06『百年の封印』
振るう剣が、的確に魔物の肉を削ぐ。
勇者は間違いなく人類最強の剣士であり、彼が持つ聖剣は人類最高の兵装だ。
その両者が揃って勝ち得ない相手となれば、もはやそれは上回る人間が存在しないことを意味する。
――森の王とは、その領域の魔物だった。
斬られ、穿たれ、貫かれ――王はそのたびに回復する。
溢れ出るほど過剰に供給された魔力が、王の崩御を許さなかった。
「くそっ、キリがないな……!」
勇者は憎々しげに零す。目の前に立ちはだかる敵が、かつてない難敵であることを認めないわけにはいかなかった。
勇者として、サギタやほかの仲間たちと旅をしたときでさえ、ここまで相性の悪い相手に遭遇したことはない。
斬る先から回復する魔物など、剣で戦うには最悪の相性だ。無限に回復する王と違い、勇者にはいずれ魔力と体力の限界が必ず到来する。
いくら勇者の力をもってしても、このままではジリ貧――いずれ遠くないうちに限界が訪れてしまうだろう。
あるいは魔法を用いて、消し炭さえ残らないほど跡形もなく吹き飛ばしてしまえば勝てるのかもしれないが、今の勇者にそんな余裕はない。試したところで、成功する保証もなかった。
もちろん勇者も、勇者の嗜みとして魔法は使うことができる。その実力は聖女に匹敵するか、あるいは上回っている可能性もあるほどだ。
だが高火力の魔法は、それだけ準備にも時間がかかる。魔力を練り、詠唱を捧げ、その上で初めて成立するのが魔法という技術だ。
今の勇者に、それを為すだけの余裕などなかった。
「あーあ……やっぱり聖女ちゃんに手伝ってもらえばよかったかな」
魔物の猛攻を掻い潜りながら、いつ訪れるかもわからない王の魔力切れを勇者は待つ。
思わず泣き言も零れたが、それが願えない助力だということは誰より知っている。
確かに、あの聖女の子が後衛にいれば、この魔物を倒すこともできただろう。
だが彼女にこれ以上の魔法を使わせるわけにはいかない。強い魔法は、それだけで聖女の肉体を、精神を蝕む。
聖女は、その地位になった瞬間から――ただ死へと歩いていく存在なのだから。
魔法を使わせるわけにはいかない。それでは自分が、なんのために勇者になったのかわからなくなる。
何より彼女には――知るべきじゃない現実がここにある。
結局、彼が自力で魔物を殺す以外に、先の道なんてなかったのだ。
「……仕方ない。森の王――魔王よ。死出の道に付き合ってもらうぞ!」
叫び、勇者は気合いも新たに剣を振るった。
単純な近接戦闘の実力ならば、勇者は魔物を圧倒的に上回る。
このまま攻撃し続けて、根競べする以外にない。
勇者の体力が切れるほうが先か、魔王の再生力が尽きるのが先か――。
そう決意した、次の瞬間。
「――――!」
突如として、魔王の落ち窪んだ眼窩が闇色に輝いた。
勇者はその経験から、命に関わる脅威を悟る。それは魔力の奔流だった。
森全体の魔力を一身にて吸い上げる魔王。
勇者は咄嗟に背後へ跳び退る。
だが間に合わない。
彼を追い撃つように――魔物の双眸から光線が迸った。
「魔法攻撃――ッ!?」
矢のように鋭い一撃を、刹那、聖剣を盾代わりとして防く。聖剣に秘められた強い魔力が、魔物の攻撃に反応して泡立つように喚いていた。
だが単なる魔力と、攻撃の術式を込められた魔力では脅威が違う。
堪え切れず、勇者は弾かれるように後ろへ吹き飛んだ。
「ぐ――あ!?」
地面を転がり、まるで水切りする小石のように、勇者は跳ねながら服を汚していく。それでも聖剣を落とさなかったのはさすがだったが、その隙は致命的だった。
地面へ背中を打ちつけた勇者。肺から息が追い出され、その無防備な腹部に、魔物の追撃が加えられる。
巨大な腕が、勇者目掛けて振り下ろされたのだ。
