02『聖女と聖剣の勇者』
少女は、密かに教会から町へと出た。
ときおりこうして、少女はこっそり町へと抜け出すことがある。
いつも教会の中にいては、息が詰まってしまうから。
もちろん、あまり長い時間は抜け出せない。機会だって、そう頻繁にあるわけじゃない。
だから――外出するのは七日に一度。
祈りの休日の、次の日の夕方だけと決めていた。
今まで、この小さな脱走が教会に気づかれたことはない。
大事なともだちから教わった、上手な気配の殺し方を少女は覚えていたから。
少女にこれを教えてくれた少年よりは、ずっと下手くそな技術だけど。
それでも、鈍感な太っちょ司祭の目を盗むくらいならわけなかった。
茜に沈み行く町の中を、少女は顔を隠し、ひとりで歩く。
夕方にしか出て来られないのは、夕食前のこの時間だけ監視の目が緩むからだ。
別段、日頃から完璧に見張られているわけじゃないけれど。それでも、みんなが忙しいこの時間だけ、少女は以前の自由を取り戻すことができる。
少女は孤児だった。
これまでは、ずっと町の中で暮らしてきた。
だから地理は完全に頭の中に入っている。夕食より前に戻れば、教会の大人たちに見咎められることはない。
ある日、突然のように告げられた言葉を思い出す。
――君は、聖女の血を引いた人間なんだよ。
よくわからないことを言われた少女は、よくわからないままに孤児院を出て、そのまま教会の中で暮らすことになった。
以前とは比べ物にならないほど、とても綺麗な服を貰った。
孤児院の頃にはとうてい食べられなかった、豪華な食事が毎日出る。
そして、代わりに自由を失った。
聖女にもしものことがあってはならないと、彼女は半ば軟禁される形で教会へ縛られた。
少女が自由に歩けるのは、狭い教会の敷地の中だけ。
そんな決定が、少女の意思とは無関係なところで為されてしまった。
――酷い過保護だ。
少女は思う。町に危険なんてあるわけない。現にこうして、この歳まで生きてきたのだから。
もちろん絶対に安全だとは言えない。野犬が出ることは少なくないし、稀に別の土地から流れ着いた盗賊団が、魔の森の近くをねぐら代わりにすることもある。
だけど、それを言ってしまうのなら、どこにいたって危険は変わりないと思うのだ。
むしろ町にいれば、自分から危険を避けることができた。危険な森に近づいたり、遅い時間に町の外を歩いたりしなければ、そうそう危険なことになんて巡り合わないと思う。
今の少女には、そんな自由さえ許されていなかった。
だからときおり、少女はこうして町に繰り出して遊んでいた。
別に大したことはしない。たまの休みに、家の近くを散歩するようなものだ。
それだけが、今の少女に勝ち取れる最高の自由だった。
けれど、今日は違う。
今日の彼女は、初めて明確な目的を持って教会から抜け出した。
少女は無言で町を駆ける。
纏っているのは、院からこっそり持ち出した、薄汚れた粗末な外套。ついている頭巾をすっぽり被って、少女は顔を隠している。
聖女として選ばれて以来、なんだか有名になってしまったのだ。
だからこっそり抜け出すときだけは、多少の変装が必要になってしまう。
こんな格好で町を走っていても、目立って不審がられることはない。
旅人の中継地点として、よく利用されている町なのだ。
むしろこのくらいの格好のほうが、この町では浮かないくらいだと言える。
――穏やかで敬虔な、聖なる少女。
そのイメージとはうらはらに、彼女はとても積極的な性格だった。
※
訪れたのは、町外れにある一軒の小屋だ。
町でいちばんの腕利きと言われる、ある狩人が作った小屋だった。
ここの狩人と、少女は顔見知りだった。彼の弟子が少女と同じ孤児院の出身で、その縁からたまに顔を合わせることがあったのだ。
まだ聖女になる前は、一度だけ狩りに連れて行ってもらったこともある。
結局、足を引っ張りっぱなしで、ロクに役には立たなかったけど。
それでも、狩人は「弓の筋なら弟子よりいい」と言ってくれ、それが少女にはとても嬉しかった。
懐かしい思い出だった。
ここを訪れるのは、教会に住処を移してからは初めてのことだ。
