お洒落さん。数年前までは渋谷署に居たらしい。
――――開幕。
●プロローグ●
暗闇の中。
ほんの少しの光が差し込んで。
宇佐美 なな子と虎越 辰哉が現れる。
大雨の音。
現在よりも、ほんの少し前のこと。
未来よりも、幻想のような世界。
なな子「虎越、さん……?」
躓いて、転んで。……顔を上げたら、そこには彼が居た。
虎越「宇佐美……?」
ななを傘に入れてあげる。
なな子「覚えていますか? 小さい頃のこと……」
虎越「小さい頃?」
なな子「そうです。一緒に……手を繋いでくれた。……なのに。ごめんなさい……」
彼女の、細い手をそっと取る。
虎越「……俺は、お前のあんな顔はもう見たくない。わかってるだろ、お前を逮捕したのは俺。留置所に入れてお前を泣かせたのも俺だった」
なな子「……苦しめて、ごめんなさい。何度も、迷惑掛けて、ごめんなさい……っ」
虎越「もう……会わない方がいいと思う」
なな子「虎越さんは……」
虎越「俺はお前のこと……」
以下、二人同時に。
なな子「私の、神様だった」
虎越「好きになりたくないんだ」
耳の中を引き裂くような、騒がしい音楽。はじまりは、昨日。
渋谷。肌寒い平日の夕方。
刑事の親子二人が、家路についていた。
慎二「お父さーん!」
雄之助「ん、あ慎二か……」
慎二「もー! 待っててッて言ったのに! 先に帰らないでよぉっ」
雄之助「悪ィ悪ィ。いやなに、トラん所寄ってから帰ろうと思ってなぁ……」
慎二「えっ。僕も行く!」
同じ刑事課の部下でもあり先輩でもある『トラ』が住むマンションは、二人が住んでいるマンションの隣にある。
雄之助「アイツ今日非番だろ?」
慎二「うん!」
雄之助「どうせまた、何も食わずに家で寝てるんだろうと思ってな」
慎二「先輩ってほんと出不精だよねぇ……」
雄之助「なんか買ってってやるか」
慎二「えー出前取ろうよう。今日お母さん夜勤だって言ってたし。晩御飯無いじゃん」
雄之助「そっか。そうだな。出前もいいな」
慎二「先輩、お寿司好きだしさっ! ねっ!」
雄之助「じゃあトラに金出させるか」
慎二「さんせーいっ♪ あ、先輩折角警部に昇進したのに、自分になんにもご褒美買ってないって言ってたよ?」
雄之助「え。まじか」
慎二「だからー! 今度美味しい所連れてって貰うんだー! 合コンにも誘うんだー!」
雄之助「へー……て、そう言や慎二、お前昼間交通課に呼び出されてなかったか?」
慎二「あぁー、えーとー?」
雄之助「まさかまたスピード違反でもしたんじゃねぇだろうな」
慎二「ちちち違うよー!! 違うよー! ただそのーあのーえーっとー」
雄之助「また勝手にパトカー使用書の偽造でもしたか」
慎二「そっそんな昔のことまだ覚えてるのー!?」
雄之助「先月のことだろ!」
慎二「ぼぼぼぼ僕は刑事課長の息子だよー!? 偽造なんてする訳ないじゃんっ。エヘヘッ」
雄之助「まったく。あんまトラに迷惑かけんなよな。お前があいつと組みたいって言うからわざわざ俺が……」
慎二「そう言えばさっ! 昼間! 火事あったみたいだよねっ! 駅の向こうでっ?」
雄之助「話そらすなよ……」
慎二、道端でうずくまっている女性を発見する。
慎二「!? お父さんあの人、どうしたのかな?」
雄之助「ん? ……あの子って……」
慎二、駆け寄って。
慎二「あのっ! 大丈夫ですか!?」
栗原「っ……ぁ……」
腹痛で蹲っていた栗原 奈津子。
慎二「どうしました!? 警察呼びます!?」
雄之助「いや救急車だろ」
栗原「い、いえっ! 大丈夫ですっ! ちょっとお腹が痛くて……っ。あたた……」
雄之助「栗原?」
栗原「ん?」
慎二「あれ? 栗原先輩!?」
栗原「丸山警部!? えっ、なっ、なんっ!? なんでっ!?」
雄之助「おうおうどうした。また腹減ってんのか?」
慎二「ちょっとお父さん! 女の子にそんなの失礼だよっ! きっとアレだよ! 月に一回来る乙女病だよっ!」
栗原「お腹が空いてぇぇぇぇぇええ」
慎二「まじ!?!?」
雄之助「こいつ燃費悪いんだよ」
慎二「栗原先輩ここ管轄違うのになんでうちの近くに居るんです?」
栗原「えっ? う、うち?」
慎二「うん。うちの警察すぐそこ。うちのマンションそれ」
栗原「あーそっか……。渋谷の駅前で買い物してて……さっきまで近くの友達の家で遊んでて……」
慎二「へーそうだったんだ」
雄之助「慎二。栗原も連れてこう」
慎二「え? 虎越先輩ん家?」
雄之助「うん。栗原。今日虎越ん家で寿司食うけどお前も来い」
栗原「ええ寿司!?!? っ喜んで!! ラッキー!!」
慎二「たっ立てますか!?」
慎二、栗原に手を貸して起こしてあげる。
栗原「ありがとうっ! 虎越くん家はじめて行くけど突然押しかけても大丈夫ですか!?」
雄之助「平気だろ。警察学校の同期なんだし」
栗原「そっかっ! よーしっ! 食いつくすぞーっ!」
栗原、雄之助が指した先に走って行ってしまう。
慎二「美人なのに可愛いというかパワフルな人だよね……」
雄之助「んー」
トラのマンションの入り口。
栗原「何階ですかー!?」
慎二「九-!」
栗原「ハーイ!」(九階のボタンを連打する)
九階までエレベーターで行き。トラの部屋の前に着いた二人。月明かりが、三人を照らしている。
慎二「もーっ! お父さんはやくカギ出してよっ!」
栗原「お寿司ーっ! お寿司ーっ!!」
雄之助「あぁわかったわかったってっ! クソッ。慎二もココのカギあんだろうが!」
慎二「今日忘れちゃったっ」
雄之助「ったくもう。一体誰に似たんだろうな?」
慎二「お父さんだよっ?」
栗原「あーあれですよね。丸山警部って、虎越くんの育ての親的な」
雄之助、ポケットから鍵を取り出し。開ける。
雄之助「そうそう」
慎二「せんぱーいっ! お邪魔しま――――」
三人のまなこに飛び込んで来たのは、男女二人の姿だった。
慎二「す」
髪がボブの少女なな子は白いタオルを身体に巻き付けた状態で泣いていて。
スキンヘッドの男虎越は白いタオルを腰に巻き付けた状態で少女の両腕をしっかりと握っていた。
雄之助&慎二&栗原「……」
なな子&虎越「……」
全員固まる。
なな子&栗原「ッ!!?!」
慎二「ッきゃ――――――!!?!?!?!?!?」
雄之助「邪魔したな。おい慎二帰るぞ」(玄関を閉めて退散しようとする)
慎二「すみません先輩お邪魔しました!!!!!!」(半泣き)