防御も回避もままならず、勇者はその肉体で魔物の打撃を受けてしまう。
「ご――――、ぶっ」
勇者は、その口から滝のように血を吐き出した。
腹部への一撃。その影響であばらが砕け、かつ内臓にも威力が通っている。
――死ぬ。
と、瞬間に勇者は未来を悟った。
彼の纏う驚異的な魔力が即死を回避していたが、このまま何度も受けられる攻撃ではなかった。
結局は何もできないのか。
勇者は歯噛みする。できたのはせいぜい、少女が逃げる時間稼ぎくらいだろう。
それを誇ってもいいのだろうか。
――いいわけがない。
その程度のことのために、わざわざ旧友を訪ねたわけじゃない。
「づ、ぁああああああぁぁぁぁぁ――ッ!!」
口角から血を撒き散らし、それでも勇者は咆哮とともに聖剣を振るう。
闇雲な、ただ魔物を押し返すだけの一撃。
それでも、目にさえ留まらぬ速度の秘められた一閃は、倒れた体勢でなお魔物の肉体を押し返すほどの威力が込められていた。
魔物が、たたらを踏んで後ろによろめく。
だが血を撒き散らす勇者には、その隙に付け入るだけの余力がなかった。
ここまでか。
今度こそ覚悟する勇者の視界で――、
「――喰らいなさいっ!」
魔物が、横合いで弾けた爆炎によって吹き飛ばされていた。
「な……!?」
驚きに目を見開く勇者。その先では、顔を焼かれた魔物が痛みに上体を振り回している。
なんにせよ好機だ。その隙を、今度こそ勇者は逃さない。
力を振り絞って立ち上がった彼は、横薙ぎに一線を描くよう、魔物の胴体に剣を振るった。
ずぶり、――魔物の肉体から血が溢れ出る。
紙がずれたみたいな直線で、魔王の上体と下半身が分かたれて滑った。
完全に真っ二つに両断された魔王の上半身は、そのまま森の地面へと墜落する。
いかな魔王とはいえ、この傷はそう簡単には再生できまい。
勇者は――そこでようやく叫びを上げた。
「なぜ……なぜ戻ってきた!」
「ちょっと。助けられておいてそれはないでしょ!」
返ってくる反論。だがそれは本来、この場にいてはならない人物からの声だ。
森の中央にそびえる魔樹の根元。
その近くに――別れたはずの聖女が立っていた。
聖女はそのまま、果実をいくつかもぐと、勇者の元へ駆け寄ってくる。
「何、してる……早く逃げ、るんだ……!」
「いいから黙って、治療に集中できないじゃない!」
少女は果実のひとつを媒介に、勇者の肉体を魔法で治療する。
通常、極めて高い難易度を持つとされる治癒魔法。だが勇者の傷は見る間に回復されていく。
魔法の果実が媒介となっているからだろう。これほどの魔法効果を持つ果実、さすがに伝説に語られるだけはあると、勇者は状況も措いて目を見開いた。
この果実は、そのもの魔力の塊だ。魔法の効果を底上げするのに、大きな助けとなってくれる。
「治ったわね。よかった……!」
数秒後、治療も済んで少女はほっと息をついた。
勇者はだが、礼さえ述べずに彼女を睨む。
「魔法は助かった。でも逃げろ、ここは君がいていい場所じゃない!」
「な――何よ、その言い方!」
別にお礼を求めていたわけじゃない。
だが、助けてあげてその言い草とあっては、少女も少し気分を害する。
「大丈夫でしょ。魔物は倒したんだし、もう危険なんて――」
「あの程度で森の王を殺せるわけがないだろう!」
「――っ、そんな……!」
思わず少女は息を呑む。だが振り返ってみれば、確かに森の王はすでに回復を始めていた。
肉体を両断されてなお――まだ死なない魔王に少女は身を震わせる。
――醜悪すぎる。
その執着は、もはや生物に許される領域を超えていた。
ただただ醜く、ただただおぞましい。
「ル――」
歌うように。求めるように。叫ぶように。