かつての知り合いに迷惑をかけないよう、少女は教会を抜け出しても、彼らの元を訪れたりはしなかったのだ。
その禁を今日、初めて破る。
「――ご、ごめんください!」
聖女にしてははしたなくも、扉を少し強く叩く。
待つことしばし。
中から「うるせえ!」と声が返り、狩人が頭を掻きながら現れた。
「誰だ……って、はあ!?」
狩人は目に見えて狼狽えた。
「な、なん――な。はいっ!?」
「すみません、入れてください!」
見事なまでの狼狽。仮にも聖女の訪問を受けて、驚くなというほうが無理だろう。
しかし、今の少女にその驚きを斟酌する余裕はなかった。
一方的に告げると、彼女は返事も待たず、押し入るように小屋へ突入。
まさか聖女の行動を止めることなどできず、かといって受け入れるのも問題で、狩人はしばし呆然と立ち尽くすことしかできないでいた。
「――お客さんかい?」
小屋の中から、別の男の声が聞こえる。
狩人の男よりは若い声だった。
だが、それは少女が捜している相手の声じゃない。彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、それから困ったように呟いた。
「いない……どうして」
「誰か、捜しているのかな?」
奥にいた若い男が、少女に向けて優しく声をかける。
彼女は、そこで初めて男を見た。
細身で背の高い、しかし屈強な男だった。冬の月のような銀の短髪に、深みを湛えた蒼の双眸――その外見の特徴を、どこかで聞いたような気がしたが、少女は思い出せなかった。
青年の腰元には一本の剣。華美ながら決して豪奢に寄らない、洗練された美しい意匠の鞘に収められており、おそらく名のある職人が鍛えた逸品なのだろうと察せられた。
だが重要なのは、その鞘の意匠に十字の文様が施されている点である。
それはすなわち教会関係者である証にほかならない。
――しまった、連れ戻されてしまう。
焦る少女に、だが青年はゆったりと微笑んでから告げた。
「まあ、とりあえず落ち着きなよ。サギタ、彼女に何か飲み物を」
「……お前、落ち着きすぎだろうが」
「慌てる理由がないからね」
青年は苦笑しつつ、片手で優雅に髪を掻き上げた。
一見してかなり気障な振る舞いなのに、どうしてか嫌味がなく、やけに様になっている。
展開について行けずに、少女はきょとんと目を見開いた。
「ほら、座って。サギタは弓の腕より、実は茶を淹れる腕のほうがいいのさ」
「もう黙ってろお前は。ややこしいから」
狩人は眉根を寄せるが、それでも結局、言われた通りに湯を沸かし始めた。
流されるままに、少女はそのまま椅子へと腰を下ろす。
目の前には、にこにこと上機嫌な青年。その奥では、暖炉を使って湯を沸かす不機嫌な表情の狩人。
――もしかしてこの青年、自分が聖女だって気がついてないのかな。
少女のほうもまた、この青年の顔を見たことがなかった。
彼女が聖女だと知っているのは、教会の人間か、それ以外では礼拝の日に顔を合わせた町の住民くらいである。
やがてサギタが、少しひび割れた陶器のカップに、茶を注いで運んできた。
古ぼけてはいるけれど、陶器ということはそれなりに高価なのだろう。
一応は聖女だ。ということで、サギタも可能な限り気を使ってくれたのかもしれない。
「どうぞ、ノ――いえ、失礼を。暖まります」
「ありがとう……あの、敬語なんて使わなくていいですから。昔みたいに、どうか名前で呼んでください」
できれば名前で呼ばれたいと、少女はいつも思っている。
聖女としてではなく、ひとりの個人として認めてもらいたいからだ。
それを躊躇われるのは哀しい。
「――しかし」
「昔みたいに話してください。そのほうが、その、嬉しいですから」
「だってさ、サギタ。そうしてあげたら? どうせ僕にだって、敬語なんて使ってないんだ」
「……ああもう。わーったよ!」
サギタは栗毛の頭を乱暴に掻くと、諦めたように項垂れ、そのまま余りの椅子に着く。
かつて、何度か飲ませてもらったのと同じ味のお茶で、とりあえず少女はひと息つく。
それから改めて口を開こうとしたところで――、
「――それで、教会の聖女様が、こんな掘っ立て小屋になんの用かな?」