虎越「待て待て待て待て待て待て待て!! 誤解だ!!」
雄之助「ここは九階だろうが!」
虎越「っそうゆーことじゃ……っ!!」
慎二「先輩いつから彼女なんて出来たんですか!!!!」
栗原「はれんち!!」
玄関を閉めようとする雄之助&慎二と、玄関を開けようとする虎越の猛攻がはじまる。
虎越「かっ彼女じゃねーし!!」
雄之助「はあ??」 栗原「何々?」
虎越「彼女じゃないんだって!!」
慎二「でもじゃあなんで二人してそんな!! はだかなんですか!!」
虎越「これはーだからー!! こいつが火事にあって!!」
雄之助&栗原「火事?」
慎二「かっ火事にあったら可愛い女の子家に連れ込んで服脱がしてもいいんですか!!」
虎越「だからぁ! ワケがあって……っ!」
慎二「先輩、やっぱり僕が見込んだ男です……っ! 男の中の男ですっ!」
虎越「慎二ちょっと待てって聞けって!」
雄之助「慎二、どけ……」
慎二「ッ!? お、お父さん……?」
雄之助「虎越……。俺は、大親友の頼みだからって。何十年もお前を息子のように大切に育ててきた訳じゃねぇ……」
虎越「マルさん……」
雄之助「アメリカに居るお前の両親に代わって……。ヒトコト言いたい!」
虎越「な、なに」
雄之助「っ少子化だからな! 避妊はするな!! ハイッ! 慎二も一緒にっ!!」
雄之助&慎二「少子化だから♪ 避妊はするな♪!!!」
栗原「あはははははははははは!!」
リピートしてゆく。盛り上がる。かなり近所迷惑。
虎越「何こいつら最低!! 開けろコルァ!!!! ……ッ! やめろって! 宇佐美が怖がってんだろっ!」
慎二「宇佐美?」
雄之助「俺達は警察官代表としてお前に助言しているんだ」
栗原「そうだそうだー!」
虎越「やめろよそんなんだから警察がいちいちネットで叩かれるんだよ!! ってかなんで池袋署の栗原が紛れてんだよ!!」
栗原「下で餓死しかけてた所を丸山警部と慎二くんが拾ってくれたのっ!」
虎越「あーそー!」
なな子「あ、あの……」
慎二「先輩っ! その子、色白で細くって可愛いですねー! へー! 先輩ってそういう子がタイプだったんだー! でもどっかで見たことあるような……」
虎越「慎二コロス!!」
慎二「えっ。からかってなんかないですよぉ? ね~お父さん」
雄之助「そうだそうだ。おい、事後ならはやく二人で風呂に入れ。今夜は冷えるぞ」
虎越「だーかーらー! 誤解なんだってー!」
なな子「あの……っ! 本当に誤解なんですっ! 虎越さんは、私の身体を洗おうとして下さっていただけで……!」
雄之助「な ん と」
栗原「ヤバー!」
慎二「先輩ご馳走様です!!」
虎越「やましい意味はないんだよ!!」
雄之助「はあ??」
慎二「先輩……。ここまできてそれはないでしょ! 彼女に失礼でしょ!」
虎越「だから彼女じゃないんだって!!!!」
雄之助「そのーなんだ。風呂プレイってやつか?」
なな子「ふぁっ!?」
慎二「今流行りの、風呂殺しってやつじゃない? アレだよ! チョコレートローションとか使ったりするやつ!」
栗原「エロス!!」
雄之助「そ、そんなことするのか!? おい虎越! お前も刑事のはしくれなら、まずは無難に制服プレイとかから入門すべきだろ!」
虎越「なんの話だよ」
慎二「ミニスカポリスの制服なら、僕持ってますよ!」
栗原「あっあたしも持ってる! 今度持ってきてあげる!」
虎越「なんで!」
慎二「え?」
なな子「っへくちゅ!!」
虎越「っ! ……だ、大丈夫か」
なな子「は、はひ……」
雄之助「虎越……。早く風呂に入ってこいって」
虎越「だから!」
慎二「よく見れば宇佐美さん、顔とか腕とか黒いススみたいなのついてますけど……」
虎越「あ、両手も火傷しててさっき病院連れてったんだよ」
慎二「火事ってご自宅が? アパート? ですか?」
なな子「は、はい……。朝全焼しちゃって……」
雄之助「まじかよ」
なな子「でも虎越さんとたまたま一緒に居たので……その……かくまって貰うことに……なったんです……」
慎二「あっ。思い出した! 宇佐美さんってアレだ! 虎越先輩が仲いい孤児院出身の人たちとよく一緒に居る子でしょ! 写真で顔見たこともあるし……。お父さんも。何度か会ったことあるよね」
雄之助「そーだったか?」
慎二「そーだったって! ですよね?」
なな子「は、はい。そう、です……」
雄之助「……手の平の火傷って、酷いのか?」
虎越「うん、かなり。無理矢理燃えてる家の扉こじ開けて中飛び込んだからコイツ……」
慎二「ええー!?」
栗原「デンジャラス!」
雄之助「で。なんでさっきは泣かされてたんだ?」
なな子「なっ泣かされてないですっ」
虎越「友達とか。あーその、孤児院出身のやつらに電話したら。みんな旅行とか行っててこいつ泊まれるとこなくて……。こんな手してるから漫喫とか行っても補助が無いとなんも出来ねーし……」
なな子「ここの所友達とかみんな結婚式ラッシュだったので……っ! うううっ……! 頼れるのがもう虎越さんしか居なくて……っ! 申し訳なさすぎて……っ!! で、でも、明日の午後私仕事で大事なプレゼンがあって……っ! こんな臭くて汚れた身体じゃ他社さんには行けないので……っ! やむなく……!! やむなく……っ!!!!」
虎越「仕方ねーし……。腹くくれよ」
なな子「っでも! 虎越さん彼女居るし!!」
慎二「ええ!?」
虎越「アレ彼女じゃねえって言ってんだろ!!」
慎二「だ、誰のことですか?」
なな子「私のこと今日診て下さった女医さん。凄く美人で黒髪で長くて……」
慎二「あーあー。神谷さん?」
栗原「神谷菜月さんっ?」
虎越「そう。あいつが勝手にベタベタしてくるだけだって」
慎二「先輩、いっつも自分の好みじゃない子からモテるんだよなぁ……」
雄之助「とにかくまあ苦しい言い訳ではあったが事情はわかった」
虎越「言い訳じゃないって!」
慎二「先輩と宇佐美さん、もう晩御飯食べました?」
虎越「え」
なな子「そ、そう言えばお昼もまだでしたね……」
慎二「っじゃあ出前取ろー♪ 出前♪ ねっ。お父さんっ」
雄之助「おー。トラ、俺ら勝手に一杯やっとくわ。ごゆっくりドーゾ」
慎二&栗原「お寿司ーお寿司ー♪」
リビングへと去って行く丸山親子と栗原。急に静かになる。
なな子「あ、あの……虎越さん」
虎越「……さっさと入ろ」
なな子「はっはいっ!」
虎越「……はぁ。あ、ちょっと待て。このままだと包帯濡れるな……。えーと……ビニール被せるか」