魔物は何かの言葉を発しながら、落とされた上体を再生させていく。元の上半身は、醜い血の痕跡だけを残して、魔力となって溶けていった。
「ン――」
気持ち悪い。おぞましい。吐き気を催すほどに醜い。
にもかかわらず――どうしてだろう。
少女は、なぜか森の王から目を離せないでいた。
「さっきから……この魔物、何か言って……?」
「聞くな!」
首を傾げる少女に、勇者は叫んだ。
だが少女は魔物から目を離せないし、耳を塞ぐ余裕もない。
びちゃびちゃと目から、口から、全身から血を吹き出し続ける魔物。
その違和感に、少女はようやく思い至った。
「……待ってよ。なんで、この魔物、血を流してるの……?」
「…………」
「魔物って、体が魔力でできてるから、血を流さないって聞いたのに――」
――思い至って、しまった。
「ノ……ル、ン――」
森の王が言葉を――そう、言葉を発する。
先ほどから魔物は、ただ名前を呼び続けていたのだ。
――ノルン、と。
ただ、愛しい少女の名前を。
「……嘘。嘘、嘘だ、そんな……そんなの――」
呆然と自失する少女。
その脇で、勇者は悲痛に視線を落とした。
「……ノルンって、私の、名前……それじゃあ」
「――おそらく、果実を口にしたんだろう」
勇者が、理解していた事実を言葉にする。
少女は嫌々をするように首を振るが、勇者はもう言葉をやめなかった。
言わずとも、少女がすでに理解したと気づいていたから。
「だから、帰れと言ったんだ。――そうすれば知らずに済んだだろう」
「やめて……嘘だよ、言わないでよ……」
「だが、こうなっては遅い。そうだ。彼が君の探していた――」
「――やめてってばあっ!!」
勇者は、それでも口にした。
この場に留まった、それが少女への罰であるかのように。
「君が探していた少年の――アエルの、その成れの果ての魔物だろう」
少女にはもう、耳を塞ぐことさえできなかった。
それが事実であることに、聡明な彼女は気づいてしまっていたからだ。
※
――つまりは、それが不死の果実の真実だった。
食べれば不死になるという果実。
だがそれは魔法の産物だ。そこには当然、代償が求められる。
魔法の才なき者がそれを口にしたとき、不死の対価に人間でなくなってしまう。
魔物に成り下がってしまう。
それが、不死のからくりなのだ。都合のいい魔法の果実なんて、世界のどこを探したって存在してはいない。
少年はおそらく、この場所を訪れた時点ですでに死ぬ寸前だったのだ。
抗えもしない魔物に襲われ、それでも不死の果実を町へ持ちかえろうとした少年は、最後の手段として自分でもそれを口にした。
あるいは、少女ひとりを不死の世界へ送り込むことに躊躇したのかもしれない。
いずれにせよ、魔法適性もない彼が果実を口にすれば、その結果はひとつだけだ。
魔力の過剰摂取。
その末路は、人体を魂そのものから改変してしまう。
――そうして、森の王は生まれたのだ。
果実を通じて森と繋がり、無限に等しい魔力を得た代わりに、少年は魔物へと変貌を遂げた。
ただ愛しい少女の名前を呼びながら。
目の前に、その当人がいても気がつかないままに。
少年は、不死となって少女を求め続ける。
※
「――戻れ」
と、勇者が言った。
その言葉に、少女ははっと顔を上げて答える。
「君には、もうこの魔物に攻撃することなんてできないだろう」
「……貴方は、どうするの――」
「この規模の魔物はもう放置できない。森の結界を抜けて、周囲に危害を加える可能性が高い。――それを防ぐのが俺の使命だ」
彼女が気がついた以上、黙っておくのは不誠実だろう。
そう考えて、だから勇者は事実を口にした。
隠せるのならばそうしたが、気づいた以上は告げておく。それが最低限、彼に可能な誠意の見せ方だと判断したから。
「ま、待ってよ……どうにかして、アエルを元の姿に――」
