探偵と猫と少女と疑惑 7-3
――成程、足元を駆け抜けたのはこいつか。
別に痛手を負った訳ではない。
が、ほんの意趣返しとばかりに、要はその猫の額をポンと、軽く叩こうとして――その首に、首輪が巻かれているのに気付いた。
「ん?」
首輪には、名前が書かれていた。『藤沢ぎん』と。
「……」
藤沢ぎん。
その文字列を、当初の要は理解できなかった。単なる黒い線としか、思えなかった。
ややあって、ようやくそれが文字であること、目の前の猫の名前であることを理解できた。理解はできたが、しかし、何らかの間違いとしか、思えなかった。信じられないという気餅が九割。信じたくないという気持ちが、何故か一割ほど。
確認の意と、ほんのわずかの否定して欲しい気持ちを以て、要は問うた。
「ユキ」
答えは即座に帰って来た。
「間違いなく、依頼を受けた猫ですね」
「……本当か?」
「ええ」
「本当に、本当か?」
「ええ」
「本当に、本当に、本当か?」
「……嫌なのであれば、逃がしますが」
言いつつ、ユキは猫を地面へと近付ける。やはり自由が良いのか、猫は手足をジタバタさせる。
「待て待て待て‼」
慌てて止めた。
「――何故釈然としなかったのだろうか。恐らく、拍子抜けしてしまったのだ。朝から夜まで捜索して、それだけのことをしたのに見つからなくて、にも拘らず、へとへとになって眠たい眠たいと言っている所へ向こうから、家の近くで出て来たのだから。」
とはいえ、見つかった方がいいのは当たり前だ。
「ま、明日だな」
明日、日が昇ったら藤沢さんに電話しよう。
階段を上りながら、要はそんなことを思った。




