幕間3-4
それが意味する事。つまり、ここは。
「……もう、十年以上も昔の話です」
声が聞こえて、要は視線を老婆に向けた。経はもう唱え終わったのだろう。老婆はゆっくりと立ち上がるところだった。
「ここには、かつて家がありました。」
腰を伸ばし、中空に視線をさ迷わせながら、老婆は言う。その目が見つめているのは、その在りし日の家か。
「そこでは、小山さんという一家が暮らしていました。お父さんと、お母さんと、娘さんが二人」
『娘さん』。それが梓さんなのだろう、と要は思った。
「私も昔はここの近くに住んでいましてね――今はもう、別の処へ引っ越してしまいましたけど。ご近所付き合いの域を超えるものではありませんでしたが、仲良くさせてもらっていたんです……火事があるまでは」
「火事、ですか?」
「ええ、火事です」
頷きながら老婆は袂で目の辺りを拭う。涙、か。
「火元は三軒か四軒か、ともかくすぐ近くの家だったそうです。当時この辺りには家が密集していたことと、その日は風が強かったこともあって、十数件が全焼」
その内の一軒が。
「小山さんの家ですか」
結論を先取りして、要は言う。老婆は肯定の意を、頷くことで表した。言葉を出せないのだ。拭っても拭っても次から次へとあふれ出てくる涙のせいだ。
「……焼け跡からは大人の骨が二人分と、子供の骨が一人分見つかったと後に聞きました」
涙だけではなかった。かろうじて絞り出したのだろう声すらも、最早ひび割れていた。
「生き残った子は、親戚の方に引き取られたと後に聞きました。まだ赤ちゃんだったそうです」
「赤ちゃんだった……」
それならば、記憶が無くても不思議はない。
だが、どう伝えたものか。
『家は燃えて野原に、家族はあなたを残してお亡くなりになっていました。』
伝える言葉は簡単だが、口に出すには少し重い。
――ま、後で考えりゃあ良いか。
悩むのは後だ。とりあえず、訊くべきことは訊き終えた感がある。あと必要な事は市役所やらでの裏付け作業だ。それで実際の書類などを捜して、この老婆の証言を確かめればいい。