「無理だ。こうなった以上、奴はもう人間には戻れない。ただの魔物だ。――人類にとっては敵でしかない」
「だ、だから殺すっていうの……!?」
「そうだ」
「待ってよ! な、何か方法が……そうだ、この果実を使えば……」
「――それを喰って彼は魔物になったんだぞ!」
勇者が、叫んだ。
その勢いに、少女は思わず身を竦ませてしまう。
だが勇者は言葉を止めない。
「魔力を過剰に摂取した人間は、いつか必ずこうなってしまうんだ! それはお前がいちばんわかっているだろう! なんのために聖女が存在していると思ってる!?」
「――――っ」
「こういった犠牲を、聖女ひとりに負いかぶせるためだろうが! それはお前が、いちばんよく知っていることじゃないのか!!」
それが、聖女という制度に隠された穴だった。
――聖女が住まう教会には、必ず近くに結界の森が存在する。
その溢れる魔力を、教会で少しずつ少しずつ吸収していく人身御供。生きる人間全てを守るためだけに、自身が魔力を吸引する犠牲としての人柱――それが聖女だ。
聖女とは、ただ身に溜め込める魔力の絶対量が多いだけの少女。
それだけの、普通の人間に過ぎなかった。
だが本来、それを知るのは聖女当人と、教会で高位に就く人間だけのはずだ。
なぜ勇者がそれを知っているのだろうか。
賢すぎる少女は、その理由にまで思い至ってしまった。
それは――、
「……なら、貴方がこの森に来たのは……」
「魔物を殺せば、それだけ魔力の絶対量が減るからな」
「嘘……」
――ただ初めから、少女を助けるためだけだったのだ。
「下らない話だよ」
勇者は言い、そして立ち上がる。
いくら果実の魔力を借りた治癒魔法でも、怪我の全てを治すのは不可能だ。
おそらく内臓はまだ傷ついている。
それでも勇者は立ち上がり、目の前の魔王を――少女の幼馴染みを見据えて言う。
「――何より、誰より大事だった……たったひとり好きだった聖女すら守れなかった大馬鹿野郎が、罪滅ぼしのために勇者と呼ばれるようになった。それだけのことだ」
かつて、勇者でさえなかった少年は、ひとりの聖女に恋をした。
だが彼は知らなかったのだ。
あらゆる聖女は、ただ全人類の寿命を少しだけ延ばすための犠牲であるという事実を。
結局、恋焦がれたひとりの少女を、少年はその手から零してしまった。
だから――せめて同じ悲劇が繰り返されないように、魔物の討伐だけを使命に生きることを決めた。
そして、それゆえに勇者は容赦しない。
たとえ同じ志を持っていたのだろう男を前にしてでも。
害ある魔物である以上――殺すのが勇者の役目だ。
きっと目の前の魔王だって、このまま魔物であることを望みはするまい。
ヒトをやめて生きるくらいなら。
彼女を害するくらいなら。
ここで、殺されることを望むだろう。
「し、シール……」
少女はそっと、勇者の名前を口にした。
勇者――シールはふっと笑み、少女の名前を口にする。
「――大丈夫だ。彼だってきっと、君のためにこの森に来たんだろう。君を害する行為を、彼はきっと望まない。俺にはわかるさ――俺も同じだったんだから」
お為ごかしの言葉だ。どう言い繕ったところで、もはや少年の遺志を確認する方法なんてない。
それでも、勇者はあえてそう断言した。
――だから。
「だから生きろよ、聖女」
少女はそこで気がついた。
勇者が、頑なに自分の名前を呼ばなかったのは――きっと、過度な感情移入をしないため。
罪滅ぼしという名の八つ当たりに、少女を巻き込んだりしないためだったのだ。
「――その果実、ひとつ俺に寄越せ」
勇者が言う。
びくりと肩を震わせる少女に、青年は笑ってこう告げた。