包帯に巻かれたななの両手にビニールを被せて輪ゴムで止める。
なな子「……虎越さんて、昔から……」
虎越「ん?」
なな子「昔から、すっごく優しいですよね……」
少しだけ見詰めあう二人。恥ずかしくなり、ぱっと目を逸らす虎越。ななも照れ笑いして。
お風呂場の中に入って行くななと虎越。
雄之助「確か俺のホッピーがここいらに……。お、あったあった。つまみは……。お、新しいチーズ発見……。イカ焼くかぁ。栗原お前何飲むー?」
栗原「ビール!!」
雄之助「はいビール」
栗原「ありがとうございます!! (グラスに手酌でビールを注いで)よーしっ。警部っ! かんっぱーいっ!」
冷蔵庫の中や戸棚の奥に隠しておいたビールや焼酎、酒類をカウンターに並べる雄之助。
慎二は出前の電話を手慣れた感じで済ましてゆく。
慎二「あっ。もしもーし! えっと、出前お願いしたいんですけど……。あはいっ。んっと、上寿司の詰め合わせを五人前とー。あっ、あと茶わん蒸し……三個! あとはー、んーとー」
カウンターの椅子に座り、大画面のテレビを点ける雄之助。雄之助とは席を一つ開けて一番手前の席に座っている栗原。
今朝の火事のことがニュースになっていた。
キャスターの解説と共に、悲惨な火事の映像が映し出される。
雄之助「……これか」
栗原「ん?」
慎二「じゃあお願いしま~す。……よっし。オッケー。あ、お父さん。僕もビール貰ってい?」
二人の間の席に座る慎二。
雄之助「ん。慎二のグラスコレ」
栗原「お注ぎするねっ」(瓶ビールを慎二のグラスのほうに傾ける)
慎二「すみませんいただきますっ! (テレビを見て)……あっ。えーこれやっぱうちの近くじゃん! これ宇佐美さん家!?」
栗原「んん!?」
雄之助「負傷者無しって……。あの子結構な火傷したって言ってなかったか?」
栗原「包帯でぐーるぐーる巻きでしたねっ」
慎二「報告しなかったんじゃないかなぁ?」
雄之助「そんなバカな」
慎二「大変だね。火災保険とかってどこまで対応してくれるのかな?」
雄之助「火事にあったことがねえからなあ……どうだろうなぁ……。まぁ起こっちまったもんはしょうがねえよな」
栗原「貴重品とかは早めに再発行しないと困りそうですよね……」
慎二「宇佐美さん可哀想だな……。一人暮らし……っぽいよね?」
雄之助「そうなんじゃねーの」
栗原「ご家族って……元々いらっしゃらないのかな?」
雄之助「~……」
雄之助、自分の鞄から盗聴器を出して電源を入れる。
慎二「!? ……お父さんそれって……!? とっとうちょうきジャナイ!?」
栗原「っ!? ちょっと警部!?」
雄之助「慎二。虎越のベッドに仕掛けてこい」
慎二「何!? 何命令!?」
雄之助「最高の夜だったらお前のオカズにしてもいい!!」
栗原「ええええっ!?」
慎二「ぐっ~っ!! ダメだよ!! 僕先輩を裏切れないよ!! ちっちゃい頃から兄のように慕って来たたっつんを……!! 盗聴なんてぇ出来ないよぉ~!!」
雄之助、慎二を睨み付けてゆっくりと立ち上がり。慎二のまわりをぐるぐるとまわりながら威圧してゆく。怯える慎二。
雄之助「慎二……。この家には、布団は一組しか、無い。あいつらもはじめは譲り合うだろう。んがしかし! 布団の代わりになるようなものはここには無く、あるとすればあの……小さなソファーくらいだ。しかし俺達刑事は激務だ。それに彼女もハプニング続きで疲れていることだろう……」
慎二「じ、じゃあ……。例え一緒に寝ることになったとしてもぉ……! なにも起こらず寝ちゃうんじゃなぁー……?」(笑って誤魔化す)
雄之助「っお前だったら可愛い女子の寝顔がゼロ距離で手を出さないのか!?!?」
慎二「っ出しますうううう!!!! だっだっだ出すかなぁ!?!?!?」
栗原「ちょっとーっ!? 女の敵!!」
雄之助「まあ聞け。この小型超高機能キコエルンデス君は、なんと最長168時間もの連続録音が可能だ。しかも、人を感知していない時は勝手にスリープモードになり。そして! どんな小声をも逃さない」
慎二「いっ一週間以上録音が可能って、こと……!? 凄い……! 凄すぎる……っ! 何!? どこの電気メーカーの開発!?」
雄之助「企業秘密だ! っしかしさあ!! 行ってこい……!!」
栗原「慎二くん!」
慎二「でっで、で、で、でも……!! あのー先輩のプライベートを守るのも……っ! 僕は……っ! 僕は先輩のバディとして……っ!」
雄之助「もし……。うさみんが悪女だったらどうする」
慎二「うっ……うさみんが……悪女!?」
雄之助「そうだ! 勝手に突然こうして虎越の家に転がり込んできた可愛らしいあの子が、もし金目当てであいつに近付いてきたんだとしたら……どうする?」
慎二「そ、そんな……。あんな純粋そうで可愛らしい女の子が……」
雄之助「女なんてな! みんな……腹ん中は悪魔なんだよ……」
慎二「っ!!」
栗原「微妙に否定出来ない」
雄之助「お前は、あいつの為にコレを仕掛けるべきだ。いざとなった時、あいつを守るのはお前だ。慎二」
慎二「僕が……先輩を……守らないと……」
雄之助「そうだ。お前は犯罪を犯すんじゃない。家族を守るんだ!」
慎二「っ……! 行ってくる……っ!!」
栗原「っ慎二くん……っ!!」
慎二「っ止めないで下さいっ! 栗原先輩……! 僕は……僕はぁっ!」
栗原、慎二の両手を握って。
栗原「慎二警部補。このことは……私たちだけの秘密よ!」
慎二、大きく頷く。
栗原「気を付けてね……! この事件、難解よ……! でも大丈夫! 貴方は立派な丸山警部の息子だもの! 先輩刑事の心と体を……っ守るのよ……!!」
慎二「っ必ず解決してみせます!! お父ちゃんの名に懸けて……!!」
雄之助「お父ちゃん名探偵じゃないから……」
寝室に向かって走り出した慎二は、お風呂から出てきた虎越とぶつかる。勢いよく倒れる。
慎二「わぷっ!?」 虎越「あっ!?」
栗原&雄之助「ッ!?」
虎越「なんだ、どした……」
慎二「せ先輩!?」
雄之助「はやっ。もう上がったのか?」
虎越「うん。まあシャワーだし」
雄之助「もっとゆっくりしてこいよぉ」
虎越「なんで」
なな子、虎越の後ろからひょこっと顔を出す。
慎二「あ、う、うさみんっ」
なな子「すっごい手際よくピカピカにしていただきました……」