青年からまっすぐそう問われて、思わず少女は茶を吹き出しかけた。
そこは仮にも聖女の矜持で、なんとか噴出だけは堪えたものの、どうやら普通にばれている。
まあ、考えても見れば当たり前の話だろう。
平民が敬語を使うのは、貴族か教会関係者の二択だ。だがこの町に貴族はおらず、若い女の教会関係者といえば――顔を知らずとも答えに至るだろう。
青年はくつくつと愉快そうに笑って、それから席を立ち、床に膝をついて名乗った。
「初めまして、聖女様。私はシール。教会騎士に封ぜられております」
その名乗りを聞いたところで、ようやく少女も青年の正体に思い至った。
銀髪蒼眼の教会騎士で、十字の刻まれた剣を持つ、シールという名の若い青年――。
その条件に合致する存在なんて、ひとりしかいない。
「まさか……聖剣の勇者様、なのですか……?」
――聖剣の勇者。
それは時代にただひとりのみ、聖剣に選ばれた最強の騎士の称号だ。
知名度で言うなら、それこそ聖女でさえ及ばない有名人である。国内に百名余りいる聖女と、ただひとりだけの勇者とでは、比べるのも無理があるだろう。
青年は、跪いて叩頭したまま答える。
「は。不相応にも、当代の勇者を襲名しております」
「か――顔を上げてくださいっ!」
少女は慌てて言った。教会の決まりで言えば、地位としては一応、聖女のほうが上ではある。
だがそれは《聖女》が地位であるのに対し、《聖剣の勇者》が単なる称号に過ぎないからだ。勇者はあくまで教会騎士――位でいえば司祭以下だ。
とはいえ、そういう問題でもない。
少なくとも希少性で言えば、聖女より遥かに上の相手なのだ。
まして庶民の出に過ぎない彼女にしてみれば、頭など下げられても困るとしか言えない。
「失礼します」
青年はあくまで礼を失さず、しかし言われた通りに顔を上げた。
だが、見れば青年の顔は笑っている。吹き出すのを堪えているようだった。
「あの……もしかして、からかってるんですか?」
「はは」
青年は、ついに失笑した。
「いやはや。――ばれましたか」
「ば……ばれましたか、じゃないっ!」
「おや。聖女様ともあろうお方が、お言葉遣いの悪い」
「な、な――なっ!」
まったくなんて仕打ちだろう。仮にも聖女を弄ぶなんて、そんなのはあまりにも酷すぎる。
「そいつは、そういう奴なんだ。悪いが我慢してくれ」
「む、むむむ……っ!」
むくれる少女だったが、ここで怒っては、それこそ相手の思う壺だろう。
サギタの言う通り、こちらが大人にならなければ。
なんとか堪えて、深呼吸。数秒をかけて冷静さを取り戻し、それから少女は改めて言った。
「すみません、急に押しかけてしまって。聞きたいことがあったんです」
「なるほど。それはなんだい?」
なぜか勇者が答えてくる。
別に貴方へ訊きに来たわけじゃありません、と答えたいのを必死に抑えて、聖女はあくまで淑やかに訊ねる。
「アエルは、どこにいるんですか?」
「……やはりその話か」
サギタが、難しい顔をして唸った。
そのことに、曰く言い難い不安を少女は覚える。
――何かあったのだろうか。
「アエル、昨日の礼拝に来てくれていなかったんです。いつもなら必ず、いちばん前に来てくれてたのに……」
――アエルという狩人見習いの青年は、少女にとって最も特別な存在だった。
彼女がまだ孤児院にいた頃からの、いちばんのともだち。
あるいは、それ以上の何か。
ただのともだちとは違う、けれど家族とも違う。言葉にできないけれど、とにかく大事な存在――それがアエルだ。
アエルは彼女にとって、心の支えだった。
彼が毎週、必ず来てくれるから、少女は神への歌を捧げられる。
それが彼のためになると信じるからこそ、自由を奪われてさえ、彼女は《聖女》というひとつの装置でいられるのだ。
正直、歌が得意だとは口が裂けても言えないのだけれど。
それでも人前で歌えるのは、アエルが聴いてくれているからだった。
その彼が、昨日の礼拝に姿を現さなかった。毎回、絶対に来てくれていたアエルがだ。
何か事情があったのだろう。狩りで大物を狙っているのかもしれない。次の週にはきっとまた来てくれる――。
