探偵と屋根と少女と出逢い2-4
階段の下の方に、その姿はあった。鼻息も荒く仁王立ちで要を見上げているのは、少女だ。年齢は十五、六歳といったところか。黄色の三角布を被っていて髪はその下に隠れてしまっているが、普段は頭の両側から束ねられた艶やかな黒髪が、まるで触覚のように伸びている。まとっているエプロンの下は、恐らく制服だろう。
しかめっ面を隠そうともせず、要は少女に言う。
「……何の用だよ、有紗」
「べ・つ・に。挨拶よ、あいさつ」
自分に向けられている表情に気分を悪くした風もなく、少女――夏目軒の主人夫婦の娘である夏目有紗は平然と答えた。
「へえ……近頃の女子高生の挨拶ってのは、随分乱暴なんだな」
「相手によるわね。ま、何回扉をノックしても、何かあったのって聞いても、一言の返事すら返さないような店子にはこれで十分でしょ?」
そう言うと有紗は、要をじろりと睨んだ。
その突き刺すような視線に要はぐっと言葉を呑むと同時に、刺々しい態度のその理由を理解した。
有紗には、登校前に要の事務所で時間を潰す習慣があった――だから今日も、きっとこの少女は事務所に来たのだ。けれども、その時には既に要は拉致されていたので、幾度ノックしてもその扉は開かなかった。それで機嫌が悪いという訳だ。
――何だよそりゃ。
八つ当たりにも程がある、と要は思った。
そもそも事務所に来たところで何をするでもなく、ただ出されたコーヒーに文句を付けながら、事務所内に溜められた雑誌のクロスワードパズルを解いているだけなのに。そんなことでケチ付けられてはたまらない。
そう思ったが、もちろん言葉にしない。
それに。
有紗の怒りにそれ以外の要素が絡んでいるのを、要は何となく察していた。
恐らくこの少女は自分の身を心配してくれていたのだ、と。
思い出すのは、以前有紗に対して居留守を使った時のこと。最終的には、病気か何かと早とちりした彼女が片手に薬箱を引っ提げて合鍵で事務所に入ってきたのだったか。
有紗だけではなく、その両親も要に対して好意的だった。タダで食事を貰ったこともあったし、依頼を持って来てくれたこともある。
望んでいない善意ではあるが、要にはそれが新鮮でありがたかった。
だから、今回もきっとそういうことなのだろうと思うと、有紗を責めることは出来なかった。