探偵と猫と少女と疑惑 6-11
そう語るユキが男に向けているその目は、明らかに『モノ』に対してのそれだった
「いやいい。ってか、絶対にすんな」
慌てて要はユキを制止する。言葉にするだけではなく、余計な気を起こされる前に、と男の方へ走る。
傍らにしゃがんで、顔を覗き込むと、男は白目を剥いて、口の端から涎を垂らしていた。肩に手を置いて揺すってみるも、意識を取り戻す気配は無い。どうやら本当に、気絶しているようだ。
外傷はない。ないが、念のためにと、口の前に手を置いてみる。呼気の当たる感触はあった。胸も上下している。大丈夫だ、生きている。要は胸をなで下ろす。
「……ったく」
安心した途端、腹が立ってきた。こんな迷惑をかけた相手の顔、見なければ気が済まない。
顔を覆うバンダナを外すと、そこにはあどけない青年の顔があった。いや、青年と言えるかどうかも怪しい。多く見積もっても、中学を卒業したかどうか位だ。
拍子抜けした。こんな子供と本気になって戦っていたかと思うと、何だか笑えてきた。
とはいえ勿論、子供だからと言ってナイフを振り回していたことや、野良猫を殺していたことが許されるわけではない。
要は立ち上がると、懐から電話を取り出す。
番号を打ち込んで、電話を掛ける。繋がる先は、言うまでもない。
「あ、もしもし。警察ですか?」
喋りながら、ふと視線をユキに向ける。
暗い路地でも――否、暗い路地だからこそか。ユキの肌のその際立った白さは、はっきりと分った。まるでそれ自体が光を放っているかのようで、それ故、他の場所は色が薄れて見えなくなっていて。
「……」
いや、他に目立つ色があった。服の袖口、微かに赤黒い色がついていた。数メートルほど離れているというのに、吸い寄せられたかのように目が留まった。
間違いない。あれは、血だ。
別に驚くようなことではないだろう。壁にめり込む程に強く殴ったのだ。付いていても、不思議ではない。
だが、何故だろうか。不思議ではないと判っていながらも、どこか納得できていない己を、要は感じていた。
どこがどうとは言いづらいが、どこかが、何かが、おかしいような。
――得体のしれぬもやもやを抱えたまま、要は通報を続けていた。