「食べやしないさ。媒介に使うだけなら――体内に取り込みさえしなければ、そう害がないことはわかってんだろう。魔法は大して得意じゃないが、こいつを封印するくらいならできる」
「……殺すんじゃなかったの、アエルを」
「そのつもりだったけど、どうやら無理っぽいからな。――封印する。聖剣の力を借りれば、あるいはそれも可能だろう」
――この森ごと、結界で魔物を封印してしまえば、外部へ魔物が出ることはない。
勇者の力をもってすれば、少なくとも百年は続く封印がこの森に作れるはずだった。
ただし――自分も出られなくなって死ぬだろうが。
いや、その前に、封印に全ての力を費やしてしまうことだろう。
それは仕方がない。
勇者にはもう、言葉ではなんと言えても、目の前の少年だった魔物を殺すことができなくなっていた。
「……まあ、潮時だったからな。俺もそろそろ魔物になっちまう時期だった。戦いすぎたんだろう……だからサギタの顔を見に来たんだけど。ま、あとのことは奴がどうにかしてくれる。聖剣はあいつがきっと、次の勇者に継いでくれるさ」
勇者は、まるで自分へ言い聞かせるようにそんなことを言った。
あるいは、だから気に病むなと少女に告げているのかもしれない。
「行け。行ってサギタに全てを伝えろ。そしてできれば――お前は長生きしてくれよ」
長話をしすぎていた。
すでに、魔物は肉体の回復を終える寸前だ。
「俺と彼の望みは、お前が代わりに果たしてくれ――さあ行け!」
勇者はそう言って、聖剣を軽く振るった。
直後、再生を終える寸前だった魔物の両足が勇者に断たれ、魔物は地面へと倒れ込んだ。
魔物にも、魔力はまだ残っている。
当然ではあるのだろう。果実を通じて森と繋がった魔物の魔力は、実質的に無限に等しい。
それでも再生の速度が下がっているのは――きっと肉体のほうがそれに耐え切れないからだ。
その全てを、悲痛な賢さゆえに少女は悟った。
そして――だからこそ、こう思った。
「――……でよ」
「何?」
「――ふざけないでよ、って言ったの!」
そうだ。少女はこんなこと望んでいない。
なんのために聖女なんかになったと思っているのか。
世界のためでも、人類のためでもあるはずがない。
少女は、ただひとりの少年の幸せだけを祈って聖女の地位を選んだのだから。
「私は逃げない。この森に、貴方を――アエルを残してなんて行けない」
「ま、まだそんなことを言ってるのか!? 彼がなんのために――」
「頼んでないって言ったの! 勝手に犠牲になられても迷惑に決まってるでしょ、ふざけないでよっ!!」
「そ、それを聖女の君が言うのか!?」
狼狽える勇者だった。だが少女は止まらない。
「だったら――身勝手の罪は、私と貴方で半分こでしょう。貴方だけに、私の責任をあげたりしないから」
「……君は、本当に彼女に似ている。聖女になるやつはみんなこうなのか」
呆れたように呟く勇者に、聖女は綺麗な微笑みで答える。
「聖女かどうかなんて関係ないわよ」
「そうかな。俺も……彼女のわがままにはずいぶん振り回されたけれど」
「そうかしらね。単に貴方が、女を舐めてるだけだと思う」
「……怖いことを言う」
呆れる勇者は、しかし呆れとともに少女の意思を肯定してくれた。
もう、帰れと言うつもりはないらしい。
あるいはやっぱり――彼がかつて失った少女も、同じ強さを持っていたのだろうか。
「封印するなら私も手伝う。知ってる? 私って、これでも聖女の才能がいちばんあるって言われてるんだから」
「教会の連中は、聖女候補にはみんな同じことを言うんだよ」
「黙っててよ、もう。うるさいなあ」
「……どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ」
――こうするのよ。
そう言って。
少女はひと口――果実を齧った。