そう信じてはいたのだが、どうしても我慢することができなかった。
少女は翌日の機会を待って教会を抜け出し、その足でアエルの住むこの小屋まで訪れたのだ。
彼がいることを確認すれば。会えなくてもいい。ただ元気であることさえわかれば。
少女はまた聖女に戻れる。
そう信じて、この場所まで訪れたのだ。
けれど――そんな淡い希望を、師であるサギタが打ち砕く。
「……五日前。狩りに出てから戻って来ない」
「そんな……!」
「一応、森中を捜し回ったんだがな。見つけられなかった。そもそも、アイツはもう狩りでヘマするほど下手じゃないはずなんだ。森で――狩りで何かあったとは思えん」
「な、なら……ならどうして!」
堪えきれず、少女はサギタに詰め寄った。
聖女としての態度など、もはや知ったことではない。彼なくして、聖女であることなどできないのだから。
サギタは難しい表情をして答える。
「――魔の森に入ったのかもしれん」
少女は、もはや言葉を失ってしまう。
そのまま気絶してしまうかとさえ思った。意識を保ったことが奇跡だった。
――魔の森。
それはこの町の北部、小屋からだと町を挟んでちょうど反対側にある広い森のことだ。
教会の手による結界で覆われたそこは、魔物の蔓延る死の世界。立ち入ることは、すなわち命を落とすことと同義だ。
結界で覆われていなければ、その近隣に住むことさえ不可能だろう。
魔物とはそれだけの存在である。
ただ、ヒトを殺すだけの殺戮機構なのだ。
「ど、どうして森に……」
「わからん。入ったかどうかも不明だ」
「なら――」
「だが、アイツは弓を持っていかなかった」
サギタの言葉の意味がわからず、少女は思わず押し黙った。
狩人は、ことのほか静かな口調で推測を語る。
「狩りに行く、と言って出かけたんだがな。ナイフだけで、弓を持たずに森に入った」
「そ、それはどう関係が……」
「俺が教えたんだよ、魔物に弓なんか効かねえってな。たとえ話だったんだが――もし魔の森で生き延びなきゃいけないときは、戦うことじゃなく隠れることだけ考えろ、って」
「…………」
「実際、町でアエルを見たって奴がいた。森は町のこちら側だからな。狩りに行くなら、町に入る必要なんてないはずなんだ」
――どうして。
少女の頭は疑問でぐちゃぐちゃになった。
魔の森に立ち入る意味なんて、どこにも存在しないはずなのに。
ただ危険なだけの場所。あんなところに入っても、得るものなんて何もない。
「……まさか」
だが瞬間、少女の脳裏をある想像が走った。
――魔の森には、魔法の果実が実る。そんな伝説を聞いたことがある。
事実かどうかはわからない。というか、たぶん嘘だろう。
だが彼は、その不死の果実を手に入れるために森へ入ったのではないだろうか。
なんのために?
そんなもの、少女のために決まっている。
――彼は、少女が背負っているものを、知ってしまったのかもしれない。
だとすれば。
彼が森に入ったのは、間違いなく少女の責任である。
「……なら」
ならば、少女が取るべき行動も決まっていた。
「話してくださって、ありがとうございました」
手短に礼だけを告げて、少女は即座に席を立った。
飲みかけの茶が、まだ湯気を立てている。けれど口をつけている時間はない。
そのまま少女は小屋を出ようと、入口の扉に駆けていく。
それまで黙っていたシールが、口を挟んだのはそのときだった。
「――どこへ行くつもりだい?」
それまでの柔らかさが消えた、硬い声音で勇者は言った。
少女は振り返ることをせず、言葉だけで答える。
「行くべきところへ、です」
その答えでサギタも悟った。
「魔の森に入るつもりか!?」
「彼を見捨てることはできません」
「馬鹿な、死ぬだけだ! それに入ったとも限らない」
「ではサギタさんは町で足取りを調べてください。わたしは直接、森を捜してきます」
「無茶だ! 死体がひとつ増えるだけ――」
「――アエルは死んでないっ!!」
咄嗟に、少女は叫んでいた。
構うものか。いくらアエルの師でも、懐かしい知人でも、そんな言葉を口に出すことだけは許せない。
「……滅多なことを、口にしないでください。アエルはまだ生きています。その希望は捨てません」
