探偵と猫と少女と疑惑 8-1
そうして、話は三日後へと戻る。カチリ、とキーボードを一際強く叩く音。必要なことを過不足なく全て書き終えたことを確認して、要は立ち上がり、キッチンに行ってコーヒーを淹れた。
強く鼻腔に入り込んでくるその匂いが、顔をしかめそうになるほどの苦みが、長時間椅子に座っていた気怠さを払う。
がちゃり、と背後で扉の開く音がした。見なくても分る。ユキだ。
「おかえり」
報告書に目を通しながら要は言った。
が、返事は帰ってこない。それどころか、何やら立ち尽くしている気配があった。
目を向けると、やはり、いつもの無表情のユキは、戸を開けたまま、入り口に立っていた。
「どうした?」
問うと、ユキは首を少し傾げて答えた。
「何と答えれば宜しいのでしょうか」
「そりゃお前……ただいま、だろう」『続けて書く』
「そうですか」
では、とユキは要を見つめて。
「ただいま、です」
「……」
ただいま。何の変哲もない言葉だ。
にも関わらず、心臓の鼓動が高まったのを要は感じた。
一体何故か。不愛想とはいえ綺麗な、ユキのその顔にか。或は、己の発した「おかえり」というその言葉にか。
それとも――それとも、もっと違う理由が。心の奥深くに、何か。
何か、こんな情景を望む気持ちが。
「……ちっ」
そこで、要は考えるのを止めた。答えが見つかりそうもないからというのではない。寧ろ、逆だ。
見つかってしまいそうだから。考えた末に己の望んでいない答えが出て来てしまいそうだったから。だから要は頭を振って、思考を放棄したのだ。
「おい、ユキ」
呼びかけて、顔を上げた。
すると、ユキの顔が目前にあった。




