私のご主人様は異世界から来たそうです
唐突ですが、私は奴隷です。
私のご主人様は変わった方です。
なんでも異世界からやってきたそうです。
異世界のにほんという場所からやってきたそうです。
とても変わった国のようで、奴隷がいないらしいです。
あと、魔法がないそうです。……人はどのように暮らしているのでしょうか?
前にも聞いたことがありましたが、よくわかりませんでした。
なんでも、でんきを使って色々なものを動かしたりしているとか? でんきとは、魔法とは違うのでしょうか? 私にはよくわかりません。
私の話をしましょう。
私は犬人族です。
人間族と違うところは、耳や尻尾でしょうか。
初めて私を見たご主人様は「イヌミミキター!」などとよくわからない呪文のような言葉を発していましたが、喜んでいたのだと思います。
私は物心ついたときには親はおらず、牢屋の中でした。
牢屋の中で言葉づかいや礼儀を教わりました。
牢屋での生活は辛くなかったのか、ですって? 辛くはなかったです。私にとって生きることとは、そういうものだと思っていましたから。
牢屋の中には友達もいました。
年月が経つにつれ、友達は増えたり減ったりしました。
奴隷として買われていったり。新しく奴隷として入ってきたりとしたのです。友達が帰ってくることは稀でした。
帰ってきた友達はみんな変わってしまっていました。
「怖い怖い怖い……!」
帰ってきた友達は言いました。
「ヤダヤダヤダヤダ! 痛いことしないで!」
別の帰ってきた友達は言いました。
「……」
別の帰ってきた友達は何も言いませんでした。
友達に何があったのかはわかりません。私にわかるのは友達に怖いことや痛いことが起こったということだけです。帰ってきた友達は、気がつけば姿を見ることはなくなっていました。
帰ってきた友達は「外の世界は地獄だよ。買われないようにしたほうがいいよ」と私に言いました。
それから私は友達に教えてもらった通り、できるだけ喋らず、目立たずに生きていきました。
そのおかげか、私の姿のせいか、私は誰からも買われることはありませんでした。
そんな日々が繰り返されていたある日のこと。
私はご主人様と出会ったのです。
初めてみたときは、変な恰好の人だと思いました。
今まで見たことがない薄い生地の服で、髪も真っ黒で目も真っ黒でした。
私は奴隷商人に呼ばれて、ご主人様の前に友達と一緒に立ちました。
ご主人様は私たちの前にもう何人も奴隷を見ていらっしゃったようで、お疲れのようでした。気に入った奴隷がいなかったみたいです。
私なんかよりももっと美人を見ていたのに、気に入らなかったらしいのです。
だけど、私を見たご主人様は目を見開いて肘掛に手を置き、少し前のめりになって、あの呪文を言ったのです。
「イヌミミキター!」
……変な人だと思いました。
他の子には目もくれず、私を見つめています。私は顔を背けました。
「あ、あの、この子は?」
ご主人様は奴隷商人に聞きました。
「ええ、実はこの子は売れ残りでしてね」
奴隷商人は答えました。
「なんで売れ残ってるんだ?」
ご主人様は聞きました。
「だって、こんな醜い顔でしょう? 買い手がなかなかつかないのですよ」
奴隷商人は答えました。
そうです。私は他の子たちに比べて、とても醜かったのです。
私の目は大きくて「その気味の悪い目で何を見ているのだ」と言われます。
私の鼻は高く尖っていて「まるで悪魔の鼻だ」と言われます。
私の口は小さくて「気色が悪い」と言われます。
私の胸は大きくて「大きすぎる。奇形ではないか」と言われます。
私は自分の醜い姿でご主人様が気を悪くされないように、すぐに部屋を出て行こうとしました。
でも、ご主人様は立ち上がって私の手を掴んでこう言ったのです。
「この子を買う」
私はご主人様が何を言っているのかわかりませんでした。
奴隷商人もぽかーんとしていました。
私はつい口を開いてしまいました。
「私を買うことはおやめください」と。
奴隷商人は怒って私を叩こうとしました。
でも、ご主人様はそれを制して、優しく私に「なんでかな? 理由を聞かせてくれないか?」と聞いてくるのでした。
私は話しました。私のように醜い女を買ったらご主人様は馬鹿にされる。私のような醜い姿をした女を買えば損をするだけだ、と。そして何より、外は地獄。私は外に出るのが怖かったのです。痛くて怖いことがいっぱいだと思っていました。
だけどご主人様は笑って言いました。
「大丈夫」
そしてこう言いました。
「君は僕が守るから」
私は人から笑顔を向けられたことはありませんでした。
ご主人様の笑顔は太陽のようでした。暖かくて、安心するような。心が暖かくなるのを実感できました。
私はその時から、ご主人様についていこうと決めたのです。
ご主人様は、とてもすごい魔法使いでした。
なんでも、「テンプレでチートだから」とのことです。
よくわかりませんが、普通の魔法使いよりも魔力がすごく多くて、色んな属性の魔法を使えるそうです。
家を一瞬で立てたり、違う場所に一瞬で行ったり、空を飛んだり、何もないところから物を出したりします。
魔物に囲まれたときだって、火を使って数え切れないくらいの魔物を一度に退治していました。
ご主人様は、とてもすごい剣士でもありました。
一度だけ騎士様と決闘をなされたときも、一方的に勝ってしまいました。
これも「テンプレでチートだからな」と言っていました。
刀という、珍しい形の剣を使うご主人様はかっこいいです。
ご主人様は、私に色々なことを教えてくれます。