「……すまない」
サギタは非を認めて謝った。
だが直後やはり首を振り、
「しかし、それでも君が入ることには反対だ。魔の森は素人が立ち入れる場所じゃない」
「それはわたしが決めることです」
――アエルはまだ生きている。
彼が魔の森へと立ち入ったのは自分のためだ。
違う――自分のせいだ。
そんなことは絶対に認められない。なんとしてでも助け出してみせる。
聖女である以上、少女にも相応に魔法の心得があった。弓や剣では無理でも、聖女の魔法ならば魔物への攻撃となり得る。
彼を助けられるのは自分だけだ。
そうと決めた以上、少女の決断と行動は早い。
「――悪いけれど、僕も反対するよ」
だが、それでも邪魔をしてくる存在があった。
勇者――シールである。
「今これから森へ入るというのなら、気絶させてでも僕が止める」
「……不敬ではありませんか。仮にも、聖女に対して」
「仮にも聖女様が、こんな時間に外を出歩いているわけがない」
少女は押し黙った。事実、このことが教会に伝われば、それこそ捜すどころじゃなくなる。
――しかし、この男はわかっていないのだ。
少女はそう思っている。気絶させてでも、はこちらの台詞だ。邪魔をするのなら、多少荒っぽい手を使ってでも押し通る。彼女の決意はすでに固まっている。
さすがに世界最強と呼ばれる騎士を相手に、まともな戦いで勝てると思うほど少女は自惚れていない。魔法は使えるようになったが、別に戦闘訓練を積んだわけではないのだから。
だが最悪、不意打ちで一撃入れることくらいならできる。やってみせる。
倒せなくとも、振り切って逃げられればそれでいいと思った。
――と、そう考えていたのだが。
勇者はひらひらと両手を振りながら、意外な発言を少女に告げた。
「だから、代わりに僕が行こう」
「は……はあっ!?」
「これでも勇者だからね。君が行くよりは確実さ」
確かに、それは事実だろう。魔物は強いが、勇者はそのさらに上を行く。
彼が救助に加われば、アエルの生存確率はずっと高くなるはずだ。
助力を受けられるというのなら、願ってもない話である。素直に助けてもらうべきだ。
「……いいんですか?」
「ああ。もともと入るつもりだったしね。そのために来たんだ」
「ありがとう……ございます」
少女は素直に頭を下げた。手伝ってくれるのなら拒む理由はない。
シールは、これでも勇者だからね、と韜晦するように笑う。
「だから、君は大人しく教会に戻って――」
「わたしも行きます」
「なんで!?」
飄々としていた勇者が、初めて心から驚いたように目を見開く。
隣のサギタも同様で、コイツはいったい何を言っているんだ、というような瞳を少女へと向けていた。
しかし彼女に言わせれば、この男たちのほうがわかってない。
「ひとりより、ふたりのほうがいいでしょう?」
「だ、だからって君は――」
「言っておきますが、止めたって無駄ですからね。貴方が行ったあとからでも、わたしはひとりで森に行きます。――なら、初めからいっしょに行動したほうがいいと思いますが」
「……お転婆な聖女がいたものだ」
そう言って、勇者は呆れたように微笑んだ。
少女の同行を認めるという笑みだ。
「おい、シール……!」
「いいんだ。止めたって聞かないんだ。なら確かに同行したほうがいいさ」
「だがな……」
「いいんだって。聖女ってのは、どこの町でもだいたい、いちばん頑固な女の子がなるんだよ」
「どういう意味ですか」
むっとする少女だったが、勇者はにやりと憎たらしい笑みを見せるだけ。
事実、言われても止まる気がない以上、強く否定はできなかった。
「……まったく。面倒なことに巻き込みやがって」
「サギタは町のこと頼むよ。教会は適当に誤魔化しといて」
「無茶言うぜ……」
狩人は呆れたように零し、勇者は苦笑しながら全てを投げた。
慣れているように見えたのは、たぶん少女のきのせいじゃないだろう。
目を細めて、勇者は少女の顔を見つめた。
どうしたのだろう、と少女は首を傾げて疑問する。
勇者は誰にともなく零すように、小さくこんな言葉を呟いた。
「――それにしても。聖女ってのは、本当にみんなこうなのかな……?」