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もんまるもんまる~

作者: 山神 一太

始まりは同僚から貰ったドリップコーヒーだった。

なんでもバレンタインコーヒーのお返しだとか。甘いチョコのお返しが苦いコーヒーだとは……結果は推して知るべし。

包装にはモンマルトルブレンドの印字。モンとかマルとトルとか美味しそうな語感が並んでいる。

そうしてふと思い出すのは小学生の頃の事。日直の仕事で初めて入った職員室。机の上にお灸のように据えられたコーヒーから立つ香気が私の心を捉えていた。今こうしている時もあの頃を思い出している。その正体は今だからこそわかる。

私は今や企業戦士だ。いつだって飲みたくもないコーヒーを飲みながら、言葉を飲み込み、嫌なことも飲み込み、眠気と戦いながら最期には胃を壊して御陀仏となるのだ。就職と同時に移り住んだこの辺鄙な土地に(名誉の為に伏せる)私は遺骨を産めるのだ。

早く即身仏になれることを夢見て今日もトクトクとキーボードを叩き続けよう。出がらしをゴミ入れに捨てて、デスクに向かいながら私はコーヒーを啜ってみた。その風味は私が今まで飲んできたどのコーヒーよりも―――――――ビガガガガガ!!!!!!!――――――その瞬間、私を未知の体験が襲った――――――視界を靄が覆う――――――世界が反転を繰り返す―――――――――ビガビガビガ――――――



ここは何処だろう?いつ間にか私は、瞼の裏のような斑紋と幻惑が収束を繰り返す落ち着きのない空間にいた。

――――「あいかわらず貧相な顔してるわね。」

幽玄めいた異国の少女が私に語りかけてきた。いったいいつの間に現れたのだろう。と、私にはその異国の少女に見覚えがあった。しかし、舌の先まで出かかった少女の名前をどうしても思い出すことが出来なかった。

「あなたは……どうして?」

「就業中に居眠りするなんて大した度胸だよね、私もあなたのこと言えないけど」

「なんのこと……」

「まぁ、いきなりこんなこと言われたって何が何だか分からないだろうね、とりあえず、どうぞ」

彼女は私を身近なテーブルに案内すると(いつからそこにあったんだっけ?)椅子を引いてきて、それからゆっくりと時間をかけてコーヒーを淹れはじめた。私はそれを夢見心地にぼんやりと眺めていた。

しばらくすると、さっきまで私が飲んでいたコーヒーと同じ、確かモンマルトルブレンドとかいった。同じ香りのするコーヒーがソーサーに注がれて目の前に置かれた。

「召し上がれ」少女は組んだ手に顎を乗せながら私にコーヒーを薦めた。私は促されるままだった。

「おいしい」

少女が破顔する。と、同時に立ち込めていた霧がはれた。飛び込む風景。カウンターに並ぶサイフォン。轟々と音を立てているのは年季がかったロースター。彩るのはステンドグラスを透過した七色の光。

「あっ」

「どうしたの?」

「ノエル……そうだあなたの名前はノエルね。小学生の時一緒だった。でもいつか引っ越してしまって」

少女は驚いたように口を開けていた。それから元の冷静な顔に戻るとゆっくりと話し始めた。

「ここはキミの夢の中であると同時にわたしの夢の中なの。夢は自らの経験を繋ぎ合わせているわ。それでも……」

「それでも?」

「キミが私の名前を思い出してくれたと言う事は、あなたの記憶のとても近いところにわたしはずっといたんだね。うれしい。わたしにはキミの辛さはわからない。けれど、キミが溺れていくのは見るに堪えないから……」

「な、なんの事かしら?」

思わず顔が真っ赤になってしまった。じゃあノエルは知ってるワケだ。企業戦士として血のごとく無為に流していった時間を。胸に抱いたこの悲しみを。高校卒業と共に家を出た私が流れ着いたのは宇宙の果てだった。日ごと応答を願った。返信はない。既読すらつかない。宇宙のロマンすらも肉体と心の老いの前に霞んでいく毎日だった。

「私をあの日助けてくれたでしょう?」

「どうしたらいい。もはやこれまでなの?どうしたらいい?ノエル…」

「そのままそこにいて」

ノエルの両腕にエネルギーが収束してゆく。

「安心して。私が確実に極楽浄土へと送り届けてあげるから!」」

私は死ぬのですか?

ノエルの腕から放たれた高圧、高密度、高エネルギーのそれが私の胸のあたりにうちに打ち込まれて、そして、通過していった…………。

なんだかとても気持ちが良くって綿毛みたいに飛んでいってしまいそうだ。

「私はどうしてあなたに会えたのかな?」

「コーヒーを飲むっていうのはね、夢を見るのとおんなじなんだよ」

そんなバカな。

「私が今から言う住所をちゃんと覚えて戻るんだよ?」

―――――――ビガガガガガ!!!!!!!!!!――悪い冗談はよしてほしい。―――でも、それでも胸の内側から湧いてくるこの希望は何だろう?――――再び世界は暗転する。――――「ノエル!」私は彼女に捕まろうとするが、蝶のようにヒラリと交わされてしまう。――――――さっきの言葉は嘘だったの?――――もう会えないの?――――――ビガビガビガビガ――――――


「ん?」

目覚めるとそこはもとの会社だった。私はデスクにうつ伏せになって眠っていたようだ、かたわらに飲みかけのコーヒーが置いてある。いきなり椅子を蹴り上げられた。

「ん?じゃねえ…居眠りとはいい度胸だな。穀潰しの無能社員が…今日という今日は殺す。」

心は決まっていた。

「課長……」



千駄木駅一番出口を抜ければ左手に交差点が見える。不忍通りと交差した通りは緩やかな昇りだ、宙には昔の文豪を模したペナントらしきものが掛かっており、歴史を感じずにはいられない。

5分位歩いただろうか?赤い色のレンガと塗りこまれたモルタルが温かみをもつ建物が見えた。

ドアをゆっくりと開く・・・・・・上部に取り付けられたベルが騒々しくを来客を告げた。

そこがワタシの目的地だった。


――――カフェ・モンマルトルへようこそ。店長のノエルと申します。本日よりあなたの夢の中へ、出店させていただきます。よろしくね。――――


コーヒーを飲むっていうのはね、夢を見るのとおんなじなんだよ?


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