慎二「うさみん、パジャマ買ったんですか?」(よそよそしく! 盗聴器を自分のポケットに隠す)
栗原「わー可愛いパジャマっ」
なな子「あ……。えっと、服は色々と……実は、お医者さんの……神谷さんが大量に下さって……」
虎越「あいつ妹が下着と服のブランド立ち上げたばっかで。病院の自室にタグついた服いっぱいあるからって貰ったんだよ」
慎二「へー! ラッキーでしたね!」
栗原「んー!? こっこのブランドって……! 今雑誌とかでめっちゃ話題になってるやつじゃないですか!?」
なな子「あ、は、はい~。ふふ。そうなんですよ。……あ、虎越さん、明日また神谷さんの病院行った時にお金包もうと思うんですけど……」
虎越「いらないっつってたろ? 清楚系の服は着ないしあいつ胸でかいからSサイズの服とかあってもゴミになるだけなのになーっつって貰ったんじゃん」
なな子「た、確かに神谷さんよりは胸小さいですけど……」
栗原「えーでも別に小さいってほど小さくないですよね?」
なな子「えっ、えっと……」
雄之助「何カップ?」
慎二「お父さん! 初対面の女の子の胸の大きさ聞いちゃダメでしょ!!」
なな子「Cの75です」
雄之助「へー」
慎二「答えなくていいのに!? 先輩微妙に笑顔固まらないで!?」
栗原「おんなじだーっ!」
なな子「へっ!? うそっ」
栗原「ほんとほんとっ」
慎二「恥じらい!」
雄之助「胸も洗ったんだろ?」
慎二「ちょっと!?」
雄之助「火傷治るまでは毎日一緒に風呂入るんだろ?」
慎二「お父さん!!」
なな子「む、むねは……」
虎越「あっ洗ってない!!」
なな子&慎二&栗原「え!?」
雄之助「は? 何お前じゃあ何してきたの? 彼女が明日先方に『この子胸がコゲ臭い』って言われて企画通らなかったらお前のせいだぞ」
なな子「!?!?」
慎二「いや~流石に胸だって洗ったでしょ~。ねえうさみん……」
なな子「わっ私もお酒いただいてもいいでしょうか!?」(目がぐるぐるしてる。雄之助の隣に座る)
慎二「逃げようとしてる!? だ、大丈夫!? そう言えばうさみんて何歳なの!?」
雄之助「十代だろ?」
慎二「とか言って彼女に渡したコップにどばどばワインつがないでお父さん!!」
なな子「にっにじゅうよんさいです!! いただきます!!」
慎二「えっ。僕とタメ!?」
なな子「えっと……」
慎二「あ、す、すみません。自己紹介したっけ……。僕、虎越先輩と同じ刑事課の丸山 慎二です。で、そっちのオジサンは同じく刑事課の。僕のお父さんで雄之助」
なな子「慎二さんと、雄之助さん……」
慎二「あはは。同じ丸山だけど、署内の人たちはお父さんのことマルさんって呼んで僕のことはマルくんって呼ぶ人が多いかなー」
なな子「マルくんと、マルさん」
慎二「お好きなように」
なな子「は、はいっ」
栗原「あ、私はそちらの三人とは違う管轄で働いてます。栗原 奈津子と申します~」
なな子「栗原さん」
栗原「虎越くんとは一応同期で、昔は私も渋谷署に居たんですけど。今は池袋署で働いてます」
なな子「栗原さんも、刑事さんなんですか?」
栗原「今はそうですねー。刑事課にいます」
なな子「お部屋に刑事さんが四人も……!」
栗原「あはは。んでもあんまり刑事っぽくないですよね~あたしたちって。骨格細いし。緩いとこ緩いし」
慎二「確かに」
なな子「そうですね……」
虎越「宇佐美、髪乾かすから俺の部屋来て」
部屋を移動する虎越となな。
なな子「ぁはいっ! ……? 虎越さんて昔からずっとスキンヘッドですけど……。ドライヤーあるんですか? そう言えばシャンプーも新作のがあったし……コンディショナーも……」
虎越「大人には色々と事情があんだよ……」
なな子「ハッ! そ、そうですね! 彼女とか来たら使いますもんね!」
虎越「……」(頭を掻く)
静まるリビング。
雄之助と慎二、酒に口をつけて。
慎二「もう一回聞くけど……。本当にこの盗聴器セットするのぉ?」
栗原「シンジ、ガンバ♪」
慎二「慎二やだなぁ……」
雄之助「んー……あの子……何年か前に留置所で見た気がするな……」
慎二「えっ? まっまっさかぁ~」
雄之助「……」
栗原「警部?」
雄之助、自分の鞄から薄型のノートPCを取り出し、警察のデータベースにアクセスする。
慎二「ちょっ……!? お父さんこのデータって警視庁の……!? 外から入っていいの!?」
雄之助「セキュリティかかってるし問題なし」
慎二「ほんとにー!?」
雄之助「栗原も。黙ってろよ」
栗原「りょうかーい♪」
慎二「栗原先輩って昔からお父さんの言うことに何でもイエスだけど何か弱みでも握られてるの……?」
雄之助「……確か……三年か四年位前の……。――あった。見てみろ」
雄之助のPCの画面を覗き込む慎二と栗原。
慎二「孤児院出身の人たちの誘拐事件!? これ!? こんなことあったの?」
雄之助「妙な事件だったからなぁ……」
慎二「あ、ここのニュースの記事見ていい?」
雄之助「ん」
慎二「――……え、この人たち、被害届出さなかったの? 『負傷者が多く出たが、事件としては取り扱われなかった』……って、なんで?」
雄之助「犯人は宇佐美 なな子。あの子で間違いないと言われていたが……」
慎二「逮捕したのって……?」
雄之助「トラだ」
慎二「えっ!? 先輩が!?」
栗原「っ……」
雄之助「あいつがうさみんに手錠をかけた」
慎二「……彼女が誘拐事件を起こしたのに、すぐに釈放されてる……?」
雄之助「あいつらがうさみんのこと庇ったからなぁ……」
慎二「先輩は、なんて言ってたの?」
雄之助「……何も。……もう関わりたくないとは、本人に言ってたけどな」
慎二「じゃあ何年かぶりに、ああして話してるのかな?」
雄之助「多分な。他の孤児院出身のやつらとは、最近もトラと関わりあるし。よくここでも見掛けるだろ?」
慎二「うん……そうだね」
栗原「犯罪を犯しそうな子には見えないですけど……。あー、でも、精神疾患があったのかぁ……なるほど」
雄之助「……なんだかな」
慎二「なに?」
雄之助「いや……。幼稚園も小学校も高校も一緒だったしなーって」
慎二「誰が」
雄之助「トラとうさみん」
慎二「あの二人!?」
雄之助「うん。縁があるなぁって」
慎二「ぇぇぇ……知らなかった……」
雄之助「……」(溜め息)
慎二「心配? やっぱりコレ(盗聴器)つけてきたほうがいい?」
雄之助「……慎二に任す」