狩りの技術や魔法の技術はご主人様に教わって、人並み以上になることができました。これもテンプレでチートだそうです。テンプレでチートってすごいです。
ご主人様は色々な楽しい物語。悲しい物語。どこかにある知らない国のお姫様や王子様の恋物語。文字や計算だって教えてくれます。全部異世界で覚えたものだそうです。
異世界のことを話すご主人様はどこか寂しそうで、でも嬉しそうです。
ご主人様は誰も食べたことがないようなおいしい食べ物を食べさせてくれます。
カレーにうどん、とんかつやからあげ、ラーメン。お米と一緒に食べるととってもおいしいです。
ご主人様は誰も食べたことがないような甘い食べ物を食べさせてくれます。
ケーキにおもちにクッキー。プリンなどは多分貴族でも食べたことはないでしょう。
ご主人様はお洒落をすることを私に教えてくれました。
中でもご主人様がデザインしたメイド服は私のお気に入りです。
他にもセーラー服にナース服、スチュワーデスの服にチャイナ服、沢山の服を私にくれました。だけど、これらの服を外に着て出ていくことはダメだと言われています。なんででしょう? こんなに可愛いのに。
ご主人様はとっても気持ちのいい、お風呂に入らせてくれます。
お風呂なんて貴族の人でもそうそう入るものではないのに、ご主人様はご自分の魔法でお湯を出して毎日のように入ります。石鹸やシャンプーはとってもいい匂いで、毛がサラサラになります。とっても贅沢です。
私も一緒に入ってご主人様の背中を洗ったりしています。はじめのうちはそれを許してくれなくて、すごく悲しかったのを覚えています。だけど、ご主人様に私がご奉仕するのは当たり前ですが、私がご主人様に洗ってもらうのは違うと思うんです。それに、ご主人様に洗ってもらうと気持ちよくなってしまって、色々と我慢できなくなってしまいます。……ちょっと困ります。
……あのときのご主人様は、ちょっとその、……意地悪、ですし……。
寝るときはご主人様と一緒です。
はじめはご主人様は私と寝ることはありませんでした。
私も自分のような醜い奴隷と寝るだなんてことはありえないだろうと思っていたので、そのことについては何も思いませんでした。だけど、私がベッドでご主人様が居間のソファーで寝るという配置はどう考えてもおかしいと思うのです。初日は私も生まれて初めてお腹がいっぱいになるという幸福感を味わって、いつの間にか寝てしまったのですが、目が覚めて、そこがベッドの上だとわかったときの焦りは言葉に言い表せません。さらにご主人様がソファーの上で一晩過ごしたと知ったときの衝撃ときたら……。
翌日からは私がソファーで、というか外で寝ようと思ってご主人様に言ったのですが、ご主人様はそれを聞き入れてはくれませんでした。私にベッドで寝るようにご主人様は言いました。じゃあ、ご主人様はどこで寝るのかと聞くと、昨夜と同じようにソファーで寝ると言うではありませんか。
百歩譲って私がベッドで寝るのはいいとしても、ご主人様がソファーで寝るのだけは私も聞き入れることはできません。だって、どう考えても奴隷がベッドでご主人様がソファーだなんておかしいです!
翌日からご主人様と一緒のベッドで寝ることになりました。
今思えばそのときご主人様も緊張していたのだと思います。私もご主人様の匂いに包まれて寝るのはとても緊張していました。ひと月くらい、ご主人様は私に何もしませんでした。私も奴隷の端くれですから、そういった夜の知識はあります。だけど、私が醜いからご主人様は手を出さないのだとばかり考えていました。
だけどときどき、夜一緒に寝ているご主人様がトイレに行ったあと、ご主人様から変な匂いがするのに気が付きました。栗の花のような匂いです。
私は何の匂いだろう? と不思議には思いましたが、嫌な匂いではありませんでした。
そこで私はあるとき、この匂いは何なのか、直接ご主人様に聞くことにしたのです。
ご主人様はとても狼狽えていました。私も今ならその理由がわかります。そして少しご主人様に怒りも感じます。……だって、私がいるというのに、一人で我慢していたのですから。
それを知った私は迫りました。夢中で迫りました。
普段から私を可愛いとか美人とか言うのに、全然手を出してくれないご主人様だったから、私はただご主人様が優しくて私をはげまそうとしているのだとばかり思っていたのです。でもそうじゃなくて、ただ我慢していたなんて知ってしまったら、私はもう止まることはできませんでした。
……初めては少し痛かったです。でも、苦痛じゃなかったです。むしろ嬉しい痛みでした。ご主人様もいつも以上に優しかったですし……。
それから私は毎日のようにご主人様の腕の中で、心地よい疲労感と幸福の中で眠りについています。
ご主人様に頭を撫でてもらうと、心がポカポカします。胸がドキドキします。顔が熱くなります。尻尾が振られるのを我慢できません。
ご主人様は私に愛を教えてくれました。
ご主人様は私に恋を教えてくれました。
ご主人様は私の醜い大きな目を「すごく綺麗で吸い込まれそうだ」と言います。
ご主人様は私の醜く高い鼻を「鼻筋が通っていて、とても綺麗だ」と言います。
ご主人様は私の醜い小さな口を「蕾のようでとても可愛い」と言います。
ご主人様は私の醜い大きな胸を「母性の塊だ! おっぱい万歳!」と言います。
ご主人様はとても変わっています。
でも、そんな異世界から来たというご主人様が、私は大好きです!
なんだか勢いで書いてしまいました。
この世界の美人の基準は現代日本とは少し違っています。
テンプレチートなご主人様は、美人とされる奴隷(ご主人様目線ではそれほどでもない)がどれも高いので辟易していたところ、本作品の主人公に出会いました。