慎二「先輩って、もしかして刑事やってるのって孤児院出身の人たちと関係ある?」
雄之助「~……」(慎二を横目で見るがすぐに逸らす)
慎二「お父さん!」
雄之助「本人に聞けよ」
慎二「教えてくれないもん!」
雄之助「刑事やってる目的なんてみんな違うしコロコロ変わるもんだろうが!」
慎二「やっぱりなんか知ってるんじゃんー! 教えてよっ!」
雄之助「今度な」
慎二「うーっ!」
雄之助「……可愛かったよ」
慎二「ほへ? うさみんが?」
雄之助、酒をグビッと飲み干し。机に突っ伏す。
雄之助「いや、虎越。ちっちゃい時、遠足の時とか……お散歩の時とか。ななちゃんの手ーつなげてうれしかったーって。言って笑って帰ってくんの。可愛かった」
慎二「ブッ! えっ!? 嘘!!」
栗原「あのカタブツが!?」
雄之助「はじめは砂場遊びに誘えなくてなー。恥ずかしいって泣いて帰って来てたのに」
慎二「先輩片想いしてたんだ……!!」
栗原「かわえー!」
雄之助「バスでも隣に座りたくてがんばったのーって言ってたなぁ……。あの頃はまだみねねが日本に居たし。結構厳しく叱られてたなぁ。女々しいぞーって」
慎二「みねねって先輩のお母さんだよね?」
雄之助「うん」
慎二「お父さんうさみんのこと知ってたんだ」
雄之助「なんか思い出してきた……。あの髪とそばかすと紫の目って……特徴あるしな」
栗原「確かに」
慎二「先輩の初恋なんだ……」
雄之助「……だからさ」
慎二「うん」
雄之助「虎越が本気なら、あの子が悪人だとは思いたくねぇなぁって」
慎二「……うん」
栗原「そうですね……」
雄之助「しばらく様子見るか……」
慎二「そうしよ」
雄之助「……あいつもうさみんもずっと一人だったから。だから何度も巡り合うのかも……なんてな」
慎二「……お父さん、酔ってる?」
雄之助「ウオエエエエエ」
慎二「もうっ! 何本飲んだの!? これからお寿司来るんだよ!?」
雄之助「いらない……オエ……」
慎二「上寿司だよ!?」
雄之助「食うぞおおおお」
栗原「お腹空いたー!!」
虎越の寝室。ドライヤーでななの髪を乾かしている虎越。
なな子「……ほんっとに可愛いドレッサーですねっ」
虎越「母親の趣味。はい乾いた」
なな子「ありがとうございます」
虎越「髪なんかつける?」
なな子「ふええっ何から何まですみませんっ!」
ドレッサーに置いてあった洗い流さないトリートメントをななの髪につけてあげる。
なな子「虎越さんって……全身脱毛症……ってやつなんですよね?」
虎越「あー、うん、まつ毛だけほんの少し生えてくるけど」
なな子「羨ましい……」
虎越「女の子は毛に時間かかるもんな」
なな子「そうなんですよね……ホント……」
虎越「今日お前ここで寝ていいから」
なな子「えっ。虎越さんは?」
虎越「俺は……リビングで寝る」
なな子「すみません。そちらにお布団敷くの手伝えたらいいんですけど……」
虎越「布団無ぇから……」
なな子「はい?」
虎越「俺のベッドしか無い」
なな子「え? じっじゃあベッドは虎越さんが使ってください!」
虎越「いや……。とりあえず今日はお前ここで」
なな子「っダメです! 明日日勤あるって仰ってたじゃないですかっ! 刑事さんは激務なんですから! ちゃんとお布団で寝なくちゃダメです!」
虎越「明日布団買ってくるから」
なな子「ダメ!」
虎越「……」(面倒臭そうに唸る)
部屋を覗いている雄之助と慎二と栗原。
慎二「先輩……」
雄之助「ほらな。こうなったろ」
栗原「いっちゃちゃちゃ~♪」
虎越「わっ!? な、何!? こわっ」
慎二「二人で寝ればいいじゃないですか!」
栗原「そーだそーだ! 布団が無いと凍死するぞー!」
なな子「へ!?」
虎越「バカか……一緒に寝るとか……そういうわけいかねーだろ」
雄之助「なんで」 栗原「なんで!」 慎二「なんでや!」
虎越「なんでって……」
雄之助「お前ら今から付き合えばいいじゃんそうすれば解決じゃん」
慎二「っそうじゃん! お父さん冴えてるじゃん!」
栗原「ジャンジャン!」
虎越「うるっせえええええええ……!! ドアの隙間から勝手なことべらべらぬかしてんじゃねえ!!」
なな子「あっあのっ! 私バスタオルとかで寝るので……!」
虎越「あっ! そうだよ丸山家から布団借りればいーんだ! 取りに行って来てよ!」
慎二「え?」
雄之助「無理。うちも布団無い」
慎二「ほんとにないよ?」
虎越「まじか……。やっぱり楪さんそっちもヤッたか……」
雄之助「公園で燃やしてた」
慎二「お母さんガチだった」
なな子「あの……? 楪さん……って?」
虎越「あー……。うちも先月までは布団何セットかあったんだけど……。丸山母が全部切り刻んで燃えるゴミに出しちゃったんだよ」
なな子「っえ!!??」
栗原「マジ?」
慎二「お父さんが悪いんだよー。ここに毎日泊まりに来ちゃうからー」
雄之助「お前だってそうだったろ! ここのほうが居心地いいんだもん!」
虎越「いいんだもんじゃねえんだよ」
慎二「でぇ、お母さんがね、先輩に我儘言ったり迷惑かけてるお父さんを見てブチッときちゃったみたいでー」
虎越「怒りの矛先が布団に向いたんだ」
なな子「へ、へえ~……?」
慎二「だからうち来ても先輩寝るとこないです!」
虎越「まじか。あ、でも丸山家電気カーペットあるじゃん。うちよりは暖を取れそう……」
慎二「電気カーペットもラグ類も全部燃やされたん……」
虎越「嘘!? 全部か!?」
慎二「すごい荒れようだったから……」
虎越「マルさんが悪いんだろ! 明日マルさんが布団買ってよ!」
雄之助「いいけど俺小遣い少ないから安物しか買えねーぞ……一日五百円……」
虎越「楪さんに色々搾取され過ぎでしょ! ちゃんと謝ったのかー!?」
慎二「謝ってはいたけど……」
雄之助「明後日あいつ誕生日なんだよなぁ……」
虎越「!? 少ない小遣いで布団買ってる場合じゃねえ!! 花! 花買え!」
雄之助「花なんかで許されるかなぁ……」
慎二「僕明後日からお母さんと台湾行くんだよ」
雄之助「は???? 何よそれ、聞いてないわ」
慎二「うそ! 言っておいてねってお母さんに言ったよ!」
雄之助「伝達する気ナシ!! やっぱまだ怒ってるわ!!」
慎二「三泊四日のクルージングの旅プレゼントするんだー」
雄之助「えっ……お前……それもう……なんで……俺は……?」
慎二「お父さんは会議が三個入っちゃってるって言ってたから無理かなって」
雄之助「お父さん悲しい!!!!」
慎二「とりあえずお母さんのことは僕に任せてお父さんは明日うさみんと先輩の為に車運転して布団買いに行ったらいいじゃん」
雄之助「っこいつ嫌い!!」
虎越「あ、栗原さん一人暮らしだったよな。初対面で申し訳無いけどこいつ泊めてやっ……」
栗原「無理。うち足の踏み場ない。ベッドも人形に占拠されてる。最悪の1LDK。そして臭い」
雄之助「ゴミ屋敷ってやつか……」
慎二「うわあ……僕そういう子無理です……」
なな子「っ! 私片付け手伝います!」
栗原「っえー!!??!!?? 何この子天使!? 友達だってそんなこと言ってくれないのに! 本当に!?」
なな子、めっちゃ頷く。
虎越「そんだけ汚いってことなんだな……よくわかった」
栗原「なな子ちゃんと奈津子って似てるし! よしっ! 連絡先交換しましょ!」
なな子「いいんですか?」
栗原「オーケーオーケー! 是非ともっ!」
虎越「うるさいなぁ……」
玄関のチャイムが鳴る。
なな子「?」
慎二「あっ。出前来たかなっ!? 先輩っ! お財布お財布!」
虎越「玄関入ったとこ!」
慎二、ランランで玄関に駆けてゆく。
慎二「いつものとこ!? りょーかーい♪ ハーイ♪」
お寿司が来た。
慎二「あっ。一万円でお願いしまーす」
なな子「と、虎越さんが払うんですか!? わ、私もお金払います!!」
栗原「虎越くんあたしもっ……」
虎越「あーいーよ別に。いつもこうだし」
なな子「えっ。で、でも……」
栗原「いいの?」
虎越「マルさんも慎二も金無いし。ここでの飯代は基本俺持ちってなってるから」
なな子「え、マルくんも奥様にお給料徴収されちゃってるんですか?」
虎越「マルは……色んな女に貢いでるから」
なな子「あっ……」
栗原「慎二くん、こないだもうちの若い子たちと合コンパーティしてたもんね」
なな子「栗原さんはそれに行かなかったんですか?」
栗原「慎二くん年上興味無いから呼ばれないの」
なな子「あっ……」
虎越「栗原さんて篠木と付き合ってるんじゃなかったっけ」
なな子「篠木?」
虎越「こいつと同じ池袋署の刑事」
栗原「付き合ってないけど」
虎越「え、嘘」
栗原「付き合ってないんだって!」
虎越「そ、そう」
雄之助と慎二、上寿司を見てテンション上がる。
カウンターの一番手前側に栗原、その横に慎二、真ん中に雄之助、奥側から虎越となな子が座る。
雄之助「寿司と言えば玄米茶だろー!」
慎二「おっ寿司っ♪ おっ寿司っ♪」
雄之助「あー腹減った」
栗原「ご馳走だー!!」
虎越「宇佐美も座って」
なな子「ありがとうございます……」
慎二「うさみん、お箸持てるの!?」
なな子「えーっと……」
雄之助「俺があーんしてやる! 何が好き!?」
なな子「え、えび……」
雄之助「えびなー!」
慎二「っちょっとお父さん! あーんするのは先輩の仕事でしょ!」
雄之助「んだよ。俺にもたまには若者と触れ合わせろ」
なな子「はむむっ……!」
虎越「これ一人前ずつ……?」
慎二「そうですよっ」
虎越「結構多いな……」
慎二「先輩意外と小食ですもんね」
虎越「まあ余ったら慎二とマルさんが食うか」
栗原「虎越くんあたしが食べるから!」
虎越「あーそ」
なな子「あっ、あの……私も、あまり量は……食べれないかも、です」
雄之助「細っちーもんなあ……普段何食うの?」
なな子「んーと、普段は……」
雄之助「ほいアナゴ!」
なな子「はっ! むっ! もぐ~……。おいひいれす」
慎二「嫌いなものありますか?」
なな子「あっありません!」
慎二「へ~! ですって! 先輩っ!」
虎越「俺も嫌いなものないけど……」
なな子「わ、私……短大では料理のこととか勉強してたんです……」
慎二「へえ~!」
栗原「女の子っぽ~い」
なな子「調理師免許と管理栄養士の資格、持ってます……」
栗原「えッ!?」
慎二「すご~い! の?」
雄之助「管理栄養士は普通の栄養士の上だろ。国家試験受けるやつ。九科目以上あってめっちゃ難しいアレな」
慎二「っえー!?!?」 栗原「スゴッ」
なな子「雄之助さんお詳しいんですね」
雄之助「今病院とかで働いてるってこと?」
なな子「あ、いえ……。今は……ファッション雑誌作ってる会社でウエディングプランナーと社長の秘書業務をやらせていただいてます」
栗原「女の子っぽ~い!」
雄之助「へぇ……凄ぇ資格取ったのに勿体無いじゃん」
なな子「料理は……もう仕事にしたくないかなって」
雄之助「……ふーん。ほい」
雄之助、ななの口にたまごを入れる。
なな子「はっ……はむ」
慎二「先輩、お茶お替りいります!?」
虎越「んー、おお、さんきゅ」
なな子「あ、あの、お二人は今夜ここで晩御飯食べてても奥様に怒られないんですか……!?」
慎二「ほ? ああ~! 大丈夫ですよ。今日お母さん夜勤なんで」
なな子「夜勤……。奥様も警察官なんですか?」
慎二「お母さんは看護師なんです。今はパートですけど。バリバリ働いてた頃にお父さんがドジして入院しちゃって~。病院で出会って恋しちゃって」
雄之助「慎二うるせえ」
なな子「ドジって……」
虎越&慎二「犯人追い掛けてたら橋から川に落ちて」
雄之助「コルア」
虎越「マルさん泳げないのに……」
慎二「突き飛ばされたわけでもないのにですよ? ウケるでしょ。自爆ってやつ」
雄之助「うるせー!! 二十年以上前の話子供が蒸し返してんじゃねー!!」
なな子「ふふふ」
慎二「もっと面白い話ありますよ! こないだなんかー」
雄之助「おい慎二! はやく食え! お前明日日勤だろ」
慎二「お父さんだって日勤じゃん」
栗原「渋署っていつも楽しそうですよね……」
雄之助と慎二、口喧嘩でじゃれはじめる。
虎越「……宇佐美」
なな子「は、はいっ」
虎越「次住むとこ決まるまでは……ここ居ていいから」
なな子「あ、あの、本当にいいんですか?」
虎越「うん。ああやってうるさいの何人か勝手に来るだろうけど。まあ別に大して構わなくていいから」
なな子「あの……宿泊費とか……光熱費とか……」
虎越「いいよ。ここに関しては俺も一銭も払って無いし。親持ちだから」
なな子「でも一円も払わない訳には……」
虎越「まぁいいって。とりあえずはやく手治せよな。数日すれば普通に指使えるようにはなんだろ?」
なな子「は、はい。神谷さんが……そんなに重症じゃないし痕も残らないだろうっておっしゃってました……」
虎越「明日朝何時に起きる? 出社何時?」
なな子「えっと、いつもは七時に起きて……。十時に出社します。あ、でも明日は朝イチで病院に行こうかと……」
虎越「そっか。俺帰りに布団買ってくるから」
なな子「あ、あの、私……っ。枕が欲しいのですが……出来れば、その……」
虎越「あー、仕事終わんの何時?」
なな子「いつも十八時頃です。でも早ければ十七時とか……。個人作業が多いので、拘束時間とか割と適当で……」
虎越「仕事終わりそうになったら連絡して」
なな子「っ虎越さんの連絡先知りません!」
虎越「あー、そう、か。後で教える。……明日車で会社まで迎え行くから。会社までの地図も後で送って」
なな子「はっ、えっ、え、あっ、は、はいっ」(車で迎えに行くと言われたのが嬉しくて、赤面してしまう)
虎越「?」
食事を終え、後片付けをしている丸山親子と栗原がニヤニヤとした顔で二人を見ている。
虎越「なに!」
慎二「なんかいい感じだな~って。ね~」
栗原「ね~」
雄之助「とりあえず付き合えば」
虎越「なんでだよ……」
なな子「とっ虎越さんにこれ以上ご迷惑は掛けられませんっ!」
慎二「大丈夫ですようさみん。先輩結構世話好きだし色々甘えちゃったほうが楽ですよ」
虎越「おい」
雄之助「もう七年も色恋沙汰無ぇしな」
慎二「折角合コン連れてってあげても全然ダメだしなぁー」
虎越「うるせー」
慎二「うさみんと付き合わなくてもいいからうさみんにせめて女好きに変えて貰えればなんとか……」
虎越「なんとかってなんだ」
なな子「虎越さんって女の子嫌いなんですか?」
虎越「いや別に……普通だけど」
慎二「普通ってなんやねん」
雄之助「高校の時はあんなに色ボケてたのに……ハァ……」
虎越「ほんとうるさい」
慎二「お父さん。片付けも済んだし僕らはもう退散しましよっ。あ、待ってでもトイレ! といれっといれ~」
雄之助「うさみん俺にも連絡先教えて」
虎越「なんで!」
雄之助「なんでって何?」
虎越「えーと」
雄之助「いいよね?」
なな子「はっはいっ! えっと、携帯携帯……携帯取って来ますっ」
酔ったフリしてふらっと虎越の部屋にやってくる慎二。スーツのポケットの中から盗聴器を取り出す。
慎二「……疑う訳じゃないけど……」
なな子「あれっ。マルくん?」
慎二「っ!? (盗聴器を隠して) う、うさみんっ」
なな子「トイレ、あっちですよ~。ふふ。酔っちゃいました?」
慎二「あっ。あれ~? 間違っちゃったかも~! あははっ。うさみんはどしたの?」
なな子「私はケータイ取りに来て……。あ、あった。ありましたっ」
慎二「手、無理しないでね」
なな子「ありがとうございますっ。先に戻ってますねっ」
ななが居なくなった瞬間に、ベッドの隙間に盗聴器をセットする慎二。
慎二「っ。……先輩を守るため……先輩を守るためっ! よしっ」
慎二、トイレに駆け込む。
なな子「お待たせしましたっ」
雄之助「あい。連絡先入れといて」(自分の携帯をポイとなな子に渡す)
なな子「はーいっ」
雄之助「あー嘘嘘。指使えないもんな。俺やるよ」
なな子「ありがとうございますっ!」
雄之助、自分の携帯となな子の携帯を操作する。
雄之助「料理旨いんでしょ?」
なな子「えっと……」
雄之助「旨いもん作る日呼んで」
虎越「ちょっとマルさん」
雄之助「いーじゃん別に」
虎越「いいけどさ……」
なな子「あ、あの、頑張りますっ!」
雄之助「よし。俺はな、アレだ。ブリシャブが食いたいぞ」
なな子「成程ー!」
栗原「ブリシャブ!?」
雄之助「あと韓国料理とか最近好き」
なな子「あ。ケジャンとか作れますよ! あと、ソルロンタンとか」
雄之助「まじかよ。おい辰哉。結婚しろ」
虎越「何あやかろうとしてんだよっ!」
雄之助「家事出来る嫁のほーがいーぞ」
虎越「楪さんだって普通に家事出来るじゃん」
雄之助「手抜き家事だけどなっ」
虎越「共働きなんだからもっとマルさんがサポートしてあげないと」
雄之助「あっちは週三でしか働いて無いっつの」
虎越「それでもだよ」
なな子「……」
雄之助「うさみん」
なな子「は、はいっ」
雄之助「虎越のことよろしく」
なな子「え……あ……」
雄之助「おい慎二ー。帰んぞー」
慎二「はーい」
慎二、自分のハンカチで手を拭きながら雄之助の前に出てくる。
三人は玄関へ。虎越となな、三人を見送る。
雄之助「んじゃ帰るわー」
慎二「せんぱーいお邪魔しましたぁご馳走様でしたぁー」
栗原「ご馳走様でしたーっ! なな子ちゃんばいばい」
なな子「はいっ。お気をつけて」
虎越「また明日」
あっさり出て行く雄之助と慎二と栗原。
静かになる。
虎越「……十時か」
なな子「歯を磨いてきます」
虎越「うん。……大丈夫か? 手」
なな子「はいっ。頑張ります」
虎越「なんか手伝って欲しいことあったら言って」
なな子「……はい」
虎越「俺リビングでちょっと調べものしてるから。もし眠かったら先に寝て」
なな子「あっ!!」
虎越「?」
なな子「……い、一緒に……寝て下さいっ」
虎越「え」
なな子「っベッド、使って下さい!」
虎越「……」
なな子「と、虎越さんのベッドですしっ。それに……っ。わ私への優しさもっ……私は……受け止めるべきというか……っ。虎越さんのいうことはきかないと……ダメ、だと思うので……っ」
虎越「なにそれ……」
なな子「ででも虎越さんは優しいからっ! 私が困ることもきっとしませんっ。だ、だから……っ」
虎越「ハァ……。……」
なな子「ご、ごめんなさい」
虎越「わかったよ」
なな子「えっ?」
虎越「わかったからとりあえず寝る用意してこい」
なな子「は、はいっ」
なな、洗面所へ。
虎越「ふぅ……」
虎越、ゴミの処理をしたり食器を片付けたりした後、リビングの一番奥へ。月明りに照らされたカウンターにあるPCのスイッチを入れる。
虎越「ぁー……」
火災に遭った際の処理などを調べる。
虎越「ぅーん……」
なな子「なにお調べになってるんですか?」
虎越「ん、ああ、火事に遭った時ってまず何したらいいのかなって」
なな子「調べて下さってたんですか!?」
虎越「うん。でもまあ、お前貴重品は全部持ってたし……。ほとんどはあの大家さんがやってくれるだろうな。でも明日確認でもう一回電話したら?」
なな子「そ、そうですね……」
虎越「十日以内に火災被害届出さなきゃいけないか……」
なな子「あ、これって病院で書いたやつですかね」
虎越「うん……あとは保険屋と大家の仕事だな」
なな子「新しいアパート……早めに見つかるといいんですけど……」
虎越「こっちから探しちゃってもいいんじゃない」
なな子「え」
虎越「家具家電つきの部屋でいい感じの部屋って、自分の目で見たほうがよくないか」
なな子「そ、そうですね……。でも私、寝れれば結構どこでもいいんですけど……」
虎越「そうなの?」
なな子「は、はい……」
虎越「ふーん……」
なな子「……ふぁ……」
虎越「……寝ようか」(PCの電源を落とす)
なな子「は、はいっ」
虎越も歯を磨いて。
二人、寝室へ。
虎越「奥入って」
なな子「はいっ」
二人、ベッドに潜り込む。
丸山家。リビング。盗聴器の音を拾う慎二。
雄之助「……どう?」
慎二「うん。もうちょい……」
雄之助「スピーカーにして」
慎二「うん」
雄之助「おっぱじまっちまったらどうしようかなぁ」
慎二「僕は先輩を信じてるよ………………」(目が座ってる)
ぎこちないというか居心地が悪い虎越。
虎越「……俺こっち向いて寝るから……」
なな子「っ……いつもそっち向いて寝るんですか?」
ノイズ音。
丸山サイド。
慎二「聞こえた!」
雄之助「もうちょい音量上げて」
慎二「うん!」
微妙な雰囲気の虎越家。
虎越「……いつもは逆向いて寝るけど……」
なな子「え、じ、じゃあ眠れなくないですか? 虎越さんこっち来ますか!?」
虎越「いや……お前手痛いのに落っこちたら困るから……」
なな子「……すみません。やっぱり私床で寝ますよ!」
虎越「うるさい。静かに黙ってそこから動くな。俺はもう眠い。動きたくない」
なな子「は、はい……」
自分の為に、そう言ってくれたのがすぐにわかった。
なな子「……虎越さん」
虎越「……運が悪かったな」
なな子「……そうですね……お互い」
虎越「俺は別に……」
なな子「え……」
虎越「迷惑だとか思って無いから気にすんな」
なな子「でも……」
虎越「厄年かなんかなんじゃないの」
なな子「あはは……」
虎越「……火事あった時さ……」
なな子「? はい」
虎越「なんであんな無茶したんだ」
なな子「……ごめんなさい」
虎越「あの缶って、何が入ってたの?」
なな子「……私を育ててくれた人の……遺書です」
虎越「遺書?」
なな子「はい。後は印鑑と通帳……ですね。でも、一番はやっぱり……遺書をどうしても燃やしたくなくて……」
虎越「育ての親って……」
なな子「半年前、二人とも癌で亡くなりました」
虎越「え……」
なな子「もう九十近かったので……寿命もあったのかも知れませんけど」
虎越「……家は?」
なな子「私は住み続けたかったんですけど……売却手続きが済んでいたみたいで。かなり大きなお家だったので私一人じゃ住めないと思って、私の将来の為にお金にしておいてくれていたみたいです」
虎越「場所は?」
なな子「田園調布の国道沿いです」
虎越「一等地じゃん」
なな子「……お金さえあれば幸せなんでしょうか。私は二人が用意しておいてくれていたセキュリティの高いアパートより……思い出があるあの場所に居たかったです。……どんなにセキュリティよくたって、燃えちゃったら防犯もクソもないですけど」
虎越「……買い戻せば」
なな子「っそっか!」(若干身体を起こして)
虎越「え」
なな子「虎越さん、凄いです! そんな発想なかったです!」
虎越「ちょっとは考えろよ……」
なな子「……でも、実はもう人が住んじゃってるんですよね……。この間見に行ったら、お庭で小さい子が三人、ボール投げしてて……。おとうさんとおかあさんが子供たちを見て幸せそうに笑ってて……。あぁこのお家はもう別の人を選んだんだなーって思いました。……五人とか六人が住むには丁度いい家です。お茶の間でおばあさんがコタツで猫を抱っこしてうたた寝してて……」
虎越「……」(ななを横目で見つめる)
なな子「私が知ってる家具なんて一つも無くて。……当然なんですけど。……ケンイチさんが大切にしていた立派な松の樹も無くなっていて。シズカさんが好きだった枝垂れ桜も半分切られちゃってて。……三人で頑張って掘って作った池だけ、……それだけが残ってて……っ。でも、……鯉とかは、……居なくて……っ」
彼女を引き取ってくれた『ケンイチさん』と『シズカさん』に、沢山愛されたんだろうと、思った。
虎越、そっと身体の向きを反対にして彼女の頭を優しく撫でる。
なな子「っ……虎越さんっていつもそんなに女の子に優しくするんですか? 撫でたり、とかって……」
虎越「いや……俺は……」
なな子「駄目ですよ。警察官は神聖なご職業なんですから。そんなことしたら誤解されます」
虎越「神聖だと思ったことは無いけど……」
なな子「そうなんですか?」
虎越「別に普通の人間だよ」
なな子「……そんなこと、ないですよ」
丸山サイド。
慎二「お父さん。お風呂沸いたよ」
雄之助「ん。お前先入れば?」
慎二「お父さん先いいよ。僕ちょっと今度の合コンのメール打たなきゃいけないから」
雄之助「お忙しいこって。んじゃーいただくわ」
慎二「はーい。……もういいよね? とっくに切っちゃってたけど」
盗み聞きは、話の途中でやめていた二人。
雄之助「境遇まで似てるんだもんなあ」
慎二「虎越先輩って中学まではおじいちゃんとおばあちゃんと三人で暮らしてたんだっけ?」
雄之助「うん。トラが中二の時に二人とも癌で亡くなってな。そっからはみねねが家すぐ売っちまって……そっからトラは一人暮らし」
慎二「お兄ちゃんも弟も居るんだから家族が居るアメリカに行けば良かったのに」
雄之助「俺だってそこそこ説得したよ。でも墓の傍から離れたくないとかって、あいつがゴネたんだよ」
慎二「先輩、お父さんにべったりだったしね」
雄之助「爺さん婆さんのこと見殺しにしたとでも思ってんじゃねえのかなぁ。あいつみねねのこと特に苦手だったし」
慎二「女王様みたいなんでしょ? お母さん。何回かしか会ったこと無いけど……」
雄之助「サバサバしてる女が嫌いだよなぁ……」(お風呂場に去って行く)
慎二「……なんか……。闇が深いのかな。この二人……」
慎二、雄之助が飲んでいたブランデーが入っているグラスに口を付けて。
慎二「……うさみんの目って、先輩の目に似てるなぁ……」
幸せになっちゃいけないと思っているような目だな、と思いながら。それを口に出すのはやめた。
【次話へ続く】